賽と深淵と迂回路と風と
出入口には香乃が立ち塞がっていた。
腰に手を当てて、背筋を伸ばした姿勢は彼女の気持ちの強さを感じさせる。
「どこに行くの?もう夜遅くだよ」
人間の女性は、その小さな体でイズを止めようとしていた。
イズが腕を振れば容易く飛ばされてしまいそうな大きさなのに、イズを正面から見据える双眸は一寸の恐怖さえも含めていなかった。
だが、イズだって負けてはいられない。決めたことをやり遂げなければ、自分の腹が満たされないのだ。
「どこだっていいでしょ。自分のことぐらい自分で決められる」
イズは香乃の質問を冷たく返した。
どう思われたって構わない、どうせ自分はいなくなるのだからどう思われても関係ない、と未来の心配をしなくて済むようになってから考えが明確になることができている。
冷徹な返事をされた香乃は、それに構わなかった。今は自分が伝えなければいけないことを優先して、話を切り出す。
「お祭、遅くなったけどこれから始めるんだって。イズも一緒に行こう?」
お祭。こんな時に祭だという。自分の気持ちとは正反対に、世の中は行事で盛り上がろうとしている。
いつになっても暢気な世の中に対してイズは怒りを覚えた。だが、それが無意味であることをすぐに理解すると、沸き上がった感情は反動で深い虚無へと落ちていった。
「行かない。カノだけ行けばいいよ」
「なんで行かないの?」
理由を聞いてきた。こんな時に理由なんかを訊いてきた。自分の気持ちなんかまるで知らないかのような口振りで図々しく訊いてきた。
イズは俯き、苦虫を噛み潰したように歯を軋らせる。
どうしてこうも自分の思い通りにいかないのか。ただ香乃の言葉を無視して、独りでどこかへ消えるだけなのに。
大事な時であるほどそうだ。陸猩族に襲われた時だって、自分がしっかりしていれば香乃が怖い思いをしなくて済んだ。もっと強ければシルゼーロマに痛い思いをさせずに済んだ。
今この瞬間も同じだ。香乃を振り切るだけでいいのに、容易く止められようとしている自分がいる。
最期くらいけじめを付けさせてほしいのに、どうしてこの世界は死にたい時に死なせてくれないんだ。
「……なんでここにいるんだよ。香乃もみんなのところに戻ってなよ。僕なんかを構わなくていいんだよ」
「天竜族に送ってきてもらったの。私はイズの部屋を知らないし、外は歩き回れる天気じゃないから」
香乃は愚直な答えを返してきた。
「……そんなことを言ってるんじゃないのに……」
「……」
こんな世界は嫌いだ。自分の思う通りにならないし、自分にとって嫌なことばかりが起きる。
何も悪いことはしていないつもりなのに、この世界の生き辛さにはもううんざりしているのだ。
できない、自分には真似できない、と諦めることが悪いとは分かっているが、それをどうすれば直るのかイズは知らない。
結果的に、できないと諦める自分を嫌うことになっていた。
悲しいことから避けることの何が悪い。
苦しいことから逃げることの何がいけない。
どこの誰もが陰ながらしていることを明瞭に実行することの何がいけないというのだ。
説明したところで、どうせ理解してもらえない。説明したところで他者には理解できないのだ。
説得に来た父親も、イズを理解できないとわかるとすぐに手を引いた。肉親ですらイズをわかってはくれなかった。
わかるはずはない。
わかってくれない。
誰もイズをわかろうとしてくれない。
誰もイズに歩み寄ろうとしてこない。
結局みんな、自分のことなどどうでもいいと思っているに決まっている!
