イズモの粘土
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最近の日課は、ガウスにミルク味のお菓子を与えることだ。先日、社員旅行で北海道に行き、『畏怖の番犬』と呼ばれるゾンビ犬兼僕のペット兼僕の最高の友達に買ってきたこのお土産はとても気に入ったらしく、一日一つ与えている。
「ほーれガウスー。おやつだぞー」
『ガウ!』
ちゃんと僕の手を嚙まないようにお菓子を舌で取って、それをゴリゴリと食べる。うん、食べている間に頭を撫でると、こっちを見ながら口を動かしている。うん、可愛い。
『おい!』
「わあ!?」
突然僕のスマホから声が聞こえた。正確には僕のスマホについているストラップからである。
「一体何?」
『何では無い! あれから三日。いつになったら狐の名を決めるのじゃ!?』
「いやー、良い感じの名前が決まらなくて。なーガウスー」
『ガウ』
『ほう、ではそこの悪魔犬の名付けにはどれくらいかかった?」
いや……悪魔だし。最初はちょっと怖かったから、大学の頃に苦手だった数学の方程式からつけたから、名づけ期間は一日もかかってないし……。
『ふざけるでない! このままだと『柴崎様のお母様の近くにいた夢魔っぽい狐の妖精』が真名になるじゃろ!』
よく覚えているね。その店主さんが適当に付けた名前。
「しっくりくる名前が無いんだよ。姿形がストラップだし、従業員って言っても声が聞こえるのは僕と店主さんくらいだし、実質戦力ゼロじゃん」
『ゼッ!?』
あー、今のは言い過ぎたな。なんか毎日名前をつけろーって言われて、僕もちょっとイライラしてたのかも。反省反省。
「姿形が無ければ、作ってしまえば良いのです」
突然マリーアントワネットのようなセリフで登場する店主さん。右手には巨大な段ボールを持って出てきた。みかんでも入ってるのかな?
それとも久しぶりに遅い出社だったから、自宅に届いた荷物を持ってきていたのかな。
「おはようございます店主さん。それは何ですか?」
「『イズモの粘土』という物です。いやー、手に入れるのに苦労しました」
「イズモの粘土?」
箱を開けると、そこには大きな粘土の塊が入っていた。
「そこの名無しの妖精は雇ったのに戦力にならないのは非常に問題なので、ここは一つ悪魔らしく『ホムンクルス』を作成しようと思いました」
ホムンクルスって、錬金術で人っぽいものを作るっていうあれ?
『ワシ……役立たず?』
「今は役立たずですが、それは肉体が関係しています。手足が動けば環境が変わる。その手足が無いから何もできない。役に立たないのではなく、今は役に立てない状態なだけですね」
「でも店主さん、ホムンクルスってビーカーとか薬品とか必要なのでは?」
「お、詳しいですね。クアン様との勉強会で知りましたか?」
以前クアン先生と図書館へ行ったときに、悪魔の道具や知識を少しだけ仕入れた。その中にホムンクルスに関しての物語があった。
科学の実験で使いそうな道具を持ち寄って、よくわからない素材を混ぜ合わせて生命を誕生させる。でも、一説ではビンの中でしか生きていけないというものだった。
「言語の違いと解釈の違いですね。日本では鬼と呼ぶ悪魔も、海外ではデビルと呼ばれます。ワタチがホムンクルスと言っているのは、単にそれに代わる日本語を知りません」
「人造人間とか?」
「それはその工程や名称を並べただけです。そうなるとハンバーグはひき肉塊焼きや『地方名お肉焼き』になります」
ドイツのハンブルグ由来のハンバーグが正式名称だから、それに代わる日本語が無いというのはそういうことか。それにしても『地方名お肉焼き』って何?
