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最終章 愛の行方

 ミリアの狙いは、あくまでキングジョー。両国にとって、それぞれの戦艦は、丈と椎名という二人のエースと共に、国の象徴であり兵士達の精神的支柱である。それを撃破することができれば、兵達に与える影響は計り知れない。しかも今のキングジョーには丈自身は乗っていない。丈が指揮するキングジョーは一筋縄ではいかないだろうが、丈のいないキングジョーならばそう恐れることはない。

 ミリアは、女王親衛隊を中心とした主力部隊とクィーンミリア本艦をもって、積極果敢にキングジョーに迫った。


 一方のキングジョーは、丈の指示に従いクィーンミリアを警戒して常に距離をとろうとする。しかし、前進するクィーンミリアの速度に、後退するキングジョーの速度がかなうはずもなく、次第に距離を詰められていく。また、消極的に避け続けるのは兵達の士気を下げることにもなりかねない。そのため二つの艦の間にラブリオン隊を入れ、クィーンミリアの進行を食い止めようとする。

 だが青の軍の組織力は完璧だった。何の連携もなくただ足止め目的のためだけに向かってきた赤の国のラブリオンをものともせずに撃破し、キングジョーに向かって突き進む。


 そして、二隻の戦艦を中心としたその周囲でも両国のラブリオンは激しい戦いを繰り広げていた。

 交錯する火線、飛び交う光弾、閃くラブブレード、爆発するラブリオン……それらの数はこれまでの戦いの比ではなかった。ここにいる者全員がわかっているのだ。この戦いがそれぞれの国の存亡をかけた絶対に負けられない戦いだということを。

 その中でも一際熾烈極まりないバトルを繰り広げているラブリオンが二機あった。

 一機はまさに草原を駆け抜ける一陣の風。しかしその風はただ清々しいだけの風ではない。竜巻、あるいはハリケーンになる可能性を常に秘めた猛々しい風──椎名のブラオヴィント。

 もう一機は蒼天を切り裂く(いかずち)。電光石火の早業と、炎のごとき激しさを併せ持つ深紅のラブリオン──丈のドナー。

 互いの強大で高圧的なラブパワーは、物理的エネルギーとなって周りに放出される。そのラブパワーは、二機を囲んでいる両軍のラブリオンにプレッシャーとして押し寄せ、その戦いに手出しすることをさせはしない。……いや、そもそもそのような障壁がなくとも、この二機の戦いに介入できるものなど誰もいないのかもしれない。実力の点からいって、援護に入ったとしてもあまりの能力差に、かえって足手まといになってしまう可能性が高いのだ。

 しかし、何よりも二機とその他とを隔てているのはそこにある雰囲気だった。二機はそこに自分達だけの空間を作り上げていて、まるで別次元で戦っているように周りの者の目には映っている。


「ジョー! お前、本当にエレノアを殺したのか!?」


 ラブパワーの込められたブラオヴィントのラブブレードが、鍔迫り合いの状態でドナーを押していく。


「……不可抗力だ。殺そうとしていたのは、オレではなくエレノアの方だった」


「な……。それはどういうことだ!?」


 真実とはいえ、予想外の言葉に椎名の心が揺れ動く。パイロットのラブパワーに反応して動くラブリオンは、パイロットの精神とリンクしている。気の乱れはイコールラブリオンの乱れとなって現れてくる。

 ドナーがブラオヴィントの剣の力の方向を、すからせるように変えてやると、ブラオヴィントはたたらを踏むかのように前につんのめった。そのスキをついて背後から迫るドナー。椎名は瞬間的に反応しラブブレードをラブブレードで受け止めるが、今度はさっきまでとは逆に、ブラオヴィントが押される格好となる。


「愛が人を盲目にさせたということだ」


「わけわかんねーよ!」


「エレノアはオレのことを愛していた。だが、オレの心が彼女の向くことはない。そのことを感じ取ったエレノアは、オレと心中をはかろうとしたのだ」


「ま、まさかエレノアがそんなことを……」


「事実だ」


「だ、だが、この世界の人間は愛というものを知らないはず! 感情の起伏が俺達よりもずっと小さいって前に喋っただろうが! それなのにエレノアがそんなにも思い切ったことをするとは信じられん!」


