第6章 戦死
【前回までのあらすじ】
片桐椎名と霧島丈は異世界に召喚された。
二人の前に現れた青の国の女王エレノアの頼みにより、二人は、ブラオヴィントとドナーと名付けられた2機のラブリオン(ラブパワーで動くロボット)に搭乗し、青の国のために戦うことを決意する。
そして、見事初陣を勝利で飾った二人だったが、その後開かれた晩餐会にて、女王エレノアの妹であるミリア王女と出会う。二人は、愚鈍な王女を演じるミリアに戸惑うのだった。
その後、ジョーはラブリオン隊の隊長であるルフィーニと共に隣国の茶の国に侵攻する。ジョーは、圧倒的なラブパワーにより、茶の国の王城を陥落させた。だが、そこでジョーは、茶の国を、新たな国・赤の国とし、自分がその王となることを宣言してしまう。そして、ルフィーニはそのジョーに忠誠を誓うのだった。
独立を宣言したジョーの赤の国に、シーナ達青の国のラブリオンが攻め込む。青の国は戦力で優っていたが、ジョーの策の前に苦戦を強いられる。そんな中、ジョーの隠し玉、戦艦型ラブリオン・キングジョーが姿を現す。その圧倒的な雄姿に、赤の国の士気は上がり、戦況は一変。シーナたち青の国の軍勢は撤退を余儀なくされる。
帰国後、シーナはエレノア女王に、青の国でも戦艦を建造し、兵たちを鼓舞することを求める。だが、エレノア女王は青の国を捨て、一人、ラブリオンを駆り、ジョーの元へ向かってしまった。
女王エレノアが赤の国のジョーの側についたことにより、青の国では降伏やむなしとの論調が強まる。しかし、そこにシーナと共にミリア王女が姿を現し、自らが青の国の女王となることを宣言する。これまでミリアを軽んじていた青の国の重鎮たちだったが、ミリアの放つ王たるラブパワーに触発され、ミリアを女王と認め、赤の国と戦うための戦意を取り戻す。
戦艦型ラブリオン・キングジョーにて青の国に攻め込んでくる赤の国。その前に現れたのは、青の国の戦艦型ラブリオン・クィーンミリア。こうして、有史以来初めてとなる両軍共に巨大戦艦を擁した戦いの火蓋が切られた。
青の国の城から飛び立った青いラブリオン群と、キングジョーから出撃した赤いラブリオン群。それらが空中で戦闘を開始する。地上からその様子を見上げていれば、青い雲と赤い雲とが両側から凄い勢いで沸き立ってきて、真ん中でぶつかり合ったように映っただろう。
現時点ではどちらが有利ともいえない。
エレノアの離反により致命的な危機を迎えはしたが、ミリアの統率力と巨大戦艦クィーンミリアにより息を吹き返した青の国。
クィーンミリアの出現に驚きはしたが、丈とエレノアのラブパワーにより戦意を取り戻した赤の国。
どちらも共に士気は十分。夏の夜の満天の星よりも派手に美しくラブ光をちりばめて戦う。そしてその中心には、ほかよりも一段と激しく火花を散らして戦う二機のラブリオンの存在があった。
ブラオヴィントとドナー。両軍を代表する二人の戦士の戦い。この戦闘の行方は、均衡状態にあるこの戦いの大勢に大きな影響を与えるほどに重要であった。
「ジョー! 青の国を裏切るだけでなく、エレノア女王をもたぶらかすとは、許さんぞ!」
「何を言う! エレノアは自らの意志でオレの国に来たのだ。それはつまり、オレの正当性を示している!」
裂帛の気合いを込めた椎名の一撃を軽く受け流す丈のドナー。
「女王が見捨てた国に固執するお前の方が正義にもとると気づかないのか! お前もオレの国に来い! 女王のいない国では戦う意味もあるまい!」
「黙れ! 青の国にはミリアがいる! あいつは人を導く力を持っている! 俺はミリアを助けて国を正しい方向に持っていくだけだ!」
「……やはりミリアだったか。一つ障害を排除したと思ったら、また別の邪魔が現れる!」
ドナーが牽制のラブショットを放ってブラオヴィントを遠ざけ、間合いをとり、周囲の戦いの状況を見やる。
「青の国の兵達のラブパワーのまとまりよう……予想以上だな。エレノアが抜けたというのに、ここまで兵達の心を掴むとは……。ミリアの力がまさかここまでとはな」
丈は自分の読みの甘さを実感する。
「戦いの最中に考えごとか!」
椎名と戦いながらも周囲を見る余裕のある丈に、ラブショットを放ちながらブラオヴィントが突っ込んで行った。ドナーは瞬間移動と見まがうほどの動きで左右によけてそれを難なくやりすごす。あまりのスピードに残像が残り、ブラオヴィントのラブショットがその残像を突き抜けていった。
