第6話『ゲーム脳』
『……戦人よ。永劫の戦火に身を投ぜし者よ。願わくば、私の願いを聞いてはくれないか』
近づくと『今は去りし兵』こと、ミーナの父――フリードは、洞窟の奥から響くような声で語り始めた。
顔面に向こう傷が走ってはいるが、舞台俳優のように眉目のはっきりした背の高い男だ。
我を失ったように、ミーナが父に一歩歩み寄る。
「父さん。父さんなのか?」
『「冒涜のブラスフェミー」それが私や、他の哀れなる者たちの魂を、現世に縛りつけし術者の名。彼奴めを討伐してくれれば、必ずやそなたに報いよう……』
「父さん! 返事をしてくれ! 母さんには会いに行ったのか? どうしてこんな場所にいるんだ? 父さんは、死んだんじゃないのか!?」
『頼んだぞ、戦人よ……』
それきり、『今は去りし兵』は何も言わなくなった。
どんなに娘が呼びかけても、一言も反応しない。目を合わせようともしなかった。
「ミーナ。たぶん、お父さんは記憶を喪ってる。話しかけても……」
「……いや、すまない。見苦しいところを見せた。もう大丈夫だ」
青ざめた顔でミーナは弱々しく微笑んだ。
家族を亡くしたことのない俺に、死んだ父親と再会した気持ちというものは想像がつかない。
だが、相当なショックを受けているだろうということは容易に察せられた。
それでも気丈に振る舞う彼女に、俺は芯の強さを感じた。
さすがは人気最強NPC。内面も相当複雑にプログラムされているようだ。
俺はそう軽く考え、ミーナにそれ以上気遣う言葉をかけなかった。
「『冒涜のブラスフェミー』とやら。決して許しはしない。必ず報いを受けさせる」
ミーナは怒りを秘めた口調でつぶやいた。
俺はミーナたちを案内し、古城の中へと入っていった。
カビとホコリの臭いが充満する城の内部を進み、時折遭遇する屍人は鎧袖一触に斬り捨てる。
敵襲に備えるためか、迷路のように入り組んだ道を、俺は迷いなく進んだ。
そして、ある小部屋に思わせぶりに設置されている宝箱に手を触れた。
すると、宝箱から老爺の哄笑が響き、俺たちの足元から紫色の光が放たれる。
「なんだ!?」
「安心して、これでブラスフェミーのところに行ける!」
一瞬の後、目の前が真っ暗になったかと思うと、すぐに明るくなった。
俺たちがいるのは、広大な地下洞窟だった。
体育館ほどの広さがあり、壁際には松明の明かりが燃えている。
『イヒヒ……愚かな人間どもめ。この賢明なるブラスフェミー様のしもべにしてくれるわ!』
そんな口上がどこからか聞こえてきたかと思うと、地中から大量の屍人たちが湧いてきた。
ブラスフェミー本人の姿はない。
奴を引っ張り出すには、屍人を二十体倒さなければならないのだ。
屍人の数は、ざっと五十体以上。
雑魚とはいえ、まともに相手などしていられない。
俺は冷静に皆に指示を出した。
「散って!」
「了解!」
動きの遅い屍人たちが迫ってくる前に、俺たちは一定の距離をとって散らばった。
「発動!」
合図とともに、俺たちは一斉に『炎上バグ』を使用した。
灼熱の炎が、洞窟内に吹き荒れる。
五人分の超火力の前に、おびただしい数の屍人たちは、瞬時に炭化していった。
互いの効果範囲が重ならないよう、予め練習していたので、巻き添えを食うことも、食らわせることもない。
魔法禁止縛りをしていると恐ろしく苦戦するボスだが、そうでなければどうということもない。
ましてや、今回はマルチだ。二十体どころか、あっという間に洞窟に出現した屍人たちは消滅した。
『チイッ! 人間の分際で手こずらせよって……』
腹立たしげに毒づく声がして、地下空間の中央に、ボロボロの黒いローブを纏った老人が現れた。
猛禽の嘴のように折れ曲がった鼻。腰が曲がった状態でも背丈は成人男性を超えている異形だ。
しかし、出てくるや否や、ブラスフェミーは発動しっぱなしだった『炎上バグ』に焼かれて悲鳴を上げた。
「ギィヤアアア!」
ローブについた火を消そうと、慌ててタップダンスを踊るように飛び跳ねるブラスフェミー。
