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第3章 ジョー、動く

前回までのあらすじ

 片桐椎名シーナ霧島丈ジョーは異世界に召喚された。

 二人の前に現れた青の国の女王エレノアの頼みにより、二人は、ブラオヴィントとドナーと名付けられた2機のラブリオン(ラブパワーで動くロボット)に搭乗し、青の国のために戦うことを決意した。

 初陣を勝利で飾った二人のために晩餐会が開かれた。そこでシーナとジョーは不思議な女の子ミリアと出会う。ミリアとこの世界のことについて話をし、二人はこの異世界への認識を深める。しかし、晩餐会の中で、女王エレノアの妹、王女ミリアとして彼女と再会した時、その姿は我がままで愚鈍な王女でしかなかった。最初に会ったときの違和感にシーナとジョーは困惑する。

 初陣の後、椎名達は訓練を重ね、更にラブリオンの操縦に磨きをかけていた。

 元々この世界の者より遙かに高いラブパワーを有している二人である。青の国一番のパイロットである女騎士ルフィーニと互角に戦えるようになるまで、それほどの時間はかからなかった。

 そして今回、『青の国』の北に位置する『緑の国』のラブリオンが度々(たびたび)国境付近にまで侵攻してくることに懸念を抱いたエレノア女王は、青の国の力を示すために軍を派遣することを決定した。


 それにあたり、今、椎名と丈はルフィーニと共にそれぞれが一部隊を率いて、戦いに挑んでいた。


「能力では我らが圧倒している。オレに続け!」


 青の国と緑の国、それぞれの国を象徴する色をまとった青と緑のラブリオンが空を縦横無尽に駆け巡り、あちこちで火花を散らせている。その中で、どちらの国のイメージカラーでもない漆黒のラブリオン──ドナーは他のラブリオンを戦慄させるほどの力を見せていた。一機だけ違うその色は戦場においても目立つため、敵から常に攻撃目標とされてしまう。しかし、ドナーの力はそれをものともしなかった。


「貴様らとは戦う理由が違う!」


 新たに迫ってきた敵をラブブレードの一振りで両断する。先程から、来る敵来る敵をそれぞれほとんど一撃で葬っているのだ。まさに鎧袖一触といった感じである。


「オレらは負けられんのだ!」


 ドナーのラブショットが、一撃で二機のラブリオンを貫いた。通常のラブリオンのラブショットがテニスボールだとしたら、ドナーのラブリオンは時速百六十キロで飛んでくるボーリングの玉。それ程の大きさと威力に差があった。


「あいつのラブパワーは異常だ……」


 ドナーの凄まじい強さと、びんびんと肌に直接伝わってくる丈のラブパワーは、敵はもちろん、味方の椎名さえ恐怖させる。


「あれじゃあ、まるで化け物だぜ」


 呆然と呟きながらも、椎名は鍔迫(つばぜ)り合いを演じていた敵機を切り捨てた。これで八機目。二度目の実戦でのこの成果は通常なら十分評価に値するが、丈と比較すると、それもくすんでしまう。なにしろ、丈はすでにその二倍の数を沈めているのだから。


「みんな! 敵は我らの力に臆しているぞ! この機に一気に殲滅する!」


『おおっ!!』


 丈のラブパワーは、自分のマシンだけでなく、丈の部隊の兵士達にも影響を与えていた。その拡大するラブパワーは、部下の士気を高めるだけでなく、能力そのものをも向上させている節さえ感じられた。

 ドナーを中心にした丈の部隊の雪崩のような怒濤の進撃は、敵の部隊を中央から真っ二つに裂いた。これにより緑の国の軍の戦線は崩れて指揮系統は乱れ、戦意は喪失した。

 青の軍がことあとすべきことは、撤退する敵を撃破してくことだけである。


 この戦闘は、丈及びその部隊の活躍により青の国の圧勝に終わった。


◇ ◇ ◇ ◇


 戦いを終えた丈や椎名達を待っていたのは、国民の挙げての盛大な歓待だった。帰ってくるなりの凱旋パレードに、前回以上の祝勝会。特に二戦目にして部隊長としての役割を十二分に果たした丈と椎名は救国の英雄的扱いだった。

