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恐慌の香


 ☆


 店には毎朝、誰かがそっと手紙を投函していく。悪魔道具はいつも自宅へ郵送されるのに、手紙だけは決まって店のポストに届くのだった。

 品出しをしているとき、店主さんはいつものようにその手紙に目を通していた。見終わった手紙は大抵の場合、不要なものは破棄し、大切なものは棚に保管しているのだが――今日は珍しく、僕のところへ持ってきた。


「すみません、今日のお昼の十二時頃、ちょっと厄介なお客様がいらっしゃるので、対応のお手伝いをお願いできますか?」

「ええ、大丈夫ですが……どなたが来るのですか?」


 僕の問いに、店主さんは一通の手紙を差し出した。


『ニンチャ☆ 私たちは配信者のミポランペロポンって名前で活動していまーす。十二時頃に動画撮影をしたいのですが、電話番号が分からないしー、ホームページとかエックサーとかやってないから、昭和の方法で連絡しますたーど! ということで、よろしくー』


 ――文字がキラキラ光っていて、目に痛い。しかも所々、蛍光インクで浮かび上がってくる。


「いわゆる“インフルエンサー”ですね。空腹の小悪魔ちゃんキーホルダーが少し有名になってしまったので、時々こういった依頼が届きます。ただ、基本的にはすべてお断りしているのですが……」

「今回は断らないのですか?」

「たぶん無理にでも来ると思います。ご安心を、ちゃんと対処法はありますので。柴崎様は本日一日、マスクを着用して接客してください」


 ☆


 正午、予定通り“問題の配信者”たちが来店した。


「こんちゃー!」


 眩しいパステルカラーのツインテール、派手な衣装、そして胸元だけが妙に強調された奇抜な服装。おそらく視聴者の目を惹くためなのだろう。後ろにはカメラを持ったスタッフが二人ほど控えていた。


「うーん、静かで元気がないお店ー。でもここが噂の、恋愛成就キーホルダーの聖地ってとこかなっ。店員さーん、やっほー☆」


「いらっしゃいませ」


 店主さんはいつも通り丁寧に対応していたが、その口元がぴくりと引きつっていた。……我慢しているな。


「恋愛成就のキーホルダー、百個ちょーだい!」


「申し訳ありません。一名様につきお一つまでとさせていただいております。また、こちらのお品は、店内で“おまじない”を行わないと効果が発動しない仕組みとなっております」

「へぇ~。凝ってる設定なんだね~」


 ……設定というか、実際に店主さんが仕様を変えたのだ。

 以前、僕が「テレビのアイドルを思って使ったら、アイドルの夢の中に一生知らない人が出てくるのでは?」と指摘した。

 さすがにそれはまずいとなり、対象者は知人に絞り、契約書に書いた上で店内で『おまじない』をすると言うことになった。


 そのとき、カメラマンのひとりが舌打ちをしながら呟いた。


「これじゃ視聴者プレゼントできねえじゃん……。複数買えねえの?」


「それは難しいですね。ただ、動画映えする“取れ高”が必要なのでしたら、ひとつご提案を」


 その言葉に、女性配信者の瞳がきらきらと輝いた。


「なになになーに?」


「この奥のバックヤードの突き当たりに、金色のプレートを置きました。それを“悲鳴を上げずに取って戻ってこられたら”、特別に『ご自宅でも使える生産終了した小悪魔ちゃんキーホルダー』を十個、差し上げます」


