表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/84

無感の壺


 ☆


 気がかりなことが頭から抜けずに一日上の空で働いていたところ、終業時間直後に店主さんから呼び出された。


「元気がなさそうですが、大丈夫ですか?」

「あ、いえ、大丈夫です」

「大丈夫じゃなかろう。こやつめ、過去の女が気になるそうじゃ」

「え!?」


 過去の女って、横山さんは前職の先輩で、彼女じゃないよ。


「前の職場の先輩の横山さんが、冗談で仕事を辞めたいといって、その時にここで働きたいって言ってたんです」

「なんて答えたんですか?」

「イナリが代わりに答えたんです。甘えるなって」


 そう言うとイナリは少し目を逸らした。


「確かにワシは言い過ぎたと思っておる。が、今の立場上、そういうしか無かろう」

「そうですね。むしろ正解です。仮に柴崎様が横山様をここへ呼んで雇用に関して話しても、ワタチはお断りました」

「そうなんですか?」

「はい。まず柴崎様を雇っている理由は『レプリカグリモ』の契約があるからです。そしてイナリ様を雇っている理由は『なんかややこしいことに巻き込まれた上に契約を従業員に押し付けたから』です。で、横山様を雇う理由がありません」


 スパっと言われると少し悲しい気もするけど、そもそもこのお店の店主は店主さんだから、僕に決める権利は無い。手続きとかも大変そうだったし、僕の身勝手な行動をイナリが静止してくれたと思えば、感謝することなのかな。


「すみません、身勝手な考えをしてました」

「構いませんよ。働いていれば一つや二つ、不満は出てきます。ということで、今日はこれを売りに行きましょう」


 ……なんか都合よく悪魔道具の話の流れになってない?


 ☆


 大きな箱を持って、今日はとある会社に訪問販売することになったわけだけど……。


「まさか前に働いていた『ハッピーソフトウェア』に来ることになるとは思わなかった」

「実は前々から売り込みに来る予定だったのですが、柴崎様を雇ったばかりでここに来るのはどうかなーと思ってました」

「ふむふむ、ここがご主人の元職場かのう。なかなか黒いオーラが出ておるのう。狐の尻尾センサーがビンビン動いているのじゃ」


 ロングスカートで隠れているけど、中ですごくモゴモゴ動いている。帽子もかぶっているからミミは見えないけど、訪問販売で帽子を付けているのは大丈夫かな。


「そういえば店主さんも一緒に来ちゃいましたけど、店は大丈夫なんですか?」

「問題ありません。午後は休みという看板もつけていて、事前に告知もしています」


 告知と言ってもあそこに頻繁に通う人はあまりいないから、その告知は無駄では?


「え、柴崎君?」


 と、目の前に横山さんがスーツ姿で登場。もしかして出先から帰ってきたのかな?


「どうしたの? それとイナリちゃんも。あれ、こちらは?」

「はい。ワタチは『寒がり店主のオカルトショップ』の店主です。今日はハッピーソフトウェアさんの部長の佐々木様と会う約束をしていました」

「店主……ということは柴崎君の上司さんなんですね。えっと……何歳?」


 初見で店主さんが年上だと気が付くのは大学教授で頭の良いクアン先生くらいだろう。あの人の洞察力は魔法みたいなものである。


「強いて言えば『柴崎』よりも年上です」


 ビジネス内での呼び方!

 いつも『柴崎様』って呼ばれていたからすごく新鮮!


「そうなんですね。すみません、部長の佐々木でしたら私の上司なので、すぐに案内しますね」

「ご丁寧にありがとうございます。よろしくお願いします」


 ☆


 懐かしの古巣。と言っても働いていた期間は一年も満たない。

 久しぶりに職場を見たけど、雰囲気は変わらない。ただ、人は半数が変わっていた。僕が元々座っていた場所も別の人が座っていて、山盛りの資料が置かれている。


「使えねーな!」

「す、すみません!」


 と、そこへ見慣れた先輩が登場。松葉杖を使って立ってるけど、ケガをしていたんだっけ。

 以前会った時は車椅子に座ってたような気がする。


「ん、おーおー、懐かしい顔がいると思ったら使える柴崎じゃねえか。なんだ、戻ってきたのか?」

「先輩、お疲れ様です」

「柴崎、今の相手は元同僚でありお客様ですからね。遊びに来たわけではありません」


 そうだった。しっかり怒られてしまった。


「えっと、たまたま今働いている場所の仕事で、ここに営業に来ました。こちらは僕の上司の……」


 ……いや、だから名前が分からないんだって!

