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第8章 ヘイトリオン

 丈はことを急ぐ必要があった。とりあえずは女王の死をごまかすことは可能だが、それとていつまでも隠し通せるものではない。いずれは臣下や民にも知られる日がくる。その日が来る前に、丈は青の国を打ち破らねばならなかった。赤の国、青の国、両国を統一して自分の力を示し、人臣の心を完全に掴みきらねばならない。女王の死が公になっても、自分への服従の心が揺らがないほど完全に。

 それ故、丈は軍の補給もそこそこに、再度青の国へ向けて軍を動かした。赤の国の侵攻はこれが二度目。双方あわせて、実に四度目の戦いとなる。


「まさかこんなにも早く動いてくるなんて、どういうこと?」


 青の国の王城で、赤の国進撃の報を受けたミリアが驚きの声を上げた。


「前の戦いは向こうの圧勝だったし、その勢いを殺したたくないんじゃないのか」


 ミリアの部屋で共に赤の国への対抗策を話し合っていた椎名が気楽に言う。だが、ミリアはそれとは対照的に難しい顔をした。


「でも、蓄積している赤の国のダメージは大きいわ。それはジョー自身が誰よりもわかっているはず。なのに、兵達の回復もままならないうちにまた攻めてくるなんておかしいわ。おかしすぎる。きっと、何か考えがあるはずよ」


 それは考えすぎだ──椎名にはそう言うことはできなかった。椎名も丈の性格は熟知している。


「それもそうだ──が、たとえジョーが何か策を練っているとしても、今のままじゃそれを使われるまでもなくこっちが大敗するぞ」


 エレノアのラブリオン。その存在は青の国にとっては大きすぎる。今度の戦いでも恐らくエレノアは出てくるだろう。その時、青の国の兵士が冷静さを失わずに、どれだけ普段通りの力を発揮することができるか──それが先程からミリアと椎名とが悩み続けている問題なのだ。


「この前の時はいきなりだったからみんなの動揺も激しかった。今度はあの時ほどの動揺はないはず……。だけど、それでも、多少の動揺があるのは確実ね」


「後はそれがどの程度影響を与えるか、だな」


 重たい沈黙が二人の間に落ちる。


「……ようは、シーナ、あなたが姉さんを──いえ、もうあの人を姉さんとは呼ばないわ。エレノアを討てるかどうかということよ」


 椎名を射るミリアの眼は真剣だった。自分より年下の人間が向けているのが信じられないような迫力と威圧感と、そして優しさに溢れた瞳。まるで人生を達観し悟りを開いた法師様のような、大きく深い眼差しだった。

 それを受けた椎名は──耐えられず視線を外す。……それが答えだった。


「そう。わかったわ」


 ミリアの声に落胆の色はなかった。ミリア自身、椎名の答えをわかっていて聞いたのだ。予想して聞いたのではない、確信して聞いたのだ。


「俺は自分のすべきことは理解しているつもりだ。ジョーに負けたくないって誰よりも強く思ってる。けど──」


「何も言わなくていいわ。シーナの気持ちはわかってるつもりだから」


 それは責めるような口調ではなかった。だからこそ、余計に椎名には苦しかった。


「……すまん」


「謝る必要はないでしょ。あなたは何の義理もない私達のために頑張ってくれているんだから。それに、全く手がないわけじゃないんだし」


 始めはまっすぐにミリアを見ていたが、いつの間にやらうつむき気味になっていた椎名の顔。だが、ミリアの言葉に、椎名はその顔をがばっと勢いよく上げた。


「何かいい手があるのか?」


「溢れんばかりの私の魅力でみんなの心の動揺を取り除いてあげるのよ」


 いたずらっぽく笑うミリア。その顔の前に、椎名はしばしぽけーっと呆気にとられるが、


「……そうだな。その手しかないな」


 その顔に久々に微笑みが浮かんだ。


◇ ◇ ◇ ◇


「ジョー様、やはり自分はこんな策はどうかと思うのですが……」


「今更何を言っている。我々はもう後には退けんのだぞ」


 切羽詰まった顔で言葉を交わしているのは、世界でたった二人の、エレノアの死を知る人間。エレノアを殺してしまったジョーと、それを見た兵士。


「しかし、このラブリオンに乗るなんて……。ほかの者に知られたら、私は死罪なんですよ!」


 その男が乗っているのは、エレノアの愛機であった王族専用ラブリオン。

 丈は事実を知るその男に、エレノアのフリをさせようというのだ。エレノアのラブリオンは王族専用。ほかの者が乗るなどとは誰も考えない。だから、そのラブリオンが戦場に出さえしていれば、皆はエレノアの存命を疑うはずがない。それにエレノアのラブリオンが戦場にいれば、兵達の士気も上がる。ようするに、これは一石二鳥の策なのだ。