 だが、椎名は適当に挨拶と受け答えを片づけると、一人会場をを離れて自室に戻りベッドに倒れ込んだ。


「くっ! まただ……」


 悔しさに、シーツを掴んで握りしめる。


「俺はこの世界に来てもジョーに負けるのか……」


 椎名はこの世界の空気に慣れ、ラブパワーというものが頭でなく体でわかり始めていた。わざわざ呼び込まれただけあって、自分のラブパワーは周りの兵達よりも勝っている。それくらいは認識できる。そして、それと同時に、丈のラブパワーの凄さも実感できていた。

 はっきり言って今日の丈のラブパワーは、今の椎名にどうにかできる範囲のものではない。そのことがはっきりとわかってしまうだけに、椎名はなおのこと苦しかった。

「これじゃあ、ルフィーニさんの気を引くこともできなければ、エレノア女王に認めてもらうこともできない……。ラブパワーが文字通り愛の力だとしたら、もてるあいつの方がその力は大きいっていうのかよ」


 トントン


 ドアの方に顔だけを向ける。


「シーナ、オレだ。いるか?」


「ジョー……」


「入るぞ」


 今日の鬼神のような活躍で今頃は祝勝会で引っ張りだこのはずの丈が、扉を開けて椎名の部屋に入ってきた。


「おいおい、英雄が何しにきてるんだ?」


 ベッドに突っ伏したままの椎名が覇気のない声で皮肉めいた言葉を向けた。


「それはお前だって同じだろうが」


「俺とお前じゃ英雄としてのランクが違うじゃねーか」


「まぁ、……そんなことはどうでもいい。オレがここに来たのは、これからのオレ達について話し合うためだ」


 丈は近くの椅子に腰を下ろした。


「なんだよ、これからのオレ達って。エレノア女王とルフィーニさん、どっちがどっちをもらうかっていう話か?」


「そういうくだらん話はどうでもいい」


 椎名の冗談に構う様子を微塵も見せない丈の表情は真剣そのものである。


「くだらんってお前……」


「そんなことより、もしこのままオレ達の活躍によりこの国が世界を平定したらどうなると思う?」


「はぁ? ……そりゃ、そうなったら、その活躍の原動力となった俺らは英雄としてみんなの尊敬を集め、まさに神のごとく崇めらるだろ……。そして、俺とエレノア女王は結ばれて、晴れて俺はこの国の王。更には、ルフィーニさんを妾として──」


「バカな妄想はそれくらにしろ。そんなにうまくいくわけないだろうが」


「お前もエレノア女王を狙っているのか!?」


 お前がエレノア女王と結ばれる前にオレが頂く──丈の言葉をそう取った椎名が、寝ていた体をガバッと起こした。


「いい加減その話から離れろ! オレが言っているのはその前の段階の話だ。お前は本当にオレ達が英雄になれると思ってるのか?」


「何言ってんだよ。現に今俺達は英雄扱いされてるだろうが」


「それは今がまだ戦時中だからだ。戦いがある間はオレ達は重要な戦力だ。その間は英雄扱いでもなんでもして、オレ達を繋ぎ止めようとするだろう。だが、もし戦いが終り、戦うための力が必要でなくなったらどうなると思う?」


「どうなるんだ?」


「……少しは考えたらどうだ」


 丈は少々嘆息するが、気を取り直す。


「平和な世界においては、強大な力を持つ者は支配者にとって邪魔者以外の何者でもない。その力により、その平和が破られるかもしれないからな」


「用がすんだらポイ捨て、ってか」


「更にオレ達はこの世界の人間ではない。この世界の人間にとってオレ達は異質な存在なんだよ。世界の平和を脅かす力を持った異質な存在……そんな存在であるオレ達は、平和な世界においては排除される運命(さだめ)でしかない。今のうちに手を打っておかないと、オレ達の生きる場所がなくなるぞ」