 また『テン・シュ』で良いのかな?


「テン・シュです。部長の佐々木様に用があって来ました」

「外国人さんかよ。にしても小せえな。ガキも連れてきてるし、本当に営業かよ」


 確かに、僕の両隣にいる店主さんとイナリは見た目が中学生くらいだ。

 と、そこへ横山さんが入ってきた。


「三浦先輩、イナリちゃんはともかくテンシュさんは年上だそうです。部長のお客様であれば、今の発言は危険だと思います」

「ああ!? 文句あるのかよ!?」


「騒がしいな。おい三浦、お前ずいぶん元気そうだな」


 背筋が凍った。

 前職の部長で、僕に解雇先刻をした部長が現れた。


「部長。し、柴崎が久しぶりに来て、部長の客だって言ってきたんです」

「しばさき……知らんな。だが、今日はそちらの水色髪の方との接客は本当だ」


 僕のことはすでに忘れているのか。何人も入れ替わっているこの職場で、部長クラスになると一人ひとり覚えていないのだろう。


「へ、へへ。そうでしたか。おい長谷部。このお客様を案内しろ。書類作成が終わったんならそれくらいできるだろ」

「は、はい」


 そして僕の代わりに入った人は、先輩のサンドバックになっている。こうしてみると僕はとんでもない場所で働いていたんだな。


 ☆


 応接室に入ってしばらくすると、部長が入ってきた。遅れて横山さんが入ってきて、お茶を出してくれた。


「いやー、先ほどは見苦しい所を見せてすみませんねえ」

「いえ、お茶をいただきますね」


 横山さんが淹れてくれたお茶を飲みつつ、部長は本題に入る前に雑談を始めた。


「そちらの……しばさきさんは、以前ここで働いていたとのことだが、すまないね。私は忙しくて若手はリーダーに任せていたんだ。君のような好青年が辞めてしまうとはもったいない」


 辞めたのではない。不当な解雇だ……と言おうと思ったら、イナリが僕の服の裾を引っ張った。


 そして一呼吸置いて、頑張って笑顔を作った。


「いえ、私もここでは色々と勉強させていただきました。今は別の場所でその知識を生かしています」

「そうかそうか。まさか寒がり店主のオカルトショップで働いているとはね。おっと、横山君、君はここに残って一緒に話を聞いてくれ。良い勉強になるだろう」

「は、はい」


 お茶を配り終えた横山さんが、まさかの応接室に残ることになった。店主さんが一瞬眉をピクリと動かしたが、話を続けた。


「柴崎はこの短期間でとても良く働いてます。前職の教育のお陰でしょうか?」

「テンシュ殿は口が上手いですね。ここから巣立つもののその後はあまり知りうる機会が無いので、非常に嬉しいです。しばさき君も、新しい職場で頑張ってくれ」

「はい……」


 腑に落ちない状況。そして横山さんもそれを感じたのか複雑な心境といった表情をしていた。


「本題に入ります。本日お持ちしたのは、こちらの『幸せのツボ』です」


 ……やたら大きい箱だなーと思ったら、中に入ってたのはツボだったかー。

 すっごい怪しいオーラを出してるし、絶対に普通の考えを持っていたら買わないだろうなー。


「これは良いツボですね。ちなみに値段は?」

「裏ルートで見つけたので、本当は五百万ですが、お得意様なので四百万でいかがでしょうか?」

「よん……ちなみにこれを欲しがる人は他にも?」

「はい。これは別名『無感のツボ』と呼ばれるもので、置けば集中力が高まるとても良いツボです」


 怪しい要素しかない!