『あなた達が来てからこの世界そのものが変革してきているのよ』


 二人の間に割って入ってくるラブパワーを介しての声。椎名と丈もマシンの中にいながらラブパワーを介して話をしている。その二人に近いだけの強いラブパワーを持つ者なら、その二人の会話を聞き取り、その会話に入ってくることも可能だった。そして、エレノアもルフィーニもいない今、それができる人間は一人しかいない。


「どういうことだ、ミリア!?」


『女王親衛隊長がヘイトリオン化してしまうなんていうことも、今までの常識から考えて絶対にありえないこと。……いえ、それ以前に姉さんがこの国を捨てて赤の国に行ってしまったこと、ルフィーニ達が簡単に裏切ってジョーについてしまったこと、それらすべてが今までのこの世界の常識ではありえないことなのよ。でも、それらはすべて起こってしまった事実。では、いつからそういった変化が起こり始めたのか? 答えは簡単。あなた達二人がこの世界に来た時から。その時から、私達の心の根底にあるものが、あなた達のラブパワーの影響を受けて急激に変化してきているのよ』


「……オレ達のようなよその世界の人間を呼ぶからだ。移住した人間がその地の風土病にかかるように、あるいは未開地に進出して未知のウィルスに感染してしまうように、違う世界のものと接触すれば弊害が起こるのは当たり前のことだ!」


『……でも、私はこの変化が悪いことだとは言っていないわ。これが吉と出るか凶とでるかは──』


「だが、オレ達には迷惑だったんだよ!」


 丈のラブパワーがミリアの言葉を途中で遮る。


「けど、お前はまだいいだろうが!」


 丈のラブパワーがミリアに一瞬向いたそのスキをついて、ブラオヴィントがドナーの胸部に蹴りを入れ、押されっぱなしの鍔迫り合い状態から脱することに成功した。


「この世界に来ても、エレノアにルフィーニ、俺が好きになった人はみんなお前のことを好きになって……。いつもいつも、自分の好きな人をお前に取られていく俺の身にもなってみろ!」


 情けなくて口に出しては言うまいと思っていたこと。だが、丈の感情的な言葉につられ、椎名の口からもつい漏れてしまった。


「自分が好きでもない奴に想われても嬉しくもなんともない」


 丈はその一言で椎名の反論を簡単に切って捨てた。

 だが、それは正論ではあるかもしれないが、椎名にはカチンとくる。しかし、椎名が何か言うよりも先に、丈が言葉の続きを紡ぐ。


「……本当に愛している奴が振り向いてくれない……いや、それどころか余計に遠ざかっていくのに、何が嬉しいか!」


「……ジョー?」


 椎名が丈から丈自身の恋愛についての言葉を聞くのはこれが初めてだった。丈にも想い人がいたことを今初めて知る。


「ミリア! 貴様がいなければこうはならなかった!」


 いきなり自分の方へ話を振られてミリアは面食らう。椎名も思考がこんがらがってくる。だが、それは当事者でない二人だからであって、丈にしてみればこれらはすべて話が繋がっていること。


「貴様が出てこなければ青の国は瓦解し、とうに赤の国に統合されていた! そうすればここでこうやってシーナと争うようなことをしなくてもすんでいたのだ!」


「なにミリアのせいにしてんだよ! 元はと言えばすべてのお前が始めたことだろうが! お前が俺達を裏切って独立なんてしなければ、こんな無駄な戦いはしなくて済んだんだ! エレノアも、ルフィーニも、女王親衛隊長も、ほかの多くの兵士達も死なずに済んだんだぞ!!」


「くぅっ! まだそんなことを言うのか!」


 丈のその言葉は、苦しみから生まれてくる呻きのように聞こえた。


「お前は何もわかっちゃいない。オレの気持ちなど、理解しようとしない……。考えてもみろ! 戦士として呼ばれたオレ達が、すべての戦いが終わった後どうなるか。あるいは、戦いが終わらずとも戦士として役不足になった時にどうなるかを!」