「カノもみんなも、祭でも何でも勝手にやっていればいいだろ!」
大声を出して言い放つイズに、カノは……
キレた。
「あんたが心配で様子見に来たに決まってんでしょうがッッ!!!!!」
怒りを怒りで返されたイズは、晒していた感情が引っ込んでしまった。
香乃は自分の見た目を構うことなく、自分の感情をむき出しにていた。
今のイズには筋の通った説得は聞き入れない。感情的になっているなら、自分も感情ごとぶつかっていくしかないと思った。
「いつまでいじけてるのか知らないけどね、私は絶対にお祭に連れて行くから!何度だって来るよ!何回だって言うよ!参加しないのは、私が許さない!」
香乃の固められた決意を聞いて、イズは辟易するのと同時に悲しい気持ちになった。
こんな自分を見捨てないでいてくれる香乃の気持ちは素直に嬉しかった。しかし、イズにも固められた決意がある。
香乃が自分の決意を押し付けるというのなら、イズだって自分の決意を通したかった。
「もういいんだよ……。僕が行かなくたって物事はうまく進む。僕がいてもいなくても、どっちでもいいんだよ」
いつか何とかなるんじゃないかと希望を持っていたこともあった。
閉じ籠もっている自分を見捨てず孤独から解放してくれる誰かが来てくれたら、今の自分から変わる勇気を持とうと思っていたこともあった。
その“誰か”というのは、香乃なのではないかと思った。突然現れたし、彼女のために何かをしようと心が動いたのも事実だ。
しかし、動いた結果が今日の顛末だった。イズは変わるどころか、変わりたいと願う気持ちさえも失ってしまった。
香乃を怨むつもりはない。怨むのは他でもない自分自身だ。自決する勇気をいつまでも先延ばしにして、最良の選択から逃げていた自分自身が許せなかった。
だから、イズは全ての責任を果たすために、この決意を固めたのだ。邪魔をしないでほしい。
「そんなことを決めるのはイズじゃない!みんな、イズが来てくれるって待ってくれているんだよ!それでも来ないっていうの!?」
「……そんなのは、嘘だよ」
来てからずっとうじうじしているイズに香乃は怒りを隠せなかった。
せっかくの行事の時にこういう態度を取られたことに対してではない。せっかく無事に帰ってきたというのにそれを悲しんでいるイズの態度が気に入らなかった。
それに、イズは間違っている。それを正さなければいけない。
「いつまで気にしているの?何をそんなに気にしているの?イズだって頑張ったから、こうして無事に帰ってこられたんじゃない」
「……もう、僕がすることは迷惑にしかならないんだよ。カノだって知ったでしょ。僕が何かをしようとしても無駄なんだよ」
今回の件はイズが発端だ。イズが何もしなければ、何も考えなければ、物事はもっと無事で済んだはずだ。誰も傷つかず、何も失わずに済んだ。
今回だけではない。親友を変えてしまった時だってそうだ。
自分が何も言わなければ彼女は変わらずに済んだ。
いや、自分という存在が最初から無ければ、彼女はもっと彼女らしい生涯を過ごすことができたに違いない。
自分さえいなければ、どれだけの存在が幸福になれただろう。
自分さえいなくなれば、どれだけの存在が利益を得られただろう。
自分は一体どれだけの者達から福利を奪ってきたのだろう。
これまでの自分が犯してきた罪を考えていくと、イズはもう顔を上げることができなかった。
「……黙って聞いていれば、何それ……?イズがしてきたことは、全部意味がないっていうの……?」
香乃の手はわなないていた。
イズが過去を自責しているのは予想がついていた。
だが、今日この日にあったことすらも否定しているイズが許せなかった。
そして何よりも、イズがしたこと全ての中には香乃も含まれているにもかかわらず、卑屈になっているイズが悲しかった。
「私が帰りたくなって悲しかった時に、空を見に行こうって言ってくれたのも無駄だったっていうの!?」
「……」
言ったことが何だというのか。今のイズには理解できなかった。
「……そうだよ。無駄だったよ。僕がそんなことを言ったから、今日のようなことが起きたんだ。僕が軽んじた行動をしたから、みんなを危険な目に遭わせたんだ。みんな、みんな僕のせいだ……」