 と、ここで横山さんが机を叩いた。


「部長、これは絶対おかしいです! 柴崎君もこんな仕事をしてたなんて思わなかった!」

「まあまあ横山君。君が疑うのもわかる。だが、このテンシュ殿が扱うものは本物なのだよ。ちなみに質問だが、君は夜寝るとき、いつも同じ人物が夢に登場していないかい?」


 そうだ。


 この部長は念じた相手の夢に毎晩登場する呪いの道具『空腹の小悪魔ちゃんキーホルダー』を横山さんに使ったんだった。


「えっと……詳しくは話せませんが、野良神社でお祓いをしてもらって、それ以降、変な夢は見なくなりました。どうして部長が夢の話を?」

「おや、そうだったか。まあ良い。そのお祓いに行く前に私が君の夢に出ていたのなら、それは私が意図的に行ったことなのだよ」

「どういうことですか?」


 その質問を部長ではなく店主さんが答えた。


「最近女子高校生の間で流行っている恋愛成就のお守りを、こちらの佐々木様が購入されたんです。念じると、相手の夢に登場し、意識せざるを得なくなるという『おまじない』がかかります」


「ひっ!」


 流石の横山さんも引いていた。効果については眉唾かもしれなくても、部長が横山さんに対して使ったという事実が言い渡されたのだ。

 部長は六十歳くらい。一方で横山さんは二十代前半。イナリも服の中に隠れている尻尾がぶるぶると震えさせていた。


「私も愛する妻を最近亡くしてね。気の迷いとは言え、君の安眠を妨害してしまったかもしれない。ここで謝罪させてもらうよ」


 いや、確か部長の奥さんが亡くなったのは、横山さんの呪いを解呪した後で、今の発言は嘘だ。

 そして奥さんに関しては、店主さん経由では無いどこかで購入した悪魔道具の影響で亡くなっている。正直、この業界は見えないところで蔓延っていると今更ながら感じた。


「今更そんなことを言われても!」

「ちょうど横山様が起こられているので、このツボを試しましょう」


 横山さんの話を遮るように店主さんが話し始め、ツボを軽く叩いた。

 すると、横山さんはピタリと動きが止まり、そして静かに椅子に座った。


「あらゆる感情。ここでは怒りやストレスをこのツボが食べてくれます。横山様、今のご気分はいかがでしょうか?」

「……はい、えっと、なんで怒っていたのか……いえ、理由はわかるんですが、そこまで怒ることかわからなくなりました……」


 まるで別人のようだ。これは……かなり危険な道具な気がする。


「買った! 四百万はすぐに用意する。いやー、今後も良い商品が来たらよろしく頼むよ!」


 ☆


 前職とは言え、横山さんが居る以上は他人事には思えなかった。

 だからこそ、帰り道の足取りは重かった。

 イナリも何も言わず僕の隣を歩いてくれている。


「色々と言いたい気持ちもあるでしょうし、ワタチが悪人に見えるでしょう。一つ言い訳をさせていただくと、あの会社での営業は今回で最後となります」

「そうなんですか?」

「はい。あの『無感のツボ』はストレスや痛み、そして怒りや憎しみなどを食べる悪魔が入っていますが、肉体的な疲労は残っています。つまり、ケガをしているのに何も感じない状態ですね」

「それと最後というのと、どういう関係があるんですか?」

「あのツボを売った企業や店は、確実に廃業します。原因は、大量の労災の発生。あと一週間もすれば、あそこの社員さんの半数は入院します」


 それって横山さんも危険なんじゃ!?


「以前にも言いましたが、人間は時に悪魔よりも恐ろしい存在です。人を奴隷のように扱って心を壊すなんて、正直悪魔でも引きます。今回はそれを利用して、アクセルをべた踏みさせて、大事故を誘発させる感じですね」

「それで横山さんにもしものことがあったらどうするんですか?」

「では質問です。今の状態で横山様は無事であり続けると思いますか? もう数年熟成させて完全に壊れた横山様と会いたいですか?」


 それは……。


「おい悪魔店主。いくら何でもご主人に言って良いことと悪いことはあるぞ?」

「知っています。だからちゃんと言っているんです。ワタチのやり方が多少強引で、狂った方法だとしても、今の状況を人間さんはきっとできないからワタチが手を貸しています」

「じゃが、何も半数を入院させるツボを使わなくても良いのではなかろう?」

「では、半数の入院よりも一人の死者が良いですか? 例えば横山様は悪魔のワタチから見て、あの会社で現状最初に命を失うことになるでしょう」


 横山さんが命を落とす?


