赤土の封魔粘土
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すっごい腑に落ちない。
というのも、そこそこ勇気を振り絞って『店主さんの晩御飯が食べたい』って言ったのに、即答で『そんなことで良いなら良いですよ。今夜うちに来ますか?』と言われた。
なんかさー。少し照れるとか、ちょっと嫌がるとかあっても良いのでは?
嫌がられたらショックだけどさー。外食でも良いし、とりあえず仕事以外の店主さんと雑談とかしてみたいなーと思っただけなんだけどさー。
「あきらめろ柴崎青年。悪魔店主に恋愛感情なんて存在しないのだよ」
そしてなんで当然のようにクアン先生もいるの?
「おや、その顔は『なぜクアン先生もここにいるの?』という表情だな。当然だ。ここのアパートは悪魔店主の部屋があり、同時にクーの部屋も隣にあるのだよ」
「そう言えば店主さんのお友達がよくご飯を食べに来るって言ってましたね!」
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店主さんの自宅はアパートでワンルーム。キッチンだけ少し豪華で、巨大な換気扇もついていた。
店主さんのことだから、部屋の中には色々な怪しい物が置いてあると思ったけど、白色がメインのすごくシンプルな部屋だった。
……何故か壁の縁だけ接着剤がしっかり塗られているけど、そこは気にしないでおこう。何も出てこないよね?
店主さんが料理をしている間はクアン先生との雑談タイム。そもそもクアン先生は珍しく早く帰れたらしく、僕と夕食が重なったのは偶然らしい。
「偶然とはクーにとって一番不可解な課題だ。科学の発見も偶然見つけた物質が将来とんでもない物に役立つことだってある。あらゆる物事が予想できるよりも、こういう事態を楽しむ方が有意義と言うものだ」
まあ、別にクアン先生の事は苦手というわけではない。むしろ相談に乗ってくれる人だ。僕の小さな悩みにも真剣に答えてくれそうな気もする。
「クアン先生って、すっごく小さな悩みでも聞いてくれそうですね」
「悩みというのはその個人が持つ物語だからな」
この人の感性はやはり少し違うのだろう。
「できました。どうぞ召し上がってください」
そして出された料理は、テーブルいっぱいの豪華な料理たち。え、なんかでっかいエビの活き造りがあるんだけど。こういうの、旅館の料理でしか見たことないんだけど!?
「伊勢海老の活け造りと茶碗蒸し。こっちは高野豆腐を使ったあんかけ。お米にはちりめんじゃこが入っているので少ししょっぱいです。お吸い物には……」
「待って待って。え、クアン先生っていつもこれを食べてるの!?」
大きな皿が一つとかじゃなく、全員に一つずつ置かれてるんだけど!
「流石にクーもここまで量の多い料理は久しぶりだぞ。誕生日くらいか?」
「ずるい! 誕生日にこんな豪華な料理を食べてるなんて、クアン先生の事を尊敬していたのに、ちょっと好感度下がりました!」
「おいおいおい、クーは完全にとばっちりだろ。悪魔店主、何か言ったらどうだ?」
「ふふ、喜んでもらえて嬉しいです。もし次来た時は、もう少しシンプルになりますが、味は保証しますよ」
僕の誕生日が近くなったら店主さんにそれとなく言ってみよう。
「はっ、特に深い理由はありませんが、クアン先生の誕生日っていつですか?」
「おー、絶対にクーの誕生日に夕食を食べにくるつもりだろう。クーは誕生日にそれほど固執しないが、今回ばかりは何故か答えたくないと思ったぞ」
なんでも答えてくれるクアン先生が答えてくれなかった。店主さんの名前と同じくらい重要な情報なのか……いや、利用されるのが嫌なんだろうけどね。
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ご飯は最高に美味しかった。というか、ラーメン屋でバイトをして美味しすぎてクビになったという理由が頷ける。
ラーメン屋ではなくレストランを開けば良いのではと思った。
「店主さんはレストランを開かないんですか?」
「各店舗で点々としても良いのですが、限度がありますからね。お店を持って従業員をたくさん雇った場合、一人だけ長生きしている人がいるとなり、収拾がつかなくなります」
「長生き……そう言えば店主さんって何歳なんですか?」
「軽く五百は超えています。数えるのも面倒なので、もしもちゃんと聞かれたら西暦から逆算しています」
軽く答えてきた。五百歳を超えてて少女の姿なんだから、世の女性の天敵だね。
「もとよりクーも含めて悪魔とはそういうものさ。人は肉体が劣ろうことで消えてしまうが、悪魔は肉体が劣ったところで消える原因というわけでは無い。悪魔店主の店の犬が良い例だな」
クアン先生はあらゆる知識を得ることで生きている。もし知識を得る機会を断てば消えてしまう。
では店主さんは何が養分となっているのだろうか。
まあ、今日は夕食をいただきに来ただけだし、込み入った話はやめておこう。それよりもやはり気になって仕方がないのが、壁の縁に塗ってある接着剤だ。
縁に沿って塗られていて、隙間がまったくない感じになっているけど、なんか情緒が不安になるんだよね。
「あのー店主さん、この壁の縁について聞いても良いですか?」
その質問に店主さんはニッとほほ笑んだ。
「目の付け所が良いですね。これはワタチの身を守るものであり、同時にこの部屋に住む悪魔を外に出さないようにするためのものです」
この部屋に住む……悪魔?
「『赤土の封魔塗料』というもので、実はこれもお店で売ってます」
「封魔ってことは、神様側のアイテムでは?」
「これはどちらかと言うとワタチ達悪魔側の道具です。悪魔を封じるよりも、悪魔を誘導する方がコストが安くて良いのです」
「おかげでクーは正面玄関からしか出ることができないのだがな」
あ、クアン先生もこの『赤土の封魔塗料』の対象なんだ。
「古来より部屋の隙間には何かが入り込むと言われています。実際、そこから色々な『気』は来るので、対策をしておかなければ朝起きたときには灰になっているなんてこともあるかもですね」
なんかそれをちょっと怖くなってきた。
「ちなみに、それを僕が買うことってできますか?」
「柴崎様は問題ありません。すでに……あ、なんでもありません」
……すでに!?
え、なんでその後何も答えてくれないの!?
壁の隙間を粘土や接着剤で埋めるという行為は、かなりデリケートな部分ではありますが、今作においてはオカルト的な要素のみで扱います。
トイレの壁の穴や、天井の穴などには何かが潜んでいる気がしますよね。実際それがネズミだったら、まだマシかもしれませんね。