「またその話かよ! エレノアやミリアが俺達を簡単に斬り捨てる人間だと思うか!?」


「他人など当てにできん! それに、たとえ彼女らがそうだとしても、別の者が支配者になればどうする? その時にオレ達の立場が守られる保証がどこにある!?」


「け、けど……。けど、お前ならエレノアと一緒になることだってできただろうが! それならば安泰じゃないか!」


 認めたくはないことだが、勢いで喋ってしまう椎名の口。


「オレはな! だがお前はどうする? オレが王となった世界でお前はどうやって自分の居場所を築くんだ!?」


「それは……。けど、それなら今だって同じだろうが! お前は王になろうとしている──いや、すでになっているじゃないか」


「違う! オレが目指しているのはオレが王になる世界ではない! オレとお前が王になる世界だ!!」


「俺とお前が?」


「この世界ではオレ達は異質な存在。このままではやがて排除される定め。だから、オレ達が支配者となって、自分でオレ達の居場所のある世界を作る! 王が二人というのが気に入らないのなら、お前が王になればいい。オレは陰でお前をサポートしてやる!」


 丈の言葉は嘘には聞こえない。これほど真摯に心に響いてくるラブパワーが嘘偽りであろうはずがない。だが、それだからこそ、椎名は余計混乱してしまう。


「ジョー、お前、何を言っているんだ!?」


「オレが言っていることは前から一つだ! オレの国に来い──いや、来てくれ! 頼む!」


 椎名は、今まで剣を合わせあうたびに、丈がしきりに自分を赤の国に引き入れようとしていたことを思い出す。


「何故だ、何故そんなにオレにこだわる!?」


「…………」


 押し黙る丈。激し火線が飛び交う戦場の中、二機のラブリオンはただじっと対峙する。


「……お前はこの世界に来たことをどう思っている? 嫌だったか?」


 丈の言葉はさっきまでの興奮が嘘のように穏やかだった。


「当たり前だろ! テレビもスマホもない、いつ死ぬかわからないこんな世界がいいわけがない! 元の世界に戻れるならば、今すぐにでも戻りたいと思っている!」


「オレはそんなに嫌じゃなかった」


 丈の言葉は意外だった。椎名には丈の真意がわからない。


「……お前と一緒だったからな。お前が側にいてくれるのなら、オレはこの世界だろうが、オレ達の世界だろうがどちらでもかまわん。……むしろ、同じ世界の人間は二人だけ、いつも同じ建物の中で暮らせるこの世界の方が良かったかもしれない」


 丈のラブパワーが変わった。直感的に椎名はそう感じた。具体的にどう変わったのかは説明できないが。


「……だが、いつまでもその暮らしを続けているわけにもいかなかった。これからのことを考えると、お前の未来のことを考えると、いてもたってもいられなかった。お前が幸福に生きられる世界、それを築かなければ──そんな思いがオレを駆り立てた」


 何故俺の未来なんだ? 何故自分のことじゃない?

 ブラオヴィントの剣に迷いが生じる。それと同時にドナーの剣にも変化が現れ始めた。


「なのに、……なのに何故オレは今お前とこうして戦わねばならんのだ? オレの戦いはすべてお前のためだというのに!!」


 ドナーのラブブレードが漆黒の輝きを持つ剣に変化した。この剣は見忘れるはずがない。ヘイトパワーを宿した悪魔の剣!


「ジョー、落ち着け!」


 椎名は自分がヘイトリオン化する危険性は危惧していた。だが、丈がヘイトリオン化する可能性など考えもしなかった。

 丈は自分よりも遙かにクールで精神的に強く、間違っても憎しみに心を奪われることなどあるはずがない。それ以前に、丈程能力的に完璧な人間が、他人を憎むことがあるなど考えもしなかった。嫉妬のあまりほかの者が丈を憎むことはあっても、丈の方がほかの者を憎むなど……。


「オレは昔からお前だけを見ていた。別にオレの気持ちに応えて欲しいとは思っていなかった……いや、いつも強く思っていたが、それでもお前が友人として一緒にいてくれる、そのことだけで自分を納得させることができた。だが、お前は好きになった女がオレに好意を寄せるたびにオレを避けるようになった。オレが好きでそうなるように振る舞っていたわけでもないのに!」


 剣だけでなく、ドナーの全身から黒い靄のようなものが次第にあふれ出してくる。


「ヘイトリオン!?」


「お前はオレの気持ちを少しも理解してくれない! オレがこんなにもお前を愛しているのに!!」


 面と向かって愛していると言われるのは、椎名にとってこれが生まれて初めてのことだった。しかし、その相手が男であるからか、あるいは自分が嫉妬し続けてきたライバルであるからか、嬉しさはこみ上げてこなかった。それは一般的な反応であるかもしれないが。


