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第4章 キングジョー

【前回までのあらすじ】

 片桐椎名シーナ霧島丈ジョーは異世界に召喚された。

 二人の前に現れた青の国の女王エレノアの頼みにより、二人は、ブラオヴィントとドナーと名付けられた2機のラブリオン(ラブパワーで動くロボット)に搭乗し、青の国のために戦うことを決意した。

 そして、見事初陣を勝利で飾った二人だったが、その後開かれた晩餐会にて、女王エレノアの妹であるミリア王女と出会う。二人は、愚鈍な王女を演じるミリアに戸惑うのだった。

 その後、青の国は隣国の茶の国を制圧するために軍を派遣する。その指揮を執るのはジョー。ラブリオン隊の隊長であるルフィーにとともに、茶の国に攻め入ったジョーは、圧倒的なラブパワーにより、茶の国の王城を陥落させる。だが、そこでジョーは、茶の国を、新たな国・赤の国とし、自分がその王となることを宣言する。そして、ルフィーニはそのジョーに忠誠を誓うのだった。

 丈の独立宣言から三日後。青の国は、椎名を戦闘隊長として編成した軍を赤の国に向けて出撃させた。城に最低限の数のラブリオンを残しただけの、前回丈が率いたのを上回る大戦力である。これで大敗を喫しようものなら、それこそ致命的なことになってしまう。 それを待ち受ける丈は、内政はほとんど無視し、軍の整備においても一番最初に指示をしただけでその後はルフィーニにすべて任せ、自分自身はルフィーニにさえ何をするのか告げず別行動をとっていた。だが、その丈も青の国の軍隊の侵攻の(しら)せを受け、三日ぶりにルフィーニ達の前に姿を現した。


「ジョー様、ついに青の国が動き出しました。戦力は我らの一・五倍以上という知らせも入っております」


「そうか。……三日か。随分と軍をまとめるのに時間をかけたな。オレなら翌日には攻め込んでいるものを」


「……ジョー様?」


 この未曾有の危機にも関わらず、丈は焦った様子も見せず、顔には笑みさえ浮かべていた。それを不安に感じたルフィーニは訝しげな視線を向けるが、それを受けた丈の瞳は、自信に溢れ、優しくルフィーニの姿をそこに映し込んでいる。


「ラブリオンの整備の方はどうだ?」

「はい。仰せの通り、外装の修復の方はほとんど終えることができました。……ですが、見かけだけで装甲を完全に直せたわけではなく、内部の問題に関してはそれこそ全くと言っていいほど手つかずです」


「そうか。よくやってくれた」

「……本当にそれでよろしいのでしょうか?」


「不安か?」

「いえ。そういうわけではありませんが……」


「気持ちはわかる。だが、今はオレを信頼してもらいたい」


 丈はルフィーニの瞳を見つめたまま、彼女の双肩に両手を載せた。

 出所がわからないほど深くから染み出してきている暖かなラブパワーが、丈から四方に溢れ出ている。それの一部がルフィーニの体を優しく包み込む。すると、ルフィーニの心から不思議と不安が消え去った。


(この人の言うことはすべて信じよう。たとえ間違っていても、この人と一緒に死ねるなら──いえ、この人のために死ねるのなら、それだけで十分だ)