「何だ今のは!?」
常識外れの現象に一瞬戸惑いが走るが、椎名の気持ちの切り替えは早かった。今の現象を一旦頭から消して、目の前の敵に集中し、飛翔の勢いを乗せた剣の一撃を仕掛ける。
だが、丈にはその動きははっきりと見えていた。ドナーのラブブレードでその攻撃をなんなく受け止める──が、ブラオヴィントの一撃は重い! 剣を受け止めた鍔迫り合いの状態のままドナーはブラオヴィントの勢いに押されて後ろに後退していく。
「シーナの力が上がっている! ブラオヴィントのパワーはドナー以上か!?」
丈は椎名が以前よりも力をつけていることを実感した。
「これもミリアの影響なのか……だが!」
丈はまともに力を受け止めるのをやめ、力を受け流す手に出る。ブラオヴィントの力の方向性を上方向に変えてやり、自らはドナーをブラオヴィントの下に潜り込ませた。
ブラオヴィントは力が有り余ってドナーの上を通過していくような格好になる。その瞬間、すかさずブラオヴィントのコックピットのある胸部をドナーが蹴り上げた。
自動車の衝突の衝撃体験マシンの数倍する震動がコックピットを襲う。気を失いそうになるほどの衝撃だが、椎名は意識を保った。それどころか、かっと見開かれた目は瞬きさえせずに、揺れるコックピットの中、ドナーの姿を凝視し続ける。
ドナーにより、上に蹴り上げられたブラオヴィント。椎名はその勢いに逆らうことなくマシンを上に流し、距離をとった。そして十分な高さを得たところで急降下に移る。位置エネルギーを力に加え、先程よりも力のある攻撃をドナーに加えるつもりなのだ。
「行くぜ!」
空を突き刺す青い稲妻のごときブラオヴィントの一撃。しかし、椎名の力を実感している丈はそれをまともに受ける気などさらさらない。先と同じように剣でその鋭い攻撃の力の方向を変えてやって受け流した。勢い余った椎名はそのままの勢いで下に落ちていく。速度を減速できずに。……いや、減速できないのではない。あえてしないのだ。
降下の速度のまま地面まで行き、そこで足をつく。そして、反動をつけて上空へ再び飛び上がる。まるで打ち上げ花火のようにラブ光で軌跡を残しつつ。
受け流したと思って安心したところに今度は下から猛スピードで沸き上がってくる青い火の玉。さすがの丈もその気迫に一瞬気圧される。それがスキとなり、受け流すことができずに椎名の力ある攻撃をまともに剣で受けることとなった。
ブラオヴィントの剣を受けたままの格好で、上空へと突き上げられて行くドナー。
「シーナ、それだけの力があるのに、何故人に付き従うことしかしない! オレとお前が力を合わせれば、この世界をオレ達のものにすることだってできるんだぞ!」
「そんな手前勝手なことが許せるか!」
「では、自分達の都合でオレ達をこんな世界に呼び込んだ奴らの勝手はどうする!?」
「それは……」
「奴らの勝手に従い、被害者であるオレの行動だけ何故そうも否定する!?」
丈の言葉で、ブラオヴィントのラブパワーに乱れが生じた。丈はそれを見逃さず、ブラオヴィントの突き上げから脱出し、再度間合いをはかる。
椎名の攻撃は鬼気迫るものがあった。だが、それに対する丈の方は何故か積極的に攻撃を仕掛けようとはせず、守りに専念している。防戦一方──というわけではない。ヒヤリとする場面が全くないわけではないが、椎名の執拗な攻撃の大部分は軽く受け流している。攻撃を仕掛けている椎名には、丈に軽くあしらわれているように感じられるほどだ。
だが、当の本人達はそうでも、周りにいる者の目にもそのように映るとは限らない。丈が椎名の猛攻に押されているように見えてしまっても不思議ではなかった。特に、丈に対して普通でない感情を抱いている者には。
「ジョー様!」
二人の戦いを見かねた一機のラブリオンがドナーとブラオヴィントの間に飛び込んできた。間に割って入って、ブラオヴィントのピンクに光り輝くラブブレードを受け止めるのは、それに劣らぬ輝きを放つラブブレード──それは今まで以上のラブパワーの顕現を見せるルフィーニのものだった。
「ここは私にお任せを!」
パワーでは丈の舌をも巻かせるブラオヴィントを相手にして、ルフィーニは剣と剣がぶつかり合った状態を維持するだけでなく、そのまま押し下がらせて行く。ドナーから遠ざけようとするその一念が、信じられない力を生んでいた。