 その後に関していえば、青の国併合後、エレノアが病死したとでも発表すればいい。統一国家を作り上げてしまえば、兵達の心などなんとでもなる。

 しかし、この策には問題もあった。王族でない者が王族専用のラブリオンに乗るのは、王族を詐称するのと同じ意味を持つ。もしもそのことが明らかになれば、理由のいかんにかかわらず処刑される。エレノアのラブリオンに、エレノア以外の人間が乗るはずがないと皆が思うのもそれ故。


「……だったらどうする? 皆に事実を公表するのか? 敵はもう目の前にいる。今そんなことをすれば、我が軍は確実に青の国に滅ぼされるぞ。それに、貴公が今までその事実を隠していたということも問題になる。そうなれば、貴公の身がどうなるか……いや、貴公だけでなくその親族までもが処罰を受けることになるだろうな」


「そ、そんな!?」


 ラブリオンに乗り、それがバレれば死罪。乗らずにいても罪に問われる。どちらに転んでも悲惨なこの状況には、その男でなくても悲鳴を上げたくなる。


「別に私は脅しているわけではない。事実を言っているだけだ。考えてもみろ、貴公にとってどちらがより得かを。今回のことで、貴公は今、私に継ぐ地位にして、軍隊長と同等の地位である特別任務長の職に就いているのだぞ。ただの一兵卒で終わったかもしれない貴公が、ほんの短期間に一気に出世を果たした。これをチャンスだとは考えんのか?」


「確かに名目上は軍隊長と同じ最高位です。……しかし、急に作られた役職にいきなり就き、しかもほかの者たちとは離れて極秘任務の別行動。自分は完全に軍の中で浮いた存在です! もう普通の軍には戻れません!」


「戻る必要などあるまい。貴公は特別なんだ! 選ばれた人間なんだ! それに、貴公がどうであれ、家族は裕福な暮らしができる。ほかの者に大きな顔ができる。それだけでも意味があるとは考えんのか!?」


 男は押し黙る。


「ようは誰にも知られなければいいのだ。……やってくれるな?」


 男はやはり後に退けはしないのだった。


「……はい」


 ジョーのドナーと王族専用ラブリオンとが、キングジョーから発進した。


◇ ◇ ◇ ◇


「やはり出てきたわね」


 こちらは、赤の軍を迎え撃つクィーンミリアの中のミリア。無線を通して檄を飛ばしている最中である。


『こっちのモニターでも確認した』


「シーナ、あなたはキングジョーにだけ集中してくれればいいわ。落として──とまでは言わない。なんとか退却を決意させるだけのダメージを与えて」


『おいおい。信用ねーんだな。俺の部隊の奴らが泣くぜ。「キングジョーくらいぱぱぱっと沈めといてくれ」でいいんだよ』


「ふふ。じゃあ、頼むわね」

(シーナは問題ない。彼がいてくれれば、彼の部隊も普段通りの力を発揮できるはず。問題はもう一つの柱──女王親衛隊)


「親衛隊長、エレノアのラブリオンは気にしてはいけないわよ」


『わかっております』


 女王親衛隊長の声に動揺は感じられない。だが、ミリアの敏感な感覚はいつもの女王親衛隊長との微妙な違いを認識させた。


(覇気が感じられない……やはり駄目なの?)


「親衛隊長! あなたの王は誰?」


『え、いきなり何を……』


「いいから答えなさい!」


『……ミリア様です』


「ならば今は私のために戦いなさい! ほかの誰でもない。この私のために!」


 突然のミリアの剣幕に、女王親衛隊長は多少面食らいはしたが、答えるべき言葉はしっかりと持っている。


『もちろんその心づもりですミリア様。我々女王親衛隊の者は皆、ミリア様のために死ぬ覚悟で戦いに臨んでおります』


「その言葉が真実かどうか。この戦いで見せてもらいます」


『はい。どうかその目で私の言葉が心からのものであることをお確かめください』


 女王親衛隊長の瞳には後ろめたさも躊躇いも見受けられない。彼のその瞳をモニター越しにじっと見つめたままミリアは大仰に頷く。


(これがどう出るか。……これで駄目なら、親衛隊の戦力を当てにせずに戦略を練らねばならないわね)


◇ ◇ ◇ ◇


 青の国対赤の国。実に四度目の戦いの幕が上がった。


 赤の国は、ドナーと王族専用ラブリオンを中心にして陣形を固める。相次ぐ戦いで、修復もままならない状態で出撃しているキングジョーは後方に位置している。軍の象徴たるキングジョーがその位置でも、もう一つの象徴たる王族専用ラブリオンの存在が兵達の士気を高揚させていた。


 一方の青の国の中心にあるのは、やはりミリアのクィーンミリア。女王親衛隊を主とした部隊がそれを護衛する。攻撃の方は、椎名の部隊が中心。

 敵の二つの象徴のうちの一方、エレノアのラブリオンは落とせない。となれば、椎名達の狙いは必然的にキングジョーということになる。大黒柱である丈のドナーを狙うという手もあるが、側にいるエレノアを巻き込む可能性があるため、それは避けるつもりだ。エレノアの性格からして、巻き込まれるというよりも、自らその渦中に飛び込んで来ることが目に見えているだけに、それはなおのことだった。


