命削のクラッカー
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お店に戻ると突然『パン!』という音とともに紙吹雪が降りかかってきた。
「何!?」
「お疲れ様です。いやー、正直助かりました。その子をどこに住まわせるか迷っていましたが、適当な言い訳を言って柴崎様に名前を付けてもらって契約をさせることにも成功しました」
「な!?」
店主さんの手には誕生日などで鳴らすクラッカーがあった。でも、不思議なことに飛び散った紙吹雪がクラッカーの中に戻っていってる。あれも悪魔道具なのかな。
「うんうん、その反応はしっかり契約されていますね。名前はもしかして『ごはん』ですか?」
「このティーシャツは意図的に着せたんですか!?」
「はい。まあ、柴崎様の事なので別の名前にするだろうと思っていました。これはネーミングセンスが崩壊していた場合の保険です」
「ぬぬぬ、悪魔店主。やはりお主は悪魔じゃ」
契約について話を聞いてみると、神や疫病神様のような神にとって名前はとても重要だそうだ。場合によっては人には発音できない名前にして、人間から身を守る神もいるとのこと。
「人が妖精に名前を付けたとき、そこには親子のようなつながりが生まれて、生涯をともにすることになります」
「待って店主さん。生涯!?」
聞いていないんだけど!?
「じゃから先日『してやられた』と言ったのじゃ」
昨日。この子狐さんこと『イナリ』は、色々ある候補からイナリを選んだ。その瞬間目が数秒ほど光った。
一体何が起こったのだろうと思っていたけど、もしかして何かしらの契約が成立したのだろう。
「と言うことで今日からお主はワシのご主人じゃ。よろしくお願いしますじゃご主人」
「待って。やっぱり頭が追い付かない。というかそういうことなら店主さんが契約すれば良かったのでは!?」
「ワタチだと都合が悪いんですよ。自宅には頻繁にクアン様もご飯を食べに来ますし、悪魔と契約をした場合は悪魔になりやすく、かなり危険なんです」
「クアン先生がご飯を食べに来るって……え、もしかして『イナリ』は僕の家で寝泊まりするの?」
「ワシ、皿洗いからお洗濯まで頑張るのじゃ……」
待って。突然僕の家に銀髪のケモミミ少女が寝泊まりすることになったんだけど!?
「これは『イナリ様』のためでもあります。ワタチは悪魔ですが、特別どこかの派閥に所属していません。ただ、悪魔という分類にはいます。ワタチと契約した場合はイナリ様は悪魔になりやすいため、将来どちらに所属するかはご自身で決めていただきたいと思いました」
「でも、だからって僕に契約を誘導させなくても」
「すべてを話せばあなたは絶対に引き受けます。そして全ての責任を負います。こうなったのはワタチの所為。一生そう思っていただいても構いません。所詮百年程度妬まれるのはなんてことありませんからね」
妬むなんてことは無いけど……。
「とは言え、それだけではもちろんワタチも罪悪感で押しつぶされます。で、このクラッカーを鳴らすのです」
パーンと音がまた出た。もしかして、飛んだ紙吹雪が戻ったら再利用できる悪魔道具なのか。なんてエコなのだろう。
「ちょっと待て悪魔店主。それは嫌な『気』を感じたぞ?」
「はい。これは『命削のクラッカー』です。一度使うと、使用者は一年寿命を減らします。つまり、一年の時間を犠牲にして奏でる音です」
「とんでもない道具だった! もうそれを鳴らさないでください!」
つまりこの短時間で店主さんは二年寿命を減らしたということか。
「これはあくまでもワタチのけじめです。柴崎様はワタチの責任にすれば良いのです。ですが、ワタチが言うのも変ですが、そちらのイナリ様のことは今後よろしくお願いします」
そう言って頭を下げた。そんなことを言われたら、断れないし、そもそも大恩人の店主さんのお願い何て断ることはできない。
「わかりました。イナリに関しては僕が面倒を見ます」
もうこのお店で働くことになってから予想外の出来事ばかりだ。でも、それも楽しんでいる自分がいる。
「ふう、助かります。あ、一応養うってことになるので、扶養手当は出します」
「ええ!?」
それは予想外。まさかの臨時収入である。
「あ、イナリ様は人間じゃないので人権はありません。ホムンクルスである以上は昼食が必要なので食事は出しますが、給料は期待しないでください」
「ちょっと待つのじゃ!」
店主さんはイナリに対して当たりが強い気がする。
「ということで明日はそちらの荷物を持って帰ったり、部屋の片付けなどもするでしょうから、一日お休みを取っても良いですよ」
そうか。今住んでいる部屋にもう一人住むことになるのか。
……うーん。
いっそのこと引っ越すか!
クラッカーの存在が一瞬なのは、クラッカー自体が主役になれる期間が短いからーという言い訳をしつつ、今回は他の話に重きを置きました。
基本的に1話完結でやって行きたいのですが、どうしてもちょこっと主軸的なものを置きたいなーって欲が出ちゃいましたね。