 男勝りと言われ、自分でもそう信じて生きてきたルフィーニをして、こう思わせるだけの力が丈のラブパワーにはあった。


「いいか。全軍で敵の中心に飛び込め。躊躇はするな。無駄な反撃もいらん。そして、中に入ったら固まらずに各自散開し、できるだけ動き回って戦わせてくれ」


 無謀に思えた。死にに行くようなものだと思えた。だが、自分には考え及ばないような策が、丈にはあるのだと信じられた。この人についていけば間違いはないと確信できた。


「はい!」


 その一言には、丈に対するルフィーニの絶大なる信頼が込められていた。


「オレもすぐに出る。それまで持ちこたえてくれればいい」

「いえ。ジョー様が出るまでもありません。それまでにケリをつけてみせます」


「無理はしなくていい。気負いは己のラブパワーを曇らせる。オレを信じ、オレの言葉に従うだけでいい」

「……はい。出過ぎたことを申しました」


 ルフィーニの性格は生真面目といえた。その性格が必要以上に彼女を反省させ、士気を落とさせることが度々ある。


「謝ることはない。君のその想いは心強く思う」


 彼女の肩に置かれた丈の手。そこから伝わってくる無限の優しさと温かさ。それがルフィーニの暗い気持ちを払拭し、変わりに勇気を与える。


「ありがとうございます」

「それでは頼むぞ」

「はい」


 ルフィーニに出撃の準備を任せると、丈はこの三日間の成果を示すための用意に向かった。この三日で作り上げた大いなる可能性を秘めた力、それこそが丈の自信の根拠だった。


◇ ◇ ◇ ◇


 赤の軍は、国境付近及び城に至るまでの道中においては、青の軍に全く攻撃を仕掛けなかった。丈は、戦力を分散させず、全戦力を城に集中させ、城からの援護射撃も加えて戦う気なのである。しかし、これは負ければそれで終わりだということを意味していた。


「全軍私に続け! ジョー様のラブパワーを信じよ!」


 ルフィーニの号令が無線を通じて、城の中庭に待機する全兵に一斉に発せられた。そこに並んでいるのは、青のカラーリングをされたラブリオンの群。赤の国を名乗りはしているが、時間的な都合でか、色の変更はなされておらず、青の国のラブリオンと同じカラーリングとなっている。また、元茶の国のラブリオンはそこには一機もない。

 そのラブリオン群が、ルフィーニのラブリオンを先頭に、ノズルからピンクに輝くラブ光を放ちながら一斉に飛び立つ。城に降り注ぐその光は、ディズニーランドのナイトパレードのように城を幻想的に浮かび上がらせるが、それはこの場にはあまりにも不似合いではあった。


「出てきたな! その程度の数で勝てると思うなよ。みんな、一斉射撃だ。撃ち落とせ!」


 椎名の指示により、飛翔してきた赤の国のラブリオンにラブショットの雨が降り注ぐ。

 ラブ兵器は人のラブパワーを糧としている。絶えずラブパワーが送り続けられるラブブレードと違って、放った後エネルギー補給ができないラブショットは威力という点においてはラブブレードに劣る。人間同士と戦いと違って、ラブリオン同士の戦いにおいては、飛び道具よりも近接戦闘武器の方が強力なのである。

 そのため、雨霰と降り注ぐラブショットといえども、当たり所が悪くない限りはそうそう致命的なダメージを受けるものではない。


「反撃はいらぬ! 中に突っ込め!」


「撃ち返しもせずに突っ込んでくる!? 正気か!?」


 ルフィーニの声に呼応するかのように、恐れもせずにひたすら前進してくる赤の国のラブリオンに、椎名をはじめ青の国の兵達は驚愕する。圧倒的な数で威圧をかければ、戦わずして降伏するのではないかという思いも持っていた青の軍にとって、このような鬼気迫る突進は予想外のことであった。


「ひるむな! 所詮はやけくそにすぎない」


 味方のラブパワーのほつれを敏感に感じ取った椎名は瓦解に繋がらないよう、早いうちに叱咤する。そして、先頭を切って青の国の大軍に飛び込んできたラブリオンに、こちらも同じく先頭に立つ椎名がラブブレードを光り輝かせて斬りかかった。

 椎名のブラオヴィントとルフィーニのラブリオン。交錯する二機のラブブレードがスパークを起こし、一際輝く光を放つ。


「シーナのラブリオン! これを墜とせば敵の士気を落とせる!」


「このラブパワーの感じ……ルフィーニさんか!?」


 鍔迫り合いを演じる二機のラブリオン。


「何故あんた程の人がこんな馬鹿なことをする!?」


「私はジョー様こそ、世界を正しき方向に導く方だと信じる! お前こそ、ジョー様と同じ世界の人間であるのに、何故敵対する!?」


「俺から敵に回ったわけじゃない! あいつが俺の敵に回ったんだろうが!」


 無線ではなく、それぞれのラブパワーを介し、言葉の届かぬ場所にいながら(じか)に会話をする二人。ラブパワーがラブリオンによって増幅されればこういうことも可能なのだ。

