スイセンの自白剤
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月に一度、悪魔道具の整理整頓の日がある。というのも、店主さん曰く悪魔道具は毎回完璧に作れないらしい。
前に目の前で見せてくれたのは、比較的低位の悪魔を付与した道具らしく、難しい道具に関しては何度も失敗しているとか。
「ということで、今回は錠剤ばかりですが、これらを処分しましょう」
明らかに怪しいクスリにしか見えない。大丈夫?
「えっと、一応質問なのですが、これらはどんな悪魔道具なんですか?」
「質問することはとても良いことですね。まずこの黄色い錠剤は、飲めばたちまち力が沸いて、世界一力持ちになります」
シンプルに肉体強化の悪魔道具なのか。でも悪魔道具ということは、欠点があるんだよね?
「筋肉増加が止まらなくなり、やがて自我を失った悲しき筋肉の怪物が誕生します。高層ビルなんかは一瞬で破壊するでしょう」
「とんでもない錠剤を作らないでください!」
説明されている時に触っちゃったけど、この手についた錠剤の欠片の白い粉を間違って吸ったら怪物にならない!?
「続いてこちら。青い錠剤は飲めばたちまち料理が上手になり、そして知らない世界中のレシピがどこからともなく頭に入ってくるものです」
「お、こっちはまださっきよりマシですね」
料理が上手になれば、一人暮らしも楽しくなるだろうし、今のイナリとの生活に美味しい料理が加わる。
「料理を作りたいという感情が暴走し、やがて包丁で何かを切っていないと気が済まない状態になります。で、自我を失いながら包丁を叩き続けた結果腕の筋肉が凄いことになり、最終的に悲しき筋肉怪物になります」
「さっきと結末一緒じゃん!」
包丁だけで筋肉が凄いことになるの!?
「じゃあこの虹色の錠剤は?」
「これは足が速くなるやつですね。まあ、最終的に自我を失った筋肉怪物になります」
「途中の説明不要になっちゃった!」
つまり、これらは最終的な効果が一緒の錠剤ということか。
「悪魔は制御が難しいんです。そして人間の仕組みも加わると、最終的な結果が自我を失い、発達した筋肉の塊になります。知識を無限に得ようとする体を得ても、結末は大体一緒ですね」
そう考えると、心を落ち着かせるアロマとか、夢に自分を登場させるキーホルダーというのは、数多の悪魔道具の中でも珍しい物なのかな。
制御が難しいって言ってたけど、もし制御ができた場合、この料理が上手になる悪魔道具を使ったら……。
「今、その悪魔道具を使おうとしました?」
「え!? いや、全然」
「目の前に誘惑があると振り切れないのが悪魔道具です。というか料理が上手になる悪魔道具を使ってどうするのやら。ここは一つ成功した悪魔道具の錠剤を使って貴方の本音を聞きましょう」
え、もしかして僕、これから悪魔道具を使われようとしている?
「これは『スイセンの自白剤』というものです。スイセンという花はメガホンのような形をしていて、そこから諸々の概念を抽出して自白剤を作りました。リスクはあまり無いので安心して本音をぶちまけてください」
「ええええ!」
店主さんに抑えられて口の中に無理やり薬を入れられた。
というか、店主さんの両手はしっかり見えているのに、僕の手足は謎のロープみたいなもので縛られた気がするんだけど、一体どうやって僕は取り押さえられたの!?
「うぬ、できることならご主人を助けたいが、あれはワシも無理じゃ。触ったら消えるやもしれん」
『ガウ……』
イナリとガウスが引くレベルの現象があったんだ!
やっぱり僕は今、得体のしれない『何か』に取り押さえられてたんじゃないの!?
「むぐ……かはっ!」
無理やり抑えられ、僕は錠剤を飲み込んだ。
「りょ、料理ができる錠剤の制御が上手くいったら、昼休みの食事を当番制にできると思い……あー、でも店主さんのご飯美味しいからたとえ僕が上手になっても店主さんのご飯が食べたい!」
「……ふむ、完全にワタチが悪いですね。従業員を信じてあげることができず、すみませんでした」
……。ん?
「店主さんはペコリと頭を下げてバックヤードに向かっていった……って、僕が見た光景も口に出てるんだけど!?」
「薬の効果は五分で切れます。あ、代償としてその薬は早く体内から出さないと悪影響が出ます。取り急ぎトイレに向かってください。調合時に下剤も入れてます」
「え……あ……ぬあああああ!? 突然お腹が痛くなってきたああああ!」
スイセンという花が何かを話すという童話はありますね。それと、今回は店主さんが珍しく柴崎君に『ちょっとした害』を与えた話になります。
なぜ、唐突に柴崎君の本音を聞きたくなったのかは、店主さんしかしりえませんね。