「話は戻って日本にもホムンクルスに近い伝承はあります。内容は悪魔と相反するものなので省きますが、粘土を使った生命の作成の伝承は各国に残っています。一応実績もある『イズモの粘土』で子狐のガワを作る予定です」
「粘土の生命体ってゴーレムって感じですね」
「他の国では人に近い岩の生命体をゴーレムと読んだりホムンクルスと呼んでいました。真名は重要な部分で、種族名というのはそれほど重要ではありません。柴崎様も日本人であり地球人であり人間。色々な呼び方があるだけで、全て一緒です」
やはり重要なのは、その『個』を表す名前ということか。この業界はやっぱり難しいよ。
「ということで、そのストラップのままこの粘土に突っ込んでください。その子狐であれば、形も勝手に変わるでしょう」
☆
一時間後。徐々に人の形になっていく粘土を見て、なんだか植物が徐々に大きくなっていく定点カメラ映像を見ている感じだった。
面白いことに、粘土を収納していた段ボールが、粘土に吸収し始めていた。店主さんの話だと、粘土だけでは足りないらしい。
「とりあえずニンジンの芯を入れますか。それとジャガイモの皮と、玉ねぎの皮も入れちゃいましょう。まさか今日の生ごみも処理できるとは思っていませんでした」
今日のご飯はカレーかな。
「ところで店主さん。さっきから粘土は動いていますが、肝心の中に入った妖精は無言ですよ?」
「形の生成に全力を出しているのでしょう。そもそもストラップの状態の場合は声を出すと言うより、声を届けると言う感じです。その声を届ける力も出せないほど集中しているということです。あ、カレーのルーはどこに置けば良いでしょう」
確かに。声が出てたら他の人にも聞こえるよね。それとやっぱり今日はカレーか。かなり楽しみ。
☆
「ワシ、誕生じゃー!」
突然大声が聞こえた。その声に驚いてガウスが構えた。僕は優しくガウスを撫でて、声が聞こえたバックヤードへ向かった。
「ほほー。ははいはひひーすはは」
「おい! せっかくのワシ誕生にカレーを美味しく食べてる場合か!」
ちょうどお昼だったし、いつ終わるかわからなかったんだもん。
それと、店主さんのカレーが美味しくて、これすでにおかわり三回目なんだよね。
あと『狐』から『ワシ』に変わってるのは、何かの変化があったのかな?
「あ、無事終わりましたね。おや、柴崎様、服を渡したんですか?」
「え? いや、服までは渡していませんが」
銀色の長い髪。そしてキリっとしつつ大きな目。頭の上には金色の耳がぴょんと生えていて、腰の下には大きな尻尾が生えていた。
初めて会った時と同じく巫女のような服を着ていて、初見って感じではなく驚きが少なかったのはそのせいかと思った。
「肉体は粘土じゃったが、服に関しては途中でポイポイ渡された段ボールやプラスチックなどを分解して生成したのじゃ。どうじゃ、すごいじゃろう」
ドヤっとする名無しの少女。
「そうですか。では早速脱いでください。てい」
「にゃあああ!」
「ちょっと店主さん!?」
思いっきり破いたんだけど!?
「このお店で巫女服とか一番ありえません。明日柴崎様と一緒に服を買いに出かけてきてください」
確かに。ここでのボスは悪魔の店主さんだ。店主さんが困る服装は控えた方が良いだろう。
「ということで名前はもう少ししたら考え付くかもしれないから、とりあえず明日服を買いに行こうな」
「お主よ。その前に良いか?」
「ん?」
「服を買いに行くための服が破壊されたのじゃが?」
「店主さん。責任を取って服を貸してください!」
解釈って本当に難しいですよね。言語の違いはギリギリ対処できても、そこに方言も入るとさらに変わります。
ゴーレムも『岩人間』や『岩男』とかにできるかもしれませんが、そもそも『人間』の定義を固めなければいけません。そして、固めた場合は『岩人間』は『ゴーレム』ではない。
で、この物語では言い換えができない時はそのままの言葉を使います。日本生まれの言葉がそのまま英語になることもあるので、そんな感じですね。