 二人の能力は、操縦技術はともかく、ラブパワーに関しては椎名の方が上回ることはルフィーニも自覚していた。単純な力比べは不利とみて、自分の方から椎名と一旦離れる。


「皆は散開して戦え! 固まらず、止まらず、絶えず動き回れ!」


 丈に言われたことを部下達に無線で伝えると、自分はブラオヴィントの相手をするためにラブパワーを剣に溜める。ほかの者では椎名の相手にならないことよくわかっている。


「そういえば、ジョーはどこなんだ? あいつのドナーは見ていないぞ」


 ルフィーニに丈のことを持ち出された椎名はそのことに気づいた。丈のドナーは黒のマシン。その色は一目で他のマシンと識別できる。だが、周りを見渡してもすべて青のマシン。どこにも黒いマシンなどいはしない。そもそも、いたのならば城から飛び上がってきた時にすぐにわかったはずである。


「自らは戦わず、何を考えているんだ、あいつは?」


 疑問を浮かべる椎名に、高めたラブパワーを放出しつつ、ルフィーニのラブリオンが向かって行く。


「また来るのか!」


 自らの加速度を加えたルフィーニの一撃。椎名はそれをかわさずに、己の剣で受けに行く。力と力の対決。


「いくらシーナといえども、この一撃は耐えられまい!」


 ルフィーニの渾身の一撃。それを止めに行くブラオヴィントのラブブレード。それは容易に受け止められるものではない。だが、ラブブレードが弾き飛ばされることもなければ、受けきれずに己の剣で自分自身を傷つけることもなかった。

 ルフィーニの一撃に押されはした。だが、椎名はそこまでで耐えきった。

 己の圧倒的な力の証明をしてみせたのだ。


「この力……」


 ルフィーニは言葉を失う。


「ルフィーニさん、ジョーはどこだ!?」


「こんな戦い、ジョー様が出るまでもないということだ!」


「高見の見物か!? あんたはジョーに利用されてるだけだぞ!」


「ジョー様はそんな方ではない! ……もっとも、たとえそうだとしても、ジョー様の駒となれるのならば私はそれで満足だがな」


「なっ……」


 今度は椎名が言葉を失う。

 失恋──と言えなくもない。片思いでしかなかったが。しかも、その原因となったのはまたも丈。この世界に来ても、向こうの世界と同じ悪夢の繰り返しだというのだ。


「何故だ! 何故ジョーなんだ!?」


 叫びと共にルフィーニのラブブレードを振り払う。


「なんのことだ? 何を言っている!?」


「ジョーと俺との間にどれほどの差があるんだ!?」


 ラブブレードとは刀身をピンクのラブ光で輝かせた剣。搭乗者のラブパワーの大きさによってその輝き具合は違うものの、ラブブレードとはそういうものである。だが、この時の椎名のラブブレードはそれとは違っていた。黒いのだ。黒光りする輝きをまとっているのだ。


「黒い剣!? 何だそれは? 初めて見るぞ!」


 ルフィーニが疑問を投げかける間もなく、黒い光が閃く。黒と光は相反するもの。だが、それはその矛盾をもってしか説明できないような輝きだった。

 ルフィーニにはその一瞬の閃光しか見えなかった。何がどうしたのかは全く視認できなかった。だが、呆然とする中で、目に入ったものもある。

 それは、真ん中で折れた剣を握ったラブリオンの腕と、折れた剣のもう半分の部分とが落下していく様子。


「な、なにっ!?」


 目の前には剣を振り下ろした姿勢でブラオヴィントが滞空している。この時になってルフィーニはようやく理解した。ラブブレードごとマシンの右腕をぶった斬られたことを。しかも、なんの抵抗感も感じさせずに、まるで豆腐でも切り裂くがごとく。


「違いすぎる……力が違いすぎる。今までの戦いでは、ここまでの力の差はなかったはずなのに……」


 ルフィーニは迷わず逃げを打った。臆したわけではない。冷静に戦力分析をして、今の片腕を失った自分では相手にならないことを実感したからだ。


「はあ、はあ、はあ」


 ルフィーニを追おうともせず荒い息をつく椎名。いつの間にか剣は元のピンクに輝く剣に戻っている。


「ルフィーニさん……どこだ?」


 ルフィーニがブラオヴィントのラブショットの有効射程から離れた頃になって、ようやく椎名は我に帰ったかのように顔を上げ、周囲を見回す。

 だが、当然その姿を見つけることなどかなわなかった。しかし、それはさしたる問題ではなかったといえる。ここに至って、椎名はようやく自分の周囲に起こっていることの重大さを理解したのだから。


「こ、これは!?」


 周りを飛び回る青のラブリオン達。青、青、青、青。すべてが同じカラーリングをされた青のラブリオンだった。敵も味方も同色のラブリオン!