「それって、すっごく映えそうじゃん! 店員さん、わかってるぅ~!」


 なるほど、配信者にとってはプレゼントよりも“映像の盛り上がり”が重要らしい。


「じゃ、まずはタカチー、お願いね!」


 カメラマンのひとりがカメラを渡され、バックヤードへと足を踏み入れた。


 ……しばらくして、棚の奥から「カタッ」という音。


『ギャギャギャギャガアアアアギャギャアアア!』

『ぬああああああああああああああ!』


 ……明らかに尋常じゃない悲鳴が響き、足元がぐらりと揺れた気がした。


「はい、一人目は脱落ですね。次の方、どうぞ」

「ちょっと! タカチー帰ってきてないんだけど!?」

「悲鳴を上げてしまった以上、“戻ってくるわけがありません”よね?」

「うわあ、ヤバいってこの店! ミヤチー逃げるよ!」

「扉が……開かない……」


 ――そりゃそうだ。さっき僕が、鍵をかけたから。


「ルールをひとつ、追加いたしますね。“悲鳴を上げずに戻ってこられたら”、戻ってこなかった方もお返しします」

「ミヤチー……お願いっ」

「……くそっ、行ってくる……!」


 怯えながらも覚悟を決め、ミヤチーさんはバックヤードへと入っていった。


『み……や……ち……』

『たかああああああああああああああ!』


 ……タカチーさんと出会ってしまったらしい。それは……だめだろうな。


「はい、これでお二人とも残念です。さて、どうなさいますか?」

「ちょっと! これ監禁でしょ!? 警察呼ぶからっ!」


 女性配信者はスマートフォンを取り出し、震える指で番号を押した。


「た、助けてくださいっ!」

『どうされましたか?』

「閉じ込められて……路地裏の変な店で、水色の髪の子と黒マスクの……!」

『落ち着いてください』

「むりむりむり、タカチーとミヤチーが……早く……助けて……!」

『まず深呼吸をしましょう。そして、まっすぐ前を――』


「まっすぐ……前……?」


『水色の髪の女の子って、こんな感じでしょうか?』


「きゅ……」


 そこに立っていたのは、脚立に乗った店主さん。スマートフォンを手に持ち、優しく語りかけるように。


 女性配信者はそのまま、静かに気を失った。


「大成功ですね。柴崎様、“恐慌の香”の火を消しておいてくださいね。くれぐれも深く息を吸い込まないように」

「……はい」


 ☆


 扉を開け、風を通しながら香炉の火を落とし、蓋をしっかり閉める。


「……ガウス、お前ちょっと丸くなった?」

『ガウ……』


 “恐慌の香”には、人の恐怖を増幅し、煙を吸った人は怖い幻覚を見せる効果がある。その香りによって、配信者たちは幻のミイラとゾンビ、そして通話先の幻影に怯え、倒れてしまった。


 結果、恐怖を糧とする番犬ガウスが、大量に流れてくる恐怖を食べちゃって少し太ってしまったらしい。素直で可愛いな。


「お疲れ様でした。商品の品質も確認できましたし、有意義な時間でした」

「……これも、商品なんですか?」

「お化け屋敷業界では重宝されるんですよ。セットを組む手間が省けますし、本体は器なので、中身を変えれば何度でも使える、エコな逸品です」


 ……今後お化け屋敷に行く際は、呼吸に気をつけよう。一緒に行く相手がいるかはさておき。


「それより驚いたのは、あの三人の“回収”です。隣のビルから黒服の方々がぞろぞろと出てきて、慣れた手つきで搬送していったのは……正直、背筋が凍りましたよ」

「ご近所付き合いは大切ですからね。特に“職場”のご近所は、売上にも関わります」

「とはいえ、黒服の方々を動員するとは……相当なコネじゃないですか?」

「いえいえ。あのビルの現オーナーと、少し仲が良いだけですよ。以前、“ちょっと良い品”を差し上げただけです」

「ちょっと良い品、ですか?」

「“悪魔のキセル”です。吸えば周囲の幸運を自分に引き寄せる……と言われるものを。あの方、当時はまだ係長でしたが、五年でオーナーになられました。努力と実力、あとは……多少の運ですね」


 ――そうだった。忘れかけていたけれど、この店主さんもまた“悪魔”だった。


 お香の煙が偶然人の形になり、頭の中で何かが補正されて知っている人に見えたり、コンセントの穴やシミが人の顔に見えると言った幻覚や現象は意識すればするほど増長するものですね。

 ちなみに書いている本人(私いと)はお化け屋敷が大の苦手ですー。

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