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第9話『少女との閑話』

 窓から降り注ぐ朝日が顔に当たる感触で目が覚めた。

 天井の木目を数えながら、澄んだ朝の空気で深呼吸を一つ。

 と、嗅ぎ慣れない女の子の匂いがして、俺は隣に目をやった。

「すぅ……すぅ……」

 安らかな寝息を立てているミーナの寝顔を眺めていた俺は、あることに気がついた。

 ……金髪だとまつ毛も金色なんだな。

 一ヶ月以上も寝食をともにしてきたのに、今までは気にしたこともなかった。

 些細なことだが、ミーナを見る目が変わった、ということだろうか。

 間近で見るミーナは、やはり可愛かった。

 きめ細かな白磁の柔肌。すっと通った鼻筋。切れ長で大きな目。

 そして、何より半開きになった桜色の小ぶりな唇に視線が吸い寄せられる。

 昨晩、彼女としたことを思い出して、俺はかあっと顔面に熱が集まるのを感じた。

 ……生まれて初めて、女の子とキスをしてしまった……!

 俺は一人で口元を抑え、こみ上げる気恥ずかしさと戦っていた。

 直後はやたらと気分が盛り上がっていて実感がなかったが、よく考えるととんでもないことをしでかしたのではなかろうか。

 しかも、なにやら格好つけたセリフを口走り、女の子を抱き寄せたあとでだ。

 引きこもりのクソニートでも、雰囲気と勢いさえあれば、意外とそれっぽいことはできてしまうものだと思った。

 できてしまったのだ。うかつにも……!

 

『わかった。俺が、お前を守る。絶対に、一生、お前を守ってみせる』


 ……『一生』は余計だった。ちょっと張り切りすぎた。

 というか、ミーナも別に一生守ってくれとまでは頼んでいなかったのでは?

 俺が勝手に早とちりしてしまっただけでは?

 いや、まあでもキスして添い寝するところまではいったわけだし、結果オーライか?

 しかし、せっかくベッドインしたのに、本番には至らなかったのは、ひとえに俺の甲斐性のなさがものを言ったのでは……。

 でも、すぐにミーナが寝ちゃったからどうしようもなかったわけだし……。

「ぅうん……」

「お、おはようミーナ」

 悶々としていると、ミーナが不明瞭な言葉を発しながら身じろぎした。

 枕に頭を載せたまま、とろんとした目で俺を見上げていたミーナだったが、やがてやんわりと微笑んだ。

「おはよう、フミオ」

「っ……!」

 ダメだ、目を合わせると昨日のキスを思い出してしまう……!

 とっさに顔を背けた俺を見て、ミーナが不安そうに顔や髪をいじった。

「い、いや、寝癖とかよだれじゃないから、安心して」

「ならなんなのだ」

「その、えっと……ほ、ほら、アレ、昨日のさ……」

「昨日の?」

「キ、キス……」

「キスがなんだ」

「したから……」

「したな」

「あれ、俺、初めてだったから……」

「私もだ。ふふ、初めて同士にしては、なかなか上手くいったな」

 なんだろう、いまいちミーナと認識を共有できていない気がする。

 俺は逆にミーナに尋ねてみることにした。

「ミーナはさ、その、恥ずかしいとかないの?」

「なにがだ」

「お、俺とキスしたこと……」

「? 好き合っている者同士で唇を重ねることのなにを恥じることがある? ごく一般的なことだ。挨拶と変わらない」

 ミーナはさらりと澄ました様子でそう言ってのける。

 くっ……情緒の発達に著しい差異を感じる。なんて大人な対応なんだ……。

 ……ん? でも、よく見るとミーナの耳が少し赤いような。

 俺は首をかしげ、眉をひそめた。

「え、本当は恥ずかしかったりする?」

「は? ぜんぜん恥ずかしくないが? 私たちもいい歳だ。キスくらいであたふたするようなお子様ではない」

「耳赤いけど?」

「風邪を引いたんだ。昨日は寒かったからな」

 斬新な風邪が流行っている世界もあったものだ。

 だいたい昨日はそんなに寒くなかったはずだが。

「じゃあ、今度はミーナから俺にキスしてきてよ。恥ずかしくないならできるよね。挨拶なんでしょ?」

「お、おう。できるぞ? よーし、するぞ? するからな? するから目をつぶれ?」

「ん」

 言われた通り、目をつぶる。

 しばらくすると、ミーナが少しずつ顔を寄せてくる気配がして、心臓の鼓動が否応なしに高まる。

 しかし、鼻息が当たるくらい近くまで来ているのに、一向にそこから先に進んでこない。

 こっそり薄目を開けて様子を伺ってみると、そこにはまぶたを閉じたまま、ほんのりと口先を尖らせた状態で固まっているミーナの顔がドアップで広がっていた。

「ぶッ! はははは!」

「わ、笑うな! なにがおかしい!」

 思わず吹き出すと、顔を真っ赤にしたミーナがポカポカと殴りつけてくる。

 頭をかばうポーズをとると、かさにかかったミーナはさらに追撃を加えてきた。

 だが、次の瞬間、ドスッと彼女の身体が俺の上に覆いかぶさって、俺はベッドの上に押し倒されてしまう。

 俺の肩に両手を置いて固定し、馬乗りの体勢で俺を見下ろしてくるミーナ。

 ……も、もしやそういう流れか!? 

 がぜんドギマギしてしまうシチュエーションだったが、おかしい点に気がついた。

 ミーナの息が妙に荒く、視線も虚ろなのだ。

 まるで、なにかの痛みに耐えているかのように。

「ぐっ……!」

 かっと目を見開き、ミーナが歯を食いしばる。

 直後、ぶわっと彼女の首から上全体に、獣の噛み跡のような黒い紋様が広がった。

 それは紛れもなく、ランドルフの『呪毒状態』に感染している証だった。

「ミーナ!?」

「問題ない。ただの発作だ。すぐに治まる……」

 口ではそう言うミーナだったが、なおも歯は噛み締めたままだった。

「いつからそれ……」

「以前、ランドルフと相まみえたときにな。加護のおかげでだましだましやれてはいるが、最近は、少々悪化してきているようだ」

 ミーナの加護……確か状態異常全般に耐性を持つ『イチイの加護』だったか。そのおかげで『呪毒状態』のダメージを軽減できているわけか。

『呪毒状態』で一ヶ月以上もの間動き回れている時点でも驚異的だが、限界はあるようだ。

 茹だっていた頭が、急速に冷めていくのを感じる。

 俺が今、やるべきことはなにか。女の子とベッドの上で乳繰り合うことか? いや、違う。

『呪毒状態』を解除するための手段はただひとつ。ランドルフを倒すことだ。

「絶対に、やつを倒して、生きて帰ろう」

「……ああ。必ずだ」

 額に汗を浮かべたまま、ミーナが弱々しくうなずく。

 最悪の未来がよぎるほど儚げな彼女を、ぎこちない手つきで抱きしめ、どちらからともなく二度目のキスをした。

 

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