今の椎名は普通の者では抑えられない程の力を持っている。いつものルフィーニだったならば、丈も下がらせていただろう。だが、今のルフィーニからはかつてないほどのラブリオンのほとばしりが感じられる。ブラオヴィントを倒せないまでも、抑えることくらいは十分に可能だと思えるほどに。
「わかった。オレは軍の指揮を執る。シーナのことは任せるぞ」
「はい!」
任せるというその言葉が、ルフィーニにはひどく嬉しかった。自分は信頼されているのだと確認できる。必要とされているのだと実感できる。それだけのことが、ルフィーニをほかの何よりも幸せな気持ちにしてくれる。
そしてその気持ちの動きは、ルフィーニに良き影響を与えた。感情の高まりは、ラブパワーの増大につながり、ラブパワーの増大はラブリオンをパワーアップさせる。
「シーナ! ジョー様のために落とさせてもらう!」
「ルフィーニさん、まだそんなことを言うのか!」
椎名はラブ光を噴射させ、ブラオヴィントの後退を止める。ルフィーニの力ある押しを真っ向から受け止めたのだ。力と力のぶつかり合い。ピンクに輝くラブブレード同士が中央で異様に明るい光を発光させつつ鎬を削る。
「ジョー、ジョーって、そんなにジョーの奴がいいのかよ!!」
「貴様にはジョー様のよさはわからんのだ!」
「俺とジョーとの間にそんなに差があるのか! 俺はジョーに比べてそんなにも劣るのかよ!!」
椎名の心の底から湧き出る想い。それが言葉となって出た。男らしくあれと思っている椎名自身、こういう女々しい言葉を吐くことをひどく嫌っている。普段なら間違っても、口にすることのない言葉。だが、丈を想う心を並々ならぬパワーに変えて向かってくるルフィーニのそのラブパワーに触発され、口ではなく、椎名の心そのものが叫びを上げてしまった。
まさか自分の口から出るとは思わなかった言葉。それに椎名は戸惑う。だが、戸惑いはルフィーニも同じだった。椎名の叫びにルフィーニは応えられなかった。椎名に気を使ったからではない。彼女自身、椎名と丈の差など実感していなかったからだ。
ルフィーニは、丈に対して、何故だかわからないが無性に惹かれる感覚を持っていた。側にいるだけで心が満たされた気持ちになる。その感じを求めて、ルフィーニはここまで丈に付いてきた。つまり、自分が丈に対して恋愛感情を持っていることを自覚して、ここまできたのではない。彼女は自分の気持ちが恋愛感情であるということを認識しないままにここまで来たのだ。そんなルフィーニが、椎名に比べて丈のどこがどのように優れていていて、どうして丈のそんなところに惚れたのかなどということがわかろうはずがない。
「わ、私は別にお前がジョー様に劣っているなどと言った覚えはない!」
それは苦し紛れの言葉に聞こえた。
「ではなぜ今俺とあんたはこうして戦っている!? 何故ジョーが様づけで呼ばれて、俺がお前よばわりされる!?」
「それは……。それは、今は関係のないことだ!」
迷いの迷宮に立ち入りそうになった。だが、ルフィーニは開き直ってそれらをすべて頭から消し去った。
「今はお前を倒させてもらう! ジョー様のために!」
ルフィーニの心に残ったのは丈のために戦うという想いだけ。ここまで開き直られては、もはや椎名がどのような言葉をかけても、ルフィーニは聞く耳を持ち合わせてはいない。
二人の、無言だが、打ち合う剣の火花の一つ一つから叫びが聞こえてきそうな程の熱く激しい戦いが繰り広げられる。
◇ ◇ ◇ ◇
その頃、丈はキングジョーの艦内に戻っていた。ドナーに搭乗し、一パイロットとして戦場の中にいるよりも、戦艦の中にいた方が広い視野を持って全体を見渡せるのだ。
「青の軍はいい連係をしている。……ミリアの指揮か」
戦闘空域に目をやる丈の眉が歪む。
青の国は、クィーンミリアを軍の中央に配し、その周囲をラブリオンが数機ずつのコンビネーションを組んで固めている。青の軍は決して一機のラブリオンが単独で戦うということをしなかった。コンビを組んでいる僚機、そしてクィーンミリアの砲撃、それらと連係をはかって戦っている。
これらはすべてミリアの指揮によるものだった。
