吸血薔薇の万年筆
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「この商品をそろそろ出して、そちらは一旦バックヤードに入れましょう」
「はい。この本を……おっと」
忘れないようにメモを取っていたのだが、まさかのインク切れ。
「すみません、店主さん。ペンって売ってないですか?」
「ペンはありませんが、今日一日だけでしたら、ワタチの万年筆をお貸ししますよ」
そう言って、木製の万年筆を手渡してくれた。
試しに紙に書いてみると、赤いインクがすらすらと走る。どこにインクカートリッジが入っているのか分からない、不思議な形をしていた。
「あ、使いすぎにはお気をつけください。それ、使用者の血液を吸って、筆先に出す仕様なので」
「この赤色って僕の血!?」
わー、想像以上にヤバいやつだった!
「初めて見る道具ですけど、非売品なんですか?」
「はい。これはワタチが悪魔の道具を作る際に使用するもので、最少量の血で悪魔文字を書ける優れモノです。指で描くと太くなって失敗しますからね」
さりげなく、すごいことを言ってない?
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在庫が減ってきたので、店主さんが新しく道具を作るらしい。初回ということで、作業の様子を見せてくれることになった。
「もしかして、全部店主さんが作ってるんですか?」
「レプリカグリモレベルの物は掘り出し物ですけどね。空腹の小悪魔ちゃんキーホルダーや分岐カメラ、この吸血薔薇の万年筆程度なら作れますよ」
「程度」とか言ってるけど、どこが基準なのか分からない。というか、僕は小悪魔ちゃんキーホルダーすら作れないし、そもそもあれって簡単に作れるようなモノなの……?
作業自体は、見るぶんには簡単そうに見えた。店主さんが各地で集めた古い箱や衣服に、万年筆を使って何かを書き加えるだけ。
空腹の小悪魔ちゃんキーホルダーについては、粘土を丸めてコウモリの羽を突き刺し、ものすごい速さで目を描き込んでいた。もはや職人芸である。
「で、これに術式を唱えて、ポンしてポポンすれば、呪物の完成です。アンニャラーホニャラーっと、はい!」
『ギャギャギャ!』
『グッゴアアア!』
「ぬあああああ!?」
突然、服や小悪魔ちゃんキーホルダーが動き出した。いや、術式って何だったの!?
動くのも意味不明すぎて、夢でも見ているような異様な光景だった。
「ほらほら、先ほど契約に入れたとおり、ワタチとこの人には襲いかからないでくださいね。購入者が現れたら新しい契約を結びますから、それまでは大人しくしていてください」
『ギャ』
『ガ』
店主さんの一言で、『商品たち』は床にぼたぼたと落ちた。
「とまあ、こんな感じで生産しております。本当は柴崎様にもお手伝い願いたいところですが、さすがに悪魔契約はさせられませんので……この散らかった状態を整理していただけるだけでも、大助かりです」
「て、手伝います!」
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一通りの片付けと、お客様対応を終えるころには、あっという間に一日が終わっていた。
「ふう、今日も良い一日だった気がする」
「それは何よりです。あ、明日は定休日なので、お休みですね」
「え、社会人に休みってあるんですか?」
「貴方の前職の上司、ワタチより悪魔ですね!」
本物の悪魔に驚かれてしまった。
「いやあ、毎日やりがいがあって楽しかったので、逆に休みって何をしたらいいか分からなくて」
「そうですか……おや?」
店主さんが僕の後ろを見た。そこには、ガウスがちょこんとお座りして、こちらを見ていた。
「でしたら、ガウスと一緒に散歩でもいかがですか?」
「え、でもガウスって所々中身が見えてて、危なくないですか?」
「ガウスも立派な悪魔です。力が足りないだけで、それを補えば一時的な修復は可能です。この吸血薔薇の万年筆を、この器に突き立ててください」
言われた通り、白い器に万年筆を突き立てると、赤いインクがすーっと流れ出し、やがて血だまりとなった。
「これをガウスに飲ませてください」
「ガウスに……ですか?」
恐る恐る差し出すと、最初は匂いを嗅いでいたガウスが、やがて舌で血を舐め始めた。うわ、自分の血を飲んでる!
しばらくして飲み終えると、ガウスの見えていた傷跡は消え、見た目は普通の犬になっていた。
「おおー! これなら普通に散歩できる!」
「見た目だけは完璧です。ただし一点、注意点がございます。この子は悪魔です。冗談でも“あの人を噛んで”などと命令なさらぬよう。本気で噛みに行きますので」
さらっと恐ろしいことを言うなあ。でも、たしかに剥製だったわけだし……。
「あ、でも明日、一度お店に寄らないと」
「なぜですか? ガウスを連れて帰れば、朝から一緒にお散歩できますのに」
「いや、僕アパート暮らしで……ペット禁止なんです」
「これ、剥製ですよ?」
「……たしかに」
なんだか脱法している気分になる!
「万が一誰かが来ても、“剥製になれ”と命じれば、一瞬で元の姿に戻ります。柴崎様の血を与えた今、この子の主は貴方です。むしろ、ワタチの命令はもう通じません」
「え、ずっと一緒にいたのにですか?」
「悪魔とはそういうものです。ワタチは少々特殊ですが、他の悪魔に情けや人情はありません。ガウスも、主が変われば懐かなくなります」
冷たいなあ。まあ、剥製だから冷たいんだけど。
「分かりました。じゃあ、明日はガウスと一緒にお散歩して、楽しい休日にしますね」
『バウ!』
植物に触れると肌が荒れる『草負け』って、植物にあるすっごい細い棘が刺さって、そこから肌荒れの原因になる液体を出すとか出さないとか。
今回はその植物が人に刺さるという部分からヒントを得ました。もしかしたら調べれば血を吸う植物があるかもですね。食虫植物がいるくらいですものね。