「ジョーやエレノアには構うな! 俺達の目標はあくまでキングジョーだ!」


 ついついエレノアの動きが気になる兵達。椎名の言葉は、注意散漫になる彼らに活を入れるためのものであったが、同時に自分自身に言い聞かせるための言葉でもあった。エレノアの名をを呼び捨てにしたのがその表れである。

 だが、部下にはそう言うものの、丈とエレノア、その二人のことが一番気になっているのが椎名自身であるのも事実。人間の(さが)か、いけないとわかっていても、ついついそちらに目が行ってしまう。

 前回は、椎名にこそ斬りかかりはしたものの、そのほかには積極的な攻撃行動は見せず、味方の士気を高めるためにただ後方に控えているだけだったエレノア。言ってしまえばただのお飾りだが、ラブパワーはともかく戦闘技術皆無のエレノアには、それがベストな行動であったといえる。

 だが、椎名が目にした今回のエレノアは、前回のそれとは違っていた。前線に立つだけではなく、青の国のラブリオンに対して積極的に攻撃を仕掛けているのだ。エレノアに攻撃された部隊は、エレノアを傷つけることを恐れ、反撃もできずただよけるのみ。さらに、個々の者が自分がエレノアの対象にならないようにと隊列も無視して大きく距離をとり、陣形を崩してしまう。そしてその結果、そこを赤の軍につけ込まれ、大打撃を受けることとなっていた。

 更に言うならば、今日のエレノアのラブリオンの動きは、丈や椎名ほどではないにしろ、前回とは見違える程の鋭さを見せている。


(戦いに慣れたか?)


 なまじエレノアのラブパワーの大きさを知っているだけに、椎名はエレノアのラブリオンのパワーアップにさしたる疑問は感じなかった。だが、そのラブリオンの行動による青の国への影響の大きさは、はっきりと認識している。


(まずいな。このままエレノアに自由に動かれては、こっちの守備陣はボロボロにされる)


 戻るか?──その考えがすぐに頭に浮かんだが、同じくらい一瞬で消え去る。

 今自分が戻っても、エレノアを討てる自信がないのだ。もちろん、打ち倒す力は十二分にある。ないのは、それを成す心の強さ。言い換えれば非情さ。

 また、エレノアの側には丈がいる。エレノアを前にし、少しでも躊躇いが出たなら、丈はそれを見逃しはしないだろう。

 それになにより、椎名にはすべきことがあった。キングジョーを討つ。それがミリアと交わした約束であるし、現状を打破する最も有効な手段なのだ。

 椎名はエレノアのことを忘れ、自分の戦いに集中することにした。エレノアのラブリオンから顔を背け、前方にそびえる城──キングジョーに目を向ける。


「行く──!?」


 行くぞ、そう叫んで気合いを入れようとした時、ふいに後方に違和感を感じた。後方のエレノアのラブリオンに!


「なんだ!? このラブパワーは!?」


 椎名は慌てて振り返った。

 椎名の目が細められる。それとは逆に、心の眼は開かれる。

 エレノアのラブリオンから放射されるラブパワーが、椎名の心に投影された。

 ラブリオンからはエレノアのラブパワーが感じられる。その力には並の兵士程度の強さがあるため気づくのが遅れたが、よく()れば、それは王族であるエレノアにしてはひどく微弱だと言えた。それに、奇妙なことにそのラブパワーからは、エレノアの存在感といったものが感じられず、まるで残り香のような(はかな)さが漂っている。

 しかし、何より椎名がおかしく思ったのは、そのラブリオンからエレノアのものではないラブパワーが感じられるという点だった。


(二人の人間が乗っているのか? エレノアを乗せつつ、操縦は別の奴にさせる──ジョーの考えそうなことだが……)


 ラブリオンは一人乗りだが、中を改装すれば二人が乗り込むスペースを作れないこともない。王族以外の人間が乗れば死罪ということを知らない椎名は、単純にそう考えた。


 ──おかしい。


 一つの結論に至りはしたが、椎名は直感的に不可解さを感じた。

 やはり、あのラブリオンから感じられるラブパワーの感じはおかしい。

 それに、丈がエレノアをこんな前線に持ってくるのも理解に苦しむ。味方の士気を上げ、青の国の士気を下げるのなら、エレノアを出撃させて後方に置くだけでことは足る。流れ弾に当たる危険性のある前線に持ってくる必要性が、デメリットを補ってあるとは思えない。それに、今の丈は、エレノアが積極的に攻撃を仕掛けているのに、その盾となるような動きはもちろん、フォローも大してせずに側にただついているのみ。

 椎名は目を閉じ、感覚をエレノアのラブリオンだけに集中した。

 目でなく、ラブパワーを頼りに()ることで、暗闇の中に、エレノアのラブリオンの姿が浮かび上がってくる。


 ──これだけじゃ駄目だ。もっと奥まで!