「ちょっと待てジョー! 俺達は男同士だぞ!」


「そんなことはわかっている!」


「男が男を好きになるなんて、おかしいだろうが!」


 それは丈は一番言って欲しくなかった言葉。


「何故おかしい? 何故そんなふうに考える!?」


「何故って……」


 椎名は言葉に詰まる。


「男が男を愛して何が悪い! たまたま好きになった相手が男だった──ようはそれだけのことだろうが! お前の場合は好きになる相手がたまたま女だった。そこに理由があるのか!?」


 人を好きになるのは、相手になんらかの惹かれる部分を感じたからであって、その相手が女(あるいは男)だからではない。さらりとした長い髪が素敵、きゃしゃな体つきに守ってあげたいと感じる──そういった女性的な要素に惹かれて好きになることはある。だが、それらは、女性であるその個人が持っている個性であり、イコール女性そのものではありえない。丈が言いたいのはつまりそういうことだった。

 しかしそうは言っても椎名には抵抗があった。理屈はわかるし、丈の言っていることは正論だと思う。だが、理性で理解するのと感情で納得するのとが違うのもまた事実。それに、これが他人事ならまだしも、今は自分がその当事者となっている。自分の問題となればなおのこと抵抗感が強まるのも仕方のないことだと言えた。


「お前の言っていることはわからなくもない。だが……」


「わかってる! それ以上何も言うな! オレだってシーナの気持ちくらいわかっている……。だからこそ、今までこの気持ちを隠してきた。お前を欺き、周りを欺き、自分の心を欺いて! そうやって永遠に欺き続け、オレはお前の側にいて、お前の力になるために生きることで自分を納得させ続けるはずだった……」


 ドナーから次々にこぼれてくる黒き輝き。それはまるで涙のように切なく感じられた。


「なのにお前はオレのその気持ちさえ受け入れてくれなかった! オレの戦いはすべてお前のための戦い。なのにそのオレの前に立ちふさがるのはお前自身……。オレの戦う意味は何なんだ!? 人をこの手にかけてまでオレがしてきたことは何だったんだ!?」


 膨れ上がる負の感情。黒き輝きは減ることなく増え続け、ドナーのボディの至る所から煙のように吹き出してきている。まるでドナーは黒く輝く霧に包まれているかのよう。

 椎名はその様に見覚えがあった。それはもう随分と前。この世界に来る前のこと──いや、それは間違ってはいないが正確でもない。あれは、そう、椎名がこの世界に召喚されようとしていたまさにその時に椎名に起こっていた現象。

 同じだった。自分の片想いの相手が丈にラブレターを渡すのを見た後、その丈に対して愚かだが抑え切れない程に沸き上がってくる嫉妬や憤りといった負の感情に捕らわれてしまった自分に起こった現象と同じだった。


「俺もあの時ヘイトパワーに取り込まれていたのか……」


 愕然とする椎名。だが、その間にも丈から溢れる禍々しい力は膨れ上がってく。


「だ、駄目だ! ジョー!! ヘイトパワーは不幸を招くだけだ!」


 想い人、愛しい人の言葉。しかしそれでも丈の心の暴走は止まらない。

 丈は多くを語る人間ではなかった。心の不満も悔しさも悲しさも、一人、心の中に押し込め、愚痴をこぼすことも、物に当たることもなく、心の奥底での浄化を待つ。どんなことに対しても、激昂することなく、また悲嘆にくれることなく冷静に対処していく。丈とはそういう男だった。

 しかし、それだけに、今のように自分の胸のうちをすべて告白し、感情のおもむくままに言葉を吐き出すということは、もうすでに心のリミッターを越えてしまっているということにほかならなかった。


「やめろ、ジョー!」


「……うるさい!」


 振り下ろされるヘイトソードをブラオヴィントが受け止めにいく。

 剣と剣が触れ合う瞬間、丈のヘイトパワーが一際激しく燃え上がった。ビル風のようなそのヘイトパワーの急激な突風を受けたブラオヴィントは、ピンポン玉のようにたやすく弾き飛ばされる。