実に間抜けな光景だった。
このあたりは、プログラムされた行動しかとれないNPCの悲哀というものだろう。
ここまでは予定通り。だが、『泉バグ』なしでは『炎上バグ』は永続的に使用できない。
魔力が枯渇する前に、俺たちは『炎上バグ』をやめ、剣を抜いてブラスフェミーに斬りかかった。
魔法で服の火を消火したブラスフェミーが、節くれだった杖を振り回して激怒する。
「小童どもが、舐め腐った真似を……!」
杖の先端を地面に突き立て、ブラスフェミーは何事か詠唱する。
すると、今度は十体前後の騎士屍人が出現した。
騎士屍人は、その名の通り騎士の装いをした屍人のことだ。
剣と鎧を装備している分、普通の屍人よりも手強いのが特徴である。
「バフ!」
俺の号令で、皆が『戦神の咆哮』を唱える。
五人分の筋力と持久アップバフがかかり、身体に力がみなぎるのを感じた。
斬りかかってきた騎士屍人の攻撃を、俺は簡単にパリィし、『燕返し』で反撃する。
多少強くなったところで、屍人は屍人。大したことはない。
サクッと一体片付け、俺は周囲を確認する。
味方全員が、それぞれ対峙した騎士屍人を倒している頃だと思ったのだが、様子がおかしかった。
「なにやってんスかハンスさん! 俺ッスよ、クルトッス!」
「やめて、ゲオルクさん! 敵はあのジジイよ!」
目の前の騎士屍人に、必死で語りかける騎士たち。
ブラスフェミーが、愉快そうに遠くの方で笑っている。
「イヒヒヒヒ! どうじゃ、粋な計らいじゃろう! さあ、存分に旧交を温めるがよい、騎士ども!」
どうやら、奴は意図的に元スクルド騎士団の面々を騎士屍人として喚び出したようだ。
悪趣味だが、こちらの戦意を奪うという意味では有効な手だ。
かつての仲間が、腐り果てた肉体で襲いかかってくるとあり、騎士たちも剣が鈍っている。
しかし、そんな中、ミーナだけは違った。
「おのれ……!」
ブラスフェミーへの悪罵を口にしながら、迷いなく騎士屍人を斬り捨てるミーナ。
だが、その面立ちには苦痛の色が滲んでおり、同じ釜の飯を食った部下を斬る苦悩が感じられる。
ミーナは騎士屍人を叩き切って叫んだ。
「許さんぞブラスフェミー! よくも私の部下を辱めたな!」
「ほほう、少しは骨のある奴らもいるようじゃな。だが、これはどうじゃ?」
ブラスフェミーが、また騎士屍人を召喚する。
バカの一つ覚えが、と内心舌打ちしながら、俺は斬りかかってきた二体目の騎士屍人の攻撃をさばく。
だが、現れた騎士屍人を見て、ミーナはひどく動揺したように身体を強張らせた。
「貴様……!」
「ほれ、父親に剣の腕を見てもらえ。感動の再会じゃ、実に泣けるのう!」
召喚されたのは『今は去りし兵』フリードだった。
ただし、その身体は墓場から掘り起こされたかのように腐り果て、肉の隙間から白い骨が覗いている。
亡霊だった頃の秀麗な面影はどこにもなく、ただひたすらにグロテスクだった。
むごたらしい父親の姿に激昂するかと思いきや、ミーナはハッハッと浅い呼吸を繰り返すばかりだ。
「やめろ……」
「それ、『戦神への供物』じゃ!」
ブラスフェミーが命じると、フリードはゆらりと錆びた剣を掲げ、自らの腹部に突き刺した。
「グオオオ――!」
フリードから赤いオーラがほとばしり、筋肉が一回り膨れ上がったような気さえする。
『戦神への供物』
バフ系武技の一種だが、使用時には全体の七十五パーセントに相当する体力を消費しなければならないという、非常に重い代償を持つ。
ただし、その対価として、全ステータスを飛躍的に向上させ、さらに一定時間スタミナが減少しなくなるという、破格の効能を誇るハイリスク・ハイリターンの武技だ。
すこぶる強力ではあるが、この世界で使うと死ぬほど痛いのは目に見えているので、使いたくはない。
さらに、ブラスフェミーは体力回復の魔法『女神の祝福』を発動し、ミーナの父親の傷を癒やした。
『戦神への供物』は、使うとしばらくの間、体力を回復する一切の行動がとれなくなるのだが、屍人に使わせればそのデメリットも踏み倒せるというわけだ。