 椎名の感覚がラブパワーを発する源へと迫る。

 その影は一つ。二人乗りという椎名の予想は外れた。


 ──どういうことだ?


 椎名のラブパワーが、触手のように伸び、相手のラブパワーへとまとわりつく。

 椎名のラブパワーの浸食を食い止めようと抵抗する相手のラブパワー。しかし、その感覚はエレノアのものとは全く違っていた。


「こいつ、エレノアじゃない!!」


 椎名はそれを本能的に理解する。しかし、疑問が残る。椎名の感じているエレノアのラブパワーはどこから出ているというのだ?

 答えはすぐに出た。エレノアのラブパワーの出所はそのラブリオン自身だった。エレノアのラブパワーが高いが故に、マシン自体に彼女のラブパワーが染み込んでいるのだ。


「そういうことか!」


 椎名はキングジョー攻撃を取り()め、王族専用ラブリオンを目標に定めた。

 椎名は丈のだましだと判断した。

 エレノアのラブリオンに別の人間を乗せることにより、エレノアに危険が及ぶことなく青の国を動揺させる。これなら丈がエレノアを前線に送り込むのもうなずける。むしろ、そう考えれば、これらのことはすべて丈のやりそうなことだと納得できる。


「だったらあのラブリオンを落とすまで!」


 王族専用ラブリオンに乗るのがエレノアでないとわかれば、青の軍の動揺はなくなる。そうなれば、赤の軍に対するハンデは消え失せ、この戦いの主導権を奪い取ることも可能だった。

 王族専用ラブリオンの後方から剣を抜きつつ、ブラオヴィントが迫る。


「コックピットをこじ開けて、正体を暴いてやる!」


 疾風のごとき素早さで距離をつめるブラオヴィント。王族専用ラブリオンの中の男はその接近には気づかない。


「行ける!」


 しかし、それに気づいている男がいた。


「そうはさせん!」


 王族専用ラブリオンに手を伸ばせば剣の先が届きそうなほどに迫ってきていたブラオヴィント。だが、二機の間に割り込む影一つ。

 燃え上がろうかというほどに紅いラブリオン。余りあるラブパワーのほとばしりにより光り輝くラブブレードで、ブラオヴィントの突撃を受け止めるそのラブリオンは、もちろん丈の操るドナー。


「ジョー、お前の企みは見破った!」


「────!!」


 丈のラブパワーが動揺で激しくゆらめく。互角の鍔迫り合い状態にあった二機だったが、それによりブラオヴィントがドナーを押して行く。


「エレノアの影武者を乗せることにより、彼女を危険にさらすことなく前線で戦わせる。──お前の考えそうなことだ!」


 その言葉で丈のラブパワーの動揺は消え失せた。それと同時に、押され気味だった鍔迫り合いが、再び互角の態勢に戻る。

 その二機に接近してくるラブリオンがいる。パイロットの心そのままに、まるで青い顔をしているかのように思える女王親衛隊長のラブリオンがそれだ。


「シーナ殿、さっきの攻撃はどういうことですか! エレノア様に剣を向けられるなんて、本気で落とされる気なのですか!?」


「お前は何年エレノアの側に仕えてきたんだ! そのラブリオンから出ているラブパワーをしっかりと()てみろ。そいつにエレノアは乗っていない!」


「そんなバカな! あのラブリオンに、エレノア様以外の人間が乗るなんてことがあるはずがありません!」


 青の国の王家の人間は、今はエレノアとミリアのみ。ミリアがクィーンミリアにいる以上、エレノア以外の王族がそのラブリオンに乗っている可能性はありえない。


「疑う前に、自分のラブパワーで、そのラブリオンのラブパワーを感じてみろ!」


 言われて女王親衛隊長は王族専用ラブリオンに意識を集中する。

 いつも感じ続けてきた強く貴く美しいラブパワー。しかし、それはマシン表面からうっすらと感じられるのみ。中にあるラブパワーは──エレノアのラブパワーとは全くの異質。それは、エレノアのラブパワーの清々しさとは似ても似つかない、追い詰められたものの恐怖と焦りに彩られたラブパワー。

 王族専用ラブリオンに一般の者が乗るはずがないという固定観念が、そんな簡単なことに今まで気づかせなかったのだ。


「確かに! これはエレノア様のラブパワーではない!」


「そういうことだ。ずっとエレノアのことを見てきたお前が気づかなかったとは、情けないぞ」


「返す言葉もありません……。ですが、王族専用ラブリオンに王族以外の者が乗るのは、王族詐称と同じ。そのことが発覚すれば本人が処刑されるだけでなく、一族の者まで処罰されるのです。まさかそんな大それたことをしてくるなんて、この世界の者ならば誰も考えはしませんよ」