それとは対照的に、赤の国のエレノアは戦闘に関する指示は何も出してはいなかった。彼女がキングジョーにいる理由は、軍の象徴として戦意を高めるためであり、それ以上のことは求められてはいない。女王であるエレノアが戦場に出るようなことは今までに一度もなかったのだから、指示を出せないのは当然のことなのだ。
しかし、それはミリアにしても同じこと。では、二人の差は何に起因するのか。
それは、ミリアの素養による部分もあるだろうが、彼女が愚鈍な王女を演じていた時に密かに行ってきた戦術研究が大きく影響しているといえた。机上の訓練とはいえ、ミリアの深い思慮と洞察力があれば、それは精度と真実味のあるシミュレーションになる。その積み重ねが、この戦場のただ中にあっても、ミリアに冷静で正確な判断を下させていた。
とはいえ、ミリアとて、今のような自分が女王となって軍を率いる事態を想定していたわけではなく、多分に趣味的な衝動により行っていたに過ぎない。
しかし、この差は椎名と丈に多大な影響を与えていた。椎名が戦闘指揮をミリアに任せ、自身はラブリオンでの戦闘だけに専念できるのに対し、丈はパイロットとして戦うだけでなく、ミリアに対抗するために軍の指揮も執らねばならないのだから。
このことだけを見ると、エレノアよりもミリアの方が優れているように映るが、単純にそうだと言い切ることはできない。
エレノアは今まで、象徴としてでもなく、傀儡としてでもなく、名君と言われる女王として君臨してきた。小国である青の国がここまで存続してきたのも、彼女がいたからだと言っても過言ではない。だが、その彼女も国として進むべき指針のような大きな方向性に関しては指示しても、その先の個々の細かなことまでは指図しない。それは臣下の仕事なのである。その結果、エレノアは戦略的な事柄に関してはミリア以上の力を示すことができるが、戦術的なレベルの問題に関しては彼女に劣ってしまうことになっていた。
「第二陣出撃!」
何もできない自分に臍を噛むエレノア。その横のキャプテンシートに着いた丈の命令により、キングジョーの中に待機していた部隊が飛び出した。
「第二陣がすべて出次第、第一陣の損傷機は帰艦せよ」
戦艦のなかった時の戦闘においては、一度戦闘が始まれば、兵の体力とラブリオンは減るだけだった。そのため、長期戦になればなるほど戦いはだれたものになっていった。特に、一旦引く場所のない攻撃側は。
そこで丈は、戦艦があることを利用し、軍をわけて最初の部隊が疲弊したところで温存しているフレッシュな部隊を投入し、常に戦闘部隊を活気にある状態で維持させることにした。
また、マシンに被害を受けたり、体力的に低下した場合は、艦に戻して修理・補給させ、英気を養わせてから再び戦場に戻らせる。そうやって、常にパイロット、ラブリオン共に常に充実した状態で戦わそうというのだ。
戦いは熾烈なものとなった。丈の作戦はうまくはまり、兵達を常に高いテンションで戦わせることに成功している。戦艦があるため補給も容易に行え、その激しい攻撃は途切れることがない。だが、一方の青の国とて負けてはいなかった。元青の国と元茶の国の混成軍である赤の国と違って、青の軍の攻撃は息があっている。味方の死角をフォローし、一機のマシンに複数で当たるというコンビネーションは、軍がよくまとまり、個人個人が自分の果たすべき役割を熟知しているからこそできる業である。
「ここまで激しい抵抗にあうとは……。これ以上ここに留まっても被害を増やすだけか」
ミリアが立ち上がることはある程度予想できていた。だが、ミリアの能力がここまでのものだとは、さすがの丈でも予測不可能だった。青の軍の火線にさらされるキングジョーのブリッジで丈は引き時を考える。
「ん。ブラオヴィントと……あれはルフィーニのラブリオン。まだ戦い続けていたのか」
戦場の奥深くのところで、いまだ激しく火花を散らしている二機のラブリオンが丈の目に止まった。青の軍の中でも主力中の主力である椎名のブラオヴィントをここまで抑え込んできたのはルフィーニの大きな功績といえる。椎名の相手をしないで済んだぶん、丈が指揮に集中できたことは赤の国にとって大きい。しかし、ルフィーニがここまで踏ん張ってさえ、青の国と互角の戦いしかできないというのは、丈にとっておもしろくないことだった。
「しかし、ルフィーニのやつ、敵陣深くまで引き込まれすぎだな」
(どうする。援護を回すか?)
