第5章 ミリア立つ
【前回までのあらすじ】
片桐椎名と霧島丈は異世界に召喚された。
二人の前に現れた青の国の女王エレノアの頼みにより、二人は、ブラオヴィントとドナーと名付けられた2機のラブリオン(ラブパワーで動くロボット)に搭乗し、青の国のために戦うことを決意した。
そして、見事初陣を勝利で飾った二人だったが、その後開かれた晩餐会にて、女王エレノアの妹であるミリア王女と出会う。二人は、愚鈍な王女を演じるミリアに戸惑うのだった。
その後、青の国は隣国の茶の国を制圧するために軍を派遣する。その指揮を執るのはジョー。ラブリオン隊の隊長であるルフィーにとともに、茶の国に攻め入ったジョーは、圧倒的なラブパワーにより、茶の国の王城を陥落させる。だが、そこでジョーは、茶の国を、新たな国・赤の国とし、自分がその王となることを宣言する。そして、ルフィーニはそのジョーに忠誠を誓うのだった。
独立を宣言したジョーの赤の国に、シーナ達青の国のラブリオンが攻め込む。青の国は戦力で優っていたが、ジョーの策の前に苦戦を強いられる。そんな中、ジョーの隠し玉、戦艦型ラブリオン――キングジョーが姿を現す。その圧倒的な雄姿に、赤の国の士気は上がり、戦況は一変。シーナたち青の国の軍勢は撤退を余儀なくされる。
帰国後、シーナはエレノア女王に、青の国でも戦艦を建造し、兵たちを鼓舞することを求める。だが、エレノア女王は一人、ラブリオンを駆り、ジョーの元へ向かうのだった。
赤の国の面々にしても、エレノアの行動は意外の一言につき、彼女のラブリオンの姿を認めた時は、慌てだった。
元茶の国の人間はともかく、元青の国の人間は丈についた今でもエレノア女王に対する憧憬にも似た尊敬の気持ちを持ち合わせている。彼らが丈と行動を共にしているのは、丈のラブパワーの支配力の強さと、単なる成り行き故でしかない。そのため、彼らにはエレノアのラブリオンを撃墜することなど到底できるはずがなく、そんな考えが頭の片隅をよぎることさえなかった。彼らにできたのは、エレノアのラブリオンが着地するのをただ見守ることのみ。
そんな中、丈はそのエレノアの出迎えに出た。彼にしてもエレノアの行動の真意は計りかねていたが、一国の女王の入国を無視するわけにはいかなかった。
城の庭に降り立った王族専用ラブリオン。その周囲を人垣が取り囲んだ。彼らは武器を構えて警戒しているわけではない。この事態に興味を持ち、ことの成り行きを見るぺく集まってきたのだ。
丈は、ルフィーニを伴ってその場に赴いた。彼らの姿が現れるのに伴い、自然と人の群は二つに分かれ、二人が通るための道を開く。異様な雰囲気の中、丈はエレノアのラブリオンの数メートル手前まで進み出た。ルフィーニはその二メートルほど後方に控える。
丈が立ち止まると、王族専用ラブリオンの胸部装甲が上に開かれた。その下にはさらに第二番目の装甲があり、今度はそれが観音開きに開かれる。そうしてようやくコックピットに佇む、儀礼用戦闘服に身を包んだエレノアの姿が現れた。
本物のエレノアの姿がそこにあったことにより、周囲の人々の間にざわめきが走る。王族専用のラブリオンに王族でない者が乗ることはタブーとされている。その禁忌を犯せば、当人が問答無用で処刑されるのはもちろん、その一族郎党にまで被害が及ぶ。それは青の国だけでなく、この世界における普遍的な慣習である。それ故、このラブリオンにエレノア以外の人間が乗っている可能性がないことはわかっていたのだが、頭でわかっているのと実際に目にするのとではやはり違いがあった。
「これはこれは、エレノア女王。お久しゅうございます」
丈はエレノアに恭しく礼をすると、コックピットに近づき手を差し伸べた。エレノアがその手を掴むと、丈は抱きかかえるように丁寧にラブリオンから彼女を降ろす。
「このような夜更けに、お供の者も付けず、エレノア女王お一人で参られるとは……一体どうなされました?」