さっきまで独りで考えていた結論を口にするのは簡単だ。静かに、自分でも不思議に思うくらいすらすらと言葉が続く。
「香乃だって僕がいないほうがいいに決まってる。……本当は面倒だって思っているんでしょ?手間のかかる奴だって、そう思ってるでしょ?」
尋ねられる形になった香乃は、すぐには答えずに黙っていた。
何も返事が来ないことに、イズは、それを肯定と受け取った。
口では何とでも言うけれど、結局本心はそうなのだ。非常識だったり、内側に閉じこもったりする者に対して、世の中は冷たい。誰だって無理して関係を作りたくないのだ。
この考え方を否定する者はどこかにはいるだろう。だけど、イズはその否定を跳ね退けたくなる。
もしこの考え方が間違っているのなら、どうして自分は何年も一人ぼっちだったのか。どうして誰にも助けを求められなかったのか。どうして、こんなにもたくさんの悲しい気持ちを知ってしまったのか。
それは、自分の考え方が正しいことの証左でしかない。
どんな理屈を説かれようとも、どんなに改心を求められようとも、今の自分には全てを無意味なものへと変えることができる。
説得も、香乃も、目の前でちらつく希望への道標が全て嫌になった。
「僕は……僕なんか、本当はいないほうがいいんだよ。生まれて来なければ良かったんだよ。そうすれば、香乃だって危ない目に遇わずに済んだんだ。あいつにだってつらい思いをさせずに済んだ。僕がいることも僕がすることも、周りにいる者たちに迷惑をかけるんだよ!」
イズは初めて自分の気持ちをさらけ出した。本当の心の内側を見せた。
自分さえいなくなればいいのだ。それが『全て』に対する解決策だ。
イズの答えを聞いた香乃は、もう我慢できなくなった。
「ふざけるなっ!!」
香乃の張り上げた声は、今は震えていた。
「私はイズに誘われて感謝してるよ!落ち込んでた私を励まそうとしてくれてるんだって思って、イズの気持ちが嬉しかった!結果なんてどうでもいいの!あの時のイズが何もしてくれなかったら、私はずっと落ち込んでた!今の私がいるのは、イズ、あなたのおかげなんだよ!?それなのに……!」
香乃の顔を窺うと、怒りで顔を真っ赤に染めて、涙が溢れそうになっていた。
「私の嬉しかった気持ちも感謝の気持ちも、イズにとっては無駄だって言うの!?」
「……ッ!」
嬉しかった。感謝している。
今まで考えもしなかった感情だった。
自分のしてきたことは全て禁忌のように捉えてきた。誰に対しても悪い結果を招くだけだと思ってきた。
それなのに、香乃にとっては悪くなかったのだろうか。
……いや、違う。こんなものだけで判断するべきではない。視点はそこだけに絞るべきではないのだ。
「だからって、結果を無視できるわけじゃないでしょ。カノだって危険な目に遭わせたのに、僕がしたことが“いいこと”だって思えるわけないのに……」
「いいことだったじゃない!危険だったかもしれないけど、誰も失わずに済んだよ!どこにも悪い結果なんてない!」
「最悪の結果にならなかったのは、運良くみんなが助けに来てくれたからだよ。僕自身は、何もできなかった……」
「だったら!」
香乃はイズの太い腕を掴む。
「自分で何とかできるようにしなさいよ!何もできない、何をしても無駄だって、どの口が言うのよ!私よりもずっとできることが多いくせに!何かを悟ったような顔する暇があるなら、自分から何かをできるようにする努力くらいしなさい!」
何かをすることに許可なんていらない。
誰かのためにすることに心配なんていらない。
結果を恐れては何もできなくなってしまう。今のイズがその状態だ。
イズは自分で思っているほど無能ではない。かといって実力があるかといえば違う。
要は、何もしていないだけなのだ。過去の失敗が彼を今日まで立ち止まらせてしまっている。
何もできないからといって、何もしてはいけないという決まりなどないのだ。
そして、何かができるようになるためには努力と時間が必要だということも知ってほしい。
「……」
香乃の説得はイズにとって複雑なものだった。
