悪魔のキセル
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今日はお使いを頼まれた。というのも、先日ちょっとした出来事で人手が必要になり、それを解決してくれた隣のビルのオーナーにお菓子を渡すというものだった。
店主さんが行くべきではと思ったのだが、どうやらビルのオーナーさんは新人の店員が見てみたいということで、僕がご氏名らしい。
……大丈夫かな。なんかすっごい怖い印象しかないんだけど。
いつもは路地裏に入って細道をいくつか曲がりようやくたどり着くオカルトショップ。今日は表を通ってオーナーのビルの正面入り口に到着。この裏に『寒がり店主のオカルトショップ』があるとは思えない。
「いらっしゃいませ」
自動ドアが開くと、女性の案内人が頭を下げて出迎えてくれた。
「えっと、富樫オーナーにご挨拶に来ました」
「伺っております。こちらへどうぞ」
案内された先はエレベーター。一緒に入って案内人がボタンを押した箇所は一番上である。
しばらく待つと最上階に到着。扉が開くと、案内人が「どうぞ」だけ言って動かない。つまり僕だけ行ってということか。
「おう! お前が新人のしばーしばー……シバだな!」
突然あだ名で呼ばれた気がする。
「初めまして。柴崎です」
「そうだそうだ柴崎だ。シバでいいな!」
「はあ、ええ」
白と黒の縞々模様の髪。そして六十代とは思えないガタイの良い体。明らかに裏社会の人って感じなんだけど!
顔には切り傷もあるし、絶対裏社会の人だー!
「安心しろ。店主から忠告されている」
「え、何がですか?」
「お前さんの前でキセルは吸うなってな」
僕の『運』を吸う悪魔の道具……店を出る前に店主さんから言われたけど、どれくらい強力なものなのかな。
「あ、これ、お土産です。ご近所なので近場のお菓子ですみませんが」
「気持ちが嬉しいんだ。そこに置いてくれ」
☆
富樫オーナー。
事前情報では係長の時に店主さんに出会って、キセルを貰ってから色々と成績を出して、僅か五年でオーナーになった。
係長時代が五十代まで続き、それまではパッとしない状態だったが、突然実力が開花し、誰もがなぜこの人を上にさせなかったのかと問題にもなったらしい。
とは言え、『悪魔のキセル』を手に入れたのがその時だったから仕方が無いだろう。
「シバの上司の店主には今でも感謝してる。正直、俺が若かったらあそこで働きたいと思うほど、恩人だ」
「確かに福利厚生は凄いですし、今の年齢で出会えたことは幸運だと思ってます」
「それは何より。まあ、今後ご近所ということで俺を見かけたら声をかけてくれ。あと、キセルを持ってる俺を見かけたら叫んでくれよ」
「それほど効果が強い道具なんですか?」
周囲の『運』を吸う悪魔のキセル。正直なところ『運』という不確定要素を吸うって信じられない。
「驚くほど強い。はっきり言って常に吸っていたい気分になるほどな」
まるでタバコのような扱いだ。
いや、キセルってそもそもタバコのようなものだから、ニュアンスとしては一緒なのかな。
「シバは悪魔の道具のリスクを理解しているか?」
「え、まあ、ハイリスクローリターンですよね」
「そうだ」
店主さんやクアン先生から色々と教えてもらった。十人中九人が幸せになれる物ではなく、百人に一人が幸せになれる道具。そして、得られるモノに対して与えるモノの割が合わない理不尽さ。
「悪魔のキセルのリスクは大きいんですか?」
「でかい。そうだな、まず俺の秘書だが、すでにこの五年で十人入れ替わってる」
「入れ替わる理由を聞いても?」
「事故だ。十人中二人はこの世にいない」
思った以上に大きなリスクだった。
「俺の運はありえないレベルで良くなった。買う宝くじは全て元手以上。競馬は過去最高額。だが、家内も含めて俺の周囲の運は悪くなり、結果俺は一人になった」
机には家族写真と思われるものがあった。若い男性と綺麗な女性に中央には可愛い少年がピースをしていた。
