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無力の手袋


 ☆


 今までお金に興味が無かった僕だが、そんな自分を褒めたいと今日ほど思ったことは無かった。

 前に住んでいたアパートはかなり安く、最低限の生活ができれば良いと思っていたし、ご飯もこだわりが無かったから毎日安いカップ麺を食べていた。

 久しぶりに通帳を見て、思った以上にお金が貯まっていたから、いっそのこと引っ越そうと決心した。


「ここがワシの新たな住処か!」


 個室が三つあって、キッチンとベランダがある月十五万円の賃貸マンション。


 ……が、富樫オーナーの一言で月一万円になっちゃった!

 もしかして前のアパートよりも安いんじゃ無いかな!?


「ご近所付き合いはとても大事です。とは言え、富樫様に借りを作った気もしますが、まあ良いでしょう」

「僕のような一般サラリーマンが住むには豪華すぎますけどね」


 全自動の入口にオートロックの扉。全室防音で子供も安心な高級住宅。

 最初はもう一つ桁が多いマンションを勧められたけど、身の丈に合ってない住処は身を滅ぼすだけだと申し出て、今の(と言っても十分凄い)マンションになった。


「わざわざ定休日に引っ越しの手伝いをさせてしまってすみません」

「構いませんよ。引っ越しにはお蕎麦も食べなければいけませんし、人手は多い方が良いでしょう」

「そうですね」


 とは言っても、僕と小さな店主さんと小さなイナリの三人。部屋までは引っ越し業者に運んでもらうけど、それ以外の細かい移動はどうしようか。


 ☆


 引っ越し業者にテレビやタンスなどを運んでもらい、ある程度形になった。


「ではこちらにサインをお願いします」

「ありがとうございました。これで良いですか?」

「はい。またのご利用を!」


 清々しい引っ越し業者が去っていく。やはり運動部出身なのかな。


「さて、小物が多いとは言え積み重なった段ボールを下すには力が必要です。そこでこちらを使いましょう」


 そう言って店主さんは道具を取り出した。


「手袋ですか?」

「『無力の手袋』です。サイズが小さいのでイナリ様専用です」

「うむ、軍手のようじゃな……ぬお、見ろご主人。重そうな段ボールがこんなにも軽いぞ!」


 すごい勢いで重そうな段ボールを上下に動かすイナリ。シェイクされている感じがして、中身が心配なんだけど!


「これは簡単に言うと触れた物の重さを感じなくなる手袋です。重たい荷物を持つ際に便利です」

「それは凄い」


 ……うん、良い点しか言ってないな。


「ちなみに手袋を外すとどうなるんですか?」

「さあ! 今日だけでもできる限りの荷下ろしはしてしまいましょう!」


 すごい勢いでごまかした!


 ☆


 夕焼けが見える時間に大半の荷物の仕分けが終わった。僕の部屋とイナリの部屋はきちんと別々で、リビングはお客さんが来ても良いように大きなテーブルや椅子が四つほど置いて、部屋らしくなった。


「それでは『そろそろ人ならざる者でもヤバい』と思うので、軍手を外してください」


 ……絶対手袋にはデメリットがあると思っていた。


「ご主人……ワシがもしも倒れたら、いなり寿司を毎日供えてほしいのじゃ」

「あきらめるなイナリ。まだ大丈夫かもしれないじゃん!」

「そうですよ。そもそも柴崎様に手袋を付けず、貴女につけたのはきちんと理由があります」

「うむ、では、外すぞ!」


 そう言ってイナリは『無力の手袋』を外した。


「む、何とも無いな。おお、つまりこの手袋は付けるとどんな重い荷物も軽々と持ち上げる優れものなのじゃな!」


 感動しているイナリ。と、しばらくするとイナリの動きが徐々に鈍くなってきた。


「おい悪魔店主。この腰の痛みは何じゃ?」

「この『無力の手袋』は筋肉に与える疲労を付けている間だけ吸い取ってくれる悪魔が付与されています。外すと蓄積分が襲ってきます」

「つまり……ぬ、やばいぞ、この妙な腰がウズウズした感じは……ヤバい筋肉痛じゃ!」


 身動きが取れないままイナリは前に倒れかかり、僕は瞬時に支えようとした。


 ……ごめん、間に合わなくて頭が床にぶつかっちゃった。


「ごしゅじん……ひどい」

「ごめんって。倒れるなら言ってよ。いや、僕が遅かったのが悪いんだけどさ」

「一応補足ですが、この手袋はそこそこ売れています。筋肉痛というのは普段運動していない人や、許容範囲を超えた運動をすることで発生するものです。つまり、すごく運動している人はそこまでダメージがありません」


 他の商品のデメリットと比べると、筋肉痛で済むからまだマシなのかな。


「それとホムンクルスなので万が一が起こっても大丈夫だろうという浅はかな考えから、イナリ様に着けました。まあ、ホムンクルスが筋肉痛になるかどうかも確かめられたので、色々結果オーライですね」

「浅はかって自分で言ったぞ! ご主人、やはりあの悪魔店主は悪魔じゃ!」

「悪魔なのは知ってるけど、もしかしたら計り知れない信頼の上での発言かもだよ?」


「……うむ、それなら仕方が無い」


 あれ、もしかして僕、今良い感じに言いくるめちゃった。あ、店主さんがニマニマしてる。うわー、僕っていつから心が汚れちゃったんだろう。


「ホムンクルスの治癒力は凄いので、辛いのは数時間です。その間はお蕎麦を茹でるので、ゆっくりしていてください」


 そして、店主さんがキッチンへ向かって引っ越しそばを作ってくれた。とても美味しかったし、海老天もサクサクしていて美味しかった!

 とある栄養ドリンクやエナジードリンクは、体力の前借りなんて言われていますね。実際は前借りというか、麻痺させて誤魔化してるかもしれませんが、詳しい仕組みは専門家さんに聞いてくださいね。

 さて、悪魔的なものにも代償というのは必ずついてきますね。わかりやすいのは命や血液。目に見えないものだと寿命ですね。ですが今回はさらによく分からない「疲労」という部分を代償にしました。実際のところ、悪魔は何を求めるか、悪魔にしかわかりませんよね。

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