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Lord of the Storm


 未だかつて、これほどの屈辱を受けたことがあっただろうか。

 たった二人の天竜族とちっぽけな異世界に振り回されているなど我慢ならない。

 目と鼻の先に憎々しい種族がいるというのに、このまま逃すわけにはいかない。


 種族の誇りにかけて、父親の無念に誓って。

 このまま逃してなるか!


 ノルバノは進行方向の道端に駐車されている自動車に目を留めた。追走しながら、それのボンネットを片手で鷲掴みにする。


「貴様等……思う儘に行くと思うなあ!!」


 ノルバノの怒声とともに、自動車がぶん投げられた。

 夜の町に響いた大声に思わず振り返った香乃は、車が一台回転しながら飛んでくるのを見た。


「うそっ!?」


 自分の目を疑った。


「シルゼーロマ避けて!!」


 切迫した指示にシルゼーロマは考えるよりも先に従い、翼を大きく羽ばたかせて進行方向の直線上から離れる。

 その直後、位置的に一番下にいるイズのすぐ足元を鉄の塊が唸りを上げて通って行った。それは慣性に従い、放物線を描いて向かう先のビルに激突する。側面のガラスを砕き、骨格のコンクリートに遠慮なくめり込む。砕けたガラスやビルの破片は真下の歩道へ降り注ぎ、偶然そこにいた人の絶叫が聞こえた。

 鋼鉄の剛速球は一瞬にして夜の町をパニックに陥らせた。


 慌てふためく人々とビルに突き刺さった異様な光景を見てしまった香乃達は息を飲んだ。


「シルゼーロマ!陸猩族は異世界に危害を加えないんじゃなかったの!?」


 香乃はシルゼーロマを責めた。そんなことをする意味などなく、している場合でもないことは分かっている。しかし香乃の聞いた情報と違ったことが起きたため、図らずともなじる口調になってしまっていた。


「それだけ彼らも必死だということです!しかし、これほど力任せの手段を取るなんて……!」


 シルゼーロマも信じられないという様子だ。

 彼女から聞いた情報では、陸猩族は異世界について技術物品を物色することはあっても危害を加えることはないという話だった。陸猩族は天竜族と同じく平和を愛し、慈悲の心を持って自然とともに暮らす穏やかな存在だと聞かされた。事実、つい先ほどまでは携帯しているはずの重火器を町中で使用していない。


 だが今目の前で起きたことはそれを容易に覆した。

 陸猩族が、なかでも指揮者的な存在が自ら香乃達に攻撃を行い、さらには異世界の物体を破壊してまで手にかけようとした。これは由々しい事態だ。


 シルゼーロマからの情報が正しいままだったならば、町に手を出せないことを盾に逃げ続けるつもりでいた。この町は香乃が一番知っているし、時間が稼げれば考える時間も増えると狙っていた。

 しかし、その策略も塵と消えた。


「は、早く人間が少ない場所へ行かないと!」


 イズが切羽詰まった様子で言う。


「そんな場所ないよ!駅の近くは人が集まるし、ここの周りには住宅街が続いてる!すぐに人気のない所なんて移れないよ!」


 一時凌ぎでしかないと香乃が反論する。


「とにかく、彼らの投擲力の射程外まで離れます!しっかり掴まっててください!」


 そう言うや否や、シルゼーロマは速度を上げる。今まで掴まりっぱなしだった香乃の腕には疲労がたまっており、かなり堪える。


「カノさん、余裕があれば郊外までの最短経路を教えてください」


 疲労の様子を察したのか、シルゼーロマの言葉の中に配慮が含まれていた。

 香乃は別の何かに意識を向けていたほうが気が楽になるだろうと思い、正面を向く。


 ここから郊外まではかなり距離がある。すでに駅の近くまで来ているので人口の少ない所まで移動するとしたら時間がかかるだろう。空を飛んでいるとはいえ、陸猩族を近づけさせないようにしながら長距離を移動するのだから簡単にはいかないだろう。


 ということは、やはり駅を通り過ぎる瞬間が勝負を握っているようだ。

 警察が包囲を固めてくれていれば、また何らかの方法で陸猩族の足を止めてもらうことができるかもしれない。今のところ香乃達だけでは太刀打ちできない状況なので、人間に協力を依頼するしか手がなくなっている。

