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小悪魔冒険譚


 ☆


 店主さんの手には『小悪魔冒険譚』。僕たちは、駅から少し離れた住宅街へと向かっていた。


 営業経験なんて皆無だから、訪問販売と言われて少し緊張していたけれど、店主さんと一緒だと、なぜだか安心できる。


「ところで、訪問先って決まってるんですか?」

「ええ、すでにお約束済みです。もうすぐ到着ですね……おや?」


 歩いていくと、前方から怒鳴り合いの声が聞こえてきた。


「帰ってください! 母があんなふうになったのは、あなたたちのせいなんです!」

「いえいえ、それならなおのこと、お会いしなければなりませんわ」


 大きな帽子をかぶった高齢の女性が二人。そして玄関先には、僕と同じくらいの年齢の男性が一人。宗教の勧誘でたまに見かける光景だけれど、今回はもう少し複雑そうだった。


「あのお宅が訪問先なのですが……お取り込み中のようですね」

「うーん……巻き込まれるのは嫌だけど、お客さんが困ってるなら、助けた方が良いかなーと個人的に思います」

「そうですね。今月の売上はまずまずですが、リピーター獲得の好機ですね」


 そう言って、店主さんは言い争いの渦中へと歩み寄った。どこか、気が進まなそうな顔をしながらも。


「すみません。僕たち、佐々木様のお宅に用があって来たんですが……」


 僕の言葉に、男性はほっとした表情を浮かべた。


「あなた方、『寒がり』の……?」

「はい。『寒がり店主のオカルトショップ』の者です。ご予約いただいた通り、本日はご用事を承りにまいりました」


 店主さんの説明に、おばさまたちは眉をひそめた。


「困りますね。こちらの奥様は悪魔にとり憑かれて苦しんでいるのです。私たち、以前から交流がある者にお任せください」


 悪魔に……とり憑かれて……? リピーター獲得って言ってたけど、実は元々お得意さんだったのかな?


「その“悪魔”とは、帽子をかぶった二人組で、仲間を増やすには常に二人一組で行動しなければならない、臆病者でしょうか?」

「おほほ、神罰が当たりますわよ?」


 ……あ、違った。珍しく、店主さんが人間相手に喧嘩腰だ。


 思えば、店主さんが喧嘩腰なのは、相手が“神聖”寄りの人間だからかもしれない。『ガジュマルの手鏡』の時のように、店主さんは神聖なものに触れるものが苦手だった。


「神罰とはどのようなものでしょう?」

「そうですね……急に気分が悪くなったり、口から血が出たり、非日常的な災厄が襲いますわ」


 なんとも曖昧だけれど、信じる人には信じられるのだろう。


「くだらないことを言って――ガハッ!」


 突然店主さんが血を吐いた!?


「え!? えぇ!?」

「ひぃっ!」


 僕が驚くのは当然として、口から血を吐くと言った張本人のおばさまたちが悲鳴を上げた。


「はぁ……はぁ……やばいです、柴崎様……神罰が……ぐはああっ!」


 店主さんがその場にうずくまった瞬間、何かが床を転がってきた。赤い液体にまみれてよくわからなかったけれど、拾ってみると――目玉の形をしていた。


「「きゃあああああああああああ!!」」


 ちょ、待って! 僕も逃げたいんですけど!? っていうか、おばさまたち足速すぎ!


「きゅ、救急車……!」


 スマホを取り出そうとした瞬間、誰かに腕を掴まれた。


 ……店主さんだった。口の周りが真っ赤で、両目はちゃんとついてる。


「それ、“空腹の小悪魔ちゃんキーホルダー”です。裏にコウモリの羽、見えるでしょう?」


 本当だ。よく見るとオカルトショップに売っている目玉にコウモリの羽が生えている不気味なキーホルダーだった。


「え……じゃあ、この赤いのって……」

「ケチャップです。初めての試みでしたが、意外と騙せるものですね。食品を粗末にしたくはないので、今回限りですけれどね」


 ……いや、迫真すぎるでしょ。


「それより、本題に入りましょう。佐々木様、商談とまいりましょうか」


 ⭐︎


家の中には、さまざまな「アイテム」があった。しめ縄に短冊、よくわからない人形、壺、お札、置物……そしてまた壺、壺、壺。壺、多すぎませんか!