確かに、香乃にとっては全てが悪いことだったわけではないようだ。百歩譲って、香乃にとっては良かったといってもいい。
しかし、イズがしたことはこれだけではないのだ。
どう謝っても許されないことをした。永遠に癒えない傷を負わせた。
彼女が謝ったとしても、自分自身を許すことができない。
「香乃には感謝してるよ。こんな僕に熱心に関わってくれて、本当は嬉しかった。だから、お願いだよ。もう放っといて。それと、気が向いたらでいいんだけど、みんなにごめんって伝えてほしい……。もう僕はいなくなるから……」
本当は悲しい。
もうイズは生きることをやめようとしている。
今までの生涯を振り返っても後悔しか思い出せない。
自分は一体何だったのだろうと、自分の存在意義へ答えを出せなくなっていた。
それが、とても悲しかった。
自分がいなくなっても困ることはないだろうけれど、みんなには迷惑をかけたのだ。これでいいんだと、今この瞬間にも自分に言い聞かせる。
イズは自分を決めた。
あとは、香乃がこの場を去ればいい。それだけだ。それで全部、終わる。
イズの頑なな意志を聞いた彼女は、思いついたままにイズに言った。
「そうか。思っていた通り、お前は私のことをずっと心配してくれていたのだな」
「え!?」
返事の主の声にイズは仰天した。
返事をしたのは香乃ではなかった。
声の主は、出入口のほうからゆっくりとその身を現す。
この場にいてほしくなかった人物。
この話に関係している人物。
この気持ちをぶつけなければならない人物。
幼なじみの親友シルゼーロマが、そこにいた。
香乃がここまで送って来てもらったと言っていた。その時は問い詰めなかったが、誰に、と疑問を持つべきだった。
シルゼーロマはおそらく、香乃をここまで送り届けたあと、身を隠して今までのやり取りを聞いていたのだろう。
イズは急激に恥ずかしくなった。
自分の本音を知られただけが理由ではない。自分が知らないところで本音を聞かれたことも恥ずかしい理由だった。
イズは突然のことに頭が回らなくなっていた。ついさっきまで激情していた思考が冷静になりきれていなかった。
「シ、シルゼーロマ……聞い、てた、の?」
「ああ。立ち聞きは気が進まなかったのだが、カノさんからの提案があってな。お前とカノさんとの話を聞いていてほしい、と」
はっと香乃のほうを向く。香乃はごまかさず、静かに頷いた。
「イズとシルゼーロマの昔話を聞かせてもらったの。子供の頃はとても仲が良かったこととか、よく競争をしていたこととかね。それで、二人が最後にあった日のことも教えてもらったの。シルゼーロマは、自分の一言がイズを深く傷つけたって思って、ずっと心配してきた、って」
香乃の話に、イズは違和感を覚えた。
シルゼーロマが、自分を心配する?
どういうことだろうか。
確かにイズはシルゼーロマから『イズには分からないよ』と言われ、悲しくなったことはある。
それは、シルゼーロマよりも先に飛ぶことができたために彼女のプライドを傷つけ、月日が経っても彼女を理解しきれないまま自分の感情だけを押し付ける形で責めてしまい、結果突き放されたからだ。
悪いのは自分だけだと考えていた。そうとしか考えられなかったのだから。
「ど、どういう……こと?」
うまく働かない思考が余計に混乱した。もうシルゼーロマ本人に問い質す他なかった。
混乱したイズの様子を見て、香乃は事情を説明する。
「イズ、君は自分がシルゼーロマを変えてしまったって言ってたね。彼女のプライドを傷つけてしまい、生き方を変えてしまった、って。でもね、シルゼーロマはそんなことなかったんだよ。ちゃんと理由があって、イズに冷たい言葉を言っちゃったの」
香乃はイズにシルゼーロマから聞いた話を説明した。
シルゼーロマは競争する気持ちが強かったこと。
イズが先に飛べるようになって、人一倍努力をしたこと。
成長してから再会し、イズの競争する気持ちが薄れていたのを感じ取ったこと。
それらを説明した。
シルゼーロマから聞いた話を勝手に話すのは少し気が引けたが、今事情を説明できるのは香乃だけだと考えた。
