かっこいい弱虫
「さくさく運べよー!次入れるぞー!」
搬入口の辺りからスラスタハルの声が響いた。それと同時にたくさんの天竜族が出入りしていく。
香乃は今、集会場の一角にいる。物品の進路を妨げるわけにはいかないと思い、なるべく邪魔にならない場所にいようとした。
イズの説得が終わってから、香乃は祭に参加するためにここへ戻ってきていた。
シルゼーロマも準備に当たらなければならないため、そのついでに背中に乗せてもらった。
香乃は集会場をぐるりと見回す。
山の頂にあるとは思えないほど広い一室。目測でしかないが、東京ドームかそれ以上の広さがあるのではないかと思える場所だ。
ここへ初めて案内された時はみんなで落ち着いた雰囲気で休憩していたが、今は座っているような者は誰もいない。皆が皆、それぞれの分担作業に徹し、祭の準備を着実に進めていっている。
物品の搬入は天竜族が続々と持ってきている。この部屋にも天井がないため、全員空から直接入れてくる形になっている。
香乃も休んでいるのは気が引けて、何か手伝えることはないかと近くの天竜族に尋ねたが、そうはいかなかった。来賓であるからと断られただけが理由ではない。
まず、使用する食卓はとても大きく、人間では十人がかりでも手に負えなさそうなものを運んでいた。その他に使用する物も大概が巨大で、どう頑張っても無理だと香乃も理解した。
また、祭の際に並べられる食べ物はそれこそ特殊なもので、香乃が手伝えるようなものではないとのことだった。
申し訳ない気分になったが、それを察してか相手の天竜族は「お気持ちだけでも大変嬉しいです」と笑顔で言ってくれた。
やはりここの世界の住民は抜かりなくハイスペックだった。
香乃がぼんやりと眺めている間にも、準備は滞りなく進んでいく。天竜族の作業の能率はとてつもなく高かった。
集会場にイズの姿はない。
イズの説得には成功したようだが、祭の参加には変わらず消極的だった。
一つだけ希望があるとすれば、香乃がイズの部屋を出ようとした時の、イズの一言だ。
「時間が欲しい。まだ、ちゃんと自分と向き合えていないから……」
彼は確かにそう言った。
一緒に祭へ参加できないというのは寂しいが、贅沢は言えないだろう。
今までずっと嫌っていた自分とようやく見つめる気になってくれたのだ。結果としては重畳だといえる。
たどたどしい一言だが、香乃にとっては充分だった。
一筋縄ではいかない心の傷だったが、治る兆候が見えた以上、あとは時間の問題だろう。
来年でも、再来年でもいい。いつか、天竜族のみんなと顔を合わせて、祭に参加できるようになってほしいと切に願う。
「少し退屈かもしれませんね」
隣にいるシルゼーロマが話しかけてきた。
本来ならば彼女も準備に取りかかっているはずなのだが、香乃を一人で待たせるのは失礼だからという理由で、ここにいた。代わりに時折大声で指示を出しているが。
「準備はほとんど終わっていたと思っていたのですが、大変申し訳なく存じる次第です」
「仕方ありませんよ。天災には適いませんし」
シルゼーロマが責任を負う必要もないのに謝ってきたので、香乃は受け取る代わりに苦笑した。
本来ならば祭は宵の口にでも始める予定でいたそうだ。そのために準備も進められていた。
しかし、香乃とイズが地上に降りたと連絡があり、その後治国組織の全員で捜索に向かってしまい、会場には誰もいなくなってしまった。
無防備になったところへ、山頂の特徴である暴風がここぞとばかりに吹き荒れ、会場を薙ぎ払ってしまった。
それに気づいたのはみんなで晴れ晴れと帰ってきてからであり、スラスタハルの開いた口が塞がらない顔が印象的だった。
「ある程度の下準備は被害がなかったので、まもなく完了すると思うのですが……」
「まあまあ、気にしないでください。こうしてのんびりする時間も嫌いではありませんから」
「ご迷惑をおかけします」
シルゼーロマの謝礼をもらっておき、香乃はふと話を切り出した。
「……残念ですね」