 なら、今のところの目的地は決まる。


「……このままで大丈夫。道は変えてもらって構わないから、方向はこのままでお願い」


「分かりました」


 シルゼーロマは向かい先を決めると、気合いを入れるように一度翼を大きく羽ばたかせた。


「とにかく、駅のほうへ急いでください!たぶん警官が集められているかもしれない!」


「……了解です。方向の指示をお願いします」


 香乃の提案にシルゼーロマは従うことにした。これ以上余計な道草も手間もしていられない。彼女の考えがある場所へいち早く辿り着くことが何よりの優先事項だ。

 ついさっき香乃の指示を軽んじていたばかりだ。この土地は自分よりも香乃のほうがよく知っている。もう後悔するわけにはいかない。


 案内に従って一度角を曲がり、広い道路に出た。そのまま直進する。

 直線だと追跡されやすくなるが、その可能性を考慮したシルゼーロマは今まで出さなかった速度を出した。正直なところ疲労が蓄積していて全力とはいえないが、現時点で出せる最高速度だった。


 時折高度や位置を変えて陸猩族の照準をずらす。


「このまままっすぐです!もう少しで駅に着きます!」


 先程の警官が騒ぎの実態を報告しているならば、人が密集する駅前には緊急避難勧告が敷かれているはずである。同時に、迎撃するための人員が配置されていると考えている。

 そこにいる警官達の何らかの対処によって陸猩族達と距離を離すことができれば、人目の付かない駅舎の真上で次元移動を行える。

 ある程度の距離を離せば、次元移動の際に残るという痕跡をなくすこともできるだろう。それが香乃の魂胆だった。


 できるだけ速度を維持して飛行していると、遠くに大きな建物が見えてきた。高さはビルほどではないが、屋根は大きく、上から見た面積がとても巨大である。

 シルゼーロマはようやく見えてきた目標地点をその目で見ることができ、一瞬安堵する。そこへ向かって、最後の力を振り絞るつもりで翼を羽ばたかせた。


 瞬間、真上から陸猩族の一人が降ってきた。


「!」


 手には長大な棍棒を持ち、降り下ろそうとすでに構えている。

 本能的にシルゼーロマは陸猩族の攻撃を避けるため、偶然すぐ傍にあった曲がり角を曲がった。


「だ、だめ!こっちは……!」


 やや狭い道を通る中、香乃が青ざめたような声を上げる。

 いずれ戻るつもりなのだから心配はいらない、とシルゼーロマが返事をしようとした瞬間、信じられないことが起きた。


 ビルとビルの間を抜けていき、やや樹木が多くなってきたと思った矢先、





 いきなり視界が開けた。





 ビルや店舗など人工物が軒を連ねていたはずなのに、瞬く間に自然一色の景色が視界を占める。

 香乃はその場所を知っていた。


 緑地公園。


 都会に設けられた、自然の大切さを感じてもらおうと意図的に作った人工的な自然広場。

 そこには鉄やコンクリートでできた高いビルもなく、鉄でできた自動車が猛スピードで走ってもいない。信号もない。電線もない。

 開けた風景がそこにあった。


「なっ……!?」


 なぜこんな場所が?