丈の視線がエレノアの瞳を射る。その丈の眼は見る者に優しく映り、彼の言葉は聞く者に演技や儀礼ではなく真実味を持って届く。
「ジョー様……。私は考えたのです。ジョー様が戦われる意味を」
エレノアが唾を飲み込む。実際には何も聞こえはしないが、周りにいる者達にはその飲み込む音が聞こえてくるかのようだった。それほどにエレノアが緊張していることが伝わってくる。
「ジョー様は誰よりもこの世界のことを考えていらっしゃる。そのジョー様が青の国を出て、新たな国を自らの手でお作りになられた。それはつまり、私にはこの世界を治める力がなく、このままでは青の国に破滅をもたらすだけだと実感されたからではないかと」
「そうだとすれば、女王はどうなされます? 私が許せませんか?」
エレノアは静かに頭を振る。
「いえ。自らの器の大きさなど、自分自身ではわからないものです。特に、青の国という狭い世界のみで女王として生きてきた私などでは……。しかし、ジョー様はご自分の世界で多くのものを見て、考えて、経験を積まれてこられたはずです。そのジョー様が、私の力がないと判断されたならば、それは何よりも真実でありましょう」
エレノアの両手がゆっくりと持ち上がり、胸の前で合わされる。
「そう考えた時、私はいてもたってもいられなくなりました。私は、ジョー様を反逆者にさせねばならぬほどに追い詰めてしまう無能者かもしれません。ですが、女王の器でなくとも、なにかしらジョー様のお手伝いくらいはできるのではないか。……そう考えた時、私はすでにラブリオンに乗ってジョー様の元へ向かっておりました。お願いです、どうかジョー様のお側でジョー様のお手伝いをさせてください」
エレノアの真摯な言葉を受け、丈はその前に跪いた。
「私は青の国を、そしてエレノア女王を裏切った人間。この場で女王に斬り殺されたとしても仕方のない罪人です。その私がそのようなお言葉を賜ることができるとは……。女王、共に真なる平和な国を築き上げましょう」
エレノアの手を取り、その甲に口づけする丈。それを周りの者達が大喝采をもって祝福する。賊軍となっていた自分達が、この瞬間に官軍へと変わったのだ。これを喜ばずして何を喜べというのか。
だが、その大騒ぎの中、一人女王と丈に冷めた目を向けている者がいた。それは、ルフィーニ。彼女は笑顔の一つも見せずに、丈がエレノアの手を引いて城内に連れていくのを、能面のような顔で見送っていた。人垣が興奮した声で雑談を交わしながら城の中に戻って行っても、ルフィーニはその場で丈達が入って行った扉を見つめ続けている。
それからどれくらいの時間が経ったのか。ようやくルフィーニの重い足が動き出した。頭の中で様々な思いが駆け巡る。
気が付くと、ルフィーニはいつの間にか自室に戻っていた。丈とエレノアの姿が城の中に消えてから、ここまでの記憶は全く残っていない。しかし、今の彼女にはそれとてさしたる問題ではなかった。
「あの女……。一国の女王ともあろう者が、自分の国を捨てて男に走るとは……。なんたる破廉恥な! 我々のようなただの一兵卒とは立場が違うのだぞ、立場が!」
拳を握りしめ吐き捨てるルフィーニ。だが、心の底から自然と沸き上がってきたその言葉に、最も驚いたのはルフィーニ本人だった。
はっとして、周囲の気配を探り、誰にも聞かれていなかったことにひとまず胸を撫で下ろす。しかし、自分の感情に対する戸惑いは消えはしない。今まで敬愛してやまなかったエレノア女王。その人物を「あの女」呼ばわりしたのだ。自分がそんな暴言を吐くなど、ルフィーニ自身想像したことさえなかった。
愛を知らないルフィーニは、嫉妬という初めて沸き上がってくる感情を理解できないでいるのだ。
「何故だ。何故ジョー様と、エレノア様が一緒におられるだけでこうも嫌な感じになるんだ!? ……私は一体どうしてしまったというのだ!?」