「何かご不満でも?」
「いえ、私だけのことじゃなくて。……イズが来られなくて、ちょっと残念だなーって思ったんです」
「アレは、それこそ仕方のないことです。今までの過去を一晩で乗り越えられるほど、精神が強靱だとは思えません」
「け、けっこう辛い評価を出しますね?」
「ひねくれても幼なじみですから。不肖ながら、あいつの性格は総指揮官殿よりも理解しているつもりです」
本人が聞いたら再び後ろ向きに戻りそうな評価を聞いて、香乃は苦笑するしかなかった。
ふと、あることが気になり、尋ねてみた。
「あの、一つ訊いてもいいですか?」
「はい、何でしょう?」
「これは、イズやスラスタハルがいない時に訊くのは失礼だと思うのですが……」
「イズトリカムはともかく、総指揮官殿は態度に反して寛大ですからご心配には及びませんよ。何でもどうぞ」
この天竜、実の上司に対しても厳しいと思いながら、香乃は気になる点を尋ねた。
「スラスタハルの奥さん……イズのお母さんは、いないんですか?」
いろいろな天竜族と挨拶を交わすうちに浮かんだ、単純な疑問だった。
最初に集会場に案内された時も、今行われている祭の準備も、それらしい人物を見かけていない。
今までのイズやシルゼーロマ、スラスタハルとの会話にも、過去に関係する話の中にも、母親に触れた話を耳にしていない。
天竜族は見たところ雌雄に別れた種族のようなので、親が一人ということはないと思った。
スラスタハルは仕事に熱心だったから、イズの変化に気づいてやれなかったという話を聞かされた。仕事に熱心でいられたのは、家のことを誰かに任せておけたからと考えられる。
また、イズが地上に降りてはいけないと言い聞かされていたのは、身近に教育者がいた証拠だ。
つまり、イズの母親はいるということだ。
その母親に対して、香乃は何となく不満を感じていた。
母親はスラスタハルがいられない分、イズの傍にいたはずだ。母親ができるだけ早く気づいてあげていれば、イズはもう少し苦しまずに済んだのではないかと思っている。
いられなかった、または気づけなかったのか。そうであれば、その理由は何なのか。
香乃にとって知っておきたい理由だった。
さすがに何でもどうぞと言っていたシルゼーロマも、プライベートすぎる質問には逡巡せざるを得ないようだ。
何度か迷い、口を開いては閉じ、一つ深呼吸をしてから、シルゼーロマは低い声で答えた。
「イズトリカムの母君は……エルフィリテ・ベルバーセン女史は………………何年も前に亡くなりました」
答えるシルゼーロマはつらそうな表情を浮かべる。
「彼女は私とイズトリカムがまだ幼かった頃に、病気でこの世を去りました。病原菌が滅多に上ってこないこの土地ですが、地上では話が違います。彼女もまた地上に興味を持っていた人物でもあったため、頻繁に雲の下に降りていました。ある日突然高熱でうなされ、原因も治療方法も分からないまま、息を引き取りました。地上へ降りることへの忌避感に追い打ちをかけることになった出来事でもあります」
「……」
「他の者には伝染しなかったのがせめてもの救いですが、あの時の総指揮官殿とイズトリカムの悲しい顔は幼かった私でもつらいものでした。総指揮官殿は悲しみを少しでも紛らわせようと治国政策に精を出し、イズトリカムは反対に家に閉じ籠もりがちになりました。あいつがまともに話してもらえるようになるまで、だいたい二年ほどかかったかと思います」
「二年も、ですか……」
「……少し話が逸れましたね。エルフィリテ女史はイズトリカムが幼い頃に亡くなりました。彼女が生きていれば、イズトリカムがあれほど悲しみ、孤独に苦しむことはなかったかもしれません」
香乃と同じような意見を、シルゼーロマは最後に付け足した。考えは読み取られていたらしい。
また、一言で片づけられていたが、シルゼーロマ自身も、悲しみに暮れたイズを励まそうと二年も頑張っていたらしい。
今のイズが母親の死に囚われていないのは、シルゼーロマが必死で励ましたらからだろう。