「やめろおお――!」
父親をもてあそぶブラスフェミーに、とうとうミーナは絞り出すような絶叫とともに突進した。
だが、その行く手をフリードが阻む。
ガキン! と剣同士がぶつかり合う重厚な音が地下洞窟に響いた。
「ダメだ! 正面からぶつかっても勝てない! パリィするんだ!」
一瞬だけ鍔迫り合いの形になるが、『戦神への供物』によって筋力を嵩増しされたフリードは、娘の剣をあっさりと脇に押しやり、痛烈な一撃を放った。
「っ!」
ミーナの体勢が崩れる。
その間に、フリードは大きく剣を振りかぶっていた。
「ミーナ!」
俺はまとわりついてくる騎士屍人を吹き飛ばし、彼女の助けに入ろうとする。
だが、遅かった。
大ぶりな大剣の一振りが、ミーナの身体を正面から斬り裂く。
飛び散る鮮血。
声もなく倒れたミーナを、俺はとっさに抱き抱えた。
ひどい傷だ。
右の肩口から、左の脇腹へ抜けるように斬り傷が走り、破れた腹からでろりと腸がはみ出している。
火傷しそうなほど熱い血液がドクドクと泉のように滲み出て、俺の手を見る間に真っ赤に染め上げた。
俺は怒りのあまり、ギリッと奥歯を噛み締める。
彼女に手傷を与えたフリードにではない。
彼をけしかけたブラスフェミーにでもない。
何も分かっていなかった、俺自身に対してだ。
俺はずっと勘違いしていた。
この世界は『アスガルド』の延長線で、人間も業魔も、感情があるかのようにプログラムされたNPCに過ぎないと思っていた。
だが、違った。
ミーナは生きている。中身がある。ゲームのNPCならそんなはずはない。3DCGで構成されたキャラクターの肉体はガワだけで、内臓も血液もありはしない。
見ず知らずの俺に食料と寝床を提供し、命がけで俺を庇ったヤコブ老人。
業魔討伐に人生を捧げ、王国の復興を夢見て戦うミーナや騎士たち。
なぜ彼らの人間性を認めなかった?
この目でしかと見ておきながら、どうして彼らをモブとしてしか認識しなかった?
自分のことをゲームの主人公だとでも思っていたのか?
この世界は現実で、ゲームなんかじゃない。
まったく、とんだゲーム脳だ。頭の固い老人を笑えない。
現実とゲームの区別がついていなかったのは、俺の方だった。
「この、大馬鹿野郎ーー!」
俺は振り向きざまにフリードの斬撃をパリィする。
後悔も自己嫌悪も後回しだ。
今は、こいつらの討伐に全力を注がなければ。
「ふっーー!」
パリィ。『燕返し』パリィ。『燕返し』パリィ。『燕返し』パリィ。
とんでもない馬鹿力で繰り出される剣撃を、俺は的確にさばいていく。
基本的なパターン自体は典型的な騎士屍人のそれ。
だが、寸毫足りとも気は抜けない。
たかが騎士屍人などと、誰が侮れよう。
攻撃に緩急をつけてこちらのペースを乱そうとする。
フェイントを交えてパリィのタイミングをずらしてくる。
さらに、『アスガルド』にはなかった、蹴りやタックルなどの体術までもを繰り出してくる。
反射神経と勘だけで凌いでいるが、はっきり言ってギリギリだ。
とてもグルニズゥなど比較にならない。
狂っていてなおこの剣技。生前であれば、いかほどの冴えだったか。
焦れた老爺がしゃがれた声でがなった。
「何をしている、そいつを殺せ! たかが小僧一匹、蝿のようにすり潰せ!」
フリードにさらなるバフが上乗せされる。
『火事場の馬鹿力』
体力が残り三割になった時点で発動でき、体力の残量に反比例して筋力と持久と敏捷に大幅なバフがかかる。
『戦神への供物』とのコンボが有名な武技だ。
激しさを増す猛攻。一度でもパリィをしくじれば、たちまちに膾斬りの憂き目に遭うだろう。
他の騎士たちは、それぞれ騎士屍人の相手に手一杯のようで、助太刀は期待できない。
「ガアアアアーー!」
フリードが軋むような叫びとともに、腰溜めの構えを見せた。
ズズ、と空間が歪むような気迫が発せられる。
「っ!」
ヤバい。こいつ、武技まで使うのかよーー!
