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空腹の小悪魔ちゃんキーホルダー

 ☆


 変な雑貨店で働くようになってから、一週間が経った。


 前の職場では、ひたすらアプリケーション開発に没頭していて、やり取りはほぼメールのみ。会話はほとんどなかった。

 屋根のある家があればそれで良いとさえ思っていたし、お金にも無頓着だった。今思えば、あれは一種の洗脳だったのかもしれない。


 今の職場は怪しい雑貨店。だが、店主である「店主さん」は、適度に声をかけてくれ、雑談もすれば仕事の指示もくれる。とにかく、以前と比べて会話する機会が格段に増えた。


 驚いたことに、店主さんの趣味は料理。昼休みになると、手作りの料理をふるまってくれるのだ。

 これが驚くほど美味しくて、正直雑貨店より料理店をやった方が良いのでは?と思うほど。


「柴崎様、最近お顔色が良くなっておられますね」


「店主さんのご飯が美味しすぎるせいです!」


 見た目は少女のようだが、店を一人で切り盛りし、料理までこなす“ウルトラ上司”。自然と敬語になってしまう。


「店主さん、料理店を開こうと思ったことはないんですか?」


「一時期、ラーメン店でバイトしてみたことがありました。でもクビになったんです」


「えっ、なんで!?」


 あの味を思い出すと、信じられない。


「店長より美味しいラーメンを作ってしまったようでして……。数日間、私の出勤日だけ客足が集中してしまいまして。休みの日は全然客が来ない珍事になったので、クビです」


 それ、完全に店長の八つ当たりでは!?


「でも今思えば、その出来事があったから私がこの雑貨店を開けたわけで。柴崎様に出会えたことを考えれば、あの店長には感謝しないといけませんね」


「……最近、見える景色が少しずつ変わってきた気がするんです」


「それは良いことです。このお店は、どうしても商品が商品なので雰囲気が暗くなりがちですが、店員さんが明るければバランスが取れますからね!」


 来るお客さんは無口な人が多いが、前職の“洗脳”から解かれた今、働くことが楽しくて仕方がない。


 そんなことを考えていたとき、店の扉が開いた。


「ねー、ここじゃね? 噂のキーホルダー売ってるってとこー」


「あー、やばっ! 犬のやつ、超リアルなんだけどー!」


「イラッシャーセー……」


「さっきまでの元気はどこ行ったんですか!?」


 入ってきたのは、超陽キャなギャル二人。今までのお客さんとは真逆の属性だ。

 この店にもこんな子たちが来るの……?


「ちょ、見てよエミ! 可愛い店員さんいるよ〜!」


「お父さんのお手伝いかな? 商品やばいのに店員が可愛いってギャップで草」


「わ、ワタチが店主ですよ!」


 ギャルに捕まった店主さんは、撫でまくられていた。僕が父親で、店主さんが子どもに見えるのだろうか……。


 ……えっ、僕そんなに老けて見える?


「ねえ可愛い店員さん、恋愛成就のキーホルダーってある〜?」


「……『空腹の小悪魔ちゃんキーホルダー』のことでしょうか?」


「それそれ! マジここにあるの!?」


「今お持ちします。人気商品なので、一時期盗難が相次いで棚の中にしまってあるんです。こちらになります」


 店主さんが取り出したそれは……うん、キモイ。

 ピンポン玉大の目玉に、コウモリの羽がついた不気味なキーホルダー。翼の根元に穴があり、そこから紐が通されている。


「うわ、これ本物っぽくない!?」


「本物です。使用方法はご存知ですか?」


「知ってる〜! 目んとこに“アレ”塗るんでしょ?」


「はい。では、500円になります」


 お金を受け取り、ギャルたちはキャッキャと笑いながら帰っていった。

 ……恋愛成就、ねえ? あれが?


 ☆


 休憩時間に入り、店主さんに『空腹の小悪魔ちゃんキーホルダー』について聞いてみた。


「店主さん、『空腹の小悪魔ちゃんキーホルダー』って、恋愛成就のお守りなんですか?」


「あー……別に、絶対叶うお守りってわけじゃないです」


 ふむ、つまり願掛け的なものなのかな。


「目玉のところに血を一滴垂らして、意中の相手を思い浮かべると、その相手の夢に必ず血を垂らした人が登場します。つまり、一生その人が頭から離れません」


「お守りじゃなくて呪物じゃん!!」


 思った以上にヤバい商品だった!


「安心してください。一応、近所の神社では千円で解呪できるサービスもあるので、問題ありませんよ」


「大ありです! それ談合でしょ!!」


 悪魔的商品を神社とグルになって売るなんて、すごく危険だ!


