村正の五寸釘
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突然疫病神さんから、衝撃的な事実を告げられた。
先ほどまで僕の前の職場のお世話になった先輩である横山さんの呪いの解呪をしたのだが、その後に背筋が凍る話だ。
ー呪いをかけた張本人が息を引き取りましたー
「呪いをかけた張本人が息を引き取ったって……もしかして部長?」
空腹の小悪魔ちゃんキーホルダーの呪いをかけたとされる人物は部長。つまり、今部長は自宅で倒れているということになる。
「いえ、悪魔店主さんの道具の呪いは跡形もなく消えましたです。今回亡くなられた方は、悪魔店主さんの道具は使っていない方。おそらく横山さんの上司さんの奥さんです」
「なぜ?」
部長の奥さんとは会ったことは無い。でも、なぜそうなったのか気になって仕方が無かった。
「横山さんは、大きな呪いをかけられていました。これは、想像を超える強力なもので、数日後には心臓発作で亡くなっていたでしょう」
それほど大きな呪いなのか。偶然ではあったけど、野良神社という名前を出して良かったと今更ながら思った。
「おそらく横山さんについて、その奥さんは知っていたと思われます。悪魔店主さんの道具を使って横山さんを自分の物にするまでの間に、色々な手段を用いて横山さんにたどり着き、そして呪いをかけ始めました」
それが今回『月光のしめ縄』を使わなければいけないほど強力なものということか。
「場所を変えましょう。そろそろ来る頃です」
☆
野良神社の敷地から少し出たところに、長椅子が一つだけ置いてあった。そこには店主さんが座っていて、隣には小さな木箱が置いてあった。
「店主さん、ここって神社の前ですけど大丈夫なんですか?」
店主さん自身が悪魔だから、こういう場所は苦手なはず。だから僕がお使いとして来たわけだけど、実は大丈夫なのかな?
「ウルトラ腹痛が襲ってきて、今すぐ帰りたいですね」
「すっごい無理してるんだ!」
最近店主さんの不調な表情をよく見かける気がする。
「お疲れ様です。それが例の呪物ですか?」
「はい。さすがにこれはワタチの手にも負えないものです」
そう言って木箱を開けた。
思わず僕は唾を飲み込んでしまった。というのも、そこにはまがまがしいオーラを醸し出している一本の太い釘が入っていた。
「珍しく本物の『ムラマサの五寸釘』ですね」
五寸釘って、太い釘の事だけど、怪談とかではこの釘と藁人形を使って打ち付ける描写とかあるよね。
……もしかして部長の奥さんはそれを使ったということ?
「店主さん、もしかしてこの商品を部長の奥さんに売ったんですか?」
「先ほども言いましたが、この『ムラマサの五寸釘』は手に負えない呪物です。取り寄せたところで非売品になりますよ」
良かった。店主さんは部長の奥さんとは無関係だったのか。
「柴崎さん、悪魔店主さんが偶然にも『今回は』関係なかっただけで、似たことは今後あり得ることです」
「似たこと?」
と、僕が疑問に思うと、店主さんが説明をしてくれた。
「そうですね。これはワタチから説明をします。呪いというのは完全に消せるものもあれば、跳ね返るモノもあります。この『ムラマサの五寸釘』の場合は横山様から呪いを取り除くことで、その呪いは使用者に跳ね返るというものでした」
ゲームでも強力な攻撃を跳ね返すというものはある。しかし今回は現実だ。
「呪いを消すことはできなかったのでしょうか?」
「残念ながらできません。強いて言えば、消すための苦肉の策が跳ね返すというモノです」
苦肉の策で部長の奥さんが亡くなったのか。いや、そもそも呪いを使ったのが部長の奥さんだから因果応報なのだろうけど、なんだか腑に落ちない。
疫病神さんが木箱から五寸釘をひょいッと取り出して、観察をする。そして、とがった部分を布で包んで、箱にしまった。
「ムラマサの呪いは系統が違いますです。もし消すことができるのであればとっくに消していますです。こうして封印という形を取っているのは、これが今できる最大の抵抗なのです」
言われてみればそうだ。時々『封印』って書かれてあるお札を見かけるけど、解くと災いを起こすのなら元を消せば良いのではと思った。
でも、違うのか。
封印は最後の抵抗で、一時しのぎなのか。
「念のため教えますが、ワタチの作る商品にも使い方次第では使用者に悪魔の呪いが返る場合があります。ですが、ムラマサほど強くはありません」
「危険はあるんですね」
「薬と一緒です。飲みすぎは毒。悪魔も同じで、使い方を間違えれば当然命に関わります。これはどの分野でも当てはまります。ただ、これだけは忘れないでください」
そう言って店主さんは僕の目を見て答えた。
「人が死ねばお客様が減ります。わざわざ不利益な商売をするほどワタチは愚かではありません」
その言葉に疫病神さんがほほ笑んだ。
「敵の敵は味方ということです」
「どういうことですか?」
「人間さんは同じ業界同士でも売り上げなどで争っています。それと一緒で悪魔には悪魔の事情があるです。この一件に関してはヤクと悪魔店主さんは協力関係ということです」
なるほど。店主さんとしても自分の商品を買う客が減るのは困るのか。
「そもそも呪いを信じているお客様はワタチのお店の常連になりうるのです。それを今は存在しない人の怨念などに負けるなんてワタチのプライドが許しませんよ」
☆
勘違いというわけでは無いが、悪魔や悪霊って仲間関係かと思っていた。
でも、言われてみれば人間同士も争うし、それが悪魔に変わっただけだと言われれば納得がいく。
「やっぱり店主さんって優しいですね」
「突然何を言うのやら。ワタチは悪魔です。ワタチの事を優しいと思うのであれば、それは柴崎様との利害が一致しているだけです」
ツンデレか?
いや、デレ要素は全くないけど。そもそも店主さんは可愛い少女だとは思うけど、異性として好みかと問われると違う。
「……小さい子供……を見て思う可愛いって感情かな」
「あ゛!?」
……え、今声に出てた!?
「実に愉快なことを言いますね。良いでしょう。ワタチは本気を出せば五寸釘くらい余裕で作れます。その辺の鉄筋を抜いて溶かして形を整えて今すぐその心臓を止めましょうか?」
「多分本当にできるんでしょうけど、すみません僕が悪かったです!」
目の前で魔術を一瞬だけ見せてくれたし、鉄を溶かすことも簡単なんだろうな。
妖刀村正は結構有名な呪われた道具ですね。諸説ありますが、握ると血に飢えてしまうとか、凄まじい技術を得る代わりに寿命が減るとか。
そういう伝承はもちろんロマンがありますが、一方で「その人が作った物を使う人がマジで偶然にも早く亡くなった」とかで、そこに尾鰭がついて今に至るパターンもあるかもしれません。
本作では偶然という部分は取り除いで、しっかり呪いという概念が存在する世界で書き続けますー