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ネクロノミコン


 ☆


 開店前の掃除をしていたら、ガウスが一冊の本を持ってきた。


『ガウ!』


 すごい尻尾振ってる。ボール遊びとかしたこと無かったけど、もしボール遊びをしたらこんな感じで拾ってくるのかな。今度ボール買おうかな。


「これは……『ネクロノミコン』?」


 なんか見覚えのある単語である。

 と言ってもこの店で見たわけでは無く、ゲームとか物語などで名前だけ知ってるってだけだ。

 本の類は少しトラウマがあるから、開きたくはないんだけど、でもやはり悪魔道具かもと思うと少し気になってもしまう。


 店主さんとイナリはバックヤードで今日の商品の整理をしているし、ちょっとだけ見てみようかな。


「えっと……何が書いてあるかわからない」

『ガウ?』

「うーん、というか瞬きすると文字が変わってる気がするんだよね。すごいごちゃごちゃ書いてあるし……あ、今一瞬だけ動物と会話できる魔法って見えたような?」

『マジで?』

「うん。ほらここ……え?」


 え?


 ええ?


『どうしたの?』

「いや、ガウス、今話してるよね?」

『え、僕はいつも通りだけど。と言うかむしろ君の方が僕が理解できる単語で話してるよ?』

「ほらめっちゃ会話してるじゃん!」


 そう騒いでいると、店主さんがバックヤードから出てきた。


「朝から賑やかですね。何かありました?」

「店主さん、大変です。『ネクロノミコン』って書かれてある本を読んだら、ガウスが話し始めました!」

「一体何を……は? 今なんて言いました?」

「いや、だからガウスが話し始めたと」


「イナリ様! 緊急事態です。あらゆる方法を使ってこの付近にある『ネクロノミコン』を確保してください!」

『ぬ、何やら緊急の様子。仕方がないのう』


 バックヤードからイナリが返事した。というかネクロノミコンなら僕の手に……あれ、今右手に持っていたと思ったら消えている?


「柴崎様、少々驚くかもしれませんが、我慢してください!」

「は?」


「『空腹の小悪魔』、ワタチの命令を聞いてください。この付近に『ネクロノミコン』が現れました。確保してください!」


 そう言った瞬間、店主さんの足元から大量の丸い物体がポコポコ出てきた。あれって確かこの店の『空腹の小悪魔ちゃんキーホルダー』とデザインが似ているような?


『ギャギャギャ! リョウカイギャー!』

『マカセローマカセロー!』


「おああああああああ!?」


 ☆


 気が付くと僕はバックヤードに寝転がっていた。そして時計を見ると午前の十時。つまり二時間ほど気を失っていたらしい。


『ガウ!』

「あ、ガウス。というか、戻ってる?」

『ガウ?』


 と、僕の声が店内に聞こえたのか、店主さんがバックヤードに現れた。


「目覚めましたね。やはり『マジの悪魔を大量に見せたらやっぱり気を失いました』か」

「今凄いことをサラッと言いましたね。と言うかマジの悪魔を大量にってことは、あの人の頭くらいの大きさの翼が生えた目玉はやっぱり……」

「はい。あれは『空腹の小悪魔』という悪魔です。この店で売ってる『空腹の小悪魔ちゃんキーホルダー』の原型ですね。実は以前一度だけちらっと見せたことはあるのですが、あまりのショックに忘れましたか?」


 全然覚えていない。多分相当驚いて記憶がなくなったのだろう。


「えっと、ちなみにネクロノミコンは見つかったんですか?」

「残念ながら見つかりませんでした。あれは本自体が意思を持っているとも言われる伝説の道具ですね。分類としても悪魔道具か神具かと問われると難しいですが、ワタチが持っても大丈夫なモノです」


 悪魔の店主さんが持っても大丈夫ということは、神聖なものは無いと言うことか。


「つまり悪魔道具だった場合はリスクがあるのでは? 僕、一瞬ですがガウスと会話をしましたよ?」

「あれは悪魔道具という区分にはできない、いわゆる『魔法の道具』になるので、リスクはありません。まあ、あまりの強力な道具故に手に入れようと争いが絶えないため、それがリスクかもしれませんね」


 うわー。だったらもっといっぱい見ればよかった。


「ちなみに使った術はガウスと会話するものだけですか?」

「はい。動物と会話するって魔法を見ただけで、他は文字が変わった気がして読めませんでした」

「まあそうでしょう。あの本は常に文字が変わります。ワタチが見た場合は今一番欲しい魔術などが浮かんで来たりしますね」


 文字が変わってる感じがしたのは気のせいでは無かったのか。


「それにしても非常に残念です。『ネクロノミコン』は目の前に一秒でも現れたら奇跡とも言える代物。あらゆる手段を使って封じ込めようと思いましたが、逃げられちゃいましたか。次に会うのは百年先か、千年先か」

「すみません。僕がしっかり持っていればよかったですね」

「いえいえ、柴崎様の所為ではありません。おそらくしっかり持っていても気が付けば消えていたでしょう。ワタチも『あらゆる手段』と言いましたが、それでも逃げられるのが『ネクロノミコン』です」


 店主さんは料理が得意で、それ以外の特化した趣味とか欲とかは無いと思っていたけど、ネクロノミコンだけは特別なのかな。

 とは言え、僕もガウスと一瞬だけ話せるという経験をして、凄く欲しくなった。というかガウスと会話したいなー。


「『ネクロノミコン』も伝説級の道具ですが、柴崎様がここで働くきっかけになった『レプリカグリモ』の原本である『グリモワール』など、その書物を持つだけで世界の頂点に立てる物はそこそこあります。もし見かけたらすぐに教えてくださいね」

「わかりました」


 そう言って僕は起き上がり、お店に向かった。そもそも今日は営業日。うっかり午前中は気を失って休んでいたけど、しっかり働いて恩は返さないと。


「む、ご主人。起きたか」

「イナリ、店番お疲れ様……ん?」


 イナリの声は聞こえたけど、レジの前には金髪の少女が立っていた。


「ちょっと本気を出したら髪が金色になったが、気にするな」

「凄い気になる! え、それどうなってるの!?」


 ネクロノミコンという単語はかなり有名で、クトゥルフ神話に登場する書物ですね。ただ、クトゥルフ神話というもの自体が創作物なのに、もはや現実に存在していたからのように溶け込んでいるのがこの神話の凄いところですね。

 この話に登場したネクロノミコンは『あらゆる魔法が使える書物』というもので、同時に魔法を放ったり、魔法で逃げる本でもあります。

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