せせらぎアイマスク
☆
新居に引っ越しをして、引っ越しそばまで作ってくれたのに、まさかの引っ越し祝いということでプレゼントまで貰った。
そろそろ日も落ちて良い時間なので、店主さんは自宅に帰ることになった。
「ではまた明日。おやすみなさい」
「はい。店主さんもお気をつけて」
「気を付けるのじゃ」
そう言って見送り、扉を閉めた。
「のうご主人、悪魔店主に『気を付けて―』と言うよりは、悪魔店主に会う者に『気を付けて』と言うべきでは?」
「思ったけど、店主さんは女性だからね。悪魔で強くても、一応言わないと」
もしも不審者が出てきたら、あらゆる方法で撃退するだろう。きっと僕が想像する以上にドロドロでグロテスクな状態に……おー怖い怖い。
「ではご主人、風呂に入るぞ」
「うん、先に入っちゃって」
「む、一緒に入った方が節水になるぞ?」
「そうなんだけど、ちょっと話し合おうか」
考えないようにしていたけど、一緒に生活をするとなると避けられないことである。同棲する人ってこういう時、どういう会話をするんだろう。
「言っておくがワシの体は作り物じゃし、何より見ての通り子供じゃぞ?」
「作り物なら風呂って入らなくて良くね?」
「作り物なのに食事は必要で、汗もかく。つまり風呂は必要じゃな。別に親族の子供と一緒に風呂って思えば問題なかろう」
「イナリが気にしないなら別に良いけどさ……」
☆
一緒にお風呂に入った。
……えっと、結論から言うと、本当に何も感じなかった。
一応、あまり見ないようにはしたんだけど、いざ一緒に入ってみると、全然照れるって感じもなかったし、そもそもイナリが普通に話してくるから、徐々に緊張が無くなって、途中から何も思わなくなった。
最終的にドライヤーで一緒に髪を乾かしあったりして、親戚というか兄妹みたいな感じで接する感じになった。妹がいたらこんな感じなのかな。知らないけど。
「ということでそろそろ寝ようと思うんだけど……なんで僕の部屋にいるの?」
イナリが正座をして僕の部屋のすみっこにいる。
ちゃんと自室もあるし、そっちに布団を敷いたんだけど、今度はなんだ?
「今更気が付いたのじゃが、この体……睡眠を必要としておらぬ!」
「ええ!?」
つまり、僕が寝ている間はイナリは暇ってことか。
「……僕には特に関係ないか。おやすみー」
「おおおおお、待たれよ! ごしょうじゃ!」
こいつ、布団にもぐりこんできやがった!
お風呂では別になんとも思わなかったけど、さすがにここまで至近距離だと少しだけ緊張する。なんか髪から良い匂いするし、顔近い!
「なんとかせぬならお主が寝ている間もここにおるぞ。そして悪魔店主に言いつけるのじゃ」
「それは困る。今僕が困るのは社会的に殺されることだ。と言われてもどうしろと……」
とりあえず引っ越し道具の中に何かないか探してみたけど、そもそもイナリに効果がありそうなものって悪魔道具くらいだよね。僕って個人的に悪魔道具を持っているわけではないし、どうしろと……。
そういえば店主さんから引っ越し祝いを貰ったけどついでに中身を空けてみるか。
「お? これは」
中を開けると、そこにはアイマスクと手紙が入っていた。
手紙を読んでみると『今回のホムンクルスは眠気という感覚が無く、通常寝ることはできません。このアイマスクを使うことでホムンクルスを眠らせることができます』と書かれてある。さすが店主さん、色々と都合が良くて助かります!
「ということでイナリ、このアイマスクをしてくれ」
「うむ……え、何その悪趣味なアイマスク。それを付けろと?」
「え?」
そう言えば内側は見たけど、外側は見ていなかった。ひっくり返して確認……うお!?
なんかすごい巨大な目玉が二つ書かれてあるんだけど!
平面のはずなのに、ちょっと離れてみると立体に見える。うわーすげー。
「とりあえずこれを付けると寝れるらしいし、柄は我慢してよ」
「うむ……騙されたと思って付けてみるグー」
つけた瞬間寝た!
しかも見えない速さで僕の布団にもぐりこんだんだけど!
「……今日はイナリの部屋で寝るか」
☆
翌朝。僕は体中の痛みに耐えながらイナリと一緒にオカルトショップに出社した。
「おや、おはようございます。え、何でボロボロなんですか?」
「なぜって、店主さんが渡したアイマスクの所為です」
「そうじゃ!」
僕とイナリがクレームを言うと、店主さんは不思議なものを見る目で僕たちを見た。
「お渡しした引っ越し祝いは、あらゆるモノを眠らせ、取り外さないと起きないというもので、物理的な被害は無いと思いますが」
「ですが、突然イナリが別室にいる僕に向かって叩いて来たり抱き着いて来たりしたんですよ!」
「そ、そうじゃー!」
最終的に僕はアイマスクを剥いで、イナリを起こした。そう言えばいくら叫んでもこいつは起きる気配が無かったな。
「ふむ、単にイナリ様は悪魔級に寝相が悪いみたいですね。今度アイアンメイデンの針無しバージョンでも用意しておきますか」
「お願いします」
「そうじゃーないわ! おい待てご主人! いくら日本生まれのワシでもアイアンメイデンはわかるぞ!」
ホムンクルスが寝るのかという疑問に関しては、そもそもホムンクルスが存在するのかという部分から考えないといけないので、本作では道具を使って寝るというところに着地しました。まあ、寝相は最悪ですが、、、。