「な、なんだ今の力は!?」


 軽く三十メートルは弾かれたところで、椎名は態勢を立て直し、状況を確かめる。

 そして椎名は知る。今の力の訳。そして、もはやすべて手遅れだということことを。

 椎名の目に映るドナーはすでに黒く輝くオーラのようなものを全身にまとわせ、ヘイトパワーによる圧倒的な力ある風を周囲に放出していた。

 それは、皆に見覚えのある姿。忘れようとしていた恐怖が、再び全員の頭に蘇る。

 恐怖の代名詞、ヘイトリオン。


「俺と同じだったんだ……」


 変わり果てた丈の姿に椎名は呆然と呟く。


「ジョーの奴も俺と同じだったんだ。好きな人に見向きもされず憎しみにとらわれてしまったこの俺と……。ジョーも俺と同じように苦しんでいた……。俺ならジョーの気持ちを理解してやれたはずなのに……。同じ立場にいた俺なら……」


 悔やむ気持ち。その負の感情はヘイトリオンのきっかけにもなりうる。だが、椎名はそれに心を許しはしなかった。後悔を浄化する方法を見つけ、それにすべての力を注ぐ。


「でも、やっぱり俺は女の子の方が好きなんだ……お前の想いには応えてやれない。だが! お前を見捨てはしない! お前は俺の親友だ! ヘイトリオンなんかに殺させやしない!!」


 ヘイトパワーの風が吹き付ける中、ブラオヴィントを前進させる。恐慌状態のこの空域の中、椎名のその動きに気づいた者がいる。


『無茶よ、シーナ! ラブリオンではヘイトリオンにはかなわないわ!』


「無茶でもやる! ジョーを救うにはマシンを破壊するしかないんだろ!」


『それはそうだけど……』


 ヘイトリオンは搭乗者の憎しみの心を糧にする同時に、その感情をフィードバックすることにより搭乗者の憎悪を更にかきたてる。そしてキャパシティ以上に膨れ上がった憎しみの先にあるものは自らの破滅。それを防ぐためには、搭乗者の心が限界に達する前にヘイトリオン化したマシンを破壊するしかない。

 迫るブラオヴィントに対し、ドナーは悠然と剣を構えて迎え撃つ。

 ヘイトソードの一撃はラブブレードをも斬り裂く力を持っている。側にいるだけでプレッシャーを感じるほどの禍々しい輝きを放つその剣。

 しかし、ブラオヴィントはそれを自分の剣で受け止めた。ヘイトソードから強烈なプレッシャーを感じはするが、それに負けないくらいのラブパワーを自分のラブブレードからも感じる。それは先程までとは比べものにならないほどのラブパワーの顕現。


「この力は……」


 それは、これまでにも何度か椎名に力を貸してくれた不思議なラブパワーだった。どこから流れ込んできて誰が放出しているのか、今までわからなかった──だが、今ははっきりとわかる。すぐ目の前から流れ込んでくれば、いやでもわかる!


「ジョー、お前……」


 それは丈から送られてくるラブパワーだった。ラブパワーは愛の力。自分自身の愛の力だけでなく、人が自分のことを想ってくれる愛の力もまたラブリオンの力となる。

 今まで敵対しながらも丈は常に椎名のことを想い続け、力を貸していたのだ。そして今も、自分がまさに敵として椎名と対峙しているにもかかわらず、その椎名に膨大なラブパワーを注ぎ続けている。自身はヘイトリオン化してしまっているこの状況下でも。


「ジョー、そこまで俺のことを!」


 涙が出てきた。そこまで人に想われて嬉しくないはずがない。たとえそれが同性であっても。そしてそれと同時に悔しくって悲しかった。丈がそんなにも想っていてくれたのに、自分はそれに全く気づかず、逆に丈を苦しめるような行為を続けていたことが許せなかった。何故自分も丈のことを愛せるように生まれてこなかったのか。そう自分を責める。丈が女性を愛するように生まれてくればよかったのにという思いは、そこには微塵も存在しなかった。丈には感謝しこそすれ、責任転嫁するような勝手な思いなど抱けるはずがない。──椎名とはそういう男だった。優しいとかいうことではない。純粋なのだ。だから丈もそんな椎名を愛したのだ。

 女王親衛隊長のヘイトリオンには、丈のドナーでさえまったく歯が立たなかった。だが、椎名のブラオヴィントには丈のラブパワーという援護がある。丈のヘイトリオンにも対抗できないことはないと椎名には思えた。


『どうしてもやる気なのね……。わかった、もう止めない。だから、私のラブパワーも受け取って!』


 ブラオヴィントのラブパワーの輝きが更に増す。ノズルから吹き出すピンクのラブ光が、赤い色に変化していく。温かく和らぎのある優しいピンクの愛の光から、激しい情熱的な赤い愛の光へと!