思わずしゃがみ込み、迷子の子供のように震えながら自分自身を抱きしめるルフィーニ。処理のできない感情にただ恐れるだけだが、丈の姿を思い浮かべると、切なさのほかに温かな感情が浮かび上がってきた。ルフィーニは、その想いにすがるように、ただ丈のことだけを考えた。
◇ ◇ ◇ ◇
青の国においても、エレノア女王が赤の国に向かったという話はすぐに広まり、夜明け前には城内の人間すべての知るところとなった。このペースなら、青の国の民すべてに伝わるのにも、さしたる時間はかかるまい。
城では官僚や軍の上層部の人間が集められ、緊急会議が開かれていた。もちろん椎名もそれに参加している。しかし、今まで女王の力に頼ってきた人間達だ、柱となる女王のいない今、話をとりまとめる人間も存在せず、会議は何の進展もないままただ無駄な時間だけを費やしていった。
そしてそこへ更なる悪い報せが飛び込んで来る。兵達がラブリオンに乗り、青の国を捨て、赤の国へ投降し始めているというのだ。
キングジョーというショックを受けていたところに、泣きっ面に蜂とばかりのエレノア女王の亡命。しかもエレノアは青の国の中心であり象徴であった人物。その女王がいなくなったということは、青の国の存在意義にかかわる問題である。今や、青の国は賊軍、赤の国こそが官軍となってしまった。これらのことにより、兵達の間に動揺が走り、官軍となった赤の国に走ることになっても、誰がそれを責められようか。むしろ、それは道理にかなった自然な行動とさえ言えた。
兵達のその行動に対して、今の椎名達にできたのは、監視を強めて兵達が無断でラブリオンに搭乗できないようにすることだけだった。だが、それでは当然のことながら根本的な問題は何も解決しない。
未曾有の危機を迎えた青の国。しかしそれは赤の国にとってはチャンス以外の何ものでもなく、丈はその好機を見逃すような男ではなかった。
青の国からの投降者を受け入れ、戦える兵とラブリオンを増やす。しかし、それでも戦力の整備は十分とは言えない。茶の国を占領し、新しく興った赤の国ではいまだしっかりとしたラブリオンの生産体制が確立されておらず、地力では青の国にどうしても劣ってしまうのだ。
だが、エレノアが味方につき、自国の兵の士気が向上し、青の国が混乱している今は、青の国に攻め入るまたとない機会である。丈は自国のラブリオンをすべて赤色にカラーリングし、艤装を終えた戦艦型ラブリオン・キングジョーにそれらラブリオンを乗せ、青の国へと進軍を開始した。
赤の国の侵攻。この情報は城にいる椎名達の元に飛び込んできた。
「ちっ! ジョーの奴、さすがに抜け目がない!」
椎名は丈の行動の早さに舌打ちしながらも、戦意を失ってはいない。むしろ、前以上に戦闘意欲をかき立てているほどだ。
だが、椎名以外の国を支えるべき者達は彼ほどには強くはなかった。
戦いとは無縁の文官のほとんどは赤の国への降伏について議論を始めている。彼らの主題は、もはやどうやって赤の国に勝つかではなく、どれだけ有利な条件で降伏するかという点に移っていた。また武官においても、徹底抗戦派よりも、降伏派の方が優勢であった。
この有様を見るにつけ、椎名はこの国におけるエレノアの存在の大きさを改めて実感せざるをえなかった。
「いくら丈とはいえ、こんな短期間ではまともな戦力は整備できていないはず。まともに戦えば、勝機いくらでもあるはずなのに……。戦う気がなくては、勝てるものも勝てない」
不甲斐ない国の重鎮達の態度に、さすがの椎名も絶望の崖の手前まで追い詰められる。
「エレノア女王さえいてくれれば……。あるいは、彼女くらいのカリスマを持つ人物がいてくれれば……。悔しいが、俺は王の器じゃない……」
口を開けている深く底のない崖に一歩踏み出す。だが、その足をとどめる光があった。崖の下から突き上げてくる目映き光、それが崖に引きずり込まれようとしていた椎名を跳ね上げ、元の世界に突き戻した。
「そうだ! どうして忘れていたんだ。あいつがいるじゃないか!!」