改めて、二人の絆は強いと思った。
「お話、ありがとうございます。それと、思い出させてしまってごめんなさい……」
「とんでもない。私もエルフィリテ女史にはお世話になったので、時々思い出したくなるのですよ。それが、死んだ者への、せめてもの弔いだと思っています」
そう言ったシルゼーロマは温かいほほえみを見せた。
日本には彼岸や灯籠流しなどで死者を偲ぶ風習がある。全世界を見ても、墓を作る習慣や花などの供物を備える習慣が強く根付いている。
過去を振り返ることを悪く言う意見もあるが、過去に自分と関係した者がいたからこそ今の自分があるのだと振り返ることを忘れてはいけない。
悲しい感情しか思い出せないかもしれないが、誰かが頑張ってくれた分まで自分が生きようと思えるようになれば殊勝だ。
それを実現できたのが、イズトリカムであり、スラスタハルであり、シルゼーロマなのだろうと思った。
「おーい!早く運んでこいってー!……だー!違う、そこじゃねーよっ!」
神妙な雰囲気になっていたところへ、スラスタハルの悲鳴が聞こえてきた。
香乃とシルゼーロマが振り返ると、準備も仕上げにかかってきているところだった。先ほどの悲鳴は、搬入した物の置く場所が違ったために響いた悲鳴のようだ。
「ああやって見ていると、悩みなんて一つもないように見えますね」
「頭脳戦より肉体戦を好む方ですから。指示を出すだけでなく自分からも動く方ともいえますが」
「信頼されているんですね、スラスタハルって」
「ええ。実力は誰よりも優れているのに、本人は酔狂するどころかおくびにも出さないのです。天竜族の皆が信頼を置いている、立派な方ですよ」
スラスタハルのほうへ視線を送りながら、シルゼーロマは絶賛の言葉を並べる。
シルゼーロマとスラスタハルのやりとりを聞いた時は、うだつが上がらない上司の世話で頭を抱えている補佐役、と言う印象だったのだが、違ったようだ。
そうこうしているうちに、スラスタハルを始めとした集団が次々と何かを運び入れていく。
自家用車ほどの大きさがあるが、運ぶ者は重そうにしていない。色はどれも薄いが、赤、黄、白、緑などいくつか種類がある。運んでいる間、その形が崩れないように気をつけている。
部屋に運ばれたそれらを見て、香乃は不思議な気持ちになった。
「これって……もしかして、雲?」
隣にいるシルゼーロマが答える。
「そうです。私達が主に口にしている、大事な食料です」
香乃が驚いているうちにも食料である雲が次々と運び込まれてくる。
「触ってみてもいいですか?」
「ええ、どうぞ」
シルゼーロマに許可をもらい、香乃は食用の雲に触れてみた。
香乃の知る雲は気体で、触っても何の感触もないものだ。
しかし、目の前にあるそれは違っていた。触れると弾力があり、まるで綿飴のように固まっている。ぷにぷにとした感触がやみつきになりそうだった。
「ここからある程度飛んだ場所に、こういう雲が群生している場所があります。雲は一つの場所に一種類あるのが基本なので、豊富に種類を集めるには様々な場所に出向かわなければいめません。大変ですが、食べるためですからね。この食料調達も、私たち治国者の重要な任務でもあるのですよ」
シルゼーロマの説明があっても、香乃は信じ難かった。。
イズと出会ったばかりの頃、主食を尋ねた時に雲を食べることを聞いていたが、その時は半信半疑だった。
天竜族の国と地上を隔てる雲海も、食料とは似て非なる物だと聞かされていた。
香乃が予想とした物とは違うと説明されていたが、今ひとつ漠然としていた。
まさか、こんなに不思議な物だったなんて。
「あとは、と……おい!そっちは用意できてっかー!?」
スラスタハルが部屋の反対側へ声を張り上げる。
「できてますよー!」「今持っていきますねー!」「うほー!うまそー!」
同じように声を張り上げた返事が聞こえてきて、
「おいこら、食うんじゃねえぞー!」
スラスタハルが了解の変わりに釘を刺した。