「相変わらず小難しいことを考えやがって。そんなの考えすぎだ。エレノア女王やルフィーニさんがそんなことする人に見えるか?」


「一個人の人間性を問題にしているんじゃない。この世界の総意を問題にしているんだ」


「……よくわからん。が、心配しすぎなのは確かだな。そんなことは一々考えてられん。それに、俺にはもっと大きな問題が今目の前にある。それをどうにかする方が先だ」


「なんだ、その今目の前にある問題とは?」


「……別にお前に言うようなことじゃない。そんなことより、理屈でがちがち固められた話はもう結構だ。そんな心配までしてたら、世の中何もできん。そういうわけだから、話は終わりだ。もう出て行ってくれ」


「しかし、シーナ……」


「しかしもかかしもない! 今は一人にしてくれ!」


「……わかった」


 丈も椎名との付き合いは長い。椎名の反応から、これ以上話しても無駄だということがわかる丈は静かに席を立ち、部屋を後にした。

 丈が部屋を出たのを確認すると、椎名は再びベッドに倒れ伏す。


「余裕だな、あいつは……。先の先のことまで考えてやがる。……だが、俺にとっての一番の問題はあいつの存在だ。俺はあいつを超えなきゃならない。あいつを超えなきゃ、俺は男として、人間として、自分の存在を許せやしない!!」


 倒れた姿勢のままで、椎名は壁に思い切り拳をぶつけた。物に八つ当たりでもしなくては、ストレスで頭が狂ってしう。拳に鈍い痛みが広がってくるが、その痛みが自分の狂おしさを和らげてくれるようで、椎名にとってはむしろ心地よかった。


◇ ◇ ◇ ◇


 椎名の部屋を出た丈は、祝勝会の会場へは戻らず、自室へと戻った。そして椎名と同じようにベッドに横になる。だが、うつぶせの椎名と違い、ジョーは仰向けだった。


「あいつは相変わらずか……」


 その声には失望や嘲りの色はなかった。むしろ、自分が知っている椎名の反応に、安堵感のようなものが感じられる。

 天井をなにげに見ていた丈の右手が自然と胸元に伸びた。服の内ポケットから定期入れを取り出す。こんな世界において、元の世界の定期が役に立つはずがない。丈が必要としているのは、その中に入っている写真だった。

 丈は定期入れを左手に持ち替えると、その写真が入れてある面を表にして顔の前に掲げた。いつもクールな丈の目とはとても思えない甘く切なげな瞳がその写真を見つめる。

 丈は自由な右手と足をうまく使い、自分の下半身を裸にすると、右手を股間に伸ばした。そしてそこにあるものを軽く握りしめ、それを上下させ始める。


「オレはお前のために……やってみせる!」


 上下する丈の右手の速度が上がった。


「────!!」


 射精の瞬間、自分の体に返ってこないように体を横向ける。白濁した液体が床の方へ飛び散った。


「……ふう」


 軽い気怠さの中、風の羽音を聞きながら余韻を楽しむかのようにしばらく股間をいじった後、丈は大事そうに定期入れを内ポケットに戻し、起き上がって浴室へと向かった。


◇ ◇ ◇ ◇


 椎名と丈が召喚された青の国は大国ではなかった。小国、むしろ弱小国に分類できるかもしれない。その青の国の北に位置するのが大国である『緑の国』。そして、東側に位置するのがこれまた大国の『白の国』。


 この二国は、全力で攻めれば青の国を征服できるだけの戦力を共に保有している。だが、いまだ青の国は健在である。それは何故か。

 緑の国と白の国は互いに強大な国であるが、その力はほぼ同等。もしも青の国を併合できたならば、その分の国力の増加により、もう一方の国を攻め落とすことか可能だろう。だが、青の国を制圧するためには、自国の軍を出兵せねばならない。そうした時、その国はその分戦力が低下してしまう。それはもう一方の国に攻められるスキとなり、総力戦となった時に、その差が敗北をもたらすことは明らかだった。それ故、緑の国、白の国とも、互いに青の国に対して本格的な侵攻を行えないでいた。