「ジョー様?」
エレノアの呼びかけにも、視線を集中させたままの丈は応えない。無視するというよりは、気づかないといった風だ。
丈は常に周囲に気を配っているタイプだが、いざという時の集中力は並ではない。エレノアもそのことはわかっていたので、気にすることもないかと思った。──が、エレノアはそれとは違う不可解さを感じた。その原因はラブパワーの流れ。エレノアには、ドナーから前線の方へ流れて行く丈のラブパワーがはっきりと感じられる。
丈の大きなラブパワーは、赤の国の兵すべてを包んでくれている。それほどまでに丈のラブパワーは強大だ。そして、エレノアは常に自分の方へも流れてきて、温かく包み込み力を与えてくれている丈のラブパワーを感じていた。そのラブパワーは、ほかの兵達のところへ流れて行くものよりも、強くて温かい。そのことに、エレノアは幸福を感じていた。
しかし、今丈から放たれているラブパワーは、エレノアのところへ注がれるものよりも、大きくて深く、温かさを通り越して激しい熱ささえ感じる。
(な、何なの!? このラブパワーは!?)
胸が締め付けられる。頬を冷たい汗が伝う。初めて感じる嫉妬の感情。王位継承の儀式の時よりも激しい鼓動にエレノアは戸惑いつつ、丈の視線の先を追う。
「ルフィーニ? ……まさかジョー様はルフィーニのことを!?」
丈の瞳の行き着く先にあるのはルフィーニのラブリオン。
エレノアの瞳が丈の横顔とモニターとをしばし行き来した後、モニターに釘付けになる。
◇ ◇ ◇ ◇
「しつこいぞ、ルフィーニさん!」
ルフィーニのラブブレードを、ブラオヴィントが弾く。その勢いで、ルフィーニのラブリオンの態勢が乱れた。そのスキを逃さず剣を振るう椎名は、ルフィーニのマシンにまた新たな傷を一つ刻み込む。
いまだ美しい輝きを放つブラオヴィントとは対照的に、ルフィーニのラブリオンは致命傷こそないものの、すでに傷だらけだった。
当初こそ互角の戦いを演じていたその二機であったが、勝負が長引くに連れ、次第に差が出始めていた。相変わらずのラブパワーを放ち続ける椎名に対して、ルフィーニの方はラブパワーの落ち込みが明らかなのだ。
これは二人の地力の差といえた。
車でたとえるならば、椎名は常に五速三千回転で普通の走行中。それに対してルフィーニは、二速の七千回転でなんとかここまで互角に渡り合ってきたようなもの。そんな二人、どちらが先にガス欠なりエンストなりに陥るかは明白である。
「俺はあんたとは戦いたくない。今のうちに退け! さもないと、ホントに落とすぞ!」
「私とお前は敵同士だろうが! 今更何をふざけたことを!」
(ジョー様、私に力を!)
ルフィーニが最後の力を振り絞った。ありふれた言い方をすれば、消える直前の蝋燭の炎の一際明るい輝きである。
いきなりの再燃に椎名は虚を突かれた。
ルフィーニは左腕を自らブラオヴィントのラブブレードに串刺しにすることにより、相手の剣の動きを封じた。そして剣の使えなくなったブラオヴィントに対して渾身の突きを放つ!