シルゼーロマ本人からイズに説明しても、イズが彼女に対して拒絶の意識があれば聞き入れられない可能性があった。
こういった意識がある時は、無理をせず第三者から説明したほうが冷静に聞いてもらえやすい。
部外者が首を突っ込むなと言われればそれまでだが、事情を知った者として今協力できることはこれぐらいだと思い、香乃は仲介役になろうと決めた。
香乃はイズとシルゼーロマそれぞれの事情を聞かされ、ようやく状況を理解していたから。
二人は嫌い合ってなんかいない。
イズはシルゼーロマを心配して悲しんでいる。
シルゼーロマはイズを心配して熱心でいる。
つまり、二人ともお互いに微妙な勘違いをしているだけなのだ。
「シルゼーロマはね、イズのことを怒ってなんかなかったの。ただ君に負けたくない、って思いで努力しただけだった。それを、二人とも勘違いしていたんだよ」
「そ、そう……なの?」
イズが首を傾げながらシルゼーロマに確認する。
「カノさんの言う通りだ。私は子供の頃から、お前に負けたくないと言う気持ちをずっと持っていただけだ。そして、お前に競争の気がないと分かって、急に自分が恥ずかしくなったのだよ」
微妙なすれ違い。どちらも一言が足りない者同士だからこそ起きてしまった勘違い。二人はそれに気づくことができず、確かめることもできず、ずっと苦悩してきた。
「イズトリカム、私はな、お前のことを恨んだ覚えはない。お前のせいで生涯を変えられたと思ったこともない。私はお前が羨ましくて、少しでもお前以上になりたくて、相応の努力をしただけだ。今私がこうしているのは、紛れもなく私自身がそう望んだからだ」
イズは驚きを隠せなかった。
今まで気に病んでいた通りにはなっていなかった。
大切な親友の生き方を変えてはいなかった。
シルゼーロマの受けた心の傷は思っていたほど深くはなかった。
自分が考えていた通りではなかった。
こんなことってあるのか。
都合が良すぎるのではないのか。
自分を傷つけまいと、香乃とシルゼーロマが嘘をついているのではないのか。
自分が背負おうとしていた罪を少しでも軽くしようとして……。
「イズ、大丈夫だよ。君が心配していたことはなかったの。だから、ね?……」
香乃はイズの腕に自分の手を軽く添えた。
「そんなに泣かないで」
香乃に諭されて、知らないうちに泣いていることに気づいた。
そんなつもりなんてなかったのに、どうしてか涙が止まらない。一度は生きることを諦めようとしたからか、気持ちがおかしくなっている。自分に泣く資格なんてないのに、ぼろぼろと分からない気持ちがあふれてくる。
「なんでだよ……なんで、今さら…………僕、ずっと……」
拭っても拭っても泣くのをやめられず、イズの顔はすっかりぐしゃぐしゃになっていた。
イズは誰よりも純粋だった。だからこそ、こんなに悩んでしまった。
ずっと心を痛めつけていたからこそ、溢れる感情は大きなものなのだろう。
「安心しちゃったんだね。ずっと心配してたんだもんね、シルゼーロマのこと」
イズの大きな指先を握りながら、香乃は穏やかな気持ちで見守る。
泣きじゃくるイズにシルゼーロマが近づき、自分の額をイズのそこに押しつけた。突然のことにイズは目を見開く。
「お前にはひどいことを言ってしまったな。すまない。もっと早く謝りに行くべきだったのに」
「僕も、ごめん……。自分のことばっかりで、お前のこと、ぜんぜん考えてなかった。……本当にごめんね」
「何度聞けば分かるんだ。私は怒ってなどいないんだぞ。お前は昔から――」
二人は不器用な言葉を繰り返す。こんな二人だから、今回のような気持ちの違いが起きてしまったのだろう。
しかし、幼なじみだけあって仲直りもすぐにできそうだった。
一言を放れば、一言が返ってくる。
一つ一つの言葉が二人の仲を修繕していくようだった。
二人の仲を眺めながら、自分もできるだろうかと思った。二人のようにお互いの気持ちを確かめ合って、仲を取り戻すことができるだろうかと。
心配し始めたらきりがないが、お互いに気持ちの勘違いがあるかもしれないのだ。きちんと話し合わないと分からないのなら、時間をかけてやってみようと思った。
彼との仲直りを。