数名の天竜が、仕上がった物を運んできた。遠目ではよく見えないが、目の前まで運ばれてからそれが何なのかすぐにわかった。
「……」
「へえ、こういうのを食べるのか?確かにうまそうだな」
スラスタハルの感想を聞き流して、香乃は絶句していた。
湯気の立ち上る器。鼻先を撫でるダシの香り。ぐつぐつと煮える汁の中で踊っている白菜やしらたき。なんやかんやと騒いでいるうちに、香乃のために用意したという料理が目の前に並べられた。
「これって……鍋?」
「話では、確かそういう名前だったな」
火にかけられた土鍋の中で、材料が泡と一緒に揺れている。どこで鍋を手に入れたのかは知らないが、ダシの染み込んだ具材から美味しそうな香りが出ていて食欲をそそる。
「カノさんの世界に行った時にな、現地の人に、火で熱くするだけで作れる食べ物はないかって聞いたんだよ。そうしたらこれをオススメされたってわけ」
香乃が涎を出している傍らで、スラスタハルが一応の説明をしていた。
天竜族の者達は要領よく作業を進めていく。会場を整理する者。食べ物を用意する者。まだ会場に来ていない天竜を呼びに行く者。
全員が協力して、祭の準備に取り掛かっていた。
香乃が唖然としているうちに、準備はほとんど終わってしまった。
「よーし、準備はできたなー!それじゃあ……」
スラスタハルは大きく息を吸い込む。開始の合図を出すところだった。
その時、
「っ!総指揮官殿!お待ちください!」
「はじめ……何?なんか足りなかった?」
暢気な受け答えをしながら、スラスタハルは視線を出入り口のほうへ向ける。それに倣って、香乃や他の者も同じ方向へ向く。
出入り口を見た者全員が、絶句した。
香乃も同様に、声を忘れるほど驚いた。
ここにいるとは思わなかった人物。
ここに来られるとは思わなかった人物。
誰もが来てほしいと心から願っていた人物。
「……イズ……?」
落ち込んでいた天竜族、イズトリカム・ベルバーセンが、そこにいた。
俯きがちな姿勢は変わっていない。気弱そうな雰囲気もそのままだ。だが、眼には今までに感じられなかった強さが表れている。まるで何かを決意したような、固い意志だ。
イズはこの場にいる全員の視線を受けているのも構わず、こちらに向かって歩き出した。体のあちこちには地上でできた傷が所々に見え、背中の大きな羽は無惨な穴が開いてぼろぼろだった。
しかし、それを見られていることも気にせず、ゆっくりとした歩調で近づいてくる。
目先まで近くなると、イズはそこで足を止めた。何を考えているのかは知らないが、会話するには困らない距離だ。
香乃は思わず駆け出して、イズの傍に寄った。
「イズ、来てくれたんだ!良かった……もう大丈夫なの?」
香乃の問いかけに、イズは小さく頷く。
「なんとか、ね。……ちょっと、父さんと話させてくれる?」
「? うん……」
イズの何らかの決意を確信して、香乃は少し離れた。
「おっ?俺に用か。何だ突然?」
スラスタハルが気さくな態度で応える。
「……」
イズはすぐに話し出そうとせず、俯いてしまった。いざ本題を出す場面になって臆病になってしまったのだろう。
「イズ……」
香乃が心配そうに声をかけると、イズは香乃に一瞥する。
「大丈夫だよ。……カノも、そこにいて」
体が震えている。握り拳は固く閉じられ、目は先の一点だけを見つめている。
がちがちに緊張した態度で父親でありこの国の頂点と向き合うイズは、目の前の相手に話し始めた。
「大事な祭の前に邪魔してごめんなさい。でも、どうしても今、言いたかったからここまで来たんだ」
声まで震えているが、退くことなく言葉を続けていく。そしてスラスタハルは一瞬も気を許すことなく話を聞いていた。
「父さん……いえ、スラスタハル・ベルバーセン殿。突然の申し出に大変失礼だと重々承知の上で、お願いがあります。無理であれば取り下げてもらって構いません」
そこまで切り出したイズは、一度呼吸を整える。
自分の意気、自分の運命を決める随意、自分という存在を決定づける決意を、ここで表明するために来た。
