予言書ノルディルアンクの開拓記
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昨日に引き続き今日も仕事はお休み。
悲しいことに店の看板犬のガウスとの散歩も禁止されちゃった。看板犬と言っても剥製のゾンビ犬だけどね。
どうやら剥製って時々メンテナンスをしないとダメみたいで、今日はそのメンテナンスの日らしい。僕に任せてくれば良いのに、これ以上休日出勤を一般社員にさせませんって言ってきかなかった。良い上司なんだけど、ガウスに会えないのは辛いよね。
「おや、柴崎青年。図書館の前で会うとは奇遇だね」
「クアン先生? こんにちは」
さすがに野良神社に二日連続行くのも変かなと思い、普段行かない図書館に足を運んでみたが、まさかクアン先生と会うとは思わなかった。
「教授のお仕事は休みですか?」
「今日は授業が無い。そして研究室も今日は学生たちに任せている。久しぶりに新しい書籍が無いか見に来たのだよ。そういう柴崎青年はどうして図書館に?」
「休日に何をして良いかわからず、普段やらないことをやろうってことで図書館に来てみました」
「とても良い行動だな。頭の中で計画を立てても実行に移す者は半数以下だ。場所問わず歩むことはとても良いことだぞ」
「そうですね。それでクアン先生と会えたので良い日です」
「おおう、君は言葉も上手いな。よし、ではこのクーが今君が読むべき書籍を選んであげよう」
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大学教授ってスゲー。市営図書館の個室を予約なしで借りれたよ。
しかも、ドリンクバーがあるし、すごい綺麗だ!
「この部屋から本がある部屋までも近いし、ここは教授たちの会議室としても使われることは多いのだよ。中学校の先生たちが集まって生徒たちのクラス分けもここで行われているな」
「え、あれってランダムじゃないんですか?」
「双子は別々のクラス。ピアノが弾けるものは一人ずつ配置。問題を起こす生徒を引き受ける代わりにお気に入りの生徒はもらう。平均点はできる限り揃えるなどなど、なかなか面白い会議だぞ?」
聞きたくなかった。僕が選ばれるときはどういう話し合いが行われていたのかな。
「さて、ここへ来る途中で君が読むべき本を取った。これを読むと良い」
「これは……『ノルディルアンクの開拓記』って……小説?」
てっきり悪魔図鑑とか、悪魔に関する伝記だと思った。
「小難しい本を読んでも頭には入らない。できる限り史実に基づき、かつ面白い物語なら頭に入る。時々クーの授業を聞く学生が、シュレーディンガーの猫に関して全く理解できなかったのに、何故かゲームの謎の呪文は一字一句間違わずに書く。分野が異なるだけで脳が働かないなら、働くように工夫すれば良いのさ」
クアン先生って学生のことを理解している凄い良い先生だよね。
「ちなみにその後シュレーディンガーの猫については、どのように説明をしたんですか?」
「実際に箱と猫を持ってきて、実験をしたんだ。あの時の生徒達の反応はとても良かった」
やっぱり悪魔じゃん!
「まあ、実際にやると色々と面倒だ。ちょっとした手品をして、箱を開けた瞬間ハトを出したよ。まあ、これに関しては全く論理的な説明にはなっていないが、その分野に興味を持たせるという意味ではやって良かったと思ったさ」
訂正。この人悪魔じゃなくて神教授だった!
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本を読んでいる間はクアン先生も他の本を読んでいて、実に充実した時間だった。というか、クアン先生が選んだ本が面白かった。
物語の内容は、各国に封じ込められた悪魔に関する物語。そして呪われた本が出てきて、時々聞きなれた道具や聖剣などが出てきた。
「とても良い本でした。読み終えたときの切ない感情ってなんて表現すれば良いのかわからないですね」
「『空虚感』だろうな。良い物語を読み終えた後のぽっかりと開いた感覚は、時に心地が良い物だ」
「クアン先生は知識を欲する人だと思ってましたが、物語も読むんですか?」
「物語こそ可能性の一つだ。科学を無視した現象が物語の中では起こっている。しかし、作者が描いた構想は、実は本当に実現できるものだとしたら、面白いと思わないか?」
宝くじを買うよりも可能性は低いと思うけどね。本を世に出すだけでも大変なのに、そこからさらに描いた物語が現実になるなんて、相当凄い運だろう。
「ちなみにその『ノルディルアンクの開拓記』は数千年前の物語を翻訳して、何度も再販したものなのだよ。そこに出てくる道具のほとんどは、この本が発行されてから登場しているのだよ」
「軽い予言書じゃん!」
店主さんが作った道具もいくつかあったし、名前は違うけど願った相手の夢に一生登場する道具なんかもあった。つまり、この本ってすごいものでは?
「初版はクー以外解読できず、そこそこ出回ったころには登場する道具も出てきたからな。これを予言書だと思うものはいないだろう。こういう書物も面白いだろ?」
「はい。とは言え、この本が予言書という以前に物語が面白かったので、色々と満足です」
「それは良かった。柴崎青年がまるで息を止めているかのように静かに読書をしていたから、こちらも論文に集中できたし、新しい本もほとんど読み終えた。収穫こそ薄いが、柴崎青年と話せたことが一番の収穫だったな」
「それは光栄です。こんな良い個室も用意してもらって、僕も今日はとても有意義でした」
「ふむ、良ければ連絡先を交換しよう。悪魔店主経由でやり取りも問題は無いが、何か質問があればできる限り早く答えよう」
「ありがとうございます!」
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有意義な一日を終えて僕は自宅に帰った。
明日から仕事だが、まったく憂鬱では無い。むしろガウスに会えると思うととても楽しみだ。
『次のニュースです。先日日本で行われた各国の科学者や大学教授が集まるサイエンスオリンピックにて、日本の大学教授のクアン教授が最優秀賞を受賞しました。また、各国の代表と通訳を交わさずに全員と話すという偉業も成し、集まった人は全員驚きを隠せませんでした』
『有意義な時間だったよ。そしてやはりプライドが高い学者を説得するのは実に難しかった。偶然新しい物質が誕生したのなら、次はそれを必然にするのが研究者だろう。せっかく見つけた新技術を偶然発見した段階で発表するなんて、周りにヒントを与えるようなものさ』
……クアン先生ってすごい人じゃん!
箱の中に毒ガスを入れて、そこに猫を入れて箱を閉めたらどうなるか。もちろん毒ガスなので猫は中で生き絶えているでしょうけど、箱を開けて確認するまでは証明できないというのがシュレーディンガーの猫ですね。
預言者も近いものかと私は思いました。未来のことを書いた書物が本当にその通りになるかどうかは、その未来にならなければ証明できない。実際に起こったら、それは預言書になりますね。