「やばいです柴崎様。さっきはケチャップでしたが、今度は本当に吐血しそうです」

「胡散臭いおばさまより、客先の自宅の方が圧倒的にダメージを受けてるって、どういうことなんですか!?」


 店主さんの体質は、まだよく分からない。


「申し訳ありません。父が亡くなってから、母がこうした物に頼るようになりまして」

「他人の趣味嗜好に口出しはいたしませんが、ご不満なら何か仰らなかったのですか?」

「何度も思いました。ですが、初めて買ったお守りを持って眠った夜、偶然にも父が何度も夢に出てきたと話していて……。それが母の心の支えになっているのなら、無理に止めることはできないと思い、そのままにしていたんです」


 人の死は、心に深い傷を残す。佐々木さんのお母さまは、それに耐えるための「支え」を作って、日々を過ごしていたのだろう。

 やり方は正しくないのかもしれない。でも、本人は保てている。ただ、周囲が壊れてしまっているだけだ。


「母を連れてきます。こちらでお待ちください」


 佐々木さんはリビングの椅子に僕を座らせると、一度部屋を出て行った。


「佐々木さん、まともな方ですね」

「そう見えましたか? ワタチから見れば、奥様と同じことをなさっていますよ」

「え?」


 どういうことだろう。

 壺を買い漁ったお母さまと違って、佐々木さんは店主さんに依頼を出した。それは全く違う行動のように思えるのだが……。


「方法が違うだけです。佐々木様のお母様は、亡きご主人様を夢に見るため、幻を見るために努力なさいました。佐々木様は、その悪夢を払うために色々と調べ、今回ワタチを呼んだ。やっていることは、結局同じです」


 言われてみれば、その通りかもしれない。

 僕も少し前までは、仏教以外の宗教や信仰には懐疑的だった。でも店主さんと一緒に働くようになって、この世界のいろいろなことを知ってしまった。

 僕の場合は、自分の目で見て納得した上での行動。でも佐々木さんは、玄関で勧誘していたおばさまと同じように、「信じること」だけを頼りに行動した。その対象が、たまたま店主さんだっただけだ。


「柴崎様。これからもワタチと働くなら、覚えておいてください。悪魔が願いを叶えるとき、遠い未来のことなど、どうでも良いのです」


 その言葉に、思わず唾を飲み込んだ。


 しばらくして佐々木さんが戻ってきた。後ろには、手足の細い女性が立っている。きっとこの方が、佐々木さんのお母さまだろう。髪は真っ白で、何年も切っていないようだった。


「では、諸注意から。この本は、佐々木様が読んではいけません。そして、この本は『死ぬまで』手放さないでください。食事のときも、常にそばに置いてください。そして最後に一番重要な注意事項ですが、勝手に治ったと思って処分なさらないように」

「はい」

「な、なにを、する、の?」


 淡々と話す店主さんと佐々木さん。それに怯えるお母さま。僕はただ、それを見ていることしかできなかった。


「では、奥様。こちらをご覧ください」


 そう言って、店主さんは本を開いた。

 するとお母さまは最初こそ怯えていたが、徐々に本を手に取り、やがて笑顔になった。


 僕がその本を読むことはできない。本を読むことが契約になるからだ。だから、どういう本なのかを事前に教えてもらった。

 どうやらこの『小悪魔冒険譚』は、読み手が読みたいと思う物語を次々と書き記していく書物で、一度読み始めると生涯読み続けてしまう体になるらしい。


 食事や入浴中も読みながらという生活になるが、高価な壺を購入し続ける毎日と比べれば……と思ったけど、こればかりは当人にしか分からないだろうし、身内にそういう人が居ないと分からないだろう。