 目の前委に広がる景色に驚愕したシルゼーロマに当然の疑問が浮かぶ。


 しかしそれを口にすることはなかった。


 前方から、左右から、後方から、陸猩族が飛びかかってきた。視界の効くこの場所で待ち構えていたらしい。

 このまま飛んでは捕らわれに行くものだ。


 高度を上げるか。いや、上にも気配がある。動きを完全に読まれている。

 逃げ場はない。


 逃げ道を塞がれたシルゼーロマは最後の手段を使った。


「掴まってください!」


 陸猩族の手が届くより一瞬早く、シルゼーロマは次元をこじ開けた。

 香乃もシルゼーロマも、陸猩族からある程度逃げることができてから使おうとしていた、逃走手段の奥の手。

 あの間合いでは移動先の次元を辿られてしまうだろう。時間稼ぎに過ぎないが、あの場で捕まるよりは建設的だとシルゼーロマは判断した。


 甲高い音が鳴り響く。視界の所々で閃光が走る。原因の分からない振動が体を揺らす。

 短くも長い時間が過ぎると、それらが一斉にやんだ。


 広がっているのは、今や懐かしささえ覚える巨大な樹木が乱立している風景だった。

 天竜族と陸猩族の住む世界に戻ってきた。


 不思議と安心感が胸の中に広がる。この場所なら何とかなると思えてしまうのは、元の世界だからだろうかとシルゼーロマは思う。


 一方、香乃はかつてないほどの不安感に襲われていた。

 根拠があるわけではない。ただ不思議に感じただけだ。


 陸猩族の生まれ育った土地に戻って、このまま簡単に逃げられるものだろうかと。

 シルゼーロマが能力を高く評価している陸猩族が、自分達がこの世界に戻らないことを想定していないのだろうかと。


 シルゼーロマに忠告しようとした時、進行方向に一名の陸猩族が現れた。

 やはり待ち伏せされていた。そう気づいた時には、すでに遅かった。


 現れた陸猩族は手に持っていた球状の何かを投げつけてきた。投擲されたそれは香乃達の目の前に迫ると、自動的に弾け、中に収まっていた網が広げられた。

 かなり大きく、体の大きい天竜族でさえ四名くらいは入れてしまうだろう。


 避けきれない。


 シルゼーロマは反射的に両手を離し、イズを解放した。


「え?」


 飛べないイズは間の抜けた顔をしながら重力に引かれてどんどん落ちていく。


 シルゼーロマは彼の様子を見る間もなく、開いた手を背中に回した。

 そこにいる香乃を掴む。


「へ?」


 香乃が間抜けな声を出す。

 シルゼーロマは構わずに、鷲掴みにした香乃を全力で投げた。


「イズトリカム!」


「ぎゃー!!」


 香乃があまりにも酷い扱いでイズのほうへ投げつけられた。

 落ちながらイズは、悲鳴を上げながら飛んでくる香乃を受け止める。空中でバランスを取るのは難しいが、運良く香乃と向き合う格好を取ることができた。


 イズは香乃を両腕で包み込み、落下に備える。やがて地面に衝突し、全身に衝撃が走る。


「ぐっ!」


 イズは堪えた。慣性で勢いの続くまま地面を転がる最中も、両腕の力を緩めることはなかった。

 勢いの止まったイズは、腕の中の香乃が無事でいることを確認する。


 上を見ると、網に絡んで飛べなくなっているシルゼーロマが見えた。網を放った陸猩族はその端を掴むと、勢いをつけて地面へと振り下ろす。

 羽ばたくことのできないシルゼーロマは、されるがままに地面へと叩き付けられた。


「がはっ!!」


 ズシンという重圧の音とともに全身に激痛が走る。天竜族の外皮は腹部などの前部を除けば固い皮に覆われている。ある程度の衝撃に堪えられる体を持つが、今の衝撃はその“ある程度”を完全に超えていた。