「このラブパワーの色は!」


 椎名にはその色に見覚えがあった。自分が丈への嫉妬によりヘイトパワーを放出していたあの時、丈の体から出ていた光──それこそが今自分から溢れ出ている赤いラブ光。

 椎名の頭に、自分達が初めてこの地に来た時にかけられた言葉がふいに蘇る。

『一人じゃなかったのか』

『どうして二人もいるんだ?』

 そしてルフィーニが言った言葉。

『予定では召喚するのは最も強いラブパワーを持つ方一人だけでした。しかし、どういうわけか実際にはあなた方二人が召還されてしまったのです』

 その瞬間、椎名にはすべてが理解できた。


「この世界に招かれるはずだった最も優れた愛の力を持つ人間──それはジョーだったんだ。あの時の光はエレノア達に呼ばれて丈のラブパワーが反応したもの。本当ならそうやってジョーだけが呼ばれるはずだった。……だが、あの時は、側にいた俺がヘイトパワーに捕らわれてしまっていた。それで、ジョーのラブパワーと俺のヘイトパワーが変に干渉しあい、ジョーだけでなく俺までこの世界に来てしまった……」


 もちろんこれは椎名の推測でしかない。だが、椎名はそれこそ真実であると直感的に感じていた。


「すべてはこの俺が元凶だったってことかよ。……だったら、余計にこんなところでお前を見捨てるわけにはいかない!」


 それは愛の赤い輝きと憎しみの黒い輝きの対決。


「感じるぞ、ジョーのラブパワーに、ミリアのラブパワー。……いや、それだけじゃない。ほかにもブラオヴィントに流れこんでくるラブパワーがある! それもかなりの数!」


 意識を外に開く。そこには、自分を取りまいてラブパワーを注いでくる温かな輝きが無数にあった。それは、丈やミリアほどには大きくはないが、まさしくラブパワーの輝き。


「これは兵士達のラブパワー!」


 自分を想ってくれる皆の心に胸がじんとくる。


「そうか、俺はこんなにも愛されていたのか」


 皆に愛される丈。それに比べて自分は誰にも愛されず惨めな存在だと思っていた。それがコンプレックスとなり、トラウマとなり、椎名を苦しめてきた。だがそれがすべて自分の勘違いだったことに気づいた。それは、自分過小評価するあまり、外を見る目を閉ざしてしまっていた自分の愚かさが招いた過ち。


「ジョー、今助けてやるぞ!」


 先の戦いでヘイトリオン化した女王親衛隊長は、まるで暴走するかのようにただ無作為に敵を求め、手近なマシンに挑んで行った。だが、丈のヘイトリオンはそれとは違っていた。ヘイト・ドナーの目に映っているのは椎名のブラオヴィントのみ。自分の相手をブラオヴィントだけに定めて襲いかかってくる。


「俺の相手をしてくれるとは願ってもない!」


 ヘイトリオンの憎しみの力は次第に増して行く。つまり時間が経てば経つほどパワーが増していくということだ。それ故、ヘイトリオンを倒すためには少しでも早く挑む必要がある。ほかの敵に向かわれて時間を経過させるのは得策でない。それに、自分にだけ向かって来てくれれば、それだけ被害も少なくて済む。


「この一撃にすべてをかける!」


 椎名は自分のラブパワー、皆から与えられたラブパワーをラブブレードに集中する。ヘイトパワーのバリアに覆われているドナーを倒すには生半可なパワーでは通用しない。


(コックピットは狙えない。だが向こうは容赦なく狙ってくる……厳しい状況だが、やるしかない!)


 互いに一撃必殺の輝く剣を胸の前に構え、突き進む! 愛の光と憎しみの光の激突!!

 その点を中心に赤と黒の光が爆発的に広がった!!