 だが両国ともこの睨み合いの構図をいつまでも続ける気はなく、互いに青の国に対して同盟の打診をしていた。支配しての戦力増強が無理ならば、協力させて戦力を上げようというのだ。しかし、青の国としてはこの同盟をやすやすと受け入れるわけにはいかなかった。一方に協力すれば、その国が勝つのは間違いない。だが、その後に青の国も征服されるのもまた確実だった。戦乱の世においては、同盟など一時の気休めにしかすぎない。

 それ故、青の国は返事の催促をのらりくらりとかわしてきていたのだが、最近はこの前の緑の国のように返事を急がせるための威嚇行動が数を増してきており、青の国の立場はますます危ういものになってきていた。


 そんな青の国が、国の存続のためにかねてからの悲願であるのが、西に隣接する『茶の国』の征服であった。茶の国も青の国と同じく小国であるが、それらが一つになれば、緑の国、白の国といえどもそう簡単に手を出せる勢力ではなくなるし、いがみ合っている二国のスキをついて漁夫の利を得る可能性も高くなる。そして今回、青の国は二人の戦士を迎えて士気が高まっていることもあり、ついに本格的な茶の国攻めを行うことになった。


 この出兵に対し、戦闘隊長に立候補した丈は、戦いにおける全指揮を任され、実に青の国の三分の一の兵力をもって茶の国に挑むこととなった。ルフィーニもこの戦いに同行するが、椎名の方は青の国でお留守番。

 丈に負けることをひどく嫌っている椎名であるから、「俺も行く! ジョー一人に任せるわけにはいかない!」と、自分も出撃することを主張した。しかし、二人ともが出てしまっては誰が国を守るのだと丈に言われ、エレノア王女にまで「シーナ殿にはこの青の国の防備を固めていただきたいのです」などと頼まれては、さすがに己の我を通すことはできなかった。


「あぁー! 何で俺はこんな事してんだか!」


 いざという時に備えて愛機ブラオヴィントの清掃をしていた椎名だったが、急に嫌気がさして雑巾を地面に叩きつけた。


「俺は戦士として呼ばれたんだぞ。それがなんで留守番なんだよ!」


 ブラオヴィントの足にもたれかかりながら、しゃがみ込む。ライバル丈が遠い地で今や戦闘の真っ最中。それに比べて自分は──そう考えたら誰でもいやになる。


「そんなにふてくされないでくださいよ、シーナ殿」


「お前は平気なのかよ。女王親衛隊の隊長さんともあろうお方が、こんなところでマシンの整備なんかしててよぅ」


「ええ。なにしろ、私は女王親衛隊ですからね。エレノア様をお守りすることこそ私の使命、エレノア様がこの城におられるのに、私がここをいなくてどうするんですか」


「……そら、お仕事に誇りを持っていてご立派なことで」


 皮肉をこめて親衛隊長に言ってやる。この男は親衛隊長などという最高クラスの役職についてはいる割には若い男だった。高校生である椎名達と比べるとさすがに可哀想だが、客観的に見てまだ「おじさん」ではなく「お兄さん」と呼ばれるような年齢と外見である。


「この仕事に誇りを持っていないわけではないですけど、それよりも私はエレノア様を敬愛しているんですよ。女王陛下のお(そば)にいたい。そういう想いで、ここにいるんです」


 エレノアのことを語る男の顔は本当に幸せそうだった。その顔を見ただけで、付き合いが長い訳ではない椎名にもその男がエレノアのことをどう思っているかが容易に想像がつく。