 女王親衛隊長の言葉に椎名はぞっとする。


「処刑!? ラブリオンに乗っただけでか!?」


「もちろんです。そうしていかなければ、王家の権威は守れません」


「……ジョー、お前、そんな思い切ったことをさせて、どう責任を取るつもりだ!」


「こちらにはこちらの事情がある!」


「くっ……」


「親衛隊長、ジョーの相手を頼む!」


「了解しました!」


 ブラオヴィントと女王親衛隊長のラブリオンの(たい)が入れ替わり、女王親衛隊長が丈の相手をして椎名がフリーとなる形になった。そして自由に動けるようになった椎名のブラオヴィントは王族専用ラブリオンに向かう。


「させるか!」


 吼える丈。そして、その行く手を遮る女王親衛隊長。


「貴様ごときでこのオレを止められると思っているのか!」


 丈とドナーの戦闘能力はこの戦場にいるものの中でも1、2を争うほどに高い。だが、女王親衛隊長とて剛の者。丈を倒すことは難しいとしても、その足を止めるくらいのことは、やってやれないことはない。


「えーい、邪魔をするな!」


「そういうわけにはいかない! 貴様は個人的にも許せない奴だから!」


 普段クールな丈もこのときばかりは必死だった。ドナーからも、激しさが感じられる。

 しかし、女王親衛隊長としてもここはやすやすとドナーを行かせるわけにはいかなかった。自分が尊敬し続けてきたエレノア、彼女の心を虜にし自分から奪っていった男。君主と家臣以上の関係をエレノアに求めていた訳ではない。ただエレノアの側で働け、エレノアのために戦うことができればそれだけで充分だった。


「それなのに、貴様は!!」


「こいつ、やるっ!」


 女王親衛隊長からほとばしる激しいラブパワー。簡単に突破できる敵でないと思わせるだけのその力が、丈に冷静さを取り戻させる。


「シーナを気にしていては、こいつを突破するのも無理か。ならば、まずはこいつを倒すまで! その後で椎名の件はなんとかする」


 丈は女王親衛隊長を本気であたらねばならない敵と認識した。そうなった時の丈は、椎名とエレノアのことで余計な気を使い、思わぬミスを犯すようなことはまずありえない。それが丈という人間の強さである。


「落とすっ!」


 ドナーが牙を剥く。本気を出したその牙の鋭さは、猫や鼠どころか、獅子や虎さえ食い破る龍の牙である。


「うくっ! これがジョーのドナーの力か! シーナ殿はよくこんな敵の相手をなさっていたものだ」


 裂帛の気合いで打ち下ろされるドナーのラブブレード。女王親衛隊長はなんとかそれを受け続けるが、剣を受けるたびに全身を貫いていく丈のラブパワーの衝撃波は凄まじい。


「いくら腕が立つとはいえ、所詮はこの世界の人間。王族クラスのラブパワーがあるならともかく、ただの兵士ごときにこのオレの相手が務まるものか」


 苦戦を強いられる女王親衛隊長。だが、女王親衛隊長の目的は丈を倒すことではない。丈の足止めをすることなのだ。

 女王親衛隊長がそうやって踏ん張っているうちに、当の椎名は王族専用ラブリオンにたどりつき、後ろから羽交い締めにしていた。


「捕まえたぞ、偽物!」


「────!」


 乗っている者は、無言のまま抵抗を見せるが、元々のラブパワーの差があるうえ、王族専用ラブリオンは戦闘用に作られていないときている。その抵抗は、椎名にとっては抵抗らしい抵抗になっていなかった。


「正体を暴いてやる!」


 後ろから掴んでいるブラオヴィントの手が、王族専用ラブリオンの前に回され、コックピットを覆う胸部装甲に手がかけられる。


「シーナ殿! 何をなさるのか!?」


 何も知らない味方の兵達が非難の声を上げる。敵方は、エレノアにも被害が及ぶのを恐れて、ただ指をくわえて見つめるだけ。


「みんな! いいか、よく見ろ! こいつに乗っているのはエレノアではない!!」


 ラブパワーを通して広がる椎名の声。それと共に、一つ目の装甲が引き剥がされた。そして、第二番目の装甲も少しずつはがされていく。差し込む光により次第に明らかになっていく秘匿の空間。


「やはりな!」


「ちっ、シーナの奴!」


「まさか……」


 あらわになったコックピットの中に晒される一人の兵士の姿。それはエレノアの優美な様とは似ても似つかない。

 椎名、丈、女王親衛隊長がそれを確認し、三者三様の表情を浮かべる。ラブリオンを止め、その偽物を凝視する両軍の兵士達の顔は女王親衛隊長のものと同質だった。


◇ ◇ ◇ ◇


「そういう手を使ってきたか……。私達では考えつかない手ね。この世界の人間でないジョーならばこその策」


 敵のやり方を評価しつつも、ミリアには釈然としないものがあった。


「けど、姉さんがよくもこんなことを許したものね……。それにあの兵士、よく乗り込むことを了承した。……いくらジョーでも、これほどのタブーを犯させるだけの求心力があるとは思えないんだけど」