「もらった!」
「くっ! この間合いでは!!」
コックピットを狙ってくる刺突に対して、反射的に右手をガードに回した。しかしラブパワー溢れるその剣はブラオヴィントの右手を貫く。そして貫いて余りある勢いを持った剣は更に椎名の命を脅かすべく迫ってきた。
(なんとか串刺しだけは!)
瞬間の時の中、椎名は少しでもマシンの向きを変えて命の保全をはかろうとする。
だが、その椎名はふいに不思議な感覚を覚えた。それは、自分に流れ込んでくる暖かで強いラブパワーの流れ。自分からではない、自分以外の何者かを源とするその高密度のラブパワーは、椎名自身のラブパワーと混じり合い、椎名にかつてない力を与える。
「なんだこの抵抗感は!?」
突きを放っていたルフィーニは、剣に違和感を感じた。まだブラオヴィントの装甲には達していないにもかかわらず、剣が重いのだ。まるで水の中で剣を突き刺しているような感覚。しかも、次第にそれは水から泥へ、泥から粘土へと抵抗感を増していく。
「そ、そんな馬鹿な!?」
──そしてラブブレードが止まった。ブラオヴィントの体に到達する前に。
ブラオヴィントから放出され続けているラブパワーの波動が物理的な力となって、ルフィーニのラブブレードの進行を押しとどめているのだ。
「バリアなのか!?」
通常、ラブリオンはラブパワーを全身にオーラにようにまとわせている。これは、ラブショットなどのラブパワーを利用した攻撃に対して、その威力を減少させる効果がある。それは、ラブ兵器と全身を覆うラブパワーとが同質の力であるため相殺されるからだ。
だが、それとて気休めに毛の生えた程度のものであるし、そもそも物理的な攻撃には効果はない。ようするに、ラブブレードを止める力などはありはしないのだ。
「えーい、どんな手を使ったか知らぬが、ジョー様のためにも私はお前を落とす!」
ルフィーニはこの現象について深く考えるのをやめた。戦闘中の余計な考えは動きを鈍らせるだけだということは熟知している。
「くぅ! まだそんなこと言うのかよ! この俺の前で!!」
椎名の絶叫に近い叫びに呼応するかのように、ブラオヴィントのラブブレードが黒く変色した。先の戦いにおいてルフィーニのラブリオンの右腕をラブブレードと共に斬り落としたあの黒く輝く剣の再現である。
しかし椎名は自分の剣のそんな変化に気づかないまま、ハエを払うかのようにラブブレードを振るった。それは、ルフィーニを追い払う意図で放ったもの。
──だが、実際にはその効果は、その程度で済むような生易しいものではなかった。外から流れ込んでくる莫大なラブパワー、それが黒き光に更なる力を与えてしまった。
倒すつもりでなく振るわれた剣。牽制するだけで十分。腕の一本でも破壊できれば万々歳。そんな一撃。だが、膨大なラブパワーと反応した黒き刀身は、いきなり伸びた。間合いにして約二倍。その結果、黒い光の剣は、ルフィーニのラブリオンの腕だけでなく、そのボディをも真っ二つに両断してしまった。──コックピットのルフィーニごと。
「な、…………」
やった当の本人が言葉を失う。
目の前で爆破の炎を上げるルフィーニのラブリオンを見ても、彼の思考は停止したままだった。
◇ ◇ ◇ ◇
「撤退だ」
ルフィーニが椎名に撃破されたのを見て、丈は撤退命令を出した。
「……ルフィーニが戦死しましたね」
沈痛な面もちでエレノアが呟く。だが、その声には暗さがなかった。むしろ、晴々した感じさえ受ける。
「いい戦士を失いました」
丈の声はひどく沈痛だった。しかし、不思議とその瞳に悲しみの色は見受けられない。
(ルフィーニがいなくなった今、ジョー様の心は私に……)
我知らず踊る心。そのことにふと気づき、エレノアは自分の心の醜さに一瞬身震いする。だが、それとて、丈と自分の間にあった障害が取り除かれたことへの喜びの前では些細なものだった。エレノアは今は自分を自己嫌悪することなく、それも道理として不思議と受け入れられた。
青の国対赤の国の第二回戦。結果的に赤の国の撤退で終わったが、今回の被害は双方ともほぼ同等であった。
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