某日某所某者の報告
「なに?それは真か?」
突然の報告を受け、耳を疑った。
確認を返された報告者は、それを肯定する。
「左様です。警備の者から確かに見たと」
事実であると現実視した瞬間、眩暈で倒れそうになった。
報告されたのは吉報と凶報の両揃いだった。片方だけでも卒倒するくらいの出来事だというのに、よもや一度に来訪するなんて予想外もいいところだ。
事態は一刻を争う。
このまま野放しにしておいたらどの方向に流れていくか予測がつかなくなる。
混乱を避けられなかった頭をなんとか稼動させ、対策を出そうと隣に待機している補佐に意見を求める。
「さて、どうすればいいと思う?」
補佐は冷静さを忘れない者だった。まだ若く、補佐の役職に着任して間もないが、それを補い切るほどの秀才ぶりを発揮していた。
博識で、頭も切れる。欠点をこじつけるならば経験が浅いということくらいだろうが、既に信用に足りる実績が認められる。
以前もこういった突然の事態にも、沈着した対応をしてくれた。だから、今回も優れた妙案を考えてくれると信頼した。
しかし、すぐに帰ってくると思っていた返事はいくら待っても帰ってこなかった。
不思議に思い、補佐の様子を窺う。
補佐は、いつもの澄ました目ではなく、驚愕で見開いた目をしていた。
補佐は普段、仕事中に表情を変えることが滅多にない。毅然と佇み、年齢にそぐわないしっかりとした態度を確立させていた。
その、どんなことでも冷静さを崩さない補佐が、誰から見ても分かるほどに冷静さを欠いている。
「…ほ、本当に、真なのか!?」
補佐は動揺した様子で、報告者に再度聞いた。答えは同じに決まっているのに、本当にらしくないと思った。
沈黙が肯定を代弁する。
肩をわなわなと震わせながら、補佐はようやく事実を飲み込んだ。
そして、居ても立ってもいられないという雰囲気丸出しで部屋を飛び出そうとした。
慌てて制止する。
「待て!どこへ行く気だ!?」
補佐は返事をするのも急いで答える。
「奴を追跡します!」
答えるや否や、補佐は返しの言葉を待たずに部屋を飛び出ていった。
慌ただしく補佐が立ち去ったあとに、空っぽの風が小さく流れた。
「…全く、あいつのこととなるとすぐ頑固になっちゃうんだから」
隣を独断で留守にされ、小さく肩をすかす。
「仕方なかろう。長年懸念していた複数の事柄が、ここに来て一度に訪れたのだからな」
報告者ではなく、始めから目の前にいた者が言った。
来客である彼を招待しては談笑しながら大事な話を進めていた。双方の合意の基で良好な展開に話を進めることができていたのだが、その最中にこの重大事項が報告されたのだ。
彼の意見に、事情を知るものとしては頷かずにはいられなかった。
「確かに。しかも、よりによって今日だもんなあ…」
眉間に皺を寄せながら、後頭部をがしがしと掻き毟る。心配事が増えるというのは個人的に好きではない。もっとのんびり平和ボケしていたいと切に願う。
その様子を見ていた来客は、高齢の身であるにもかかわらず豪快に笑った。
「仕事が充実していて結構なことではないか。少なくとも、暇そうにはしていられまい」
あまりにも他人事のように言うので、恨めしげに睨みつけてやった。
「…ヤーバックよぉ、これはお前も無関係とは言えないんだからな?そこんトコ分かってる?」
「重々承知しているとも。お主がこれからやろうとしていることも、な」
「それはどうも、ご理解いただきまして」
溜息をつきたくなって、客の前では失礼と思い、しかし我慢できなくて結局一つ漏らした。
ただ、全てが嫌になるような出来事ではない。むしろ、これは長年懸念してきたことを解決するための一過程に過ぎないのだろう。
そう思うと、若人たちの軽率な行動が面白く思えてきて、自然と笑みがこぼれた。
「まあ、これくらい忙しそうでこそ若いモンらしいのかもな。そう思わないか?」
独り言で済ますのは寂しいので、ちょうど目の前で暇そうにしている報告者に振ってみた。
報告者は、ちょっと困ったそぶりを見せたあと、苦笑しながら「左様です」と答えた。