「実はお前には一つ提案をしようと思ったんだ」
「提案ですか?」
「あそこの店を辞めて俺のところで働かねえか?」
空気が凍った。
僕が黙っていると富樫オーナーは続けて話し始めた。
「当然、キセルの効果もあるから、ここから遠いビルで働いてもらう。待遇は部長以上なんてどうだ?」
「どうって……」
突然の申し出に困る僕。
「これは忠告だ。あの店主は本物の悪魔だ。俺は毎日怯えてる。もし怒らせたらキセルを取られる。いや、それ以前に命がねえかもしれねえ。そんな人生をお前のような若手にさせられねえんだ」
だからって部長レベルの役職で引き抜きって言われても……。
とりあえず深呼吸をして、僕は正直に答えた。
「答える前に、質問良いですか?」
「何だ」
「定年退職はあるんですか?」
その質問に富樫オーナーは一呼吸置いて話した。
「六十。もし辞めたくなったら言ってもらって構わねえ」
「でしたらお断りします」
富樫オーナーは僕の回答に驚いて立ち上がった。
だが、富樫オーナーが何かを話す前に僕は理由を答えた。
「すみません富樫オーナー。ですが、僕は間違って悪魔の道具を使ってしまい、生涯どこかで働かなければいけなくなったんです。店主さんは僕を救ってくれた恩人なんです」
「あ、い、つ……お前、それはあの悪魔店主がわざとやったとは思わなかったのか!?」
わざと?
「そんなあぶねえ道具がお前のような若造が簡単に触れられる場所に置くなんて、ありえねえだろうがよお!」
富樫オーナーは僕に近づいて肩を掴んだ。
「あいつは『悪魔』なんだよ。目を覚ませ!」
「知ってます」
「いいや、お前はわかってねえ。あいつがどれほど極悪でヤバいやつかっ!」
ピピピピピピピピ。
突如、電話が鳴り響いた。富樫オーナーの机の上にある社内電話だ。
『富樫オーナー。急ぎの用件なので失礼します』
受話器を取っていないのに、声が聞こえ始めた。緊急時は受話器を取らなくても声を出せる機能が付いてるのかな?
「なんだ」
『隣のお店の例の店主様が……あーあー、聞こえますか富樫様ー』
「「!!」」
店主さん!?
『親切の塊のような貴方の事ですから、ワタチの部下を引き抜こうとしていないか、確認のお電話ですー』
「は、はは。そんな店主さん。シバと楽しく会話をしていただけですよ」
『そうですかー。アクマノわたちニ嘘=ツTテア世ソカ?』
なんだ!?
今、明らかに声がおかしかったぞ!?
と言うか、店主さんの声色が低いし、なんか怒ってない!?
とりあえず僕が急いで訂正する。
「冗談で富樫オーナーの職場で働かないかと言われただけで、それ以上の正式な雇用関係の話はしていません!」
『……ン宇デすか。それなら良いです。富樫様、今後ともご近所同士仲良くしましょうね!』
そして電話は切れた。
「おい、シバ。お前、嘘言って大丈夫か?」
「嘘は言っていません。これも僕はここ数日で学んだことです」
「そうか……『嘘は』か。俺も気を付ける。とりあえずお前とは今後とも世話になりそうだ。悪魔店主も言っていたが、今後ともよろしく頼む」
「はい!」
最初はタバコにしようと思ったのですが、無くなったら買いに行くという部分があったので、キセルにしました。と言っても作者(私)はタバコもキセルも吸ったことがないので、それ以上のことはわからないんですけどね!
さて、今回は店主さんの裏の顔を少しだけ電話越しに出しました。実際店主さんは柴崎君を意図的に店主にしたかどうかは不明といった形ですが、店主さんにとって柴崎君は唯一疫病神さんの道具を手渡しできる存在です。
これに関して「100円ショップのトングでよくね?」となりますが、デーモンコアのこうにちょっとしたミスで店主さんは消滅の危機に陥ります。つまるところ、柴崎君は店主さんの役に立ってることは事実ですね。
で、悪魔というのは欲深いものです。また、契約を重視しているというのが私の解釈であり、店主さんと柴崎君は雇用といった契約をしている以上、手放せない状態でもありますね。