「うおおおおーー!」
カウンター気味に武技発動。
『心眼』自分限定でパリィ受付時間を増加させるシンプルなバフ。
それとほぼ同時に、フリードの武技が撃ち放たれる。
目にも留まらぬ六連撃。
暴風の如く吹き荒れる斬撃の名は『飄風・六連星』
右脇。左脇。右大腿、左大腿、頸部、心臓。
六つの急所を斬り刻む凄まじい剣風が、唸りを上げて襲い来る。
だが、その軌道は全て読めている。
読めていてなお、刹那の遅れも許さない速攻だった。
最後の六撃目まで、絶え間なくパリィを続けると、フリードのスタミナゲージが底をつく。
『燕返し』でブレイクし、膝を折ったところに、俺はすっからかんになった肺に空気を送り込んで叫んだ。
「食らえ!」
『閃輝・雷霆《せんき・らいてい』》』上空へと跳び上がり、虚空に魔力の足場をつくって急降下。稲妻のような一撃を見舞う。
それで、決着だった。
「オオオ……」
フリードの身体が、ゆっくりと塵に返っていく。
しかし、のんきに眺めている暇はない。
「次はお前だーー!」
「ヒ、ヒイイイイ!」
おののくブラスフェミー目掛けて疾走する。
泡を食いながら、老爺は新手を召喚した。
現れたのは三体の騎士屍人。
だが、弱い。
バフもなく、フリードほどの技量もない彼らを、俺は瞬時に斬り捨てる。
「な、何者なんじゃ貴様は! ……おらん、どこにもおらん! 儂のしもべの中に、貴様の縁者が一人もおらんではないか! ありえぬ! この現世にただの一人も縁を持つ者がおらん人間など、いるはずがない!」
この期に及んで、またぞろこすっからい手を使おうとしていたのか。
俺はとうとうブチ切れた。
「汚ねえんだよお前は! やることなすこといちいち全部! ポンポンポンポン死人を将棋の駒みたいに出して自分はコソコソ逃げ回って、人が苦しむ様を見てゲラゲラ笑いやがって! 人間様を舐め腐るのも大概にしろクソジジイ!」
ようやくブラスフェミーを射程に捉えた俺は、ひたすら斬りまくった。
こいつは召喚する雑魚が鬱陶しいだけで、本体は全く強くない。
ほとんどサンドバッグ状態だった。
「ヒイイイ! 助けてくれえええ!」
情けない悲鳴を上げながら、ブラスフェミーが屍人を盾として召喚してくるが、まとめてぶった斬った。
「これがお前を地獄に落とす技だ! お前がもてあそんだミーナの親父さんの技だ! 骨の髄まで味わいやがれーー!」
『飄風・六連星』
フリードを倒したことで、習得した戦技を即座に発動する。
計六発の死をも断つ魔剣。
痩せ衰えた老人の身体など、木の葉のように容易く寸断せしめた。
「い、嫌だああ……死にたくない、死にたくないいいい!」
「ダメだ、死ね」
俺は端的に言い捨て、とどめの『臓物潰し《ストマック・ブレイク》』で胴体を真っ二つに叩き斬った。
「……! …………!」
それでもしぶとく、なにかごちゃごちゃと喚いていたが、もはや言葉になっていなかった。どのみち、大したことは言っていないだろう。
俺はブラスフェミーが消え失せるのを見届けると、急いでミーナのもとへ駆け寄った。
「ミーナ!」
「大丈夫だ。薬を飲ませてもらった。じきに治る」
地面に横たわったまま、薄く微笑んでみせるミーナ。
大量の血を失ったせいか、まだ青白い顔をしていたが、すでに傷口は癒えているようだった。
はらわたが飛び出るような傷すら治せるとは、回復薬恐るべし。絶対に敵に使われたくないアイテムだ。
一息ついたところで、どっと疲れが押し寄せてきた。
思っていたより、ずっと激しい戦いだった。
ブラスフェミーはともかく『アスガルド』にいなかったフリードが恐ろしいほど強かった。
もし味方NPCとして使えていたら、さぞかし頼れただろうに。
「戦人よ、感謝する。よくぞ我々を呪縛から開放してくれた」
不意の声に振り向くと、そこにはフリードが立っていた。
騎士屍人のホラーな外見ではなく『今は亡き兵』のときの渋いイケメンに戻っている。
なんでブラスフェミーを倒したはずなのに、まだ現世に残っているんだ?
