コーランの交換日記
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今日は初めて終日店主さんがいない日である。
というのも、今朝連絡があって、どうやら店主さんは昨日悪魔道具を大量に作り、その際に大量の血を消費してしまい、貧血で動けないらしい。
「あの悪魔店主に血が通っているとは……想定外じゃ」
「店主さんに言ったら減給されるかもよ?」
「それは困る。あの悪魔店主いてのこのお店じゃからな!」
と言っても食費とか家賃とか僕が払ってるんだけどね。そもそもイナリの雇用体系ってどうなってるんだろうか。
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こういう時に限って忙しいことこの上ない。別に祝日というわけでもないし、そもそもここって路地裏で人が集まりそうな場所じゃないのだけど、今日は店の中に最低でも三人くらいはいる状態だ。
「すみません店員さん、これはどんなアイテムですか?」
「えっと、これはウィジャボードですね。こっくりさんの海外版です」
「へー、これを買います!」
インテリアとしてはかなり不気味。でもこういうのが売れちゃったりもするんだよね。そこそこ高いけどね。
「可愛い定員さん、これは何?」
「うむ、これは」
そしてイナリも大忙し。
ここまでお客さんが多いと万引きも出てこない。ガウスも今日はおとなしく剥製のふりをしている。
「凄い……あの剥製本物みたい」
「こわいねー」
……頑張れガウス。恐怖の感情が大好物のガウスにとって、今は『待て』をさせられている状態だ。
「あのー店員さん、こちらはどういう商品でしょうか?」
「あ、これは特殊な紙が使われてて、中に小さなコンピューターが入ってるんです」
ちょうど最近覚えたての商品の『コーランの交換日記』。これは文字を書くと、面白い答えが返ってくるというもので、最近流行りの生成エーアイでの会話のようなことができる。
「例えば今日の晩御飯は何が良いか聞いてみてください」
「えっと『今日の夜ご飯は何が良いでしょうか?』」
書いた文字がスーッと消えて、代わりに別の文字が浮かび上がってきた。
『カレーかもしれませんね』
「すごーい!」
見た目がちょっと面白いだけで、実際スマートフォンでも無料で提供されているサービスもある。まあ、ちょっと違うだけで新しく感じるものもあるだろうね。
おっと、そうだ。これの注意点を言わないと。
「ここで返ってきた返事はほとんど当たらないので、気を付けてください」
「そうなの?」
「はい。しかも、場合によっては都合が悪い方向を優先的に外してきます」
例えば、入院中の家族が手術をするのだけど大丈夫かと聞くと、ほとんどの確立で『大丈夫』と返ってくるらしい。
未来を捻じ曲げてくるレベルで危険な道具じゃないかと聞いたら、店主さん曰く『未来を変えているわけでは無い』とのこと。交換日記の中の悪魔は書かれた内容から他の情報を集めて、そこから結末を変えるらしい。それは未来を変えるというものではなく、現時点で妨害をするものらしい。何が違うのやら。
「重要な会話は避けて、それと全てのページが黒くなって文字が見えなくなったら終了です」
「使い捨てなんだ……まあ、値段もそこまで高くないし買います!」
「ありがとうございます!」
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翌日のお昼休みは店主さん特製の唐揚げだった。
もうね、美味しくて涙が出そうだったよ。というか泣いていたよ。
「ワシが悪魔店主を尊敬する所はと問われたら、間違いなく料理と答えるのじゃ」
「僕は料理を含めて全部って言うけどね。優しいし理想の上司だよ」
「おや、褒めても何もでませんよ。あ、唐揚げが二つ余っているので柴崎様にあげますね」
「わーい!」
「ぬ! 二つあるのなら一つワシにくれ!」
やはり店主さんのお昼ご飯は最高だった。
「昨日は問題ありませんでしたか?」
「はい。お昼休みのコンビニ弁当がちょっと冷たかったこと以外は問題ありません」
「コンビニ弁当は冷えてても美味しいという研究も行った上で売ってますからね。とは言え、あえて冷まして美味しくなるお弁当を作るよりも、出来立てを食べた方が良いでしょうけどね」
お酒とか発酵食品は時間を経て美味しくなるモノだけど、多くの料理は出来立てが美味しいもんね。
「こほっ、なにやらバックヤードから美味しそうな香りがしますね」
「おや、疫病神様。いらっしゃいませ」
人がちょうどいない時間に疫病神さんがやってきた。今日も変わらず額に冷却シートを付けて、頭の上には水の入った袋が置かれている。
「疫病神様も食べますか? 唐揚げはもう材料はありませんが、かき揚げなら作れますよ?」
「遠慮するです」
「疫病神さんは神様だから店主さんの料理を食べれないのでは?」
「いえ、もしも悪魔を召喚したり悪魔の道具を使った場合は食べれませんですが、悪魔店主さんの料理は全て人が料理する環境と一緒です。なのでヤクも食べれますが、今はちょうど病を食べたばかりで食欲が無いんです」
お腹がいっぱいで食欲が無いのか、それとも病で食欲が無いのかわからないけど、疫病神さんも店主さんの美味しい料理を食べれるんだね。
「悪魔店主! 唐揚げは無理でもかき揚げなら作れるのなら、是非作って欲しいのじゃ!」
「あー、余計なことを言ってしまいました。ちょっと待ってくださいね。あ、柴崎様はどうしますか?」
「食べます!」
書いたものが絶対に現実にならない不思議な書物はネタとして考えていたのですが、必ず穴が生まれてきます。そこで悪魔からの返答を返すことで穴を埋めました。




