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茜色の拉致

こんにちは,初めての方は初めまして。

作者の甘森礎苗と申します。

この度は『夕闇のいざないと鬱ドラゴン』をご覧になっていただき,本当にありがとうございます。


この作品は,私作者が当サイトでの投稿システムに慣れるために試験的に投稿したものです。誤字脱字や編集ミスなど,個人的には表立たせたくないものが多々見受けられると思います。

作品自体の内容はそこまで手を抜くつもりはありませんが,難しい話にするつもりはありません。しかし,極度に感動や娯楽などを期待している方はちょっと答えるのが難しいと思いますので,ご了承下さい。


では,本編をどうぞ。

 高ぶる感情を抑えきれず,香乃かのは怒りのままに扉を閉めた。乱暴に閉められた扉は, 予想した通りの荒々しい音を立てる。

 部屋を出る際,自分の荷物を持ってくるのを忘れてしまった。着替えどころか財布も置いてきたままだ。

 だが,取りに戻る気にはなれない。戻れば,自分から謝りに行くような感じになるので,それだけはどうしても嫌だ。



 かろうじて持っているのは,初めからパーカーのポケットに入っていた自分の携帯電話だけ。

 本来電話や電子メールの機能を担っているそれだが,今の気分だと両方とも喪失してほしい機能にしか考えられない。



 香乃はところどころペンキの剥げた鉄製の階段を荒い足取りで下りていく。他人が見ればはしたないとか女らしくないとか言われるだろうが,そんなもん構ってられない。言いたければ勝手に言っていればいい。

 もうここには戻らない。戻りたくもない。

 そう決めて,香乃は階段を下りきった。



 外から吹きさらしの駐車場を抜けて,一番近い道路へと出る。そんなに大きな建物でも駐車場でもないから,気に障るほどの時間はかからなかった。

 時刻は夕方。茜色の光が道路を染めている。一日も終わろうとする時刻なので感傷に浸ったこともあったが,今は無視して歩を進めた。

 ここまでは彼に送ってきてもらっていたので,自分が使える移動手段は徒歩だけだ。自分の住居までは幸いにもそれほど遠くはないが,普段の移動手段を乗用車に頼っている身としては徒歩なんて疲れるだけだ。

 普段から彼に任せっきりだったことが,ここで災いしたように思えた。自分の車で来るべきだったと反省した。



 いくつも思いつく不快点を並べ,香乃はますます機嫌を悪くしていった。

 歩調は至って早歩き。可憐さとはかけ離れている歩き方だった。口は固く結ばれており,その顔は怒りのあまりに泣く寸前にも見て取れる。

 彼の住居から出てきたのはほんの少し前だが,万が一携帯電話に連絡でもかかってきたら目障りにしかならないだろう。追いかけてくるのかと心のどこかで期待してはいたが,彼が外に出てくる気配は全くと言っていいほど無い。

 拍子抜けと裏切りのダブルパンチを受けたような気持ちになって,もう彼に関わることすら嫌になった。携帯電話なら繋がるだろうが,そんな手段なんか取らせない。簡単に追いつかれてたまるか。



 香乃は彼からの伝播的な追跡を拒むため,携帯電話を開いた。

 画面には,彼とのツーショットを治めた写真が貼られてある。いつもならそれを見るだけで嬉しい気持ちになっていたのに,今では憎悪の材料にしかならない。

 その画面を見ないようにと,香乃は携帯電話の電源ボタンに触れた。



 不意に,画面が暗くなった。

 いや,違う。携帯電話だけでなく,香乃までも括るほどの影が覆い被さってきた。

 ちょうど太陽に雲でもかかったのだろうか。それとも,今は夕方だし,太陽も地平線まで沈んできたのだろうか。

 普段は気にしないのに,今は普段にない気分になっているせいか,太陽の様子を見たくなって仰いでみた。

 上空から黒い“影”が猛スピードで接近してきた。

 異様な光景を前に,香乃は悲鳴を上げることなく“影”に覆い隠され,そして,




 西日の差す道路に,女性の姿はなかった。






 【夕闇のいざないと鬱ドラゴン】






「くしゅん!」

 体が冷えたせいで出たくしゃみで,香乃は目を覚ました。寝起きがいいほうではない香乃は,起きたばかりの体をすぐに起こす気になれず,横たわった状態のまま両腕で自分の体を抱きしめた。ついでに体も丸めて,自分のぬくもりで体温を保とうとする。

