紺々の狐火
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バックヤードで店主さんが道具を作っている間、僕は一人でレジで立っていることが多くなった。
今までは僕がレジ打ちを覚えるまで店主さんが隣で見てくれていたけど、今ではしっかりレジを任されている。
そういう所も踏まえると、ここってちゃんと教育が行き届いているんだなーと実感。前職は引き継ぎのノートに『ここはヤバい』って書かれてあったもんな。
「わあ!」
バックヤードで店主さんが普段出さない声を出した。
「大丈夫ですか?」
「はい……ちょっと若い悪魔だったので、飛び跳ねてきました」
若い悪魔?
バックヤードから出てきた店主さんは、手に小さな透明の器を持ってきた。中には青っぽい炎があって、アロマポットのようだった。
「これも悪魔ですか?」
「おー、さすがに数日働けば気が付きますね。これもれっきとした悪魔です。これは『紺々の狐火』と言います」
コンコンのキツネ火って……可愛い名前だな。
「触れると全身大やけどです」
全然可愛くなかった。
「あぶな!」
「大丈夫です。すでに契約を済ませたのでこの器から出てきませんし、触っても大丈夫です」
「ではちょっと触ってみますね」
僕はゆっくりと人差し指を出した。もしダメなら店主さんが止めるだろう。
炎に触れると、ほんのりと暖かい感じがした。そして触っているのに不思議な感覚がした。
「まあ長時間触れてたら……いえなんでもありません」
「触ってダメならダメってちゃんと言ってください!」
まったく油断ができないな!
「これはどういうときに使う道具なんですか?」
「これは凄い道具です。驚かないでください」
なんだろう……もしかして忘れたい過去を燃やしてくれるとかかな。
「燃料不要で永遠に燃え続ける上に、二酸化炭素を出さない大変エコな炎です」
「すごいのに、なんか思ってたのと違う!」
悪魔的な道具を散々出されていたのに、突然エコな道具を出されても反応に困るよ!
「まあ半分は冗談です。実はちゃんと使い道はあります。あ、そろそろこれを買おうとするお客様が来ますよ」
すると扉が開き、そこにはおじいさんが立っていた。髪は無く、腕には数珠を付けていた。
「お久しぶりですね、平田様」
「店主殿もお変わりなく。おや、バイトかい?」
細い目をしているが、しっかりと見えているようだ。
「いえ、正社員です。ご挨拶をしてください」
「新人の柴崎です」
「ふぉふぉふぉ。あの店主殿が人を雇うとはな」
「万年人手不足から解消されました。それと、これが注文の品です」
そう言ってお客さんに『紺々の狐火』を渡した。
「え? その、すみませんが、住職の方ですよね?」
思わず聞いてしまった。
「ふぉふぉ。その通りじゃ。少し離れたところの寺で魂を天に届ける仕事をしている」
「いやいやいやいや、でしたら来る店間違えていません!?」
仏教と悪魔って、相性的には真逆だと思うんだけど!
「それを言ったら野良神社のお客様にも言えます」
確かにそうだけども!
「ふぉふぉ。別に君の疑問は間違いではない。知らなかったことはこれから知れば良いのじゃよ」
「どういうことですか?」
「ワシの寺はそれなりに長い歴史を持つ。それ故に『悪いモノ』も多く住んでいる。ワシのご先祖は自身で対処していたそうじゃが、今のワシらはその力が無い。故に『専門家』に頼るほかないのじゃよ」
専門家って……確かに店主さんは悪魔に関する専門家だし、本人も悪魔だから間違いではない。
「『紺々の狐火』は悪霊を喰らう悪魔です。墓地に放つと成仏できなかった悪霊を食べてくれます。設置方法も簡単でトイレの芳香剤と一緒ですね」
「例えをもう少し何とかなりませんか!?」
トイレの芳香剤と悪霊退治道具を一緒にしないでよ!
「それにしても悪霊を喰らう火か。それなら僕も一つお守りとして持ってても良いのでは?」
「ふぉふぉ。若いのう」
「若いですね」
「え!?」
なんか二人して首をゆっくり縦に振ってるんだけど。
「さっきも言いましたが、これは悪魔です。実のところ『悪霊』の定義も曖昧で、『人間にとっては善』でも『悪魔の判定では悪』となる場合があります」
つまり、守護霊も悪霊ってこと?
「若いの。一つ質問じゃが、お主の背後に富をもたらす霊がついていたとしよう。それは悪霊じゃろうか?」
「いや、それは違うかと思うのですが」
「うむ、じゃが、社会の仕組みというのは多くの犠牲で成り立っている。お主が大規模の富を得る場合、どこかでは多くの損失を生む。そやつらにとっては悪霊とも言えるじゃろう」
確かにその通りだけど、それは結果的にそうなってしまうだけで悪霊かどうかとは違う気がする。
「違うと思ったでしょうけど『悪魔にとっては人間の考えなんてどうでも良い』のです」
そうだった。
そもそも悪霊かどうかを判定するのは僕ではなく、悪霊だと決めつけて喰らう悪魔だった。
「ふむ、こやつは物分かりが良いの。店主殿、良い人材を得たのう」
「そうですね。偶然とは言え、かなり運は良かったです。おっと、お忙しいのに長話をしてしまいましたね。お代はいつも通りで良いので、これを壊さず持ち帰ってください」
「うむ。では店主。それと若いの。また数年後に会おうぞ」
そう言ってお坊さんは帰った。
それにしてもお坊さんか……店主さん普通に接していたけど、大丈夫なの?
腕には数珠もつけていたし、ああいう道具って店主さんやガウスが嫌う道具じゃないのかな?
ふと店主さんが体調を崩していないか気になり、そっと顔を見た。
「とまあ、たまに来る『偽物』への対応はこんな感じです。見抜くのは大変ですが、頑張りましょうね」
「偽物!?」
待って、今凄い問題発言しなかった?
仏教に対する暴言だよ!
「先ほどの方には罪はありませんが、その先々代は少々やんちゃでした。独立してお経を独自の物に変え、お金だけをかき集める邪教集団でした」
「じゃ……えー」
「先ほど持っていた数珠もただのプラスチックです。疫病神様にこっそり依頼されて墓地に狐火を撒いてほしいと言われたので、こうしてお手伝いをしています」
「墓地があるってことは、そこに収めている人もいるってことですよね?」
「もちろんいます。それを導くのが紺々の狐火です。あそこに埋葬された方は悪魔から見ても悪霊と判定できる存在になります」
それはなんというか……ひどいとしか言いようがないような。
「覚えておくと良いですね。以前ワタチは貴方に『悪魔のワタチよりも~』という表現を使って言いました。時々人間は悪魔にできること以上の悪行を行います。悪魔に対して悪魔が対処するというのはおかしな話ですが、悪魔の敵も悪魔なのです」
悪魔同士は何かしらの協力関係かと思ったけど、そう言うわけでは無いのか。
「悪魔社会も大変ですね」
「そうでしょうか。ワタチは人間社会の方がハードだと思っています」
「それはどういう意味ですか?」
「人間の最大の敵って誰です?」
あー、人間かもしれない。
昔からあるものが正しいという固定概念を壊すお話となってますが、ある特定の団体などを否定するものではないと、ここで記載させていただきます。
さて、人の敵は人とは言いますが、例えば凄い大富豪がいて、何億人に寄付をしている聖人がいても、どこかでは被害を受けている人もいるというのが私の考えです。
ある事業で大富豪になっているということは、同事業で大負けして、大きな負債を抱える。敗者にとって勝者はヒーローではなく悪魔かなーって感じですね。