 戦いはすでに敵味方入り乱れての乱戦となっていた。つまり、外見からは敵か味方か判別できないような状況になっているのだ。

 丈がルフィーニにこの三日間で外装の修復を中心にさせたのもこのためだった。戦う前から傷ついているマシンでは赤の国のラブリオンだと気づかれてしまう。


「どれが敵なんだ?」


 そんな疑問を抱いているのは椎名だけではなかった。全体を見ても、今戦闘を行っているラブリオンの数はそう多くない。椎名と同じようにどうしていいかわからず、手持ちぶさたで飛び回っていたり滞空しているラブリオンが半分以上を占めている。


「しかし、これでは向こうも敵味方の区別がつかないはず」


 そう思った時、椎名の(そば)で止まっていたラブリオンが近距離からのラブショットを受けて爆発した。


「やったのか!? それとも、やられたのか!?」


 それは椎名にはわからないことだった。

 条件は同じ。赤の国にとっても敵味方の区別がつかないのは同じこと。だが、数で劣る赤の国にとってそれは有利に働く。

 赤の国の目的は敵の攻撃をしのぐこと。敵の殲滅が目的ではない。それ故、互いに攻撃できない状況が続けば、軍を退かねばならないのはここまで出兵してきている青の国ということになる。

 また、敵味方構わず攻撃した場合、数の関係から、その相手が青の国である可能性が高くなる。同士討ちの確率も当然青の国の方が高い。味方の方にも無駄な損害が出ることは間違いないが、最終的な被害は数の多い青の国の方が多くなるのは道理である。だが、今後の戦い──他国への侵攻──を考えるとこの手段は有効ではない。

 そこで、丈は敵と味方を区別するための一つの手を与えておいた。それは「動き回ること」。止まっている敵を見たら敵と思えということだ。これもまた、あいまいで確実性に欠ける判断材料であることは確かだ。だが、周りすべてに攻撃をしかけているよりは、よほど同士討ちの確率は低い。

 敵味方の区別をつけるために、敵に気づかれにくいようにそれとなく印をつけておくという手もないわけではなかった。だが、自分達が判別に利用できるということは、敵もそれに気がつく可能性があるということだ。赤の軍と青の軍の戦力差は圧倒的。戦闘開始後まもなくそれに気づかれでもしたら、せっかくの策が意味のないものになってしまう。それ故、丈はカラーリングは青の国のラブリオンのままにさせておいたのだ。


「ジョーのやつ、これが狙いか!」


 丈の敵味方の区別方法までは理解できないが、丈がこちらを混乱させる作戦を用いてきたことくらいは椎名にも理解できる。


「ドナーが出ては一目で敵だとわかる。だから、出ないということか」


 考えながら、椎名は横から突然斬りかかってきたラブリオンの剣に対し、鬼の反応を見せ、自分のラブブレードで受け止める。


「ん? 妙だな。何故俺には躊躇なく攻撃してくる」


 自分からは攻撃していないのに、自分の方には執拗にラブショットが降り注ぎ、近くの敵が斬りかかってくる。条件反射的にそれらをかいくぐっていたが、冷静に考えてみれば何故こうも攻撃されるのか不思議に思う。だが、椎名はすぐにその理由に気づいた。

 それは自分の乗っているラブリオン──ブラオヴィントだ。ブラオヴィントはドナーと違って、青の国のイメージカラーである青の色をまとっている。だが、ブラオヴィントは一般の兵の乗るラブリオンとは違う。カスタマイズされた特別なマシンなのだ。フォルムはもちろん、その色にしても他のマシンよりも澄んだ青色をしており、白のラインも入っている。つまり、ドナーほどではないが、ブラオヴィントもまた一目で敵あるいは味方とわかるマシンなのだ。


「これじゃいい的じゃないか!」


 その通りであった。だが、ブラオヴィントを攻撃してくるということは、すなわち敵であるということでもある。受け身的で不利な方法ではあったが、椎名には一つの敵味方の判別方法ができた。

