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後悔の護摩


 ☆


 今日はイナリと一緒に野良神社に配達。

 小さな箱を渡されて、すごく軽かったからイナリに持たせたら何故か喜んでいた。


「ご機嫌だね」

「当然じゃ。ご主人から指示をされるのはレアじゃからな」

「そんなことは無いと思うけど、というか指示されるのが嬉しいの?」

「うむ。ご主人はきちんと褒めてくれるのじゃ。感謝の言葉もくれるのじゃ。なでなでしてくれるのじゃ。故に頑張れるのじゃよ」


 感謝や褒めることに関しては当然のようにやってただけに、ちょっと驚いた。でも、確かに横山さんから褒められたら嬉しかったかな。

 あとなでなでに関しては、狐の耳が気になって、褒めるというのは耳を触る理由の一つである。うん、僕は一回怒られた方が良いのかもしれない。


 そんなやり取りをしていると、野良神社に到着。店主さんは悪魔だから野良神社の鳥居を潜れないから、こうして野良神社担当は僕とイナリが担っている。

 すでに何度も来たから、ここで働く人や庭の手入れをしている人とは顔見知りになった。


「おや、店主さんところの」

「はい。今回も配達に来ました」

「待ってなー、今神主呼ぶけー」


 そう言って庭の手入れをしていたおじさんが本堂へ向かうと、すれ違うように疫病神さんがこちらへ来た。

 いつも思うけど、疫病神さんは神主や血族の人、そして僕やイナリのような特殊なモノ以外は見えないから、無視されている感じに見えてちょっと心が痛む。せめて僕が優しく話しかけてあげよう。


「同情は不要です。こんにちはです」

「そういえば心を読めるんでしたね。疫病神さんこんにちは」

「こんにちはじゃ」


 イナリも気が付けばちゃんと挨拶をするようになったし、教育のたまものである。

 あとは寝相さえよくなってくれれば助かるんだけどなー。


「その箱の中が依頼した『後悔の護摩』ですね」

「そうです。詳しい効果については何も知らされていないのですが、渡すだけで良いのですか?」

「ふむ、一応今後の勉強のためにも見学をするです。特に『護摩』は悪魔とは真逆の道具ですからね」


 ☆


 ゴマと聞くと黒い種のようなもので、ご飯に振りかけると美味しい『胡麻』が思いつくけど、違うのかな?

 箱には『護摩』と書いてあるし、調べる暇もなく来ちゃったけど、結構有名なのだろうか。


「護摩は、色々な宗派によって言い方や方法が異なりますですが、共通として『燃やす』という工程があります」

「燃やす?」

「燃やすことで穢れや煩悩を浄化する。火葬も一種の護摩と言う宗派もあるでしょうけど、ここでは『護摩木』という木の札を燃やすことで煩悩や呪いを祓います。箱を開けてみてください」


 言われた通り箱を開けると、何やら文字が書かれてある木の札がたくさん入っていた。

 それをイナリが一つ持ち上げて、書かれている文字を読もうとしたが、何と書かれてあるのかわからない様子。


「何が書かれてあるのじゃ?」

「体内に入っている呪いを吸いとる術式が書かれていますです。残念なことにヤクが先ほど食べた病などは呪いでは無いため、融通が利かない道具ですね」


 そう言って何度かせき込む疫病神さん。今日もいつも通り額には冷却シートをつけているけど、歩いて大丈夫なのかな?


 そうこうしているうちに巨大な肉体を持つ神主さんが現れた。確実にその腕は凶器になると思う。


「雑貨店殿。いらっしゃいませ」

「茂蔵さん。柴崎さんとこちらの耳の生えたイナリさんを見学させて良いです?」

「構いません。というのも、今回の一件は少しだけ関係しているでしょうからね」


 関係?


 案内されると、神社の裏にはスクールバスが駐車してあった。そして、本堂の中には約二十名ほどの子供たちが正座していた。


「もしかして、あの子たち、いじめをしていた子供たちでは?」

「正解です。本来であればあと一年くらい、夢で同じいじめを経験するのですが、すでにこの子供たちは学校に行けず学級崩壊しているとのことでした」


 先日、オカルトショップに来たいじめられっ子が来た。

 その子は約一年間、いじめられていた記録を毎日欠かさず書いていて、店主さんにその日記を渡した。

 その日記は悪魔化し、効果はいじめられた経験を夢の中で追体験させるものだった。


「すでにこの中で三名は睡眠不足による体調不良で、かなり危険な状態でした。他は精神的につらいもので、これに関してはヤクは干渉できません」


 病を喰らう神。その三人の病を食べて、あまり体調が良くないのだろう。


「じゃが、ご主人はその護摩を渡すのか?」

「どういうこと?」

「先日、いじめっ子は一年間耐えて、仕返しをした。それをこやつらは一月もせずに助けを求めた。もともといじめをしなければこういう事態にならなかったのじゃぞ?」

「それはそうだけど……」


 かなり難しいトロッコ問題だと思った。

 一年間いじめに耐え、仕返しをした子供一人を助けるか、一年間のいじめを仕返しされた二十人の子供を助けるか。僕が持つこの護摩を渡せば子供たちは助けられるが、ようやくいじめを仕返しした少女の気持ちはどうなる?