◇ ◇ ◇ ◇


「おい、お前! バレたら処刑ということがわかっていて、ジョーのこんな策に手を貸したのか!」


「ち、違う! 俺は悪くない。俺は悪くないんだ!」


「な、なんだこいつ!?」


 姿が露わになった途端、見苦しいまでの狼狽ぶりを見せる男に、椎名は唖然とする。


「ジョー様がエレノア様を(あや)めてしまい、それで俺は脅されてこのラブリオンに──」


 きらめく光。王族専用ラブリオンのコックピットを光弾が撃ち抜く。そこにいた兵士の姿など、一瞬のうちに光の中に消え失せた。


「なっ!?」


 そのラブリオンを抑えていた椎名は声もない。


「男のおしゃべりはみっともない」


 事も無げに呟く丈。今のラブショットを放ったのは、ほかの誰でもない。ジョーのラブリオン、ドナーである。


「ジョー、貴様! 今、この兵士が言おうとしていたのはどういうだ!」


「勝手に王族専用に乗り込んでいたトチ狂った男の発言の意味など、オレの知るところではない」


 淡々としたその言葉の中からは感情の色は読みとれない。


「しらばっくれる気か!」


 激しいラブパワーが、椎名から溢れ出す。だが、それ以上のラブパワーを放出する者が別にいた。


「ジョォォォォォ!」

 大気を揺るがし、魂を震わせる叫びだった。心の奥底から、いや、それよりもはるか深い所、まるで地獄の底から沸き上がってくるような叫び。


「親衛隊長!?」


 いつも温厚な女王親衛隊長。そんな姿しか見たことのない椎名は、目の前の女王親衛隊長から放たれるラブパワーの異常さに目を見張った。

 普通、ラブリオンからこぼれ出すラブ光というものは、温かで優しげな感覚を与える。しかし、今女王親衛隊長のラブリオンから出ているその光は、強烈で、まるで刃物のような鋭さでもって肌に突き刺さってくる。


「なんだ、このラブパワーは!?」


 椎名は不快感を感じた。


「この世界の人間にここまでのラブパワーがあるとは!」


 丈は自分の認識を改めた。

 多少感じ方は違えども、女王親衛隊長の放つラブパワーを認めたという点で二人は同一だった。だが、それとは違う認識を持ち、事の真実により近しい位置にいる者がほかにいた。


「違う! こんなのはラブパワーじゃない!」


 ミリアは、女王親衛隊長のラブパワーが変質するやいなや叫んでいた。


「どうなされましたミリア様!?」


 突然のミリアの反応に周囲の部下達は慌てる。しかし、今のミリアには自分を心配する兵達の声など届いてはいない。


「女王親衛隊長! すぐに帰艦しなさい! すぐにラブリオンから降りなさい!」


 無線を通して、そしてラブパワーを通しての、ミリアの必死の呼びかけ。ミリア自身にも今何が起きているのかはっきりと認識できているわけではない。だが、女王親衛隊長のラブパワーに触れてミリアの(ラブパワー)が震えるのだ。まるで夜道で物の怪に出くわしたかのような震えが襲ってくる。

 しかし、兵士の声がミリアに届いていないように、今の女王親衛隊長にもミリアの声が届くことはなかった。


「貴様っ! 本当にエレノア様をその手にかけたのか!?」


 ドナーに斬りかかる女王親衛隊長。振り下ろされる剣と共に襲い来るラブパワーの衝撃波。剣の一撃は受け止めたものの、ほとばしるラブパワーの勢いに、ドナーは後方に押し飛ばされる。


「お前には関係のないことだ」


 女王親衛隊長のラブパワーの凄まじさに動揺しつつ、それでも丈は気丈に言い放つ。


「関係あるかないか、貴様の決めることではない!」


 毒ガスが部屋の中にじわじわ充満してくるかのように、女王親衛隊長のラブパワーが丈のラブパワーを浸食し始める。流れ込む女王親衛隊長のラブパワー。そこに付随するのは女王親衛隊長のエレノアへの想い。

 民に微笑むエレノア、臣下を慈しむエレノア、部下を叱咤するエレノア、豊作に歓喜するエレノア、他国の侵攻に眉をひそめるエレノア。

 それらの女王親衛隊長の心のヴィジュアルが、丈にはまるで自分がエレノアの目の前にいるかのようにはっきりと見えた。それは女王親衛隊長のエレノアへの想いの深さがなさしめたわざである。


「……お前の想いはよくわかった」


「貴様などにわかるか!」


「……だが、オレとて想いの深さでは負けてはいない!」


 今まで気圧されていたのが嘘のように爆発する丈のラブパワー。本気の丈の力と、女王親衛隊長のラブパワーに抑圧されていた分の反動とが相乗されたことによる力の現れ。


「くっ!」


 丈のラブパワーの奔流が今度は女王親衛隊長の中に侵攻してくる。

 そのラブパワーの中にわずかに含まれる丈の記憶。女王親衛隊長のエレノアへの強すぎる憧憬の念は、そのわずかな欠片を無意識のうちに拾い上げてしまう。女王親衛隊長にとっては不幸なことに──