 四肢が痺れる。骨が軋む。肺の空気が握り潰されるように抜ける。シルゼーロマは蓄積した疲労感も相まって、体を起こすことができないでいた。


「全く、手間をかけさせたな。だが、これで終いだ」


 いつの間にかノルバノが合流している。香乃とイズ、シルゼーロマを取り囲むように、陸猩族が輪を作っていた。


「諦めろ。貴様らの運命は、我等陸猩族が貰った」


 香乃達は周りを見回して、気づいた。

 飛ぶことのできないイズ。

 動くこともままならないシルゼーロマ。

 力では到底及ばない香乃。

 香乃達は抵抗の許されない状態であることを悟った。


 逃げるのはここまでだ。

 香乃達は一様に諦めようとした。


 その時、遥か上空から何かが落ちてきた。


「ちょおっと待ったあああああっ!!」


 制止の声を出しながら落ちてきたそれは、ちょうど香乃とイズ、シルゼーロマの中間に着地した。


 ドガン!というほとんど爆発音にも近い音を出して着地したのは、紛れもない天竜族だった。

 着地の衝撃で、シルゼーロマの網を掴んでいた陸猩族は思わず飛び退く。


 降り立った天竜族は、天竜族で間違いないのだが、その体格はイズやシルゼーロマよりも遥かに大きかった。一回りか二回りは大きく、誰もが見上げる形になっている。


「そこまでだぜ。俺の目が黒いうちは、お天道様が許しても俺が許さねえぜ!」


 なんか頭の悪そうな決めゼリフを口走った天竜族はノルバノに対して指を突き立てている。

 よく分からないが、増援に違いない。でもシルゼーロマをよく見るとさらに落胆しているようにも見える。


「なんか、頭悪そうなのが来たね」


「……そうだね」


 イズが生返事のように短く答える。

 思わぬ闖入を許したノルバノは、その風体や口調に覚えがあった。一度だけ見聞きしたことがある、そのふざけた在り方。そして……。


「貴様、スラスタハル・ベルバーセンか!?天竜族を統べる長が何故ここに!?」


 ノルバノの言葉に香乃は聞き覚えがあった。それをイズに聞いてみることにした。


「ベルバーセンって、どっかで聞いたことあるような……。何だっけ?」


 問われたイズは、端的に答える。


「僕の下の名前だよ」


「ああそうだった、そうだった」


 言われてやっと思い出した。

 そして、さらに気づいた点をもう一つ聞いた。


「……ってことは、ご家族?」


 突然乱入してきた馬鹿でかい天竜族を指差す。

 イズは言いにくそうに口ごもりながら答えた。


「僕の……父親」


 あれが、イズの父親。

 あんな口も頭も悪そうな天竜族が、イズの父親。

 イズにもシルゼーロマにも雰囲気が違うその人物に、香乃は別の生き物を見ているような気分でいた。


「……マジ?」


「まじって何?」


「本当、って意味」


「ああ、うん。マジ」


 イズが日本で使われる言葉に早くも順応する。


「じゃあ……イズのお父さんは天竜族で一番偉い王様?」


「そんな感じ」


 なるほど。香乃は合点がいった。


 イズは天竜族の王子様だった。

 なんかイメージが違う気がするが、父親が王様なら自動的にそうなるんじゃないだろうかと思った。

 でもやっぱりイズにしてもその父親にしてもイメージが違うので今は決めつけないことにしておいた。


 他にも、あんな性格の持ち主を一族のトップに座らせておいて大丈夫なのだろうかと天竜族の心配をしたくなる。

 だがそれも考えすぎというか、口に出していないけどボロクソに言い過ぎだと思ったのでこの辺りでよしておいた。


 イズが感情のない返事をしていたのも頷ける。実の父親がああで、それを小馬鹿にされたのでは内心複雑だっただろう。


 香乃がどうフォローを入れればいいのか迷っている間も、ノルバノとスラスタハルのやりとりは続いていた。

 名を呼ばれた天竜族は、いかにも、と首を縦に振った。


「俺の名を知っているなんてさすがだな、ノルバノ・ハチキ」


 そう返されたノルバノは、自分の本名を言い当てられたことに酷く驚いた。だが、聞き返す前にスラスタハルが先に口を開いた。


「これ以上同胞に手を出さないでくれねえかな。俺も手荒な真似はしたくねえんだよ」


 やり取りを聞いていた香乃は、使われている言語が日本語であることが幸して理解できていた。もしこの世界の言語だったらまたアウェーな気分に陥るところだった。


「貴様、なぜ吾輩の名を知っている?」


 ノルバノがようやく疑問を口にする。


「そりゃ知ってるさ。お前の親父さんとは昔、意見をぶつけ合ったからな」


「我が、父だと?」


「ああ。……陸猩族としては不本意な最期だったな」


 囚われの身だった時、ノルバノから陸猩族のことを聞かされたのを思い出した。過去に陸猩族一名が原因不明の死を遂げたが、ノルバノはそれが天竜族の仕業だと推理していること。香乃としては半信半疑の話だった。


「な、なぜ父の死に際を知っている!?我等陸猩族の情報など、貴様等天竜族が知り得るわけが……」


 そこまで言って、ノルバノははっと気づいた。


「まさか、貴様!」


「そうだ。その通りだよ」


 スラスタハルは包み隠すことなく、遠回しの言い方もせず、告げる。



「俺がお前の父親を焼き殺したんだ」



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