◇ ◇ ◇ ◇


「シーナ!」


 眩しさに目を細めながらミリアがそこに目を向ける。


「……どうなったの?」


 ミリアはそこで目にした。

 空中で絡み合うように静止している二機のマシンを。

 そして互いの胴を刺し貫いている、いまだに輝きを蓄えたままの二本の剣を。

 一本は、コックピットへの直撃だけはなんとか避けている。しかしもう一本はコックピットを貫く致命的な一撃……。


「……シーナ」


 ミリアはただ呆然と呟いた。


◇ ◇ ◇ ◇


「……何故だ」


 コックピットの中、男は呆然と呟いた。


「何故こんなことに……」


 男は相手に刺さっている剣を抜くこともできずに、ただモニターに映るマシンを見つめ続ける。

 頭部から流れ落ちてくる大量の血が右目に入り、片目の視野を奪う。右手を動かして拭おうとしたが、右手が言うことをきかなかった。相手の剣がコックピットをかすめて男のいる場所のすぐ右側に突き刺さったために、その分の体積がコックピットの方に盛り上がり右腕の骨を砕いているのだ。

 自分の右腕が動かないのを悟ると、男は見えない右目を気にするのをやめた。


「……クソッ。俺は確かにコックピットを外していたんだぞ……。むしろお前の剣の方が確実に俺を捉えていたのに……あんな一瞬で軌道を変えやがって。バカが!」


 目を閉じればその時のことがおぼろげに蘇ってくる。

 向きと態勢を変えてわざわざこちらの剣の先に動いてきたマシン。こっちのコックピットに当たる寸前に強引に方向を変えて直撃を避けた剣。


「……ヘイトリオン化しても、面と向かって殺し合ってても、お前は俺のことを考えてるんだな、ジョーよぉ……」


 胸に深々とラブブレードを突き刺されているドナー。そのマシンを見つめながら椎名が哀しい呻きをあげた。

 垂れ落ちてきた血が、まるで血の涙のように椎名の目からこぼれ落ちていく。その中には、血とは異なる透明な液体も混じっていた。


◇ ◇ ◇ ◇


 ミリアや両国の兵士が見守る中、大量のヘイトパワーをいまだマシンの中に蓄えているドナーに異変が起こり始めていた。行き場を失ったヘイトパワーを抱え込んでいる今のドナーは、臨界状態の動力炉と同じ。わずかな刺激で大爆発を起こす可能性を秘めている。

 そして、今そのドナーの胸に突き刺さっているのは椎名のラブパワーが込められた輝くラブブレード。そこに込められたラブパワーと触れ合うことにより、ドナーのヘイトパワーが反応を起こし始める。

 ドナーの右腕が爆音とともに砕け散った。それ以外の箇所でも、小規模な爆発が起こっている。そして小規模な爆発がドミノ倒しのように誘爆を誘い、より大きな破壊へと繋がって行く。

 そんな中、椎名はブラオヴィントのコックピットの中で、悟りを開いたかのような穏やかな表情を浮かべていた。


「……なぁ、ジョー。もしも生まれ変われるなんてことがあったら──」


 ヘイトパワーの爆発は、ブラオヴィントのラブパワーの爆発をも誘発する。


「……今度は本当に愛し合いたいな」


 ドナーの欠片も残さないほどの最終的な爆発につられ、ブラオヴィントも空に死の花を咲かせた。


「しぃなぁぁぁ……」


 その様子をじっと見つめていたミリアがクィーンミリアのブリッジの中、崩れ落ちた。

 爆発した二機のマシンから赤と黒の光が飛び散る。その光は広がり、この世界全体に降り注いでいく。

 赤い光の雨は愛の証。この世界にも愛が生まれた。だが、黒い光は人の想いの暗い部分の象徴。愛と同時に憎しみもこの世界に降りていく。


「……愛ってこんなにも苦しいものなの。……胸が潰れそう」


 だが、ミリアは足に力を込める。

 もう二度と立ち上がれないと思えるほどの苦しさ。けれども、それは、誰かのことをそれほど深く思いやったが故。その想いは決して間違ったものじゃない。散った二人のラブパワーに触れ、そう確信する。

 ミリアは再び立ち上がる。

 相手が唯一絶対の柱を失ったことにより、戦いの趨勢はほぼ決したと言える。

 だが、混乱する兵たちをまとめ、勝利を決定づけるにはミリアは指揮が必要だった。 


「……シーナがこの世界に残してくれたもの。私は誰にも否定させないよ。憎しみも含めて、愛を受け入れてみせるから。……シーナはいなくても、シーナのラブパワーと共に、私は女王をやるからね」


 ミリアは涙を振り払い前を向いた。


〈 終 〉

最後までお付き合いいただきありがとうございました

いくつでもいいので星印の評価いただけると、嬉しく思います。

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