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怒り、燃え上がる


 怒りが満ち、自我が一つの感情に支配される。

 香乃が危ない。

 なのに、自分は何もできない。




 薄ぼんやりとした意識の中で、守衛らの話を聞いていた。

 事が終われば、香乃は食われる。

 食われるだって?


 なんだよそれ。


 香乃が何をしたっていうんだよ。

 何でそうなるんだよ。


 カノはただ、天竜族の都合で勝手に連れて来られただけなんだぞ?

 こんな僕の背中に乗りながら、この世界を綺麗だと言ってくれたんだぞ?

 こんな僕の傍にいたのに、楽しそうに笑ってくれたんだぞ?


 なのに…。


 なんだよ…。


 なんでだよ…。


 カノに一体何しようとしてるんだよ!!




 咳込む声が聞こえて、守衛と相方は檻の中へ振り返った。


 そこには、咳込みながら立ち上がろうとするイズの姿があった。

 前進に生傷を残し、両翼を磔にされたまま、痛みを忘れているかのように無理矢理立ち上がろうとしていた。

 その無謀で無鉄砲で無茶苦茶な天竜族の行動を見て、守衛は嬉しそうに口端を持ち上げる。


『やっと起きやがったか!いいぜ、その調子だ!そのサクを破れるもんならやってみろよ!』


 守衛は挑発の言葉を投げつける。


 一方、相方はイズの様子に違和感を持った。

 力ずくで立ち上がろうとすることは大して問題はない。抵抗するためには、まず体を起立させなければならないからだ。

 目の焦点が合っていないような気がするのも特に注視すべき点でもない。昏睡から覚醒した直後なら意識がまどろんでいてもおかしくはない。むしろ、行動が単純になるので好都合だろう。


