ー幕間ー新居初の休日
☆
新しい家に引っ越してから初めての休日。引っ越し休暇は実質休暇では無かったから、本当に羽を伸ばせる日だ。
そして何を隠そうこのマンションはペットオッケーで、ガウスを自宅に入れることができる。つまり……。
「ガウス―おいで―」
『ガウガウ!』
今まではひっそり遊ぶことしかできなかったけど、ここに引っ越してからは思いっきり遊べる。さすがに走ったりするのはできないけど、部屋に堂々とガウスを入れられるのが嬉しいね。
「はい、これから散歩に行くから血を飲んでね」
『ガウ』
「その光景だけが常識とかけ離れているのじゃ」
僕とガウスのやり取りに冷たい視線を送るイナリ。いつもは巫女っぽい服装を着ていたり、お店ではエプロンを付けているけど、今は女児アニメのティーシャツと短パンというすごくラフな感じだ。
「黙ってたら可愛いと思うけどなー」
「世事は結構じゃ。ワシの体は『イズモの粘土』で作られた作り物じゃから、実態は人の形では無いかも知れぬぞ?」
それはそれで見てみたい。
☆
なんだかんだでイナリは散歩についてきてくれる。契約の関係でついてこないといけない状態なのかもしれないけど、『気にするな』と言われたから気にしないことにした。
もし不満があったら言うように言ったけど、全く言わないんだよなー。なんか我慢させている気がしてちょっと悪い気もする。
「え!? し、柴崎君!?」
「あれ、横山さん?」
目の前にジャージ姿の横山さんが登場。そう言えば休みの日はジョギングをしているって言ってたけど、この辺もジョギングコースなのか。
「し、柴崎君、その……隣の女の子は……?」
「え?」
あ、イナリの事か。
うーん、何て説明しよう。ホムンクルスって言うわけにもいかないし、娘って言っても大きいし。
「娘じゃ」
「むす!?」
「おーい」
はっきり言ったね。あと、娘では無いよ!?
「家族で……子供と一緒に……犬のお散歩……」
「横山さんの目に光りが無くなってる!」
「今の状況で最善の回答じゃと思うが?」
「ややこしくなったよ! せめて親戚の~とか言ってよ」
「せめて……じゃあ本当に娘なの?」
しっかり本人の前で内輪の話をしていたよ。僕ってやはり馬鹿なのかな。
☆
「美味しいのじゃー。パリパリのチョコが入ったアイスは最高じゃー」
『ガウガウ!』
イナリとガウスには公園で遊んでもらいつつ、棒アイスを渡して、しばらく自由に遊んでもらうことにした。
「ちょっと訳ありで預かっている女の子なんだ。にわかには信じられないけど、あんなに大きな女の子がいたら、先月まで一緒に働いている時点で気が付いていたもんね」
親族の子供を預かっているという切り札が使えなくなり、色々と訳ありで預かっているということで話がついた。実際色々と訳ありでイナリは僕から離れられないから嘘では無い。
「横山さんは、その、あれから元気でしたか?」
横山さんは悪魔道具の影響で、一時期苦手な上司が毎日夢に出てくる夢を見るという呪いにかけられていた。それ以外にも強い呪いもかけられていて、それらを吹き飛ばすため野良神社でお祓いをした。
その一件以降会ってなかったから、実は心配だった。
「元気……ではあるけど、色々と複雑かな。あれから会社はさらに悪化しているし、先輩のセクハラも増えたから、正直辞めたいかも」
「辞めないんですか?」
「それも考えたけど、辞めれないかな。就職活動には良い思い出が無いから、あれをもう一度経験するっていうのはちょっと気が引けちゃってね」
横山さんにとって先輩からのセクハラよりも就職活動の方が嫌なんだ。
「柴崎君が働いているお店で雇ってくれるなら、すぐに辞めるかな」
「!?」
その言葉に僕はすぐに返答しようと思った。是非一緒に働きましょうと。店主さんならきっと一人雇うくらい問題ないだろうと。
だが、それを横から遮ったのはイナリだった。
「甘えるでないぞ」
「え?」
あまり聞いたことがない、強い口調で僕も驚いた。
続けてイナリは横山さんに詰め寄った。
「お主がやったことはごしゅ……柴崎殿を利用しているに過ぎぬ。ワシはお主をよく知らぬが、柴崎殿は理不尽な解雇の後路頭に迷って運良く今の職場にたどり着いた。良い部分だけを横取りなんて思わぬことじゃ」
「ちょっとイナリ。それはあまりにもひどい言い方じゃないか?」
「お主も簡単に引き入れようとするでない。『あの場所』は確かに良い場所に見えるが、ワシから見れば最悪の職場じゃ。秘密保持契約がある故、内容は言えぬが、お主はその仕事にその女子を巻き込めるのか?」
……それは、確かに言えないし、巻き込むことはできない。
そもそも、横山さんを苦しめた呪いの一部も、僕の店で買った商品。つまり加害者側である。それを知ったら、どう思うだろう。
「あはは、振られちゃった。確かにイナリちゃんの言う通り、無意識とは言え私は柴崎君を利用していたのかも。ごめんなさい」
「いえ、別に気にしていません」
「イナリちゃんも、はっきり言ってくれてありがとう。子供とは思えないよ」
「うむ、ワシはそこそこ大人じゃ」
「そっか。うん、もう少し頑張るよ」
そう言って横山さんは歩き出した。
その背中は少し寂しそうな雰囲気をまとっていて、僕は声をかけずにはいられなかった。
「あの!」
呼び止めると横山さんは振り向かずに立ち止まった。
「頑張って続ける必要はないんじゃないですか?」
「ううん、頑張るの。頑張って辞めて、頑張って次の仕事を探した方が、今の仕事よりも楽だと思いたい。うん、そう願ってる」
そう言って、一度も振り返らずに横山さんは去っていった。
束の間の休日パートです。
例えば文化祭や体育祭で、裏では凄く頑張ってるのに『見られていないから』評価されない人はいますよね。それ故にちょっとした評価が心に刺さって、成果を全て渡してしまう人もあると思います。
……うん、私です。
渡す訳では無いんですけど、表で目立つ人が奪うような状況はどこの世界にもあるかと思います。そして、その奪うと言う行為は全てが悪気があった訳では無いこともあります。
今回の柴崎君は前職で唯一お世話になった先輩が困っていたから、手助けをするラインが緩んでいた状況を表現してみました。