「ヤクから一つアドバイスです。悪魔は契約を守れば良いだけです。今回、悪魔店主さんはいじめの仕返しをする際に、それを解除できないように契約しましたか?」

「そんな契約がそもそもできるんですか?」

「そこです。悪魔というのは『できるのか?』という考えを捨てなければいけませんです。ヤクが悪魔店主さんと交渉する際、そういうアフターケアを確認してから行うです。今回は解除できるようにしていると聞いています。固定概念を捨てなければ、拍子抜けな出来事が今後訪れますです」


 そうこうしている間に護摩の入った箱を神主がスッと僕から取った。

 実際、この商品は野良神社が購入したものだから、僕が渡さない権利は無い。


 でも、僕は少しだけ腑に落ちなかった。

 あの少女は一年間耐えた。最終的に少女は手に負えない状況になったとしても、一年間虐められていたという事実は変わらず、いじめっ子は現実では無く夢の中で追体験しただけで助かろうとしていた。


『本当に助かるのかよ』

『汚い木』


 子供たちが護摩木を受け取ると、ボソッと呟く子がちらほら現れた。それを見て、僕は少しだけ苛立った。

 イナリも同じ感情なのか、尻尾を逆立てていた。


「もう一つ、大事なことを言い忘れていましたです」


 疫病神さんがため息をついて話し始めた。


「神道には『信じる者は救われる』という言葉があります。あの護摩木は本物で、心の底から呪いを吐き出さなければいけませんです。さて、あの中から何人が助かるですかね」


 ☆


 数日後。見覚えのある子供が来店した。


「えっと、確か桃浦さん?」

「こんにちは」


 一年間いじめに耐えて、悪魔道具で仕返しをした張本人。

 そういえばクラスの大半が野良神社でお祓いをしていたけど、その後はどうなったのかな。


「男の店員さん、紹介するね。この子は私の友達のミカ!」

「こ、こんにちは」


 と、後ろにぴったり隠れていて見えなかった。


「こんにちはじゃ!」

「ひっ!」


 突然イナリがミカさんに声をかけて驚かせてしまった。


「えっと、桃浦さん。その後の学校生活はどう?」

「楽しいよ。いじめのリーダーは相変わらず不登校で、下っ端は登校してきて、最初に謝ってきたの。絶対に許さないけど、何かあると助けてくれる『友達』になったかな」


 それはきっと友達ではないのでは?

 謝ってきたということは、護摩によって呪いが解除された子供たちだけが戻ってきたという感じかな。


「そっちのお友達はいじめっ子じゃないの?」

「元いじめっ子。でも、陰で情報を教えてくれたり、手を出すときは強く叩かないの。うんと強く聞いたら、逆らえなかったって、全部話してくれたよ」


 そう言うとミカさんは強く首を縦に振っていた。そしてさっきから足がぶるぶると震えている。


 ……ガウスが『恐怖』を感じているせいで、口からよだれが出始めている。ガウス、ステイだー!


「おや、誰かと思えば、先日のお客様ですね」

「あ、悪魔の店主さん! ミカ、あの人にお願いをして、皆に仕返しをしたの!」


 店主さんの登場に大喜びの桃浦さん。


「どんなお願いをしたの?」

「えっとね、いじめられた内容を一年間日記にしたの。そしてあの水色髪の店主さんに渡した。本当にありがとう!」

「ワタチはおまじないをしただけですよ。それよりも何か買っていきますか?」


 そう言って桃浦さんとミカさんは悪魔道具ではない奇妙なデザインの雑貨を買って、帰っていった。

 忘れがちだけど、ここって雑貨店だから、悪魔道具以外も売ってるんだよね。悪趣味なデザインだけど。


「無事に友達ができて良かったと言うべきでしょうか?」

「そうでしょうか? ワタチからすれば、ここからさらに深いいじめにつながるかなーと見ています」

「え?」


 孤立すると思ったけど、無事に友達もできて遊びに来るくらい元気になったのでは?


「あの新しい『お友達』は本当に桃浦様側かどうかで変わります。今の話をいじめっ子にリークした場合、さらに争いは大きくなります。あの桃浦様は仕返しが上手くいって調子に乗ったのでしょう」

「うむ、実のところワシもミカとやらの心を読んでいたが、裏ではまだいじめっ子とつながっておる。今回の話をいじめっ子にするじゃろうな」

「じゃあ一生解決しないのでは?」

「はい。いじめの傷は一生癒えませんし、解決なんてしません。大人は解決したと勝手に思っているだけで当人は枷につながっているだけです。これも呪いの一つですね。と言うわけで、今後来るお客様には気を付けてください。できれば悪魔道具以外の雑貨を売ってくださいね」


 そう言って店主さんはいつも通り棚の整理や商品の出し入れを始めた。

 もしかして、こういう経験は何度もあるのだろう。


 そして、数日間は中学生のお客さんが多かったが、突然パタリと来なくなった。


『続いてのニュースです。〇〇中学校で自殺未遂事件が発生しました。原因は集団のいじめとのことで、教育委員会は調査をー』


 護摩木は時々芸人さんが煩悩などを焼き払うみたいな企画で出てきますね。炎の中に割り箸のひとまわり大きくて平たい木の板を投げて念じる訳ですが、結構大変みたいですね。


 今回の話は前回のお話と続いているものの、視点を変えています。前回はいじめられっ子の話で、今回はいじめっ子の話ですね。

 そしてお互い離れ離れにならない限りは解決せず、そしてその傷は癒えないですね。

 本作の後半のような最悪な自体になる前に、そもそもいじめをしないという結末がハッピーエンドかと思います。いじめからの友情なんて、少なからず私は聞いたことがないですね。

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