 刃物を持って迫るエレノア。胸を刺し貫かれるエレノア。そして──首を絞められるエレノア。

 女王親衛隊長の頭の中で、丈が体験したことが、丈の視点で再び繰り返される。その時の丈の思考をも伴って。


「き、きさまぁぁぁ!!」


 首を絞められもがき苦しむ女王の姿は、女王親衛隊長の理性のたがを外すのに十分すぎた。

 女王親衛隊長のラブパワーがまた新たに変質する。

 気合いのこもったラブブレードの刀身、あるいはノズルから吹き出すラブ光──それらに代表されるように、ラブパワーの本来の色はピンクの温かな光の色。しかし、女王親衛隊長のラブリオンから溢れるラブパワーの色は、そうではなかった。灰色がかってきたと思う間もなく、それは急速に濃度を深め、あっと言う間に漆黒の光へと姿を変えた。

 光と闇とは相反するもの。闇は光を吸収し、反射させない。そして人間の目に光が届かないが故に、闇として映る。しかし、そのラブ光は黒く光っていた。常識的にはあり得ないことだが、それはまさに輝く闇としか表現のしようがなかった。


「いけない! それでは駄目!!」


 その異様な光景を傍観するしかなかった人々の中で、最初に反応したのはミリアだった。


「ミリア、どういうことだ!? 女王親衛隊長の奴はどうしちまったんだ!?」


 問うのはもちろん椎名。通信でミリアの素っ頓狂な声を聞いてすぐに反応する。


「憎しみの心……暗い激情が溢れてるわ」


「ミリア!?」


 ミリアは呆然した調子で呟くように言う。


「憎しみが膨れ上がっていく……」


「ミリア!!」


 椎名の必死の叫びがミリアの心をこちらの世界に呼び戻す。


「どうしたっていうんだ!?」


「……ラブリオンは、搭乗者のラブパワーを増幅し、それを動力にしているのは知っていると思うけど、その際、増幅したラブパワーの一部は搭乗者にフィードバックされて、搭乗者に安定をもたらすの」


 それは椎名にとって初耳だった。しかし、ラブリオンに乗ると不思議と落ち着いた気分になることや、初めて乗った時にもっとパニックになっていてもおかしくなかったのにあの程度ですんだことなど、思い当たる節はいくらでもあった。


「でも、今の女王親衛隊長のあれは違うわ! 女王親衛隊長から出てくるのは憎しみの心。言うなればヘイトパワー」


「……ヘイトパワー」


「親衛隊長から溢れてくるヘイトパワーは、ラブリオンの力で増幅されつつ、親衛隊長自身にフィードバックされる。返ってきたヘイトパワーは、ラブパワーとは違って、親衛隊長の憎しみを更に増大させてしまう。増大したヘイトパワーは、より強力な力を生みつつ、より深い憎しみをまた親衛隊長に返していく。そうやって無限の力と、無限の憎しみを作っていくマシン……あれはもうラブリオンなんかじゃないわ。ヘイトリオンよ!」


 女王親衛隊長のラブリオン──いや、ヘイトリオンはまさにミリアの言う通りであるかのようだった。今剣を交えている、あの丈のドナーの力を完全に圧倒している。


「どぅわぁぁぁぁ!」


「────!」


 黒光りするヘイトパワーを宿した暗黒の剣が、それを受け止めようとしたドナーのラブブレードを砕き散らした。その剣の凶悪さを感じ取った丈は、ドナーの両手で、剣を持つヘイトリオンの右腕を掴んで剣の動きを封じに行く。

 しかしヘイトリオンは、空いている左手でドナーの右腕を掴むと、まるで生卵でも握りつぶすかのように、軽々とその腕を砕いた。

 更に、ヘイトリオンが右腕を軽く振るうと、片腕を砕かれ左手だけで掴むことになっていたドナーは、関取に突き飛ばされた子供のように、いともたやすく吹っ飛ばされる。


「……すげぇ! あのジョーがまるで子供扱いだ。ヘイトリオン……そんなものがあるなら、最初から教えてくれれば──」

「何を言っているの! ヘイトリオンはそんな甘いものではないわ!」


「だが、あの力があれば──」

「雪だるま式に増え続けるヘイトパワー、その先にあるものが何だかわかる!?」


「んっ?」

「人間の心には限界があるわ。どこまでも増え続ける憎しみの心にいつまでも耐え続けられるわけがないのよ! このまま行けば、やがて自分のヘイトパワーによって、心を破壊されてしまうわ!」


「心が破壊される……」

「それに、マシンの方だっていつまでも()つものじゃないのよ! 次第に増大し続けるヘイトパワーは、そのうちマシンのキャパシティを超える。オーバーヒートの状態になっても、ヘイトパワーは大きくなり続ける。そして、そのままいけば恐らく……最後にはマシンは自らの力を抑えきれずに爆発するわ」