「人の死でようやく状況が変化する場合と言うのは多いです。『生贄』という文化も死をもって状況を変化さえる物です。あの会社がこの付近で悪さをしないようにするには、生きて大量の入院者を出すか、一人の死者を出すしかありませんね」

「それ以外の方法は」


 その瞬間だった。


 店主さんの顔が目と鼻の先にあり、僕はその赤い目でジッと睨まれた。


「では、その方法とやらを今言ってみてください」

「そ、れ、は……」


「これから考える。みんなで考える。それでは手遅れです。方法があるならやる。究極的で最悪の被害がでなければ良い。それがワタチです」


 そして店主さんは目を閉じて、気が付くと店主さんを見下ろしていた。そう言えば店主さんは僕よりも身長が低いはずなのに、どうやって僕と目を合わせていたんだ?


「それか、横山様だけを助ける方法ならあります。ただし、それは限定的な解決方法であって、それ以外に救いは無く、結果的にお客になりうる人が減ってしまいます」

「ちなみに助ける方法は?」

「横山様と結婚し、横山様を専業主婦にでもすれば良いです。ただし、それがもしも横山様にとって不幸せな結末だとすれば、今の会社に勤めているよりも過酷な状況に貴方が導くことになりますね」


 確かに店主さんの言う通りだけど、横山さんの幸せを考えると僕なんかと結婚なんて良いはずがない。


「ワタチのやり方は極端でしょうが、仕組みを変えるにはこれくらいの方法をやらなければいけません。そして仕組みを変える必要がなぜ必要かと言うと、ワタチにとって人間様はお客様です。家からでれなければワタチの店にもこれません。つまり、かなり長い目で見てお客を増やす方法なんです」


 ハッピーソフトウェアの社員を救ったところで、そこから何人がお客になるかわからない。

 でも、店主さんはかなりの長生きと聞いたことがある。つまり、店主さんの感覚だと、今生きている人と、それ以降に生まれる人も含めてお客になりうる人を考えているのかな。


「僕にはまだ店主さんの思想には追い付けそうにないですが、いつか理解できるよう努力します」

「努力する必要はありません。貴方とワタチは根本的に違います」

「人間と悪魔ということですか?」

「はい。なので理解する必要はないんです」


 その言葉を聞いて、ここだけは僕は否定したかった。


「僕は『寒がり店主のオカルトショップ』の店員です。店主さんを理解したいです」

「そうじゃな。今の悪魔店主の発言は失言じゃ」


 イナリもニカッと笑った。


「……はあ、多少悪魔の考えを教えて、少し距離を放そうとしても無駄でしたか」


 やはり先ほどの店主さんの様子が少し変だったのは、それが原因か。

 最近仕事にも慣れて、悪魔に対する抵抗が少し減ったなーと思っていたけど、突然店主さんが冷たくなったし、きっとそういうことかなと思った。


「イナリと契約をしている以上、僕は普通の人間とは少し違います。なので、全てを理解できなくても、お店で働くために必要な知恵やノウハウは教えてください」

「わかりましたよ。たった四十年くらい、ワタチにとって瞬きも同然ですからね」


 喧嘩とまではいかなくても、少し店主さんと言い合えたことは、少し嬉しくもあり、ちょっとだけ楽しくも感じた。


 今回は店主さんのウルトラ偏った思想の物語なので、決して正解では無いと言うことを声を大きくして言いますね!!!


 誰かの大怪我や最悪の場合は死の事故がなければ変わらない場面は色々ありますよね。ゲームでも親友が死んで強くなる主人公という展開は熱いですが、実際のところは「死んだことがきっかけで変わったけど、やればできたんじゃね?」という感じです。とは言え、死は一番わかりやすい大きなきっかけであり、一番軽んじてはいけないことですよね。


 無感の壺についてはモチーフこそありますが、諸説あるので紹介は控えます。ただ、疲れなどが吹っ飛ぶ感覚を得られるだけで体は追いついていないというのは色々な物にありますね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