ひらめきを感じた椎名は、心当たりの人物の元へと駆け出していた。
目的地にたどり着いた椎名は、ノックも忘れて扉を引きちぎらんほどの勢いで開く。
「来ると思ってたわ」
陽の光が差し込む部屋の中、その光を後光のようにまとってその人物は立っていた。
「ミリア王女……いや、女王! あんたが動く時が来た!」
「……姉は青の国の女王という立場にありながら、それを放棄しました。そのために、この国は今、混乱のただ中に突き落とされています」
逆行でその表情を知ることはできないが、そのしっかりした張りのある声から、ミリアの真剣な想いが伝わってくる。
「もう姉に任せることはできません。この国は私が治めます! シーナ殿、力を貸していただけますね」
「もちろん!」
椎名の知っている気さくなミリアとは違う堅い言葉遣い。だが、威厳に溢れるその言葉に、椎名は頼りがいを感じこそすれ、他人行儀さやお高く止まった傲慢さというものは少しも感じはしなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
「全面降伏では、国家統一後の我々の立場が不利になるではないか!」
「しかし、下手にジョー殿を刺激しては、ますます立場は危うくなりますぞ」
「お前達文官は、赤の国が内政官不足なのを知っているからそんな悠長なことがいえるのだ!」
「文句があるならば、こうなる前にあなた方軍人がなんとかしてくれればよかったのだ」
豪! 開!
空気を震わす音を響かせて開かれる扉。椎名が出て行く前よりも更に弱気な会話を繰り広げる者達の声がやみ、彼らの視線はあわせたように扉の方に一斉に注がれる。そこに立つのは仁王立ちする椎名。
「なに情けない会話をしている! あんた達は誇り高き青の国の民だろうが! それが国賊であるジョーに屈することを議論するなど、どういうつもりか!」
「しかしシーナ殿。エレノア女王が向こうにつかれた今、我らの方こそ賊軍となっているのではありませんか?」
その言葉はその場にいる者全員の想いであり、彼らを今最も動揺させている事実なのである。この問題がある限り、彼らの心を一つにまとめることはまず不可能といえる。
だが、椎名はその言葉を受けても顔色一つ変えずに堂々としていた。
「エレノア女王は青の国の女王でありながら、逆賊ジョーの元へ下った。これは青の国に対する裏切りであり、そのような行動を取る者を女王と認めるわけにはいかない。故に、この城を出た時点で、エレノアの女王としての資格は喪失したと言えるのではあるまいか?」
芝居じみた椎名の言葉。これを椎名に言わしめているのはもちろんミリアである。
「だが、女王なくしてはこの国は成り立ちませんぞ! エレノア女王がおられないのに、誰が国をまとめると言われるのか!」
「これはおかしなことを言われる。エレノア女王が王たる資格を失ったならば、次の王位継承権を持つ者が王となるに決まっているではないか」
椎名の言葉にその場にいる者全員がざわめく。
「次の王位継承者と言うと……ミリア様」
彼らのざわめきは不平と不満のざわめきだった。だが、ミリアの普段の素行を考えれば、それも当然のことだと言える。
「ミリア女王こそ、この国を治め、我々を正しき道に導く力を持ったお方である。今こそ我々はミリア女王の元、心を一つにしてこの困難に立ち向かわねばならない!」
『女王』の部分が強調された椎名の言葉が皆に投げかけられた。だが、彼らの反応は当然ながら芳しくない。
「しかしミリア様では……」
「あんた達はミリア女王の真の気高さを知らないだけだ! 女王のラブパワーに触れ、考えを改めるがいい」
椎名が横にどくと、その後ろにはミリアが控えていた。いつも町娘のようなラフな格好で城をうろついているミリア。その彼女が今は、重要な国事の際にしか着ることのない儀式用の純白の衣を身にまとっていた。