「……エレノア女王のこと、好きなんだな。……狙ってるのか?」


「狙ってるって、何をです?」


 男の顔はとぼけているようには見えなかった。


「エレノア女王と恋仲になりたいんだろってことだよ」


「そ、そんな滅相もない! 自分の立場くらいわきまえてますよ。私は女王陛下のために働ける、ただそれだけで十分なんです。女王陛下は私も含めてこの国の民すべてを等しく我が子のように想ってくださっていますし」


「そんなことで本当に満足できるのか? 俺には絶対に無理だな」


「シーナ殿は、伝説の愛の世界から来られた方ですからね。我々と違って、愛という神秘の力をお持ちなんですから、それはそうでしょう」


 こういう愛を特別視する発言を聞くと、ミリアがやはり特別なんだということを改めて認識する。


「じゃあ、もし俺がエレノア女王と結婚することになったらどうする? 怒るか、やっぱり?」


「エレノア様がシーナ殿をお選びになったのなら、もちろん祝福しますよ。それに、私はシーナ様のこと好きですし」


「げっ、俺のそっちの気はないぞ」


「なんです、そっちの気って?」


 やはり男はとぼけているようには見えない。


「……いや、なんでもない(この世界の人間にはこういうギャグも通じんのか。まぁ、異性でさえ愛せないのに、同性を愛せるわけないわな)」


「しかし、ジョー殿とエレノア様が結婚なされることになったら……ちょっと祝福しかねるかもしれませんね」


「ん、なんでだ?」


「いえ、別に具体的な理由があるわけじゃなく、なんとなくです。私自身は、ジョー殿を嫌っているわけではありませんし、むしろ不思議と惹かれる部分さえ感じているのですが……」


「わかった! ジョーより俺の方がいい男だから、俺の方がエレノア女王の隣に立った時にぴったりくるってことだな」


「いえ。私はシーナ殿よりもジョー殿方が美形だと思いますよ」


「……ジョークを、こうもはっきりとマジな顔で返されると、自覚していてもさすがに落ち込むぞ」


「でも、今はそのジョー殿を信じるしかありませんね」


「ん、ジョーの何を信じるんだ?」


「何をって、ジョー殿が今回の戦いに勝利してくれることをですよ!」


「そうか? 俺としては、ジョーが尻尾を巻いて逃げ帰って来た後、俺が出て行って勝利を収めるというシナリオを用意しているんだが」


「何を言っているんですか! 今回の戦いには我が国の三分の一の兵力を投入しているんですよ! もし、それが全滅に近い被害を受けようものなら……我が国は終わりです」


「────!!」


 椎名は初めて事の重大さを実感し、跳び上がるがごとき勢いで立ち上がった。


「じゃあ、なおのこと、俺はこんなとこでこんなことしてる場合じゃない! お前だって親衛隊の隊長やってるくらいだから、腕は立つんだろ。その俺ら抜きの戦力で国の命運をかけた戦いを仕掛けるなんておかしいぜ!」


 慌てる椎名。だが、親衛隊長の方はいたって平静だった。


「いいえ、私はこれでいいんですよ」


「お前の信念は聞いた。だが、国の存亡をかけた戦いなんだろ。女王を守るためにも、この戦いには参加すべきだぞ。俺は今からでも戦いに行くぜ!」


「もう間に合いませんよ。……しかし、どうしても行くとおっしゃるなら、私は止めません。……ですが、私はこの城、いやエレノア様の(もと)にいます。確かに、この戦いに惨敗すれば国は滅びるかもしれません。しかし、国がなくなったとしても、エレノア様さえ生き延びてくだされば、国の再興は可能です。だから、私はもしもの時にそのエレノア様をお守りするため、この城にとどまっているのですし、今こうしてラブリオンの整備をしてもいるのです」


 親衛隊長は言い終えると、今まで休めていた手を再び動かし、黙々と整備の続きを再開した。

 椎名はしばらく親衛隊長を見つめながら彼の言葉を頭の中で反芻すると、やがて今自分が何をすべきかを理解し、放り投げた雑巾を拾い上げて、ブラオヴィントの関節部分の埃の掃除を始めた。


