バンブーメイデン
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ふと気になったことがあった。
「店主さん、質問です」
「なんですか?」
「アイアンメイデンってあるんですか?」
その質問にイナリが突然僕にしがみついてきた。
「ワシが悪かった! 寝相は不可抗力じゃて!」
「ちがっ……くるじい!」
「寝相は何とか頑張るからアイアンメイデンにワシを入れるのは勘弁じゃ!」
「しないしない……だがら……その手を……」
首が……息がっ!!
☆
何とかイナリの誤解を解き、ようやく落ち着きを取り戻した。
イナリがなぜこのように怯えていたかと言うと、僕が名前をつけたことによりイナリとは主従関係となった。
で、基本的には近くにいないといけないらしく、僕の家に住むことになった。
きちんと別室を用意して、別々の布団でちゃんと寝たんだけど、イナリは寝相が相当悪く、朝起きたら僕の隣で寝ていた。
そこで、店主さんが『アイアンメイデンを使って固定すれば良くね?』的なことを言ったんだけど、当然僕はイナリにアイアンメイデンを使おうとは思っていない。
ただ、現物が存在するのかどうかちょっと気になったのだ。
「アイアンメイデンは悪魔のワタチでも驚く道具ですね。大きな鉄の箱の内側には針がたくさんあり、扉の内側にも針があります。中に人を入れて扉を閉めるとー」
「わーわー、それ以上は聞きたくありませんー」
知ってたけど、淡々と話されるとちょっと嫌だー。
「当時こそ極悪非道な拷問器具であり、『調理器具』でしたが、オカルト好きな人に向けてこういう雑貨もあります。これは悪魔道具ではありませんね」
……調理器具という点はスルーしよう。
と、首を横に振っていると、小さな鉄の箱を店主さんが持ってきた。
「これは……小さいアイアンメイデン?」
「うむ、ミカンくらいしか入らぬの。針も少ないのじゃ」
「プチメイデンです。まあ、果物つぶし機ですね。ただ、雑につぶすので、あまり良い商品とは言えません」
実際にミカンを入れて蓋を閉めたけど、色々な場所からミカン汁が出てきて、実用的では無い気がする。でも入れた物によってはグロいかもしれないな。
「で、ワタチのお店では『バンブーメイデン』という商品があります。一応サイズ的にイナリ様も入る箱なので、寝相矯正器具としては良いと思います」
「なーにが『竹の少女』じゃ! ちょっと柔らかくなったって感じで言ってるが、竹って古来の日本の戦争では武器に使われた物じゃぞ!?」
だからイナリに使わないって。
それにしても、インターネットで見た『アイアンメイデン』と形が似ている。女の人っぽい顔がついていて、首から下が開いていて空洞になっている。
内側にはしっかり竹が何本もあって、実際この中に入って扉が閉まったら大けがでは済まない気がする。
「こっちのプチメイデンはただの雑貨ですけど、『バンブーメイデン』は悪魔道具なんですか?」
「ふふふ、これは昨今害獣被害対策として試作した道具です。付与した悪魔は人間以外の血を好みます。この中にクマなどが入ったら扉は自動的に閉まり、調理可能な状態まで血抜きやら下ごしらえやらをしてくれる優れものです!」
「なんじゃ、脅かしおって。それならワシが入っても大丈夫じゃな」
そう言ってイナリが近づいた。
『人間以外の動く物体、発見。確保スル』
「ぬ!?」
目で追えない速さで『バンブーメイデン』は前進し、イナリを中に入れた。そして扉が閉まった!
『ぬおおおお!? おい悪魔店主、話と違うぞ!』
「ふむ、悪魔との契約に抜けがありました。人間以外は捕らえないという条件で契約をしましたが、これではペットなども対象内になってしまいますね。イナリ様、身をもって確認していただき感謝です」
「いやいやいやいや、店主さん。イナリが中で串刺しになってるんじゃないの!?」
「念には念を考えて竹の長さは短くしています。イナリ様の大きさなら大丈夫……だと思います」
『大丈夫なわけあるか! 今ワシの腹に思いっきり刺さっとるわ!』
刺さってるの!?
「あー、大丈夫です。ワタチと柴崎様は見ていません。いわゆるシュレディンガーの猫状態です。中で串刺しになっているかどうか、それは中を見てみない限りわからないということです。つまり、中のイナリ様は嘘を言っている可能性もあります」
「全然嘘を言っているように見えないんですけど!?」
「仕方がありませんね。これはまだ試作機ですし、今回は良いでしょう。イナリ様、その道具は悪魔道具なので、光っぽい属性の魔術を使ってください。そうすればすぐに壊れます。ガウスは一分ほどお店から離れてください」
『ガウ!』
『いわれなくてもおおおお!』
その瞬間『バンブーメイデン』から凄まじい光を出した。すると、動きがピタリと止まり、扉が開いた。
☆
「おいしいのじゃー。美味なのじゃー。味覚がある体は一段と異なるのじゃー」
すこぶるご機嫌なイナリ。
バンブーメイデンを破壊した後、しばらくの間イナリのご機嫌は悪かった。さすがに今回ばかりは店主さんも不注意だったということで、お昼ご飯はイナリのリクエストに全力で答えることで丸く収まった。やっぱり店主さんのご飯って強い。
「イナリはやっぱりいなり寿司が好きなんだね」
「名前が一緒なのは偶然じゃが、元々狐の妖怪になりかけていた無名の霊体じゃからな。名も知れぬ祠に住んでいた時に人間さんがいなり寿司を持ってきてくれたから好きになったというのもあるのう」
「ではワタチはその人間様に感謝ですね。労災で訴えられてもおかしくない案件をいなり寿司で和解なので、これほど被害が小さいことはありません」
あれ、よく見ると店主さん、少しだけ疲れているように見える。
「えっと、店主さん、もしかして具合悪いんですか?」
「そう見えたのでしたら気のせいです。単に疲れと、これから急いで製品を作らないとと思うと、ちょっと大変だなーと思っただけです」
「え、普段から作ってると思うけど、どうして急に?」
「あ、柴崎様は気が付きませんでしたか。ガウスだけは自分で動けるので退避してもらいましたが、お店の悪魔道具を見てみてください」
店の中の悪魔道具を見るって言っても特に変わったモノは無いけど。
例えばこの自分の血を吸ってインクにする『吸血薔薇の万年筆』も見た感じ変わらないし、字も……あれ、書けない?
「イナリ様の神々しい光のお陰で、このお店は『ただの不気味な雑貨店』になりました。取り急ぎ空腹の小悪魔ちゃんキーホルダーの作成は行いますか」
「できる範囲で手伝いますね」
「ワシは悪くないんじゃが……ご主人が手伝う中でワシだけ何もしないのも悪いから何か手伝うぞ」
「良い従業員に囲まれてワタチは嬉しいです。ハハハ」
この後、店主さんはみるみる顔色が悪くなってきた。
クアン先生にメッセージアプリで『レバーを店主さんに買ってもらえませんか?』と言ったら、快く引き受けてくれた。
今回はしっかり悪魔道具のお話ですね!
さて、アイアンメイデンは拷問器具としても有名ですが、作中でも『調理器具』と書いたのは、当時これを使っていたエリザベートさんが中に女の人を入れて、そこから出てきた血を飲んでいたとかなんとか。
医学的な根拠はありませんし、むしろ感染症などが今なら考えられますが、当時は若い血が美を保つーなんて言われていたとかなんとか。
今でこそこういう器具が使われることはありませんし、ファンタジーな物語だからこそポップに書けますが、当時の方々はこれを前にどれほど恐ろしいと感じたことか、想像できないですね。




