悪魔の調理器具
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今日の店主さんはとてもご機嫌である。
いや、なぜご機嫌なのか理由はわかっていた。
というのも、先日初めての給料が出て、せっかくだからお世話になっている店主さんに何かプレゼントしようと思い、ちょっと良いフライパンをプレゼントした。
「悪魔にモノを与えるなんて自殺行為ですよー。ふふふー」
仕事中もフライパン持ってるんだけど!
なんかすごい照れるんだけど!
「そんなに喜んでもらえて僕も嬉しいです」
「当然です。料理はワタチの生きがいの一つです。そろそろ買い替えを考えていたところだったので、嬉しさ倍増です!」
それは何より。
「焦げ付かないコーティングに耐熱ガラスの蓋。ここで売っている呪われたフライパンと比べたら雲泥の差です」
「そう言えばここにもフライパンは売ってますよね。これで料理はしないんですか?」
店主さんの料理風景を何度か見たが、使っている道具は全て一般家庭にあるものだけだった。
調味料や材料、家電も普通の物で、悪魔関連の物は一切使っていなかった。
「呪いや悪魔を付与した調理器具は何かしらのリスクを与えます。物によっては初心者が使えばプロ顔負けの料理が作れます」
リスクはあるのだろうけど、リスクが無かったらぜひ使ってみたいな。
「もし付与された悪魔が想定する以上の料理スキルを持っていたら、悪魔はストレスで死んじゃって、調理中に調理器具が壊れます。あ、一応すでに経験済みです」
「店主さんの料理スキルは並の悪魔以上なんですね!」
それを平日のお昼に毎日格安で食べられる僕って、結構幸せ者では?
しかも格安と言っても給料天引きだから、支払ってる感覚が無い。
「とはいえ、お客様に調理器具を売り込む場合もあるので、せっかくなので説明をしつつ今日は柴崎様が料理をしてみましょう」
「え?」
☆
前職のお昼は毎日コンビニ弁当かインスタントラーメン。
ここに就職しても朝は抜いて、夜はインスタントラーメン。
そんな僕が今、エプロンを付けてキッチンに立ってる!
「あ、そのエプロンも悪魔道具です。三時間以上付けていると危険なので、調理後はすぐに外してください」
「そう言うことは付ける前に言うものでは!?」
殴られてから殴ると言われた気分だ。
「というか、僕が悪魔の道具を使って、寿命が減ったりとかしないですか?」
「一人でこれらを使った場合はそういうケースもありますが、今回はワタチが近くにいるので大丈夫です。柴崎様が思っている以上に悪魔の縦社会は厳しいのですよ」
つまり、店主さんが見ている場所で小さな悪魔は悪さをしないってこと?
「まずは小手調べにこの『苦痛の包丁』です」
早速物騒な名前の包丁だ。
「こちらのロース肉を一口サイズに切ってください」
言われた通りロース肉に包丁を入れて切っていく。できるだけブロック状を意識しつつ、進めていく。包丁が良いのか、全然力を入れていないのに刃が通る!
「はい、切ったお肉を広げてみてください。一つ一つ確認しましょう」
包丁を隣に置いて、言われた通りロース肉を持った。
……あれ、あんなにスパスパ切れてたと思ったのに、予想外の結果。
「わー。普段料理しないので、全部つながってる状態だー」
しっかり切ったと思ったけど、全然切れてなかった。
「これがこの包丁の特徴です。長ネギとかでやると、鍋には絶対に不向きな中途半端に切れた長ネギが完成します」
「なにその嫌がらせ。意味あるんですか!?」
てっきり僕の実力不足かと思ったけど、包丁の効果だったんだね。
「これはこれで需要はあります。お肉やお魚に切り込みを入れて焼くのに便利です。何も考えずにパシパシ切っても分裂しないのは、地味に使えます」
料理をしないから全然その発想に至らなかった……。
「とはいえ今回はしっかり一口サイズで煮込むので、これはワタチが処理をします。次はこのゴーグルです」
調理器具とは全く無縁のプールで使いそうなゴーグルが出てきた。それを付けると店主さんは玉ねぎを用意した。
「先ほどの『苦痛の包丁』で細かく切ってください。後処理はこちらでするので、気にせずどうぞ」
言われた通り玉ねぎを細かく刻んだ。
おお。
おおお!
玉ねぎって切ってると涙が出るって聞いたけど、全然そんなことが無い!
そもそも玉ねぎを切った記憶が無いからどれくらい目にしみるかわからないけど!
「凄いです店主さん。これは良い商品です!」
「ぞうでずね。どなりにいるびどの目が代わりにやられまずが」
店主さんが凄い泣いてる!
「つまり、このゴーグルは目にしみる影響を隣の人に肩代わりするものなんですね」
「ずずず。そうですね。これも使い方によっては需要があります」
「そうなんですか?」
嫌がらせ道具にしか思えないけど。
「例えばドラマの撮影で女優さんが泣くというシーンに、これを付けたスタッフが舞台下で玉ねぎを切れば、女優さんが泣くという感じです」
すごい限定的な場面だけど、一応使えそう?
「間違って隣の俳優さんが泣くという場合もあるので、場所は重要ですね。全く無関係の人が泣き出したら取り返しがつきません」
「台無しじゃん」
ちゃんとデメリットも説明してくれた。うん、こういう説明をしっかりお客さんにできるよう覚えておこう。
「さて、最後はこちらです」
「ピーラー? これはどういう道具ですか?」
「ふふ、まずはこれでニンジンの皮を切ってください」
言われた通りニンジンの皮をピーラーで切っていく。それにしてもスパスパと皮が切れる。もしかしてかなり良い悪魔道具なのでは?
「それは普通のピーラーです」
「なるほど。『普通のピーラー』……普通?」
どういうこと?
疑問に思っていると店主さんはクスッと笑いだした。
「悪魔道具は日常に潜んでいます。一方で、悪魔道具の中に普通の道具があっても気が付かないものです。この先ワタチがうっかり悪魔道具を置きっぱなしにしても、誤って使用したりしないでくださいね」
そう言って最後にニンジンを一口サイズに切って、カレーを作った。
今まで作ったカレーの中で一番美味しく感じたのは、悪魔の道具を使ったからかな?
今回はほっこり物語という感じです。
そして、1話で2つの悪魔道具です。というのも、料理を扱う場合、毎回異なる料理を出さないといけないわけで、いとさんそこまで料理は得意とは言えないので、省エネです!




