月光のしめ縄
☆
珍しく今日は宅配便が店に届いた。と言っても、届けてくれたのは宅配便業者ではなく、お隣さんの富樫オーナーだった。
「ようシバ」
「こんにちは。富樫オーナー」
時々外で見かけて挨拶をするくらい関係は良好である。そして遠くで見かけたときは『悪魔のキセル』を吸ってるけど、僕が呼ぶとすぐに止めてくれる。
「どうして店主さん当ての荷物がそちらのビルに?」
「二通りあるんだ。一つは誤発送。もう一つは『ヤバいもの』だ」
いや、ヤバい物って言われても、それが別の場所で開けられないように店主さんの自宅に届くよう指定しているのでは?
「ワタチに対して究極にヤバい物です。あ、富樫様、ありがとうございまー」
「店主さんが生まれたての小鹿のように足が震えてる!」
ただでさえ色白のお肌が真っ青になってるし、柱に寄り縋ってる!
そしてガウスもお座りの状態で横にパタッと倒れてるよ!
「すみません柴崎様。それをマッハで野良神社に持って行ってください。あと、それを近づけないで。いやーつら」
店主さんが敬語じゃない!
すごくレアだ!
「なあシバ」
「はい?」
「今なら悪魔店主を倒せるんじゃ?」
「ぶっ飛ばしますよ。刺し違える程度の余力はあります」
「冗談だよ。ご近所ジョークだろ」
いや、今絶対本気だったと思う。
☆
地図を見ながら疫病神さんが住んでいるとされている野良神社へ向かうと、そこには大きな大学病院が建てられていた。
看板を見ると『野良神社はこちら』と書かれてあって、案内通り歩くと登り参道が見えた。
それなりに大きな箱を持って歩くのは大変なんだけど、お客様の荷物だから仕方がない。頑張って階段を上って到着すると、立派な神社の本堂が見えた。
「おや、悪魔店主のところの柴崎さんです。こんにちはです」
「疫病神さん、こんにちは」
目の前に疫病神さんが立っていた。というか、ドテラに冷却シートにサンダルって、周りの人たちと格好が違うから浮いてるんだけど。
というか誰も注意しないのかな?
「それっぽいことを言ったと思うが、一応言っておくと、ヤクはある特定の人物しか見えないです。今は柴崎さんだけです」
「そうじゃん。なんかそれっぽいことを店主さんも言ってた!」
じゃあ僕は突然入口の真ん中で『疫病神さんこんにちは』って神社の前で失礼なことを言ったヤバい人だと思われるじゃん。
「まあ、今日は人も少ないから良いです。時々ヤクにも見えない何かと話している者もいるです。それよりもその箱を持ってこっちに来るです」
☆
本堂の裏口に案内され、そこから少し進むと少し広い部屋に到着。するとそこには三人が座っていた。
「って、横山さん!?」
「え、柴崎君!?」
二人は服装的に神社の人。一人は横山さんだった。
「突然誰かね……あー、例の品が届いたのか」
二人の内五十代くらいの男性が僕……では無く疫病神さんに視線を向けて話し、疫病神さんは首を縦に振った。
「すまないがその中を取り出してこちらへ持ってきてもらっても良いだろうか。中身の確認をこの依頼人と一緒に確認したい」
「はい」
横山さんと一緒に確認って、どういう意味だろう。
箱を開けると、そこには大きなしめ縄が入っていた。奥に一枚の紙があり、『月光のしめ縄』と筆で書かれてあった。
「ふむ、十分です。神主補佐、この横山さんを少し寝かせてくれ」
疫病神さんがそう言うと、五十代の男性が頷いた。この人が神主補佐だったんだ。
「失礼、それでは始めます。横になっていただいてよろしいですか?」
「え、はい……えっと、柴崎君も見てる状態でですか?」
「彼とは友人でしょうか。でしたら、近くにいた方がより不安も減るでしょう」
「そうでしょうか……」
横山さんが畳の上で横になり、不安そうに僕を見ている。いや、僕も元先輩が良くわからない状態で横になる姿を見て動揺しているんだけど。
『グキ』
ぐき?
「きゅう……」
「横山さん!?」
え、今、目にも見えない早さで首をグキっとしたよ!?
そして横山さんは白目になって気を失ってるよ!?
「大丈夫です。彼女は気を失っただけです」
「そ、そうなの?」
……。
ねえ、誰か肯定してくれない!?
「『蘇生』は用を終えてから行いましょう。疫病神様、準備をお願いします」
今蘇生って言った!
ヤバいんじゃないの!?
☆
「わああああああ!」
「おっと」
あれから一時間後。横山さんはちゃんと気を失っていたらしい。どうやら睡眠の質が悪く無呼吸症候群にもかかっていて、誰も呼吸が確認できなかった。
「え、え、ここは」
「客室の布団。僕はなんかよくわからないけど付き添い」
「え、あ、ありがとう」
うん。ここから何を話せば良いのだろう。
疫病神さんから聞いた話では、横山さんは相当ひどい呪いにかかっていたらしい。
毎回夢に出る部長に疲れ、精神的に疲弊し、ふいに僕が言った神社に立ち寄ったらしい。
そこで疫病神さんが見たところ、他の呪いもかけられていて、かなり危険な状態だったとか。
月光のしめ縄はそれらすべての呪いを打ち消すもので、短期間で全国の至る箇所を探したらしい。結局見つけたのは店主さんの知り合いで、僕経由で配達することで野良神社に恩を着せたことになったとか。
「聞いてくれる? 久しぶりに普通の夢を見たの」
「え、あ、うん」
横山さんはここしばらく部長に苦しめられた。それが解放されてとても嬉しいのだろう。
「良かったですね。これで安眠確保です」
「うん!」
少し横山さんと話していると、廊下から小さな手が見え、手招きをしていた。疫病神さんかな。
廊下に出ると、冷却シートを付けた疫病神さんが立っていた。少し場所を変えると、話し始めた。
「まずはお疲れ様です。あの月光のしめ縄は国宝級のものなので、それなりに危険でした」
「国宝級ならもう少しちゃんとした箱に入れません?」
普通に段ボールだったけど?
「それは発送者の所為でヤクの所為ではありませんです。それよりも悪魔と関わる方として、一連の出来事の結末をお伝えします」
結末って、横山さんが元気になったという結末じゃないの?
「横山さんに呪いをかけた張本人が、先ほど息を引き取りました」
餅は餅屋と言いますが、呪いに関して一番詳しい人は呪いを使う人というのがこの世界の常識です。
ネットの世界でも、他社のパソコンに侵入する方法を知らなければ、その対策ができない。極端なことを言えばサイバー攻撃の対策ができる人は、サイバー攻撃ができるという感じですね。(極端な例です)
さて、基本的には1話完結型で進めてますが、最後は少し次の話に関係する終わり方にしました。一応次話の冒頭では色々な説明もするので、完結型にするつもりです。
毎回それなりにキャラクターの紹介を入れてるのは、完結型だからという理由もありますが、どこまで説明を入れて良いものか悩みますね。