邪神の刻印入りネックレス
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アプリを作っていた頃は、予想していなかった現象に何度も出くわした。けれどそれらは、僕の知識や経験不足によるものがほとんどで、少し考えれば納得のいく事ばかりだった。
けれど、転職してからというもの、「想定外」は別次元の話になった。なにせ相手が人ならぬ“悪魔”なのだから、常識も前提も通用しない。初見の現象に、ただ驚くばかりだった。
「予想以上の利益が出ましたので、ボーナスを支給します」
「ええっ!?」
冗談だと思った。ボーナスなんて都市伝説だとすら思っていたのに。やっぱりこのお店、色々おかしい。
「いやいや、ごく普通の企業でも賞与は出しているものですよ。そんなに驚いた顔をしないでください」
「でも……これ、二か月分の給料ですよ!?」
すでに給料からは『レプリカグリモ』の弁償分が差し引かれていたが、それでも前職よりも高い。そこにさらに二か月分の上乗せなんて、嬉しいよりも不安が勝る。
「先日の訪問販売で、残りの支払いがすべて振り込まれたのです。それどころか、さらに上乗せがございました。最初は振込ミスかと思いまして、念のため確認をしたのですが……『家のツボを全部売った利益』をお礼に、とのことでした」
先日、佐々木さんというお客さんのところへ訪問販売に行ったら、そこには大量のツボがあり、どうやらそれらは『本物』だったとのこと。
佐々木さん、本当に鑑定士になった方がいいんじゃ……?
その『ツボ』は、いくつかは歴史的な価値がある代物だったのでは?
「何度もお断りしたのですが、向こうが引かず……通話料が気になって受け取ってしまいました」
通話料って数分数十円とかの話だよね?
その通話では下手したら数百万のやりとりをしてたんだよね?
「でもまあ、売り上げにつながったなら良かったですし、超個人的には一石二鳥です」
「一石二鳥?」
「例の一帯が“聖域”になっていたのですが、どうやらその封印が解除されました。おかげで、ワタチのお散歩コースが広がるのです」
「店主さん的には、そっちの方がむしろ本命だったかもしれませんね……」
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せっかくのボーナスなので、休日に買い物に出かけることにした。一人は寂しいから、ガウスも一緒に連れていこうと店主さんに聞いてみると、返事をもらう前にガウスがすごい勢いで抱きついてきた。
「ということでガウス、僕が指示を出すまでは、噛まない、傷つけない。分かった?」
『ガウ!』
ああ、可愛い。よしよしと頭を撫でてやる。
服や雑貨を買い歩き、荷物も増えたころ、休憩がてらペット同伴可のカフェに立ち寄った。屋外にテーブルが並び、少し先にはドッグラン。買い物中に店の外で待っていてくれたガウスにとっても、いい休憩場所だ。
「というか、剥製のガウスって疲れるの?」
『ガウ!』
……疲れるらしい。うん、ごめん。
注文したコーヒーと、ガウス用のミルクが運ばれてきた。僕が許可すると、ガウスはお行儀よくミルクを飲み始める。
「良い子ですねー」
店員さんに褒められて、なぜか僕の胸が誇らしくなった。親バカの気持ちが少し分かった気がした。
「おい、お前……柴崎じゃねえか?」
聞き覚えのある声。かつての職場、クエストカウンター……いや、ただの指示係だった先輩だ。
「やっぱりお前だな、久しぶりだなあ」
「……はい、ども……」
この人には絶対逆らわないように、そう教えられてきた。今でも、どう振る舞うのが正解か分からない。
「いい服着てんじゃねえか。それに犬も飼ってるってか……仕事、見つかったんだな?」
「ええ、まあ」
「ふざけんな!」