ミリアがこんな近くにいるとは知らずに無礼な言葉を吐いていた者達の顔が、彼女の姿を認めるなり硬直して青ざめる。しかし、当のミリアからはそれを気にした様子は微塵も感じられない。それどころか、今の彼女の表情は気高く、すぺての者を包み込むかのような大きさと深さを感じさせさえする。
今まで、眉をつり上げ、口をへの字にした反抗的な彼女の表情しか見たことがなかった彼らは、初めて見るミリアの本当の姿に当惑の表情を浮かべる。
「シーナ殿の言う通りです。我が姉であるエレノアは青の国を捨てました。それは、とりもなおさず王位を放棄したということを意味します」
言葉というのは完璧な情報伝達手段ではない。だが、今のミリアの言葉はその言葉が示す内容以上のことを聞く者に伝えた。それは、ミリアの言葉、いや、その声自体に力があるからだ。ミリアのラブパワー、それが伝えるべき想いと共に声の中に込められ、聞く者の心を直接打つ。
「私は今まで姉のために愚妹を演じてきました。ですが、姉が王位を放棄した今、その必要はなくなりました。これからは私がこの国を治め、軍を率います。皆は私にその力を貸してもらいたい」
今まではミリアは自分のラブパワーをほかの者に悟られないように、コントロールして自ら抑えてきた。だが、その必要のなくなった今、一気にミリアのラブパワーが解放される。ラブパワーを制御し、ゼロ近くにまで下げて維持できるということは、逆に言えば自分のラブパワーをマックスにまで引き上げて放つことも可能だということなのだ。
解き放たれた気高く高貴なラブパワーの圧力。その夏の日の木陰に吹く風のごとく清々しいその力は、皆の心を打ち、不安を取り除いて心地よい清涼感を与える。
ラブパワーは口以上に雄弁に語る。このわずかなやりとりで、この場にいた者は、エレノア以上ともいえるミリアの底の深さ、カリスマ、器の大きさを理解した。いや、ミリア自身のラブパワーが理解させたというべきか。
「皆の命、私に預けてもらいたい」
「喜んで!」
「ミリア女王のためなら、この命捨ててもおしくはありません!」
「粉骨砕身の覚悟でミリア女王のために力を尽くす所存にございます」
数分前とはまるで違う反応。しかも、それらはおべっかではなく、心から出る素直な言葉なのだ。
「敵はもうすぐ近くまで来ている。すぐに戦闘準備を始めよ」
ミリアの命により、つい先程まで猫に脅える鼠のごとくうち震えていた者達が、豹のごとき光を宿した目で素早く行動を開始した。
戦闘部隊をまとめるために部屋を出て行く彼らを見送りながら、椎名はミリアに近づく。
「見事だな。羊の皮を被っていた狼がついに牙をむき出しにしたってところか」
「失礼ね。私のどこが狼なのよ。アヒルのふりをしていた白鳥がその優雅な姿をあらわにしたとか、孔雀が今まで隠していた翼を広げたとか言ってよね」
「勝手に言ってろ」
将校達に語るミリアは、威厳や高貴さに溢れていたが、そのぶんどこか人を寄せ付けない雰囲気を持っていた。そんなミリアを見て椎名は、彼女が女王となったことにより奔放さを失い、女王という枠組みの中に入ってしまったのではないかと危惧していた。だが、今の軽口を叩くミリアは、理知的なようで時にとぼけたことをし、また、ふざけているようで鋭い突っ込みを入れてくる、そんな椎名のよく知るミリアだった。
同じ女王であるにもかかわらず、ミリアに接する椎名の態度はエレノアに接する時とは決定的に違っている。エレノアの時は、椎名が好意を持っていたという点を差し引いても、どこか他人行儀で対等の関係ではなかった。だが、ミリアと接する椎名はとても親しげに話をする。女性が苦手なところのある椎名が、普通の友達以上の気さくさで話すのだ。
「しかし、とにかくこれで、エレノア女王がいなくなったことによる心の乱れは防げるな。キングジョーに対する兵達の脅えは払拭できないが、俺がジョーのドナーを討てばなんとでもなる」
「そのことだけど、キングジョーに対抗できる戦艦型ラブリオンはなんとかなると思うわ」
