身隠しの長布
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商品の品質チェックも兼ねて今日は名無しの少女と服を買いに出かけることになった。品質チェックだからちゃんと仕事である。
「どう、周囲からの視線は?」
「うむ、ワシの耳も尻尾も誰にも怪しまれぬな。このマフラーは凄いのう」
店主さんから渡された『身隠しの長布』は、身に着けると周囲に溶け込めるというもので、見た目はとても長いマフラーである。
「のうお主よ。確かに周囲からの視線はあまり感じぬのじゃが」
「ん?」
「この真夏にマフラーはさすがに限度があるのではないかのう?」
「見てるこっちが暑くなってくるね」
外の気温は三十度。真夏の日差しが突き刺さり、名無しの少女もしっかり汗をかいている。粘土から生まれたのにどうやって汗を作ったのか気になった。
「そのマフラーを付けてると全裸でも溶け込めるっぽいよ?」
「先ほど聞いたが、人口密度に影響するらしいぞ。密集しているところで全裸になるのは大丈夫じゃが、一気に人が減ると平均が変わって、途端に怪しい人になるらしいのじゃ」
さすが悪魔道具。絶対欠点があると思っていたけど、やはりあったか。まだマシな方だけどね。
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服と言ったら僕の行きつけのプニクロ。ここなら何でも揃っているし、値段もお手軽。経費で購入して良いと言われて高級品を買ってお店に迷惑をかけるわけにもいかない。
まあ、最近のプニクロもそこそこ高いって思ってきたけどね。
「もーちょっと可愛いお店で買いたかったのう」
「子狐さん。それに関して反論がある」
仮の呼び名として『子狐さん』と呼ぶことにした。
「なんじゃ?」
「普段の僕は店主さんを凄くリスペクトするけど、その変なティーシャツと短パンで可愛いお店に連れていけるほど僕の心は鋼では無い! というか胸元に『ごはん!』って書いてあるティーシャツを僕は初めて見たよ!」
「た、確かに!」
北海道に旅行へ行ったときも思ったけど、店主さんって普段着は気にしないタイプなのかな。
「じゃがお主。このマフラーを付けていたら、別に良いのでは?」
「試着するときはさすがに取るでしょ。それに店は人口密度も低いでしょ」
「実はワシと一緒に可愛いお店に行きたくないとかではなかろうな?」
「そそそそそんなわけないじゃん?」
……あー、こいつは心が読めるからとても厄介!
そうだよ!
僕は一緒に服を買いに行くような仲の女の子の友達なんていないから、わからないんだよ!
「カカカ。まあ良い。衣服は経費だと言ってくれた悪魔店主の善意に甘えて、今回は我慢じゃ。それなりの服を着たらワシの名前も思いつくじゃろう」
「ちなみに今の第一候補は『ごはん!』だよ?」
「深刻な問題じゃ。早くそれなりの模様の服を着なければ、『ごはん! ごはんを作って』なんて頭の悪い会話が誕生するぞ」
大慌てで服を買い物かごに入れる子狐さん。親戚の年下の女の子と遊んでいる感覚だ。そう言えば元気だろうか。
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服を購入した後、店主さんから頼まれて日用品も揃えた。皿とか箸とかコップとか。
靴は店主さんが使っていない物を借りているから、そこそこ立派なスニーカーを購入。僕が履いている靴よりも高いのは羨ましい。
その間に名前を考えていたわけだけど、まったく思いつかない。というか『ごはん!』が頭から離れない。
「何かないのかのう。狐に関係する名とか、お主の好きな食べ物とかあるじゃろ」
「『イナリ』とかも考えたけど、やっぱり名前だからね」
「でもあのゾンビ犬のガウスはすぐに付けたのじゃろ?」
「悪魔の方程式を考えた人だからね。そう思っているのは僕だけだと思うけど」
方程式か。そう言えばガウス以外にもフーリエやシュレディンガーとか、色々な数学者がいるよね。
「やっぱり『シュレディンガー』かな」
「『イナリ』の方が百倍マシじゃ!」
その瞬間、子狐さんの目が光った。
身隠しの長布のお陰で周囲に怪しまれることはなかったけど、一体何が起こったのだろう。
「……うむ、もしや、これは『してやられた』ぞ?」
存在感を消せても一度見つかれば認識されるなどの術や道具はファンタジーの界隈ではよくありますね。
今回の道具はそれらとは異なり、周囲の姿形から最近を取って一時的に変化させます。作中ではややこしくなるので少女の姿のままにしてますが、実際は色々と変化してます。
悪魔的な欠点の深掘りをすると、例えば周囲に骨折した人が5人くらいいたら、長布をつけた人もその平均を取って骨折します。長布を取れば戻るとは言え、いきなり折れるのはいやですよね。