「……負けんなよ、ジョー」


◇ ◇ ◇ ◇


 その頃、丈は茶の国の領空で戦っていた。

 国境過ぎのところで迎え撃ってきたパトロール隊に毛の生えた程度の部隊を一蹴した後、その勢いのまま侵攻し、今は茶の国の城まであとわずかという所で茶の国軍の本隊と交戦中である。


「道はオレが切り開く! 皆はオレに続け!」


 目の前に立ちはだかった敵ラブリオンを粉砕し、ジョーのドナーはさらに前進する。これが何十機目の撃墜なのか、もう覚えていられないほどである。だが、その撃墜数に反して、ドナーのボディの方にはほとんど傷がついていない。そのことが、ドナーの進撃の凄まじさを物語っていた。

 そして、その鬼神のごときジョーのラブパワーの影響を受けた青の国の兵士達もまた、自分のポテンシャル以上の力を発揮しつつ敵を打ち倒していた。

 青の軍は、ラブリオンの性能はともかく、数ではやや劣っている。その上、地の利も向こうにある。そんな厳しい戦いにもかかわらず、丈達青の軍は優勢──というよりもむしろ圧倒的でさえあった。


◇ ◇ ◇ ◇


 その二時間後。茶の国の城は陥落した。

 青の軍の被害は、茶の国の半分にも満たない。まさに圧勝であった。


「ジョー様、やりましたね!」


「ああ。だが、オレにはまだやらねばならんことがある」


 丈は皆の目につくように、城の天守にゆっくりとドナーを降下させていく。


「みんな、オレの話を聞け。無線に耳を傾けろ!」


 ただならぬ迫力のこもった丈の凛とした声に、勝利により浮かれた気持ちになっていた兵達が、マシンを地面に降下させ、各々のマシンの中で静かに丈の言葉に耳を傾ける。


「オレは今ここに、青の国からの独立を宣言する! 以後この国は『赤の国』とし、このジョー・キリシマが治める。異議のある者は、このオレを斬り捨てるなり、青の国に戻るなり好きにして構わん。オレに賛同する者だけここに留まるがいい。だが、これだけは言っておく! オレはこの世界すべてを支配するだけの力を持った人間だ! オレについてくれば、世界の盟主となる国の騎士となれるということだけは覚えておけ」


 いきなりの宣言だった。誰も予想していなかったことだ。浮かれ気分は完全に吹き飛んだ。つい数分前は日本シリーズで優勝した後のビールかけみたいな雰囲気が、今やお通夜のそれである。

 誰も動かない。いきなりの展開にどうしていいいかわからず、ほかの者の動向をうかがっているのだ。

 その中で最初に動いた者がいた。丈のいる天守へとラブリオンを浮上させていく。それは、丈に次ぐ実力の持ち主──ルフィーニだった。ジョーとルフィーニの一騎打ちか? 兵達は二機のラブリオンの一挙手一投足に全神経を集中させる。

 だが、天守で待ち構える丈はマシンを微動だにさせず、ドナーを仁王立ちさせたままである。丈にはわかっているのだ。ルフィーニのラブパワーに殺気が全くないことが。

 そして、天守まで上昇したルフィーニのラブリオンは、兵達の予想を裏切り──丈にとっては予想通りに──戦う意志など微塵もみせずにドナーの前に跪いた。


「私はジョー様のラブパワーに初めて触れた時から、ジョー様こそこの世界を統べるに相応(ふさわ)しい方だと思っておりました。そのジョー様の御為に働けるなど、身に余る光栄であります。このルフィーニ、ジョー様に対してここに永遠の忠誠を誓います」


「貴公の見る眼が確かであることは、五年の(のち)にはこの世界の地図をすべてオレの色に塗り変えることで証明してみせよう。それまでは、その命、このオレに預けてくれよ」