疑問に思っていると、フリードは俺に『聖銀のタリスマン』を渡してきた。
ああ、このためか。
「父さん……」
「ミーナ……すまない、この剣でお前を傷つけてしまうとは、一生の不覚だ。もう死んでいるがな」
ちょっと笑えない自虐を挟むフリードに、ミーナは首を振った。
「気にしてないよ、父さん。操られていたんだから、仕方ないよ」
「ありがとう。そう言ってもらえると、助かる。……どうだ? 上手くやれているか?」
「うん。大変だけど、ホルガーや皆が支えてくれてるから」
「それはよかった」
じきに、フリードの魂も天に還るだろう。
そうなれば、二度と話すことも叶わなくなる。
二人は名残惜しむように、最後の会話を交わした。
と、フリードが表情を引き締める。
「ランドルフを、我が国を奪った、あの憎き人狼を必ず倒してくれ。頼んだぞ、ミーナ」
「……ああ、奴はなんとしても仕留める。父さんの仇は私が討つ」
口調を変え、娘としてではなく、騎士としてミーナは答えた。
そんな彼女に、フリードは満足げに微笑むと、そのまますうっと昇天しようとして、やっぱり戻ってきた。
なんだ? まだ言い残したことがあるのか?
「危なかった、忘れるところだった。ミーナ、そちらの戦人の少年とは、どういう関係なんだ? 恋人か?」
「こっ」
このおっさん、そんなくだらないこと聞くために戻ってきたのか!
どういうシステムなんだよ幽霊って。
顔を真っ赤にしたミーナが、父親に食ってかかる。
「そ、そんなわけがないだろう! 何を言っているんだ! 確かにフミオは剣士として優秀だし、頼りにはしているが、恋人としては……ダメだ!」
「ダメ!?」
ダメなのか!? ダメってなんだ!?
「デリカシーがない! 私が二十二の年増に見えるなんて言ったんだぞ! 本当に傷ついた! ショックだった! 気にしてるのに!」
それはごめん!
「はっはっは! なに、その程度の行き違いなど、若いうちはよくあるものだ。それはそれとして――首を出しなさいフミオくんとやら」
「手厳しいなオイ!」
こちとら娘の命の恩人やぞ!
「まあ、冗談はさておき――娘を頼むよ。強がりだが、優しい子なんだ。この世界は過酷すぎる。寄り添う者なしでは、とても生きていられない」
意味深にそう告げると、今度こそフリードは去っていった。
永遠に。
……参ったな。頼まれたからには断れない。
ミーナは俺がいなくとも、ランドルフに挑むだろう。そして、恐らくは死ぬ。
そんな結末はごめんだと、俺の中の何かが叫んでいる。
その声に従うことで、見えてくるものがあるような気がした。
洞窟の暗闇に亀裂が走り、空間が崩壊していく。
術者であるブラスフェミーが死んだためだろう。
ものの十数秒で洞窟は消滅し、俺たちは古城の近くにある平原に立っていた。
緞帳のような分厚い雲の隙間から、わずかだが晴れ間が覗いている。そこから降り注ぐ日の光が、古城を墓標のように神々しく照らしていた。