突然、先輩がテーブルを叩いた。周囲が静まり返る。ガウスもピリついた空気を感じ取っている。
「お客様……」
店員さんが声をかけると、先輩は軽く笑って応じた。
「大丈夫だよ。ちょっと頭に来ただけだからさ」
今の『大丈夫』は“周囲への配慮”ではない。問題を起こした後に言い訳することは、配慮でも謝罪でもない。
だが、この先輩はそれが『周囲に配慮した』と思っている。そういう価値観の人だ。
「すみません、僕たち帰ります。今度は、ガウスとだけ来ます」
「えっ、あ、はい……」
僕の言葉に、店員さんはほっとしたように息をついた。けれど、他のお客さんたちは、まるで僕が悪者かのような視線を向けていた。
……もう、このカフェには来られないな。残念だ。
☆
公園に着くと、先輩がぽつりと話しかけてきた。
「なあ、お前……今、良いとこ勤めてるのかよ?」
「……はい」
「そうかそうか。お前が辞めた後の新人は使えなくてな。あいつら、教育しても感謝の一つも言いやしねぇ。その点、お前は良かったよ。まあ、長く続くとは思ってねぇけどな」
その言葉に、自然と店主さんの顔が浮かんだ。
「今の職場、ちゃんとやれています。楽しいですよ」
「なに?」
「昨日、ボーナスが出ました。給料も前職の倍。週休二日で、残業ほとんど無し。ガウスと散歩する時間もありますし、彼は上司の犬なので、世話手当もいただいています」
「なっ……!」
僕は知っている。先輩の職場を。なにせ、前の会社だ。
比較するたびに、今の職場の良さが際立つ。ただし、欠点がひとつだけあるとすれば……僕の仕事で、人を不幸にする可能性があるということだ。
「……そうか、稼いでんのか。じゃあさ、恩返しに金を貸せよ」
出た。“恩返し”という名の“金の無心”。
「嫌です」
きっぱり断った。その瞬間、頬に鋭い痛み。……殴られた?
「なんか言ったか?」
ガウスがこちらへ駆け寄り、唸り声を上げる。けれど、言いつけを守っているから、ギリギリのところで踏みとどまっている。
「金は無いです。持ってるのは……このネックレスだけです」
首元のプレートには、禍々しい刻印。
「へえ、それよこせよ」
僕が差し出したネックレスを、先輩は奪い取った。
「へへ、今日はこれで勘弁してやる。次はちゃんと金用意しとけよ」
そう言って去っていった先輩の背中を見送りながら、僕は泣いた。嬉しさと、情けなさと、そして策略が成功したという達成感が胸を満たしていた。
☆
翌朝。
「すみません……!」
頭を下げて謝る僕に、店主さんはふわりと微笑んだ。
「それは謝ることではありませんよ。それに『邪神の刻印入りネックレス』は奪われたのでしょう? であれば、『契約が切り替わっています』。今日中に新しいものを作りますから、今度は気をつけてくださいね」
「はいっ!」
邪神の刻印入りネックレスは悪魔道具だ。譲渡では効果を持たず、盗まれた瞬間、契約が発動する。持ち主には不幸をもたらし、周囲には持ち主の幸運を振り撒くと言うものだ。
しばらくしてスマートフォンが震え、ニュースアプリが通知を寄越した。
『本日早朝、交通事故が発生。男性は右足を骨折し……』
僕はスマホを伏せ、静かにコーヒーを口に含んだ。
今の職場は、実に『守られている』。
御守りは日本に限らず世界中に存在しますね。合格祈願や健康祈願など、それらには『おまじない』が込められてあり、漢字にすると『御呪い』になります。つまり呪いですね。
今回の道具のメリットは、無くしやすいものに付けてると、知らぬ間に近くに落ちてるという物。デメリットとして『気』が逃げていき、事故などに逢いやすくなります。柴崎君が無事なのは何故でしょうね。
無くしやすいものに付けると効果的な道具が『キーホルダー』では無く『ネックレス』なのは、悪魔にとって人は動物であり道具でもあるという考えも、、、。