 自分を狙ってきた敵に対してブラオヴィントのラブショットが火を吹く。とりあえず一機撃破。椎名のラブパワーを持ってすれば、ラブショットでも、並のラブリオンくらいなら余裕で貫くことができるのだ。


◇ ◇ ◇ ◇


「そろそろ頃合いか」


 城の裏庭を見下ろすバルコニーで上空の戦いを見上げていた丈が、後ろに控える術士達に合図を送る。彼らは、丈がこの三日間で自らが説得を行い配下に引き入れた茶の国の術士達。その数十名。彼らの力は、今回の丈の計画において絶対に必要となるものだった。

 その術士達の目は裏庭の一点に向けられている。彼らのその視線の先にあるのは、それこそ丈がこの三日間神経すり減らすほどに集中して作り上げた芸術品──二メートル近い大きさを持つ戦艦の模型だった。その質感、意匠ともにただの模型とは思えない程の素晴らしさである。見る者が見れば、以前、青の国の城で巨大化したドナーの元となった人形と同質のものであるとわかるだろう。ただ、あの時のドナーと違い、こちらは赤色を基調とした塗装までしっかりとなされている。

 術士たちは、あの時のように音のない声を上げて呪文を唱え始めた。彼らの声は、人の耳に音を届けるため──つまり、空気を震わすために使われるのではなく、ラブパワーを集めて凝縮することに使われているのだ。

 模型は世界に満ちるラブパワーを吸収し、不思議な色に体を変化させつつ、周囲にスパークを起こし始める。


「呪文の法則性はある程度解明した。さぁ! 力ある姿を取れ、キングジョー!!」


 模型が一気に巨大化し始める。だが、ラブリオンごときの大きさではない。ラブリオンが全長十メートル程なのに対し、それはすでに数十メートル、いや更に膨れ上がり百メートル近く、……そして見る間に優は数百メートルはある巨大な戦艦になった。屋形船や帆船ではない。戦艦。戦うための厚い装甲と砲台を配した数百メートルの大きさを持つ深紅の巨大戦艦である。


「よくやってくれた。この戦艦型ラブリオン――キングジョーさえあれば、この戦いは勝てる!」


「いえ。ジョー様が呪文の法則性を解明してくださったからです。我々はただジョー様に従ったにすぎません」


 術士達の顔には疲労の色がありありと浮かんでいたが、同時に一様に満足げな表情を浮かべてもいた。丈はそのラブパワーと自らの能力により、すでに術士達の心を掴んでいるのだ。


「お前達は城の安全なところでゆっくりと休養をとっていてくれ」


 丈はそれだけ言うと、自身は城の中に駆け込んで行った。

 ラブリオンを動かすのには、搭乗者のラブパワーがいる。ならば、戦艦型ラブリオンを動かすのにもラブパワーが必要なのが道理だ。しかも、これだけ巨大なものならば、並大抵でないラブパワーが必要となる。丈はそのための搭乗員を集める必要があった。

 城の中には元茶の国の兵士達が大勢残っていた。彼らにしてみれば、青の国と丈達との戦いなど、自分達とは関係がないもの。どちらが勝とうとも、自分達が支配される立場であるという点は変わりがない。それ故、彼らは第三者的な気持ちで自分達の城の側で行われている戦闘をたいした感慨もなく見ていた──少なくとも、巨大戦艦が現れるまでは。

 興味なさげだった彼らにとっても巨大戦艦キングジョーの出現は驚くべき出来事だった。彼らが今まで見たことのない巨大な物体。それにより、低いレベルで安定していた彼らのラブパワーは、水面に巨岩を落とされたように波立ち、不安定に揺らめいている。だが、無気力で安定している状態よりも、今の状態の方が、高いレベルでまとめるには都合がいいと言えた。


「皆の者、我が声に耳を傾けよ!」


 その彼らの前に飛び出すなり、皆の注目を集めたのは丈だった。


「あの戦艦(ふね)こそ、我が力の象徴──キングジョーである! キングジョーさえあれば、青の国どころか、緑の国・白の国をも倒し、この混乱した世界を平定することも夢ではない。私こそ、そのために愛の世界から遣わされた救世主なのだから!

 だが、そのためには諸君らの力が必要だ。さぁ、私と共に戦ってくれ! この世界を救うために!

