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ー幕間ー悪魔としての時間


 ☆


 山の上にある私立の工業大学。そこに店主さんの『お友達』が働いているとのことだが、一体どういう人なのだろうか。

 そもそも大学の教授ってことは、僕よりも頭は良いだろう。

 大学の受付に行き、店主さんに教えてもらった教授の名前を言うと、受付の人が電話をかけてくれた。


「クアン先生がこちらに来るそうです。応接室でお待ちください」


 案内された個室で待つこと二分。すると、扉が二度叩かれた。


「君が悪魔店主に雇われた新人だね。初めまして」


 ……小さい女の子だった。え、もしかして漫画でたまにある『すっごい頭が良い天才少女が大学の教授をやってる』的なやつ?


「おー、青年よ。クーの身長だけを見て何を想像したか手に取るようにわかるぞ。これでもクーは君よりも年上だ」

「そうなの!?」


 驚いた。


 ☆


「改めて自己紹介だ。クーはクアンだ。見ての通り日本人では無く、イギリス生まれだ」


 そう言って軽く握手をした。イギリス生まれって言ってるけど、すごい日本語が上手だ。


「日本語がお上手ですね」

「使える言語が多ければ、それだけ得られる知識も増える。孤島の戦闘民族が扱う特殊な言語以外であれば、誰とでも会話くらいは可能だ」


 ……え、三か国語とかではなく、百か国語話せるよってレベルの事をサラッと言った?


「あの悪魔店主から話をしてくれと頼まれたのでな。クーの素性を少し話すと、クーも悪魔店主と一緒で悪魔だ」

「クアン先生も悪魔?」


 確かに店主さんと同じく赤い目をしている。もしかして悪魔は赤い目が特徴なのかな?


「クーは自身の分身を作り出す『ドッペルゲンガーの儀』を行った。ドッペルゲンガーについては知っているかい?」


 夏の特別番組でよくある怖い話の中に『ドッペルゲンガー』は時々出てくる。

 自分と同じ姿のお化けが現れ、そして殺害し、そのドッペルゲンガーが自身の代わりに生活を送るという物語。


「様々な解釈や文献があり、ドッペルゲンガーもまた多種多様なものがある。クーの場合は意図的に自身の分身を作り、悪魔の方を残したのだよ」

「なぜ?」

「とても単純な答えさ。長生きしたかったのだよ」


 いや、それは単純だし、なんなら僕もそのドッペルゲンガーの儀を受けて長生きしたいんだけど。


「もちろん悪魔になるということは代償もある。クーの場合は知識を得るために他の感情を消した。仮の話だが、知識を得るために君を解剖してもためらう感情が無いということだ」


 ……ヤバい。入口がクアン先生の後ろにあるから、僕は実質閉じ込められたんだけど!


「そう焦るな。あくまでも仮の話で、人間の仕組みについては把握しきれている。それに、犯罪で捕まることの方が今のクーには都合が悪いのだよ」

「そうなんですね。えっと、悪魔になったことについて、後悔はしていませんか?」


 僕の質問にクアン先生は即答だった。


「後悔はしていない。ただし、思っていたのと違うというものもある。さすが悪魔だとそこは感じたよ」

「解釈違いですか?」

「単にクーの知識不足さ。悪魔の身になったため、宗教に関する知識を得ようとすると体調が悪くなるし、歴史的建造物の中に仏像があると、足が重くなったりする。だが、知識は得たいという欲望が止まることを知らず、苦しい日を何度か味わったさ」


 今の話だけを聞くと、それほど悪い印象は無い。


 と、僕の考えを察したのか、クアン先生は少し笑いながら話した。


「仮に君が悪魔になりたいと言ったら、クーは一旦止めるがな」

「なぜ?」

「タバコと一緒だ。今言った話は良い部分を増長させ、悪い部分を浅く言った。実際経験すると、自身の欲望を抑えるための苦痛はとんでもない。これは言葉では表現できないほどのもので、絶対と言い切れるほど経験すれば後悔するものだ」


