願いの板
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時々違和感を感じることがある。というのも、店主さんは自称現代っ子の僕よりもスマートフォンを使いこなしている。
ビデオデッキや万年筆等、売っている商品は時代を感じるものだけど、それを売る店主さんはハイテク機器をしっかり使いこなしている。
「む、ワタチをジーっと見て、何か埃でもついてますか?」
え、僕、店主さんを凝視してたの?
『ガウ!』
「ああ、ワタチがスマートフォンを操作している光景を見て、なんか似合わないって思っていたのですね」
え、今ガウスから聞いた?
と言うかガウスの言ったことわかるの!?
「店主さんってガウスと会話できるんですか?」
「はい。と言っても抽象的な単語が流れてくるだけです。召喚者特権みたいなものなので、仮契約や血液を与えただけではできません」
羨ましい。スマートフォンをバリバリ使いこなせるよりもガウスと会話ができる方が良いじゃん!
『ガウ!』
と、突然ガウスが僕に抱き着いてきた。お客さんがいないと、こうして甘えてくる。
「まあ、召喚者はワタチですが、血液は柴崎様からもらってますからね。そちらに懐くのは当然でしょうか。会話ができない方が良い場合もあります」
「そうか。そうだね」
『ガウガウ!』
うん、なんとなく意思疎通できる方がお互いわかっている感じがするね。
「それよりもワタチがスマートフォンを操作してて変ですか?」
あ、本題はそっちだった。
「変ではありません。感覚としてはパソコンをすごく使いこなせるおばあちゃんみたいな感じです」
「おばっ!」
……うん、今凄く失礼だった。
「すみません。えっと、でも店主さんって僕より年上って言ってましたよね。それと、店にある商品は古風なモノも多いので、なんとなくギャップがあると思って」
「まあ、それもそうですね。一応理由はあるんです」
「理由?」
「呪われたスマートフォンを出したところで、個人情報を抜き取るアプリが横行している世の中です。仮に突然声が聞こえても『突然ソリが起動したー』とか言われて終わりです」
その通りだ。人間が悪魔に勝ったんだね。さすがアカリンゴ社のソリ。いつも三分タイマーのためだけに返事をしてくれてありがとう。
「つまり、作れないことはないのですか?」
「簡単ですよ。重要なのは形です。スマートフォンを悪魔化させるなら『願いの板』にするのが良いでしょう」
すごく悪魔っぽく無い名前が出てきた。
☆
使えるスマートフォンを悪魔化するのはもったいないと言うことで、在庫としてあったジャンクのスマートフォンをバックヤードから取り出し、『吸血薔薇の万年筆』を使って裏側に文字を書いた。
すると、真っ黒だった画面が鼠色に変わった。
「これが『願いの板』です。あ、使わないでください。このまま商品にします」
「では効果を教えてください」
「これはここに住みこませた悪魔にとっても良い労働環境なんです。ここに願いを書くことで、その願いは叶わなくなります」
つまり、七夕の短冊の願いが叶わないバージョンって思って良いのかな?
「どうしてその中の悪魔にとって良い環境なんですか?」
「悪魔は何かを与える代わりに何かを得ます。ここには『夢喰い悪魔』という小悪魔を住まわせていて、願いを食べるんです」
願いが餌の悪魔。ガウスが恐怖を餌としているけど、系統が違うだけで本質は一緒か。
「でも願いを書いて叶わないようにするって、使用者の行動は矛盾していませんか?」
「そうでもありません。今の時代ではなかなか売れませんが、その昔親の都合で婚約が決まり、両想いの高貴な男女がいたのですが、様々な事情から別れた方が良い。本心と別の事をやらなければならない場合にこの悪魔道具は必要になります」
状況の所為で全然悪魔っぽくないんだけど!
「欠点として、マジで両想いから殺しあうレベルの決裂にするくらいですね」
「あ、やっぱり悪魔道具ですね!」
欠点が極端なんだよな。もう少し平和なところでとどまってくれたら、使いやすそうなんだけどね。
いや、むしろ極端な欠点が重要なのかな。ハイリスクローリターンという使った瞬間だけ要望通りで、その後のリスクが大きいことにより悪魔道具を少しだけ使いにくくしているとか。
そうでなければ、悪魔道具を頼る人は多くなり、大変なことになりそう。
「悪魔って、僕が思っているような存在とは違って、単に極端なだけなのかな」
「ほう、面白いことを言いますね」
どうやら考えが口から出ていたらしい。
「一理あるかもしれませんが、それはワタチが付与する悪魔がそういうものを厳選しているだけです。実際はハイリスクノーリターンの悪魔もいます」
「ハイリスクノーリターンって、どんな契約があるんですか?」
リターンが無いなら召喚する意味が無いと思う。
「以前ちょっとだけお話したやり方の問題です。では少しシミュレーションしましょう。貴方は今、何が欲しいですか?」
……どうしよう。美味しいお昼ごはんに、安定したお給料。しっかりとした休日に、素晴らしい上司。これ以上何を望めば良いのかな?
「シミュレーションですよ。とりあえず適当にオリンピック選手顔負けの肉体とか言ってください」
「では肉体で」
「わかりました。では世界最強の肉体を今与えたので、代償として命を貰います。はい、貴方は死にました」
なるほど。契約の後払いについて以前説明されたけど、こういうこともあるのか。
欲しいものを願うと言っても、得ることだけが願い事とは限りませんよね。実際どこかには「縁切り神社」と呼ばれる場所があって、別れたい相手や失いたいものを願う場所もありますね。
そしてリスクとリターンに関しては悪魔との契約で切れない部分な気もします。必ず何かしらを代償にして何かを得る系が多いような?