 疑問に思ったのは、どうして咳込んだか、という点である。

 捕縛の際、砂塵系や粉塵系の攻撃を取ったとは聞かされていない。取っていれば呼吸困難に注意しべしと申し送られるだろうし、昏睡時にも咳込んだりするのが自然だろう。

 ならば、どうして今に限って咳込んでいるのか。


『おかしい。様子が変だ』


 相方は守衛を制止する。

 守衛が顰蹙していると、目の前の天竜族の口から大量の火の粉が吹き出た。


『ここで放火するつもりか!』


 イズの行動と相方の言葉に守衛はぎょっとする。


『嘘だろっ!?こいつ、火を吐けないんじゃねえのかよ!』


 守衛と相方が悲鳴じみた声を上げると同時に、イズが大きく息を吸い込んだ。


『とにかく、早く逃げるんだっ!』


 守衛と相方が出入口へと急行する。イズはそれらに向かって躊躇いなく吐き出した。

 口から高熱の火炎を噴出させ、山吹から深紅までの色彩に代わりながら、巨大な壁と化し、突き進み続ける。

 守衛と相方が屋外へと飛び出たすぐ後から、守衛と相方は、業炎に食われかけながらも命からがら脱出した。




 牢屋の中は既に火の手が回っていた。辺り一面が真っ赤な火で覆われている。

 灼熱が盛る屋内で、イズはゆっくりと身を起こした。今まで彼を磔にしていた丸太も、すでに灰となって抜け落ちていた。


 もともと天竜族は高温を含めた温度変化に耐性のある種族だ。火中に晒されても平気だし、凍えるような寒さにもある程度なら耐えられる。

 自身の炎に焼かれることがないイズは、目標に向かって歩き出す。


 香乃を救い出すという目標。

 今の自分がしたいことはそれしかなかった。


 木製の住居はさすがに燃えやすく、気づいたときには火が全体に回っていた。壁は燃え盛り、壁を伝った火が屋根をも巻き込んでいく。

 イズは壁に向き直り、渾身の力を込めて殴った。

 灰になる途中だった木製の壁は以前持っていた弾性を失っており、易々と崩れた。


 外との出入口を作ってしまったため、屋内へ新鮮な空気が流れ込み、業火が膨れ上がる。

 フラッシュバックと呼ばれる火災現象によって、小屋は一瞬で吹き飛んだ。


 圧倒的な熱量が噴き上がっている。

 大火と化した小屋から、イズの体がゆっくりと這い出てきた。

 自身の熱に焼かれることなく、両足で地を踏んで進む。


 全身に生傷を抱え、荘厳さを感じさせるはずの大翼はボロ雑巾のように穴が開いてしまっている。

 満身創痍のイズがそれらの激痛に耐えられるのは、たった一つの確固とした目標があったからだった。


 香乃。


 彼女を助けたい。

 陸猩族の餌食になってしまう前に、自分が救い出すのだ。


 イズは付近を軽く見回し、最寄りの住居を見つけた。そしてその方向へ歩を進め始める。

 天竜族は歩行を必要とした種族ではないため、イズの歩く速さはとてもゆっくりだ。一歩一歩の歩幅が大きいためにある程度の速度が出ているものの、動作は緩慢である。

 体の痛みを庇いながら、イズは一つ一つの足取りをしっかりと踏んでいく。


 突如、その隣の暗闇から一人の陸猩族が飛びかかってきた。

 手には棍棒を持ち、勢いを利用してイズの頭部を狙う。


 イズはその動きの際のわずかな音に反応した。

 確かに天竜族は夜目が利かない。イズも例外ではなく、暗闇では確かな光がなければ何も捉えることができなくなる。

 しかし、聴力まで劣ることはない。広い範囲から音を集め、様々な角度から音の情報を拾う。さらに指向性も持ち、特定の音に対して意識を向けることでその他の雑音を排除して取り入れたい音を聞き分けることができる。


 イズは音に敏感に反応し、音源に対して視線を向ける。

 イズの目には、暗闇の中から自分に向かってくる陸猩族の姿が視認できていた。なぜなら、ついさっき自分の放火で住居を燃やしたため、炎上した炎が光源となり、辺り一帯を橙色に照らしていたからだ。


 飛びかかってくる陸猩族の位置を瞬時に確認したイズは、片足を軸にしてその場で体を回転させる。同時に尻尾を振る上げ、陸猩族がいるであろう高度に向かってそれを振るった。

 太い尻尾は遠心力と勢いでしなり、頭部を殴ろうとしてきた陸猩族の脇腹に直撃する。地面から離れていたために踏ん張りが効かず、陸猩族は直角方向へはじき飛ばされた。


 先鋒を一撃で撃退したイズは、再び前進する。だが、その進路を大勢の陸猩族が取り囲んでいた。

 辺りをぐるりと見回してみる。進むも引くもできないような布陣ができている。最初の一人がイズに挑んでいる時間を囮に、多数を投入してでの包囲作戦が取られていたのだ。


 イズはそれを一瞥し、まるで自分とは無関係のことのように足を進め始めた。


『今だ!放て!』


 どこからか聞こえた命令を合図に、取り囲んでいる陸猩族一人一人から何かが投げつけられてきた。それは野球のボールほどの大きさを持つ木の実、『睡蓮』だった。是か非でも生け捕りのまま手中に収めておきたい陸猩族は、イズを昏倒させる作戦に出ていた。


 全方位から麻酔効果のある木の実が飛んでくる。

 回避するには空を飛ぶしかないが、今のイズは翼を傷つけられているためにその手段が取れない。


 絶体絶命。その言葉がふさわしい状況。

 誰もが諦めそうな瞬間に立たされているイズは、誰もが持てるわけではない冷静さをもって状況を打開しようとしていた。


 イズはその場で大きく息を吸い込み、自分の足下に向かって火炎を吐き出した。

 吐き出された火炎はすぐに地面と衝突し、イズの足下から生えるように全方位に広がった。地面から吹き出したかのように燃え上がる火炎は、壁のようにその高さを上げつつ、範囲を広めていく。


 炎の壁に晒された『睡蓮』の実は、揮発性に富む果汁によって容易く弾け散った。

 一瞬にして攻撃手段をはねのけた炎の壁は、その勢いを止めることなく広がり続ける。灼熱を帯びながら、今度は取り囲んでいた陸猩族に襲い始めた。

 容赦なく伸びる火の手に、陸猩族は為す術なく逃げるしかなかった。陣形は崩れ、多くの者が自分の安全を優先して持ち場を離れていく。


 阻害物がない火炎はその勢いのまま、近くの住居に火をつけた。

 壁が焼け、屋根が燃え上がる。


 中から陸猩族が這い出てくる。焦りに満ちた表情で、脱出する途中で転ぶ者もいる。


 無様だった。あまりにも滑稽に見えた。

 こんな奴らに捕まっていたのかと思うと、自分という在り方が無性に情けなく思えた。


 今ならなんだってできる気がした。

 こうして自力で対抗できている今の自分なら、どんなことでもできるような錯覚を覚えた。

 今の自分にできること。今の自分がしたいこと。

 それは、香乃を助けること。

 イズにとって、もはや簡単に手が届くことに感じた。


 自分がもたらした火災に右往左往と逃げ惑う陸猩族を尻目に、イズは近くの住居から片端に爪を立てていく。堅固さに信頼のある木材のようだが、燃やされて炭化してはその堅さも失われ、イズの力でも充分に破ることができた。