 青の国に支配されれば、隷属する定めは目に見えている。だが、私は諸君らを、元からの私の部下と同等に赤の国の戦士として迎える。この戦いで活躍を見せれば、騎士としても取り立てよう。

 さぁ、我と共に戦う崇高な志しある者は、ラブリオンに搭乗しキングジョーに乗り込め! 共に侵略者、青の国を撃退しようぞ!」


 丈の演説により、あれだけ乱れていた兵達のラブパワーが一つにまとまった。しかも、戦う意志に溢れた高レベルの状態で。これは、丈の言葉それ自体よりも、それに乗せて放たれる、人の意志にまで影響を与えうる丈のラブパワーによるものであった。それはある種催眠状態に近いものだと言える。


「俺は戦うぞ」


 一人が動き出した。


「俺もだ! あの方なら、世界制覇も成すに違いない」

「ああ! ついて行くべきお方だ」


 それにつられるように、ほかの者達もラブリオン目指して駆け出していた。


(よし。これでこの戦いに負けはないな)


 我先にと急ぐ兵達の背中を見送りなが、丈は勝利を確信した笑みを浮かべた。そして、自身もドナーに乗って出撃すべく動き出した。


◇ ◇ ◇ ◇


 敵味方がわからずあまり動きのない戦いを見せていた両軍。そこに現れた戦艦型ラブリオン・キングジョーは、戦場に更なる混乱を招き、ラブリオンを立ち止まらせた。


「なんなんだ、あの艦は!?」


 椎名達はキングジョーが地に伏す今のうちに攻撃をしかけるべきだったのかもしれない。だが、出現の唐突さは冷静な判断力を失わせた。更には、罠の可能性もある。それらが椎名達を躊躇させた。

 その間に、丈達はラブリオンに乗り込み、出撃することができた。

 丈は茶の国のカラーリングをしたラブリオンを甲板に着艦させ、自分は艦の中に入り、ブリッジまで移動する。


「用意はできているか?」


「ラブパワーさえ十分ならいつでも!」


 ブリッジには、キングジョーが巨大化した時点で、先の戦いでラブリオンを失っている元青の国の兵士たちが配されていた。急な出撃のため、集められるラブパワーはそう多くない。だが、今のこの艦の中には、ラブパワータンクともいえる人間が乗っている。


「不足分はオレのラブパワーで補う! キングジョー、発進!!」


 キングジョーの全身から、ピンクのラブ光が放出された。そして、それらはゆっくりと下部に沈殿していく。


 轟


 そんな文字がぴったりくる音を響かせ、キングジョーが震動を始める。それは下部に溜まったラブパワーの圧力による震えだった。まるでスペースシャトルの発射を思わせる様子で、キングジョーが浮上を始める。スペースシャトル発射時の煙のかわりに噴出されるピンクの光の奔流。それはあまりにも美しく、かつ豪快で、見る者すべての時間を止める。

 そして、その光は辺りに四散していき、物理的な質量さえ持っているかのように、滞空するラブリオン達にプレッシャーを与えさえした。


「飛ぶというのか!? こんな巨大なものが!!」


 椎名の漏らした呟きは、その場にいる者すべての想いを代弁するものであった。

 それとは違う想いを持っているのは、そのキングジョーに搭乗している者達と、甲板上に構えている者達。


「キングジョー、浮上!」


「ようし。戦闘空域まで前進!」


 全長数百メートルもの巨大戦艦がゆっくりと飛行するその様は、あまりにも壮大だった。人というものは、本質的に巨大なものに畏敬の念を感じる。それ故、キングジョーはただ飛ぶというその行為のみにおいて、味方の士気を上げ、敵の戦意を挫くことをしてみせる。


「元茶の国の戦士達よ、貴公達の実力を見せてくれ!」


 ジョーの声に応えるように、甲板上で待機していた茶色のラブリオンたちが、ピンクの光の筋を残して一斉に飛び立って行く。キングジョー発進時にこそ、彼らのラブパワーも必要だったが、一旦飛び立ってしまえば、通常の航行においてはさほどラブパワーを必要とはしない。キングジョーの維持には、もはや彼らのラブパワーは必要ではないのだ。


 すべては丈の作戦通りだといえた。

 新たに現れた敵の援軍。青の軍は敵か味方かわからない同色のマシンではなく、その新手に対して攻撃をしかける。だが、それはすなわち、同じく敵か味方かわからないでいた赤の軍に、自分達が青の国の人間であるとを証明することにほかならない。