 ☆


 三十分後。僕は耳にタコができるほど、感謝の言葉を聞かされた。よく分からない過去の話や、愚痴も聞かされた。店主さんは途中であくびをしていたけど、佐々木さんは気にせず、ずっと感謝を述べていた。

 そろそろ帰る時間になり、佐々木さんは玄関で報酬を渡してきた。


「ありがとうございます。あそこまで落ち着いた母を見るのは久しぶりです。残りの報酬は後日、お振込みいたします」

「期日を守ってくだされば結構です。柴崎様、報酬をお受け取りください」

「え、あ、はい」


 そう言って、封筒を受け取った。


 ……すっごく、どっしり入ってるんですけど!?


「最後にもう一度、お礼を言わせてください。今までで一番……いえ、『本物』の方に依頼できて、本当に良かったです」

「次からは、お気をつけください。では」


 そうして僕も一礼し、店に戻るため玄関を出ると、道中で店主さんが大きくため息をついた。


「はあああ……あの家、すごく息苦しかったです。なんですか、あの謎アイテムたちは。なーにが『本物』ですか。あの家には『本物』ばかりで、ワタチのような悪魔は近寄りたくない聖域になっていますよ」


 あの家にあったアイテムって……本物が多かったのか。ということは、佐々木さんの目は本物ということになるよな。


「でも、助けられて良かったですね」

「結果として助かっただけで『人間としては良くはありません』ね。ワタチたちは目的を達成しただけです。そして達成した報酬が柴崎様の手にある封筒です」


 ……百万円以上入っていそうなこの茶封筒、早く銀行に預けたい!


「では、佐々木さんのお母さまは『助かって無い』のですか?」

「厳密には、助けていません。奥様の“支え”を変えただけです。今までは、旦那様の夢を見るために散財を繰り返しておられましたが、それを今回で終わらせた。それが“助けた”ということになるのでしょう」


 僕の感覚からすれば、それはしっかり“助けた”ことになると思うけど……違うのかな。

 どうも店主さんは、自分のしたことを「良いことだった」とは、言い切っていないように感じる。


「ワタチの反応を見て、なんとなく物足りないのでしょう?」

「えっ、あ、はい」


 心を読まれた。


「当然です。奥様の心を書き換えて、そのうえで依頼人から感謝される――これは、倫理的に良いこととは言えません。ですが、一時的にでも依頼人は経済的に救われました。そのことも踏まえて、今後の商品を売っていってください」


 信仰を変えただけ。根本的な解決にはなっていない。それをもって「良いこと」だったとは言えない、と店主さんは考えている。

 でも、僕は……それも違うと思う。


 だけど、いつか経験を積んで、「あれは良いことだった」と自信を持って言えるようになるまで、今は黙って頷くだけにしておこう。


「はい」


 なんかすごく長くなっちゃった!

 別に最終回というわけでもなく、良い感じにお話がジャカジャカ書けて、結果的にいつもの倍くらいになりました汗


 さて、今回のお話は場合によってはデリケートな部分ですね。私自身は何かの宗教に属しているわけではないため、偏見多めで書いてるとは思ってます。

 ただ、一方で宗教に属している人を完全否定はしていません。海外の友人が生活の一部として決まった時間に決まった場所や方角を見てお祈りをしているのを数ヶ月見ていたので、なんというか、慣れです汗


 信じる媒体に関しても今回は軽く触れているつもりです。人によっては『聖書』や『芸能人が書いた書籍』など、色々あるかと思いますが、店主さんが今回売ったものはその本に当たります。


 結局のところ、今回のお話で救われた人はいるのかと問われると、どうだろうかというのが答えになりますね汗

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