 一つ目の住居には香乃はいなかった。違うと分かったイズは他のことに目もくれず、次の住居に向かう。

 香乃がいなければ、また次へ。またいなければ、そのまた次へ。


 イズは勝手気儘に陸猩族の住処を荒らしていった。



 四つ目の住居に手をかけようとした時、背後からイズを呼びかける声が聞こえた。


『やい、てめえ!ずいぶんとメチャクチャにしてくれるじゃねえか!』


 勇んだ様子で挑発したのは、イズの牢屋で見張りをしていた守衛だった。所々の体毛が焦げているのに対し、双眸は闘志に満ちている。


『これ以上暴れるってんなら、この俺を倒してからにするんだな!』


 守衛はついに訪れた対戦の機会に戦意を漲らせ、イズを指差しながら挑戦状を叩きつける。

 対戦を強要されそうな状況になったイズは、面倒さから生まれた憎しみの感情を剥き出しにして睨み返した。


 イズにとってはそんなことをしたくもない。なぜなら時間がもったいないからだ。

 今こうしている間にも自分が助けたい香乃がどんな目に遭わされているのか知れたものではない。

 一時の無駄も省きたいイズにとって、守衛の挑発など無意味に等しい。


 イズは無視しようと踵を返そうとする。

 無視されることを想定していた守衛は、事前に考えていた“餌”を撒くことにした。


『いいのか?もしてめえが勝ったら、てめえが探しているモンの場所を教えてやるぜ!』


 無視を決めようとしていたイズの耳に、その虫の良すぎる交換条件が聞き取れた。

 イズは再び守衛を睨みつける。


 ちらつかせた餌に興味を持ったイズの様子に、守衛はにやけそうになる口元を我慢した。

 イズの捜し物の場所を教えるという言い分は嘘ではない。捕縛された異界の民が監禁されている場所は知っているから、条件に出すには問題ない。問題は、その異界の民が相手の探し物で合っているかという確証がないことだ。

 だが、そんなことはどうでもいい。今は相手の天竜族の興味を自分に向けさせられれば何だって良かった。


 一方、イズは守衛の言葉を勘ぐっていた。

 守衛の言葉を信じられるかどうか考えると、おそらく嘘の可能性がある。あまりにもイズにとって都合が良く、守衛にとって利点がないからだ。だが、相手はここの住民で、詳しい存在でもある。完全には否定できない。


 それに、今ここで無視を決め込んだとしても、あの闘志を剥き出しにした様子ではしつこく追いかけてくるだろう。

 幸いにも、他の陸猩族は退避やら救助やらでイズを止めるどころではなくなっている。

 ならば、ここで先に潰しておくのが得だとイズは考えた。


 燃え盛る森の中で、イズと守衛が向き合う。陸猩族の阿鼻叫喚を背景に、双方は互いの動作に注視している。

 今でも決闘が始まろうとしている状況を見ていた相方の陸猩族は、思わず声を上げて制止した。


『やめろ!一人じゃ無理だ!』


 相方の声が聞こえたが、それは守衛にとって火に油を注ぐものでしかなかった。


『うるせえ!邪魔すんな!』


 制止の声を守衛は跳ね返した。


『これは俺の問題だ!』


 守衛にとって、同族と訓練するのは嫌いではなかった。

 だが、所詮は訓練で、自分の強さを秤にかけた戦いではない。そこには必ず加減という足枷が付きまとい、常に全力を出すことが憚られる内容だった。


 自分を抑えなければならない訓練に嫌気がさした守衛は、食料調達の狩猟へ積極的に参加した。相手が同族でなく、手加減こそが命取りになる状況下ならば、自分を思いきり出すことができると思えた。

 しかし、そこにあるのはチームワークを重視せざるを得ない計画的な戦略ばかりで、気の向くまま力を振るって良い場ではなかった。


 それから守衛は全力を出せない日々に苦悩した。

 確かに狩猟ではしかるべき結果を出してきたかもしれない。しかし、それは自分一人が死に物狂いで食いついたものではなかった。

 そこには共通した目的を持つ仲間がいて、効率を考えられた成功しやすい戦法しか取られてなかった。


 何もが計画的。全てが想定内。

 そんな動き方に、守衛は反吐が出そうになった。


 もっと本能的に飛びかかっていきたい。

 作戦などなく、自分の身一つでぎりぎりの戦闘をしたい。


 そう思いながら、日々を燻っていた。


 だから、これはまたとないチャンスなのだと守衛は感じていた。

 自分の力を思う存分出せる。仲間の助けがない中で、勝負の行く先は全て自分の実力にかかっている。だから、この瞬間だけは誰にも止められたくなかった。


 守衛は足の裏に力を込め、踏み出す瞬間を見計らう。

 イズもまた姿勢を正し、呼吸を整える。


 相方は、もう止められない陸猩族と天竜族の戦いを見届ける覚悟を決めた。

 睨み合いが続く中、燃えていた住居がまた一つ崩れた。




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