復讐の日記
☆
昨日は店主さんと少し言い合ったけど、結局のところ悪魔と人間の考え方の違いということで、僕の中で納得して終わった。
そして昼休みの店主さんのご飯を食べたら、どうでも良くなった。
「のうご主人」
「ん、どうしたの?」
イナリが手招きをして、耳元に顔を近づけてきた。
「今日の悪魔店主のご飯、気合入ってなかったかのう?」
「あ、僕もそれ思った」
「聞こえてますよ」
「ぎゃああああ!」
「ぬああああああ!」
店主さんって地獄耳なのかな?
あと、イナリが思いっきり驚いて叫ぶから、僕の耳に大ダメージを受けたよ!
「昨日は少しだけ悪いと思ったんです。ワタチの思想を押し付けるだけではいけないと思いつつも、悪魔と人間は絶対的な壁があることは理解していただきたかったんです」
「大丈夫です。これでも僕は前職で苦しい思いしかしていませんから、知り合いが大変なことになることだけが気がかりで、それ以外は大丈夫です」
と言っても前職は言われたことだけを実行する人形だったから、苦しいかどうかは当時はわからなかった。まあ、先輩の説教には怯えていたかな。
「ふふ、聞き分けが良い社員を持てて良かったです。おっと、人の気配ですね。イナリ様、対応をお願いします」
☆
お店に来たお客は、中学生くらいの女の子だった。
手にはボロボロのノートを抱えていて、今にも泣きそうな感じである。
「あ、桃浦様でしたか。もしかして一年間頑張って耐えましたか?」
「……はい。あの、約束は守ってくれますか?」
「ワタチは約束を守る店主です。それと、一年間頑張ったご褒美として、美味しいお茶をサービスしましょう。そちらの椅子に座って待っててください。あ、ノートは預かります」
そう言って桃浦と呼ばれた少女のノートを店主さんが預かり、少女は椅子に座った。
店主さんは僕だけを呼んで、イナリは少女の相手をするよう軽く指示を出して、僕と店主さんはバックヤードに向かった。
「あの少女は一体?」
「一年前にここへ来たお客様です。当時は腕にケガをしていたり、服は汚れていました」
「何かあったんですか?」
「その年齢ではよくあるいじめですね。そして桃浦様はその被害者です。このノートは彼女が生きるための足跡とも言えますね」
店主さんはノートを開き、中を確認し始めた。
僕も横目で少し見たが、どうやら中に書かれている内容は日記のようだった。
ノートの上には月日が書かれてあり、それがほぼ毎日書かれていた。
「実は似た案件は初めてではありません。ここに店を構えてからは四人目です」
「いじめが原因で悪魔に頼りに来たってことですか?」
「ちょっと違います。そもそもここはオカルトグッズを売っている雑貨店というのが表向きの看板です。ああいう限界を歩む方は、何をするかわかりません。その中の行動の内、路地裏のよくわからないところに偶然迷い込んだという感じですね」
いじめやハラスメントによって心が壊れた人は、家から出れなくなったり、命を絶つ人がいる。あの桃浦という少女はどうなっても良いという考えで路地裏に来たのかな。
「今回はお客様の私物を悪魔化することで、原価ゼロ円の製造を行います。とは言え、依頼人は中学生なので三千円くらいにしかなりません。大人だったら数万円は取ってましたね」
「優しいのか厳しいのかわからないですね。ちなみに何を作るんですか?」
「空腹の小悪魔ちゃんキーホルダーに似た悪魔を付与します。これによって書かれた対象者は夢の中で同じ被害を追体験します。休日を除くと二百日くらいですね」
つまり、いじめの仕返しということか。
「でも、悪魔道具にしてはリスクが少ないですね。いじめを日記に書くだけで仕返しができるなんて」
「もちろんリスクはあります。このページに書かれた内容を見てください」
開かれたページを見ると、所々茶色のような丸い模様がある。それと、ふやけた所もいくつか見つかった。
他のページもよく見ると茶色い丸模様がいくつかあり、進むごとに茶色が徐々に赤色に変わっていた。これってもしかして血痕?