「どういうことだ!?」
「私もラブリオンを運べる戦艦の必要性は前から感じていたの。だから、かなり前から製造方法を考えていたんだけど、ようやくある程度のめどがついたのよ。ホントは、まだまだやりたりない部分があるんだけど、今はそんなこと言っている場合じゃないしね」
ミリアの言葉に椎名は確かな光を見た。丈に対抗することのできる大きいな力を秘めた輝きを。
「すごいぞ! さすがミリアだ!」
思わず抱きつかんばかりの興奮のしようだった。だが、それでも冷静な部分も残っていたらしく、自分の失言に気づき、椎名ははっとした顔をする。
「……いや、ミリア女王……ですね」
「ばーか。シーナはこの国の人間じゃないでしょ。だから、私とあなたは個人としては対等なのよ。私を呼ぶならミリアだけで十分」
屈託なく笑う。
冗談とはいえ、相手に向かって「ばーか」などと言う女王が世界に何人いるだろうか。
「そう言ってもらえるとこっちも気が楽だ。いっちょ赤の国の奴らを蹴散らしてやるか」
「期待してるわよ、シーナ」
「おお、任せておけ。そっちこそ、戦艦型ラブリオンの件、頼むぞ」
二人は視線を交わすとうなずき合い、互いの行くべき場所へと駆け出した。
◇ ◇ ◇ ◇
キングジョーは順調に進行していた。
今までの戦争の場合、移動はラブリオンで行われていた。だが、長距離の移動はパイロットの疲労を招き、戦う前にラブパワーを減退させてしまう。前回の戦いで青の国が敗れたのも、少なからずその影響があった。だが、この戦艦型ラブリオン・キングジョーの航行は、大勢の乗組員からわずかずつのラブパワーを得ることで可能なため、今までのような無駄な消耗をなくすことができる。この戦艦型ラブリオンの存在により、攻め側の不利さというものは大いに縮小され、むしろ、その場から動かすことのできないけない城を守って戦う相手よりも、動く城を擁して戦えるという点では有利とさえ言えた。それほど、戦艦型ラブリオンの戦略上の意味は大きいのだ。
「いかがですか、この艦は?」
艤装を終え威圧感を更に増したキングジョー。そのブリッジには二つのキャプテンシートが用意されている。そのうちの一つに座る丈がもう一人のキャプテンに感想を求めた。
「外から見ていた時も、その雄壮さに感服しておりましたが、こうして実際に中に入ってみますと、キングジョーの圧倒的な力をより一層感じ、本当に頼もしい限りです」
意匠を凝らした戦闘服に身を包んだエレノアが、ブリッジを見渡す。
「エレノア女王にそう言っていただけると、兵達も自信を持って戦えます。……そうだ、いっそのこと、この艦の名をクィーンエレノアと改名しましょうか?」
冗談とも本気ともつかないジョーの言葉に、エレノアは慌てて首を振る。
「とんでもありません! この艦の雄大さ、力強さ、たくましさ、それらはすべてジョー様を象徴しております。それに、ジョー様がこの世界の王となるための、先兵となるこの艦は、それを意味する名を冠するのが相応しいでしょう。キングジョー、それ以外にこの艦の名は考えられません」
「エレノア女王をないがしろにするような名を付けて心苦しく思っておりましたが、女王直々にそのようなお言葉を頂戴し、胸のつかえがとれた気分です」
丈がどこまで本心で話しているのかは計りかねるが、二人は楽しげに会話を続ける。だが、それをおもしろく思わない者が、そのすぐそばにいた。
(クィーンエレノアですって!? 何故ジョー様はそんな名前にしようなどとおっしゃられるのだ!? キングジョー以上にこの艦に相応しい名前などあるものか!)
丈やエレノアと共にブリッジで戦いの時を待つルフィーニ。今や、彼女が仕えると心に決めた人物は丈一人になっている。
(この女さえ来なければ、ジョー様が王となり問題なく国を治められるものを! ジョー様が築こうとされている国に、この女の存在は邪魔なだけのはず! なのに、どうしてジョー様はこんな女に手厚くされるのだ!?)