 先ほど『苦しい』と言ったものは、僕が想像する苦しみよりも膨大なモノなのか。


「さて、今回あの悪魔店主から少し話を聞いて、君については把握している。柴崎青年は悪魔の道具を販売することに抵抗を感じたのだな?」


 店主さんがどこまで話したのかわからないけど、このクアン先生の場合は少し話せばすべてを把握する気がする。


「はい。このまま売って良いのか、少し悩みが生じました」

「個人的な意見を言わせていただくと、君は販売を続けるべきだ」


 予想していた答えよりも直球だった。


「なぜ?」

「『レプリカグリモ』によって運命を捻じ曲げられたところを悪魔店主に助けてもらった。まずはそれについて悪魔店主に恩を返すべきだな。それと君は『レプリカグリモ』の力をまだ理解しきれていない」


 それは確かにその通りである。

 仮に今の職場を辞めた場合、知らぬ間にどこかで雇用が決まって働くというのが店主さんからの説明だった。


「それに、世の中万人受けというものは存在しない。確かに普通の業者は受け入れられる人数が全体の過半数を超えているケースが多いが、君の場合は百人に一人受け入れられれば十分だろう」

「それは意味があるんですか?」

「クーの行っている研究はそういうものばかりだ。義足を必要としている人数が全人類の何パーセントか考えたことはあるかい? それでも研究を行う理由は、必要だからだとクーは思っているよ」


 ☆


 別れの挨拶を済ませて大学を出てバスに揺られながら外をボーっと眺めていた。そして今日話した内容を思い出していた。

 悪魔の道具という言葉に惑わされていた気もする。けど、クアン先生の言う意味も理解できた。

 十人中九人が喜ばれる道具を作っている業者なら、生きがいを感じられるだろう。しかし僕が売っている商品は百人中一人が救われる商品かもしれない。もしかしたら千人に一人かもしれない。

 使った瞬間の得られる喜びは大きい。しかしリスクとリターンが割に合わないから納得していないのだろう。


「クアン様の話は有意義でしたか?」

「はい……ええ!?」


 バスの中で思いっきり叫んじゃった。周囲のお客さんが驚いてこっちを見ている。

 とりあえず謝って隣にいつの間にか座っていた店主さんに話しかけると、クスクスと笑っていた。


「ワタチに恩を返すですか。となると骨を埋めるつもりで働いてもらうしかありませんね」

「確かに店主さんには感謝していますが、レプリカグリモがそれほど強力なものかどうかわからないので、迷っているのかもしれません」

「そうですね。例えば先ほど物産展で購入したこのキノコ、なんだかわかりますか?」


 普通のシイタケに見えるけど……。


「実はこれ、すごい毒キノコで、一ミリ程度を口に入れただけで死にます」

「え!?」


 また声が出ちゃったじゃん。


「冗談です。ですが、現実にそういうキノコは存在します。毒があると言われてもどれくらい強力かわからない場合、その脅威は知りえません。レプリカグリモはその強力な毒キノコ級に凄いものです」


 それほど凄い道具だったのか。


「決めました」


 色々迷ったが、今後の方針を固めた。


「僕は役に立つ良い道具を売るということに執着して迷ったんだと思います。一旦その考えは止めて、店主さんに恩返しをするという考えで働こうと思います」

「良いと思います。一旦考えを別の方向に変えることで、別の目的がこれから生まれるかもしれませんしね。では、ワタチは次のバス停で降ります。家がこの辺なんです」


 そう言って店主さんはボタンを押した。


 ……店主さんってちゃんと家があるんだ。


 今回も道具というよりは、悪魔に関するお話です。

 描き初めは1話完結で書いていましたが、ちょこっとだけ調味料は入れようかと思います。

 ただ、基本的には動画を出して、それを使って変な日常を送る物語を書いていきますよー!

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