 風邪を引きやすい体質ではないけど,それとは関係なく寒いのは嫌だ。なんか固い所に横になっているみたいで,そこからも地味にひんやりとした温度が伝わってくる。



 少しの間そのままじっとしていると,正面のほうから温かい空気が伝わってきているような気がした。瞑った目からもかすかな光を感じる。そういえば,パチパチという何かが弾けているような音が時折聞こえる。


 まだまどろみが消えないけど,ゆっくりと目を開けてみた。

 案の定というか,目の前には焚き火が作られてあった。少し大きめだろうか,ドラム缶が燃えるならこれくらいの大きさに燃えると思う。



 温かい。

 高校時代の修学旅行で泊まりがけのキャンプをした時,みんなでキャンプファイヤーをしたのを思い出した。材料の木を組み上げて,大きな火を燃え上がらせた。

 本番は,お決まりだったが,火を囲むようにみんなでフォークダンスを踊った。基本的に男女で分かれていたからみんな恥ずかしそうで,少し男子が多かったから男子同士になった組みをみんなでからかって。

 そして,思えばその時に初めて彼の手を握った。

 彼も恥ずかしそうだったけど,しっかりと握ってくれていた。



 まだ告白してなくて,お互いに片思いだった頃の思い出。

 まだ喧嘩してなくて,毎日が嬉しかった頃の思い出。



 あんなに仲が良かったのに,

 思いが通じ合っていると思っていたのに,

 どうして…。



 香乃は幸せだった昔に戻りたくて,目の前の焚き火を見つめていた。

 知らずのうちに涙がこぼれた。

 どうして喧嘩なんかしちゃったんだろう…。

 もっと,もっと,あの焚き火の暖かさに触れれば,あの頃に戻れるような気がして。

 二人とも好き同士だったあの頃に戻れるような気がして。

 香乃は無意識の内に,焚き火に手を伸ばした。


「…?」


 荒い鼻息が聞こえた。

 同時に,低く喉が唸る音も聞こえた。



 私はびっくりして眠気の残っていた目を一気に覚まして,急いで体を起こす。

 目の前には見知らぬ場所が広がっている。それもそうだ,自分の住居に戻った記憶もない。

 なのに,自分は今どこかの部屋にいた。

 何を今までのんびりと寝こけていたのか。

 香乃はさっき聞こえた音の正体を探った。こういう時は部屋の隅の陰っている所からぬらりと犯人が登場するのが相場なんだけど,お願いだから怖いのはやめてほしい。特に蛇とかワニとかトカゲとかいった爬虫類とか,熊とか蜘蛛とかコウモリとかいった体のどっかがキラーンって光りそうな部類とか,とりあえず怖いの全部。