「相当ひどいいじめですね。先ほどのお客様の頬をよく見ると痣になってましたし、おそらく腕は人に見せられない状態でしょう。ノートも表紙からふやけているということは、鞄ごと外に放り投げられたとかでしょうね。あ、それが書かれたページもあります」
「そんなひどい状況をまずは親や先生が何とかしないんですか?」
「それはその教育機関に聞いてください。何とかする所もあるでしょうけど、桃浦様の学校は何もしてくれないのでしょう。それと、一年間耐えれば仕返しができると言う理由を信じ、誰にも相談をしなかったのかもしれません」
仕返しができるなんて、普通は信用できないんじゃないかな。神頼みと言うか、悪魔頼みというか。
「ワタチの見解ですが、あの桃浦様は仕返しができなければ命を絶ちます」
「え?」
突然の発言に驚いた。
「きっとこれが最後の賭けなんでしょうね。オカルトやファンタジー、とにかく何でも良いです。神頼みでも良いです。非科学的な現象でいじめっ子に何かが起きない限りは絶対に気持ちが晴れない。仮にこの件が公になり、責任者が謝罪などをしても桃浦様の中では解決しないでしょう」
「では、この悪魔道具は絶対に成功しないといけないということですね」
「そうです。将来ワタチのお店のお客様として、また来てくれるようにしないとですね。それと、オカルトで仕返しが成功すると結果的にワタチが得します」
「どういう事ですか?」
店主さんはほほ笑みながら、何かを唱えて、ノートに悪魔を付与した。
「『いじめっ子』がこのお店を訪ねて、お買い物をします。売り上げにつながるんです」
☆
三日後。桃浦さんがお店にやってきた。
そして走って店主さんに抱き着いた。
「あ、ありが、とう、ございます!」
「わわ、突然抱き着かれても、ワタチは支えきれませんよ!」
桃浦さんは中学生だけど、店主さんはそれより身長低いもんなー。
「その顔を見る限り、いじめは無くなりましたか?」
「いえ、今もいじめは残っていますが、前よりも減っています。ですが、当たり前のように叩かれたりとかされなくて、今がとても楽しいです!」
「誰も……えっと、友達とようやくゆっくり学校生活を送れるってこと?」
「いえ、そもそも今のクラスに友達はいません。全員私をいじめていたので、ようやく落ち着いて本が読めるようになりました」
……闇が深い。店主さんもイナリも、そしてガウスもちょっと引いてるよ。
「ちなみに、桃浦様はいじめっ子が謝ってきたら許すんですか?」
「許すわけないじゃないですか。理由なく殴られ、理不尽に服も汚され、それがごめんなさいの一言で片付くなんて不公平だと思いませんか?」
「そりゃ」
「いっそのこと学校の窓ガラスを全部割って、スプレーで落書きをしようとも思いました。悪人は私になるんです。いじめの時点で暴力を受けているのは私なのに、それに対して暴力で対抗すると『周りが何とかできなかったのか』とか『教育がちゃんとできていなかった』とか言って、それ以上は進みません。いえ、むしろそう広まることすらレアで多くは水面下で消えるのがいじめなんです。だからっ!」
「『心情偽装』!」
突然イナリが何かを唱えた。すると桃浦さんはその場で気を失った。
「い、イナリ!? 何をしたの!?」
イナリの目が金色に輝いていて、手もうっすらと光っていた。
「こやつの精神が暴走しておったから気を失わせただけじゃ。願いが叶ったことで、今まで耐えていたダムが決壊した感じじゃ。心を落ち着かせる『そよ風アロマ』でも土産に持たせた方が良いかものう」
「イナリ様の提案に賛成ですね。それにしても『復習の日記』によって日常を手に入れた人の末路はこういうものなのかと思うと、今後の商品開発も少しだけ改良しなければですね」
そして、夕方になり、目覚めた桃浦さんは寝ぼけていた感じでちゃんと帰れるか心配だったから、ご近所のビルのオーナーであり店主さんのお友達でもある富樫オーナーに送ってもらうことになった。
「一時はどうなるかと思ったけど、まずは一件落着だね」
そうイナリに言うと、ため息をついていた。
「そうじゃな。覚えたての術も成功して良かったのじゃ」
やっぱり突然桃浦さんが気を失ったのはイナリが何かをしたからか。
「気を失わせたって言ってたけど、そんな便利な術を使えたの?」
「いや、あれは……頭の思考を操る術で……一歩間違えば廃人を生み出す術じゃ」
相当やばい術を使ったんじゃん!
いじめ事情は時代が変わっても方法が変わるだけで解決はしませんね。そしていじめの発生というのは大人でも理解できない物事が発端です。例えば『背が高いから』とかですね。
追体験させる『復讐の日記』は効果的なものかと問われると、分からないという感じですね。ただ、受けた本人にとっては嫌な行為であることは確定なので、相手も同じ目にあえば辛いはずという安易な考えです。
実際は同じ目にあったところで何かしらの対処ができるのが『いじめっ子』なのかなとも考えたことも多々ありますが、それはまた別の機会にー。