「なっ……」


 言葉を失い唖然とする椎名。


「だったらすぐに女王親衛隊長を止めないと!」


「もう手遅れよ! ああなってしまっては、すでに理性なんて憎悪にかき消されてしまってるわ。もう彼には私達の言葉は届かない。……方法があるとすれば、マシンを破壊して強制的にヘイトリオンから切り離すことくらい。でも、ヘイトリオン化したマシンには、普通のラブリオンでは歯が立たないわ」


「じゃあ、どうするっていうんだ!?」


 ミリアの言うように女王親衛隊長はすでに理性を失っていた。自分が振り飛ばしたことにより一旦目の前からドナーが消えてしまうと、女王親衛隊長にはすでに敵味方の区別がつかないのか、ラブリオンの姿が見えると近くにいるものから手当たり次第破壊している。


「全部隊をこの空域から離脱させます」


 その言葉を吐き出すまでに、ミリアは二秒の時間を要した。それが、十五歳の女の子が非常になるのに要した時間。


「親衛隊長は!?」

「見捨てます」


 今度は即答だった。一度心を固めてしまえば、ミリアは振り返ることはない。


「だが──」

「あなたに味方に被害を出さずに親衛隊長を救う方法がありますか」


 情けに捕らわれる椎名を叱責する意味を込めるでもなく、自分達の無力さに歯噛みする苦しさを込めるでもない、淡々とした無機質で感情の感じられない声だった。

 だが、椎名にはそれだからこそミリアの苦しさが理解できた。自分の感情を殺し、女王をやらねばならないミリアの苦しさが。それは、椎名のことを「シーナ」ではなく「あなた」と呼んでいる時点で、すでに椎名には理解できたことだった。


「わかった。しんがりは──」

「シーナがやっては駄目! シーナはまず一番にここから離れて」


「ちょっと待ってくれ。何を──」

「最大の戦力がこんなところで、いらないダメージを受けてどうするの。赤の国との戦いはまだ続くのよ!」


 ミリアは椎名よりも年下である。だが、椎名は時々彼女から、何も反論できないような強烈なプレッシャーを感じることがあった。

 女王だからというのは理由にならない。ミリアは椎名の前で女王ぶることはほとんどないし、椎名もミリアと自分を女王と家臣という立場で考えたことは一度もないのだから。

 それは背負っているものの大きさの差だと思えた。椎名が背負うのは、自分の重みだけでいい。せいぜい広げても自分の部隊の兵まで。しかし、ミリアの背負うものはその程度ではない。自国のすべての兵、すべての民。そして更にミリアはそれを自国だけでなく、全世界の人間にまで押し広げようとさえ思っている。それらをすべて背負った立たねばならない。王とはそういうものなのだ。そしてその重み、重要さを誰よりも深く認識しているからこそ、ミリアは愚妹のふりをして、エレノアを立ててきたのである。


「わかった。ミリアがそういうのなら従おう」


 ミリアと接してきて、椎名には彼女の人間性がよくわかっていた。ミリアがどれだけ冷静な目をもって公正な判断を下せるかということも。そして、時には冷徹にさえ思えるような決断を下す彼女が、一人心の中でどれだけ苦しんでいるかということも。

 だから、椎名にはミリアの指示を拒否するこはできなかった。


 ──そして椎名のブラオヴィントは戦場から離脱した。ミリアも全軍に撤退命令を出しつつクィーンミリアを引かせる。

 また、ヘイトリオンを、まともに相手できる敵でないと見切った丈も兵を引かせ、自身もいち早く安全な空域まで退いた。

 しかしヘイトリオンはその間も狂ったような攻撃──いや、すでに狂いまくっているのだが──をやめなかった。撤退の遅いラブリオンを見つけるや否や、悪魔のような力をもって一撃で葬りさっていく。


 放たれる黒い光弾(ヘイトショット)は一機を倒した程度では収まらず、その後ろにいたラブリオンをさらに二、三機飲み込んでいく。

 また、振り回される物干し竿のように強烈に伸びた暗黒い(ヘイトソード)は、まるで抵抗がないような容易さでラブリオンを斬り裂いていく。


 だが、そのうちそのヘイトリオンにも異変が見られるようになってきた。ノズルから吐き出される黒い光の量が等比数列的に増えていき、その闇の色もどんどん濃くなっていく。そして、ノズルからだけでなく、普通ならラブ光など溢れ出てくるはずのないヘイトリオンの全身から闇がこぼれ出してきているのだ。まるでキャパシティを越える中身を抑えきれないかのように。


 そしてしばらく後、その感慨が真実だったことが明らかになった。


 大爆発。光でない光、黒き光をまき散らし燃え上がる。普通のラブリオンが撃破されても絶対にありえない大爆発。

 周囲にいたものをあらかた破壊し尽くしていたため、その爆発に巻き込まれる者はいなかった。誰もいない空間の中に咲く黒い大輪の花。

 遠巻きにしてそれを見つめる両国の兵達の胸に宿るのは、ただ恐怖のみだった。

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