 とはいえ、茶色の赤の国のラブリオンにとっても、周りはすべて青のラブリオンで、どれが敵か味方かわからない状況であることは確かだ。見分ける方法は、自分に攻撃してくる相手が敵という受け身的な手段のみ。当然不利な戦いにはなるが、丈はそれも計算のうちだった。つまり、言ってみれば元茶の国のラブリオンは囮なのだ。囮を用意することにより、茶と青のラブリオンで挟撃する。茶のラブリオンには多くの被害が出るかもしれないが、それとて挟み撃ちにされる青の軍ほどではあるまい。それに、自分にどこまで従うかわからない元茶の国の兵が死んでもさほど腹は痛まない。


 キングジョーはまだ艤装が完璧ではなく、散発的な援護射撃と、損傷したラブリオンの収容程度のことしかできていないが、大勢は赤の軍の有利で進んだ。

 そしてそこへ、更に青の国に追い打ちをかけることが起こった。


 ラブリオン・ドナーの登場。

 キングジョーの中で高見の見物を決め込んでいても、勝敗は決するだろうに、丈は敢えて自らドナーを駆って戦場に姿を現した。これにより、赤の軍の士気は更に上昇する。

 一方の青の軍の戦意はさらに低下した。──だが、中には例外も存在する。丈の出現は、不利な戦いを強いられる青の軍の中で一人気を吐いていた椎名の闘志に、更に火をつけた。


「ジョー!! お前を討てば、形勢は逆転する!」


 斬り結んでいた敵を一刀両断し、ブラオヴィントがドナーに向かう。その前にはドナーを守るかのように二機のラブリオンが立ちふさがったが、ブラオヴィントはほとばしる己のラブパワーの力のみにより、直に触れることなくその二機を弾き飛ばし、一気にドナーとの距離を詰めた。


「ジョー、一体何を考えている!」


 ラブパワーのこもった重い一撃がドナーの頭上に振り下ろされる。しかし、ドナーはたいしたことないとでも言うかのように、軽々とその渾身の剣をラブブレードで受け止めた。


「シーナ、よく考えてみろ。この世界でのオレ達の立場を。オレ達は戦いがあってこそ、意味のある存在だ。戦いが終われば、邪魔者でしかない。そうなっては、オレ達が生きられる場所はないんだぞ」