「この命、ジョー様に捧げます」


 ルフィーニの帰順はほかの兵達にとって決定的だった。軍においては圧倒的、政治においてもかなりの発言力を持つルフィーニ。人気、実力ともに、軍内においては並ぶ者がない。そのルフィーニの言動がほかの者にとって圧倒的な影響力を持つのは必然。今のルフィーニの行動が、ほかの兵の行動のベクトルを決めてしまわないはずがなかった。

 そして、結局この戦いに参加した兵のほとんどが赤の国の戦士となった。青の国に帰還したのは、わずかの愛国者と女王信奉者、そして家族想いの者達だけだった。


◇ ◇ ◇ ◇


 戻ってきた兵達から、この出来事を聞いた青の国は天地をひっくり返したかのような大騒ぎとなった。

 それもそうだろう。自国の命運を賭けた出兵。その結果が新たな敵国の誕生。しかも、自分の国の軍勢の三分の一を持って行っての。そして更に、そこに茶の国の残存兵力まで加われば、青の国にとっては茶の国以上の強敵の出現ということになる。

 城の大広間に、(まつりごと)に携わる者や軍の上層部の者らが対策を練るために集まった。だが、どうもまともに議論をできるような状況ではなかった。


「だから、ほかの世界から戦士を呼び込むことに反対したんだ! そんな奴、信用ならんに決まっている!」


 椎名がすぐ側にいるにもかかわらず、そんな発言をする者もいれば、ただおろおろするだけの者もいる。


「あの野郎……なんてことを! すぐに俺がぶっ倒しに行ってやる!」


 自分の存在を否定するような発言を受けても、臆することもなければ、いちいち反論することもない。椎名の憤りはそれどころではないのだ。


「エレノア女王、すぐに出兵の用意を! ……女王?」


 いつも毅然とした態度で威厳を保っているエレノア女王──そんなイメージしか持っていない椎名の目に映ったのは、肩を落とし虚ろな目を浮かべている彼女の姿だった。


「……ジョー殿……なぜ……」


「エレノア女王!!」


「はっ! シーナ殿……」


 今初めてシーナが前にいることに気づいたような顔を浮かべるエレノア。


「ショックなのはわかりますが、女王であるあなたがぼーっとしていては兵達が浮き足立ちます。しっかりしてください!」


「そう……ですね」


「赤の国は今はまだ国を占領して間もなく、十分な戦力を整えられてはいないはずです。今攻め込めばなんとでもなります!」


 親衛隊長が助け船を出してくれる。


「女王!」


「……わかりました。すぐに用意をしなさい」


 鶴の一声だった。その女王の一声により、混乱していた皆のラブパワーが女王を中心にして一つに集まり、自分達の動くべき方向に向けて動き出した。


◇ ◇ ◇ ◇


 一方、茶の国を制圧し、自ら赤の国を建国した丈の方は問題が山積みであった。


 丈が率いたラブリオン隊は、青の国の全軍の三分の一。再起不能となったマシンの数こそ少ないものの、各ラブリオンはそれぞれ大なり小なりの損傷を負っている上、兵達のラブパワーの疲弊も馬鹿にならない。

 これに、茶の国の残存兵力を加えても、数字的には青の国の戦力に劣る。更に言うなら、この茶の国の戦力をそのまま加えられるかどうかは甚だ疑問である。侵略者に素直に協力できる者などいるはずもなく、国民の丈達に対する感情が芳しくない上、元茶の国の兵士の中には反抗勢力を結成しようかという動きさえある。

 おまけに問題は軍事面だけでなく、内政面においても顕著だった。やもすると、こちらの方が致命的かもしれない。

 今回の出兵において丈が連れてきたのは当然軍事関係者のみ。しかし、軍人だけでは国の政は動かせない。しかも、その国の実状を知らない他国の人間であればなおさら。それ故、そこでは元茶の国の人間の力を借りねばならないのだが、そういう知識人の助力を得るのは、軍人を味方に引き入れるのとは違う難しさがある。


 そして、それらの問題に対処するために丈が持っているカードは、丈自身のラブパワーのみなのである。

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