青の国の人間だった時には女王に対して一度も向けたことのない、敵意をあらわにした鋭い視線。そのルフィーニの目と、何気に周囲を見渡したエレノアの目とがかち合う。
ルフィーニははっとして視線を外す。だが、エレノアは決して鈍い人間ではない。むしろ、非常にという言葉がつくほど聡明な人間である。そのエレノアが、ルフィーニの視線に気が付かないはずがなかった。しかし、エレノアは何事もなかったかのような表情で視線を動かし続けた。
「ジョー様、青の国の城が見えてきました!」
そこへ兵の声が飛び込んできた。その報せを聞いた丈は静かにシートから立ち上がる。
「エレノア女王はここで我々の戦いを見ていてください。必ずや勝利を捧げてみせます」
「御武運を」
丈は優しげな瞳でうなずくと、引き締めた顔をルフィーニに向ける。
「ルフィーニ、行くぞ!」
「はい!」
二人はラブリオンデッキに向かった。
◇ ◇ ◇ ◇
キングジョーでは慌ただしく戦闘準備が行われ出した。パイロット達は各々のラブリオンに乗り込み、残った者もキングジョーの機銃座につく。戦意十分の彼らの動きはきびきびしており、わずかな時間で臨戦態勢を整え、それぞれの持ち場で丈の出撃の命令を待った。
(エレノアが来たことにより、ジョー様の心はあの女に惹かれかけてきている。本当ならば私一人がジョー様の温かなラブパワーを受けることができるはずだったのに……。このままでは駄目だ。ここで何としても私の力を示して、ジョー様に私の必要性を感じてもらわねば!)
エレノアが来てから、ルフィーニは常に焦りを感じていた。エレノアを呼び捨てにするくらいまで尊敬の念が消えているとはいえ、エレノアの魅力に関しては以前と同じく正確に認識している。同じ女性から見てもエレノアは美しく、誰もが憧れると感じる。自分に不足している女性的な魅力をいやというほど持っている女として映る。
ルフィーニ自身も、エレノアとは違う魅力をふんだんに持っているが、ルフィーニに自分をそこまで評価できる眼はない。そのためにエレノアに対してどうしても劣等感というものがつきまとっていた。
それらの思いは発奮材料となりプラスに働くこともあれば、逆に自分の首を絞める場合もある。赤色に生まれ変わった自分のラブリオンの中で、ルフィーニははやる心を抑えようと必死になる。功を焦る思いが、どちらに働くかは今はまだわからない。
一方、当の丈の方も、漆黒から深紅へとカラーリングを変更して新しく生まれ変わったドナーの中で時を待っていた。燃えるようなその赤は、クールな丈には似合わないようにも思えるが、丈がコックピットに腰をおろすと、まるで心の奥底にある情熱を表現しているかのようにしっくりときていた。
「エレノアがこちらにつくとは予想外だったが、これで青の国を落とすのは楽になったな。脅しをかければ、戦わずとも手に入れられるかもしれん」
しかし、言葉の内容とは対照的にその顔はどこかすぐれない。鬱陶しそうに、長い前髪を少しつかんで指でいじくる。
「ただ、気になる点があるとすれば……」
◇ ◇ ◇ ◇
キングジョーを迎え撃つ椎名達青の国。椎名をはじめとした兵達はすでにラブリオンに乗り込み、いつでも出撃できる態勢を整えていた。だが、椎名はまだ出撃命令を出さない。キングジョーはすでに肉眼でも確認できるほどに接近してきているにもかかわらず。
椎名は待っているのだ。ミリアが約束を果たすのを。
「まだか、ミリア。ジョーはもうすぐそこまで来ているんだぞ」
焦れた椎名が唇を噛んだその時、城の中庭に海の青さより深く、空の青さよりも澄んだブルーの巨大戦艦が姿を現した。
「勇敢なる青の国の騎士達よ!」
突然の戦艦型ラブリオンの出現に兵達がどよめくところに、タイミングよく威厳のあるミリアの声が無線で届けられる。
「この艦は、私の女王としての力の顕現の一つである。戦艦型ラブリオンはジョーの専売特許ではない。この艦の力ならば、赤の国の戦艦型ラブリオンなど恐れるに足らぬ。青の国の勇者達よ、このミリアの力を信じよ! 私を信じて戦えば、我が国に敗北の二文字はない!」
無線を通しても感じられるミリアのラブパワー。声に乗って届けられるその力は、兵達を鼓舞し、戦闘意欲を高める。
「みんな! ミリア女王こそ、俺達を勝利に導く女神だ! ミリア女王と戦艦型ラブリオン・クィーンミリアの加護を信じろ。そうすれば、赤の国の軍勢などものの数ではない!」
ミリアの演説の勢いに乗った椎名の声に、兵達が空気を震わすほどの喚声で応える。
「先陣はブラオヴィントが切る! みんな、俺に続け!」
椎名のラブパワーが、ブラオヴィントに蓄えられ、それが一気に放たれる。
翔!