「その話は前にも聞いた! そんなことが理由か!?」


「ああそうだ! 戦いが終わって、必要とされなくなるのなら、オレは自分で国を作る。オレ達が必要とされ、オレ達が生きていける世界を作ってみせる!」


 ドナーの左手が、剣を持つブラオヴィントの右腕を掴み、その自由を奪う。


「王になってほかの奴らを跪かせたいってことかよ!」

「そんな単純なことではない!」

「俺にはそうにしか見えないな!」


 今度はドナーの右手がブラオヴィントの肩をがっしりと掴み、ブラオヴィントの体を自分の方に引っ張り込む。


「……シーナ、オレの元に来い!」

「なにをっ!?」


「あの国に留まっても、お前を待っているのは不幸だけだ! オレと共にオレ達が幸せに暮らせる国を作ろう!」

「俺に裏切りをしろというのか!? ふざけるな!」


 怒気をはらんだ椎名の声が、ブラオヴィントをドナーの束縛から解き放させた。ラブブレードを握る手も自由になり、間合いを取る。


「シーナ! お前とて、先が見えんほどの愚かな男ではないだろうが!」


 丈の叫びは、どこか悲鳴じみて感じられた。

 椎名は直情径行なところがある。だが、彼は丈のいうように決して思慮の浅い愚者ではなかった。ただし、例外が二つだけある。

 一つは好意を持っている女が絡んだ時。もう一つは、丈が関係している場合。


「先うんぬんが問題じゃない! 俺は今はお前の裏切りが許せん! それにより青の国がどんな危機に陥るか考えないのか」


「青の国もオレが併合する」


「お前は傲慢だ!」


 ブラオヴィントからラブショットの光の筋がほとばしる。


「ヴィジョンは見えている。十分に可能なことだ」


 しかし、ドナーはラブパワーを蓄えピンクに輝くラブブレードでそれを弾き飛ばした。


「自覚がないだけに余計に鼻につく!」


 椎名はラブブレードを握り直し、再び挑みかかる構えを見せた。


「シーナ殿! 周りをよく見てください」


 しかしその無線が椎名を押しとどめた。


「これ以上戦いを続けるのは危険です。被害が大きすぎます。このままでは、軍の存続にさえかかわります」


 撤退は、新手が出てきた時点で椎名も考えていた。それくらいには、椎名にも戦場は見えてはいる。だが、不幸にも丈の存在が椎名の冷静な判断力を曇らせてしまった。


「ジョーに気を取られ過ぎたか。これが俺の弱さ……」


 コックピットの中で、ドナーを睨み付ける。


「全軍に告ぐ! 全機ただちに撤退せよ! しんがりはブラオヴィントが務める! 繰り返す。全機、ただちに撤退せよ!」


 椎名の命令に従い、青の軍は撤退行動を取り始める。


「ようやく退くか。もっと早くてもよかったものを……」


 戦場を後退していく青の国のラブリオンを見送るドナーに、片腕のないラブリオンが近づいてきた。


「ジョー様、追撃しますか?」


「いや、いい。こちらの被害も少なくはない。それに、キングジョーはまだ完全ではない。だいたい、ルフィーニ、君のマシンもかなりの被害だぞ。キングジョーの中で休んでいればよいものを……」


「片腕がなくとも指揮はとれます。それに、少しでもジョー様のお役に立ちたく思いましたので……」


「そうか。……我が軍の方にも撤退の命令を出してくれるか」


「はい」


◇ ◇ ◇ ◇


 この戦いは一応は赤の国の勝利となった。だが、その赤の国といえども、後に残ったのは連戦によるマシン損傷と兵達の疲労のみで、たいして得るものはなかった。しいていえば、キングジョーを出撃させたことと丈の指揮能力により、元茶の国の兵の心を捕らえられたことくらいか。

 一方の青の国に至っては、丈の反乱に続き、この度の損害により、更に戦力を低下させ、それこそ全く得るもののない無駄な戦いを行ったとさえ言い切れる。

 だが、その無駄な戦いを無駄のままで終わらせるか、糧に変えるかは、個人の度量の問題といえた。椎名は青の国に戻るやいなや、エレノア女王に巨大戦艦の製造を進言した。


「ジョーにできて、我々にできないはずがありません! 我々も巨大戦艦の建造に着手してください。戦艦の有無は、戦略的に大きな差を生みます!」


「巨大戦艦……。向こうの戦艦はキングジョーと言いましたか」


「ええ。ふざけた名前です!」


「キングジョー……」


「女王?」


 王座に腰掛けたまま、沈んだ表情を浮かべるエレノア。悩みで重みを増した頭を支えるかのように弱々しく額に当てられた手が痛々しい。いつも凛々しい女王だけに、椎名にはその姿が意外に感じられた。いつも気高く咲いていた薔薇が、ある朝起きて見てみたらひなげしの花になっていた。そんなバカな感慨が思いつく程の意外さ。


「こんな時にこそ、エレノア女王に兵達を鼓舞していただきたいのですが……」


「シーナ殿。エレノア様も、事の重大さはよく認識されておられます。それこそ、誰よりも深く。それ故、こうして頭を悩ませておいでになるのです。今しばらくはそっとしておいてはくださいませんか。しばし間を置けば、エレノア様のこと、きっと何かよい策を授けてくださいます」


 エレノアを労る気持ちがひしと伝わる女王親衛隊長の言葉に、椎名も今はこれ以上何か言うのはやめにした。

 エレノアは一国の女王である。ただの兵である自分以上に思い悩んでいるのは当然のことだ。自分ごときが考えていることはすべて考えての上のことに違いない。


「失礼しました」


 椎名は自分の浅はかさを恥じてその場を離れた。


◇ ◇ ◇ ◇


 エレノアは確かに、ひどく思い悩んでいた。それこそ、彼女の人生においてかつてないほど。だが、その内容は、椎名やほかの家臣たちが考えていたものではなかった。

 エレノアは青の国の女王であるが、その前に一人の女であった──ようはそういうことだった。


 その夜、エレノアは一人密かに、王族専用の儀礼用ラブリオンを駆り、城を飛び出した。その行く先は──丈のいる赤の国。

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