 香乃が体をよじって身構えていると,焚き火の向こうの暗い所から本当にぬらりと何かが出てきた。

 まず,ワニのように前へ突き出た鼻と口が荒い吐息を漏らしながら現れた。

 次に,怪しくキラーンって光る目が出てきた。

 なぜか,体よりも早く,コウモリみたいな翼が現れた。

 最後に,巨大な体と太い尻尾が見えた。



「…ぃ」



 ごめん,むり。



「いやあああああああああ!」



 叫ばずにいられないって,こういうことなんだと香乃は思った。

 なぜって,ワニみたいな口と鼻に蛇みたいな目にコウモリみたいな翼にでっかい体で尻尾付きって,我慢できるか。



「●☆ΦΛи‰∝…」

「やだー! 来んな! 近寄るなバカー!」



 何か聞こえたような気がするが,香乃は無視した。何を言ったのか分からなかったし,分かっても自分の身の安全が保証できない今の状況で他のことなんか構ってられなかった。

 とりあえず叫ぶしかない。

 叫んで,他の誰かが助けに来てくれることに期待するしかない。



「仕方ないとは思うけど,いきなりそんなふうに言われるのは傷つくよ…」



 いきなり日本語が聞こえてきた。

 びっくりして,香乃はもう一度そのトラウマになりそうな風貌を見た。



 焚き火の向こうから出てきたのは,ワニのような口と鼻を持ち,蛇のような眼を持ち,コウモリのような翼を持ち,太い体と尻尾を持つ,巨大な生物。

 どこからどう見ても,ドラゴンがそこにいた。



「襲ったりしないから,今は落ち着いてくれない?」

 ファンタジーに出てきそうな翼竜は,巨大な身にそぐわない,腰の低い態度で言ってきた。よくよく見れば,ぱっと見は凶悪だが,目の様子からは敵意が感じない。人じゃないのに表情が分かるっていうのも不思議なもんだけど,そう見えるんだから仕方ないというか,こういう時は都合がいいと思っていたほうが自分のためのような気がした。



「えっと,言葉はこれで合ってる…よね…?」

 ドラゴンは不安そうな表情で確認のように話し掛けてきた。

 なんていうか,どういったらいいんだろ。

 香乃はかつてないほどのギャップを感じていた。



 香乃が知っているドラゴンは,太い体に大きな翼を生やし,鋭い爪と牙で襲いかかり,時々火も噴く空想の生物だと思っていた。性格は諸説あったり数多くの設定があったりするけど,凶暴だったり知的だったりと,どこか手のつけられない性格が多かった気がする。

 なのに,目の前にいるドラゴンはなんだろう。

 見た目は最強に怖いのに,態度がどこかビクビクしているというか,おっかなびっくりというか,なんか臆病っぽい。これじゃ,思いっきり怖がる必要もないんじゃないかって思えてきた。



「合ってるよ。言葉分かるんだ?」

 一応会話はできるようなので,返事をしておいた。話ができる相手にシカトするのはさすがに失礼だと思ったから,仕方なくだ。

「うん。昔,それと同じ言葉を使う人が来たことがあるから」

 ドラゴンは器用に頷いて見せた。やっぱりどこかイメージと違う。



 とりあえず,香乃は目先のことだけでも訊くことにした。

「君,誰なの?」

「誰って,ここの部屋の持ち主」

「君の部屋って…じゃあ! 私を連れ去ってきたのも君なの!?」

「さあ,わからない…。さっきトイレに行って,帰ってきたらあなたがいたんだけど…」

 期待する答えが返ってこず,香乃はもどかしくなった。



「ああもう! いきなり連れてこられたと思えばこんなドラゴンっぽいのに会うし,そいつは訳が分からないし! 一体どうなってるのよ!」

「連れてこられて…?」

「そう! 連れてこられたの! 家に帰ろうとしたら,いきなりがばぁって!」

 どこか頭の悪い説明の仕方のように思えたが,本当にそういうふうにしか説明できないのでこれこそ仕方がない。



「もしかして…」

 ドラゴンは何かを呟いたが,香乃は先に口を挟んだ。

「ここって,どこなの?」

「えっ?」

「だから,ここはどこって訊いてんの!」

「だから,僕の部屋だって」

「そうじゃなくて! もっと事細かくしっかりとよ! 市町村名とか地方名とか国名とか!」

 香乃は構わずまくし立てる。なんでもいいから情報が欲しかった。

「どこの国…って,ああ,あなたが今年のか」

「?」

 香乃の質問を受けて,ドラゴンは一人だけで納得したようだった。

 それに,今年の,とはどういう意味なのか。



 謎が余計に増えた現状だが,ドラゴンは質問の一つに答えた。

「ここは『天竜の国』。僕みたいのが住む国だよ」




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