「とはいえ、一定の医療機関や富豪にも売れていますよ」


「医療機関……?」


「夢を見ない人や不眠症の方ですね。そういった方々に、強制的に夢を見せるために使われることがあります。たとえば夢に出てくる人を、安心できる母親や恋人の姿にすることで、睡眠が改善されたという話もあります」


 ふむ……それを聞くと、全否定もできない。


「まあ、『夢に必ず出てくる』というだけなので、出てきた後に名状しがたい物体になることもあります。夢の内容については保証外です」


 それって本当に大丈夫なのか?

 恋人や母親が凶器を持って襲ってくる夢を毎日見る人とか、出てきてない?


「さっき言ってた“富豪”って、どういう使われ方をしてるんですか?」


「簡単な例ですと、高額の報酬を支払って、人気の女優さんなどに依頼するんです。女優さんは血の提供と、写真などで見せられた富豪の顔を念じるだけですから、特にそれ以上の被害はありません」


 なるほど。富豪といえど、世界的な芸能人と毎日会うのは難しいし、会えばスキャンダルの危険もある。

 そうしたリスクを避けつつ、毎晩芸能人と疑似的に会えるのなら、むしろその方が都合がいいのかもしれない。コスパも良さそうだし。


「……まあ、今のところ購入された富豪の方は全員、思い浮かべた芸能人が出てくる悪夢を見て、解呪されましたけどね」


「ダメじゃね!? ていうか、そんな調子で恋愛成就のお守りとしてどうなんですか?」


 『夢に出てくる』だけで、シチュエーションは完全ランダム。

 良い夢ならまだしも、殺伐とした悪夢だったら、むしろ印象最悪だろう。


「とはいえ、さすがに女子高生に売っているキーホルダーは、効力が弱いものにしています。女子高生の口コミって、馬鹿にできませんからね。精神が壊れない程度の夢に抑えていますよ」


 じゃあ富豪用のは、効力が強いってことか。


「ところで、もう一つ質問していいですか?」


「はい、なんでしょう?」


 僕は棚の中から、『空腹の小悪魔ちゃんキーホルダー』を一つ取り出した。


「例えば僕が今、テレビに映っている芸能人を念じた場合って……どうなります?」


「……やばいですね。芸能人の夢に、柴崎様が出てきてしまいます。無差別な拡散は想定していませんでした!」


 品質、ガバガバじゃん。


「やはり、こういうご意見も含めて、第三者の存在は大事ですね。以後、調整してから再販しましょうか」


 ☆


 閉店時間になり、店主さんと一緒に店を出る。

 外はまだ少し明るくて、一週間前まで勤めていた会社では考えられない光景だった。


 一週間。あっという間だった。

 ……いや、別に今日で終わりというわけじゃないけど、なんとなく節目って感じがする。


「そういえば、今日で一週間でしたね」


 ちょうど、店主さんが僕の考えていたことを言ってきた。


「はい。変なお店だと思ってましたけど、働いてみたら普通に楽しいし、何より店主さんのご飯が美味しいです」


「それは良かったです。ワタチの数少ない趣味が料理なので、食べてもらえるとこちらも嬉しいですね」


 見た目は少女。笑顔も子どもっぽくて、何とも可愛らしい。でもこの人は、僕の上司なのだ。


「それにしても、一週間普通に働いてましたけど、お店の商品とか飾りとか、怖くなかったんですか?」


「え、ああー……まあ、最初は不気味だと思いましたけど、所詮は雑貨ですし」


 そういうお店だって思えば、別になんとも思わない。

 アトラクションでもないし、なにより売り物にビビる店員って、格好つかないだろう。


「なるほど。だから“あの子”もおとなしかったのですね」


 ……あの子?


 僕はその言葉の意味が、よくわからなかった。


『ハッハッハッハ』


 ……背後から、気配がした。いや、呼吸っぽいのが足に当たってる気がする。


 振り返ると――そこには、店の中にいるはずの犬の剥製が、真っ赤な目でおすわりしていた。


「う、うおおおああああああ!?」


『アウウウウウウウウウ!』


 突然襲いかかってきて、僕は倒れた。

 剥製の犬は僕の服に噛みつき、顔をぶんぶん振り回してくる。


「待って待って! これって剥製じゃないの!?」


 そう叫ぶ僕に、店主さんはニコニコと笑いながら、助ける素振りも見せず、さらりと言った。


「剥製ですよ?」

 恋愛成就の空腹の小悪魔ちゃんキーホルダー。

 目のところに血を一滴つけながら相手を思うことで、相手の夢の中に一生登場することができるという『夢のアイテム』ですね。

 つまるところ、相手の頭の中に刻み込み、忘れることができない存在にすることで、結果的に意識せざるを得ない状態にします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 500円だと気軽に買えちゃうから試してみたくなるけど……実際に悪夢になることもあると思うと手を出すのこわいな~。 他にどんな商品が出てくるのか楽しみですね☆
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