昨日の自分と決別する。
明日の自分と会合する。
自分の全てを懸けて、イズは言った。
「……僕を、治国組織に加入させてください」
「イズ……」
思わぬ要望を聞かされた親は、目を丸くした。
あのイズが、あの後ろ向きだった息子が、一国を担う重要な柱の一つに加わろうとしている。
誰との繋がりも断った者が、誰との繋がりを大切にする役目を負おうとしている。
今日は何と良い日だろうか。善哉としか言いようがない。
一息ついたあとに口元に小さな笑みを浮かべたところを、香乃は見逃さなかった。
「馬鹿言うな。お前みたいなぽっと出の奴が、いきなりなれるわけねえだろ」
返された厳しい返事に、イズは顔を沈ませる。
やはり無理だったのだ。変わろうとすることは簡単なことではない。
変わりたいと思って理想の姿を思い浮かべた時、一番最初に描かれたのが父親の後ろ姿だった。子供の頃に見た父親の姿は頼り甲斐があって、とても大きかった。いつかあんなふうになりたいと子供の心で憧れを持っていた。
少しでもそこへ近づきたいと思い、治国組織への加入を考えた。
総指揮官の息子としてではなく、誇りある天竜として。
理想を叶えようとしたが、それが無理だと知った。世の中は易しくないと思い知った。それはすでに分かっていたことだ。今までの悲しい気持ちに比べれば大したことではない。
また別の道を探そう。そう考えた。
「……分かった。用はそれだけだから、これで……」
この場から去ろうと、イズは踵を返す。
「おいコラ。誰が“入れない”っつったよ?話は最後まで聞くもんだぜ」
スラスタハルが制した。驚いたイズは、思わず父親と再び向き合う。
「まずは必要な訓練を積んでからだ。お前は今までだらけてた分、頭も体も教育し直さなきゃいけねえからな」
そう付け足した親はシルゼーロマのほうを向き、
「おい、シルゼーロマ。イズトリカムの教育係を頼むぜ。こいつをみっっっちり鍛えてやれ」
「承服致しました」
シルゼーロマがイズと向き直った。
「そういうことだ。音を上げるまで教えるから覚悟しなよ?イズトリカム」
微笑みながら本気なのか冗談なのか分からないことを言う彼女の目は、イズが心に焼き付いて離れなかった拒絶のものではなく、彼女なりの親しみがこもった目だった。
「おい、イズトリカム」
スラスタハルが呼ぶ。
名前を呼び、呼ばれることなど、何年振りのことだろう。
一国の組織の総指揮官としてではなく、父親として、スラスタハルは言った。
「よく言ったな。待ってるぜ」
自分でも馬鹿だと思っていた。
絶対に取り下げられると思っていた。
それでもイズがこれを言い出したかったのは、香乃の励ましがあったからだ。
自分がしたことが間違いではなかったと言ってくれた。
自分を変える一番の味方は自分で、そのためには努力する必要があると教えてくれた。
こんななけなしの勇気でも、僕は踏み出すことができたのだ。
「よかったね、イズ」
イズの瞳から涙がこぼれた。泣くことを我慢することができなかった。
ずっと、あのままだと思っていた。
ずっと、悲しい気持ちを抱えたまま、一人だけで過ごしていくのだと思っていた。
ずっと、親友に合わせる顔を持てないまま生涯を終えるのだと思っていた。
ずっと、自分を責め続けていくのだと思っていた。
本当は、嫌だったのだ。
本当は、あの気持ちを誰かに聞いてほしかった。
本当は、親友と一日でも早く仲直りをしたかった。
本当は、何かをできるようになりたいと心から望んでいた。
望んでいた現実に一歩近づくことができた今は、しゃくり上げながら頷くことしかできなかった。
「おっしゃあ!めでたいこともあったことだし、お待ちかねと行こうぜ!」
スラスタハルの号令に、周りから威勢のいい掛け声が上がった。
「祭の始まりだあああああー!!」
開始の掛け声とともに、あちこちの天竜が真上に火を噴き上げる。
それを合図に、集まっていた天竜族が「うおー!」とか「きゃー!」とかの声を上げ、一気に場が盛り上がった。