兵器工場から、ピンクに輝くラブ光を放ちながら、ブラオヴィントを筆頭に、次々とラブリオンが発進していく。パチンコ玉が打ち出されるように次々とまるで数珠繋ぎのようにラブリオンが空に舞い上がっていく様は、なかなかに雄壮であった。
ラブリオンに搭乗せずに待機していた兵達に、急いで戦艦型ラブリオンに乗り込むようにテキパキと指示を送っていたミリアが、ふと空を見上げてその光景にしばし見入る。
そしてその視線を出力ラインだけをオンにした携帯用無線機に向けた。さっきまでの厳しい表情が、この時はなぜか十五歳という年相応の娘のものになっている。
「シーナってば、クィーンミリアだなんて勝手に名前付けて……。もう、ダサダサじゃないの!」
唇を尖らせる女王。だが、はっと自分の大人げないその顔に気づいたのか、すぐに真面目な表情に戻し、
「ジョーはわずかのスキも見逃さない相手よ! タラタラしていてはつけこまれるわ。搭乗を急ぎなさい!」
照れ隠しに、兵達に声をかけた。
◇ ◇ ◇ ◇
「……あの女だろうな。こんなことができるのは」
現れた戦艦型ラブリオンを目にしても、ジョーの顔にはさしたる驚きはなかった。
もはや烏合の衆と化したはずの青の国。椎名にしても、それをなんとかできるほどの力はない。しかし、もしもそれをまとめあげる人間がいるとすれば、臥龍ミリアだけ。
丈はその可能性をハナから頭に入れていた。
「これで戦わずに降伏という展開はなくなったか……。しかし、付け焼き刃の戦艦と、用意万端のこのキングジョー。どちらが勝利するかは明白だな」
丈にはまだ余裕があった。
だが、赤の国の兵士達はそういうわけにはいかない。自分達だけの力だと思っていた戦艦型ラブリオン。ところが、それが目の前にも現れた。前回の青の国の兵達が受けたものに匹敵する衝撃を彼らも受けているのだ。とはいえ、丈はそれに気付かないような男ではなかった。兵達を叱咤するための言葉を頭の中で言葉を検索する。
しかし、丈が声を発するよりも先に、別の声が辺りの雰囲気を一変させる。威圧感があるわけでもないのに圧倒的な重みがあり、決して大声で叫んでいるわけではないのに誰の耳にも届く、そんなエレノアの声が。
「敵の戦艦型ラブリオンは所詮模造品でしかありません。そのような艦が、オリジナルであるこのキングジョーの力に及ぶべくもないのは自明の理。皆は、ジョー様とキングジョーの力を信じて戦いなさい」
エレノアの声は兵達の心を奮い立たせた。エレノアがそうしようと意識したわけでもない。先天的に、彼女にはそういった力が備わっているのだ。女王たるその力が。
「……さすがは女王ということか。オレがやろうとしていたことを、誰に言われるでもなくやってくれる」
通信機から流れるエレノアの声を聞いていた丈が皮肉げに口元を緩める。
「行くぞ、赤の国の勇士達よ! 崇高な志しも大儀もない青の国を蹴散らすぞ!」
丈のその声が号令となり、キングジョーから赤いラブリオンが次々に飛び出して行く。その先頭に立つのは、炎より熱く、血の色よりも深く、夕日よりも切ない赤色をしたラブリオン──丈の操るドナー!
有史以来初めてとなる両軍共に巨大戦艦を擁した大会戦。その歴史的な戦いの幕がついに開かれた。
主要キャラ5人がこれでようやく表舞台に上がりました。
ここからがこの物語の本番とも言えます。
少しでも興味を持ってもらえたならば、ブックマークしてもらえると励みになります。