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第1章 シーナとジョー

「本当にこんなロボットに乗って戦闘をするのかよ!!」


 片桐(かたぎり)椎名(しいな)は、光の翼を広げて空を舞う人型のロボット――ラブリオン――の狭いコックピット内で毒づく。

 地球の物理法則で飛んでいるのではないことは、高校生の椎名でもわかる。

 ただ、異世界であればそういうこともありえるのだろうと深く考えることをやめた。

 この世界で生きていくには、このラブリオンに乗って力を示す必要がある。

 自分たちはそのために召喚されたのだから。


 前方に敵の茶色のラブリオンの姿が見えてくる。

 相手はただの偵察部隊。数は多くない。

 だが、こちらはこれが初陣だ。

 いや、初陣どころか、ラブリオンに初めて乗ったのもつい先ほどのこと。


「だが、やるしかない!」


 椎名のラブリオンが剣を抜いて構える。

 その剣――ラブブレードは、搭乗者のラブパワーを受けて刀身をピンク色に輝かせる。

 この世界では、愛の強さこそ力の強さ。


 椎名は仲間のラブリオンと共に、敵部隊の中へと飛び込んだ。


 椎名のラブブレードが一閃。

 いともたやすく目の前の期待が真っ二つになり、地表に向かって落ちていく。


「やれる……やれるぞ!!」


 椎名の歓喜の声がコックピットの中にこだまする。


「こんな世界に来てどうかなるかと思ったが、これなら、俺が主人公になれる!」


 椎名の頭の中に、今思い返しても信じられない、この世界に召喚された時のことが走馬灯のように蘇ってくる。


◇ ◇ ◇ ◇


 学校の庭の桜の花がすべて散り、もはや以前の面影など微塵も感じさせないほどに緑の葉が覆い尽くしてしまった頃。この春で高校二年になった片桐椎名(かたぎり しいな)は、赤く輝く夕日をただ純粋に美しいとは思いながらも、その西日の眩しさに辟易しながら、下駄箱を出て自転車置き場へと向かっていた。

 帰宅部である椎名の下校がこんな時間になってしまったのは、教室で友達といつまでもくだらない話をしていたためである。


「ちぇっ。無駄な時間を使ってしまった。これじゃ、ゲーセン寄ってる時間も……ん?」


 日差しから顔を背けながら歩いていた椎名だったが、自転車置き場の片隅にたたずむ可憐な花を目に留め、足を止めた。


「美和ちゃん……」


 高揚し耳まで熱くなるのを感じながら、ヒナゲシを思わせるその女の子の名前を我知らず呟く。

 小瀬野美和(おぜの みわ)──それがその()のフルネーム。

 椎名は一年の時から彼女と同じクラスで、密かにほのかな想い──というよりも、かなり熱烈な想いを寄せていた。しかし、普段は強気だがこと恋愛に関しては奥手な椎名は、去年は結局、告白どころかまともな会話さえほとんどできないまま終わってしまっていた。だが、幸運にも再び同じクラスになれた今年こそは、なんとか少しでも仲を進展させようと思いつつ日々を過ごしてきている。


「やっぱり美和ちゃんは可愛いな。こうやって見てるだけで幸せな気分になれるよ」


 ぽわーんとした頭で自分の世界に浸っていた椎名だったが、美和のもじもじしたおかしな様子に気づき、注意を彼女の周りにも向けた。

 どうやら、椎名の場所からでは死角になる美和の対面に誰かがいるようである。


「美和ちゃんの友達か?」


 何か気になる椎名は、その相手が見える位置に、向こうに気づかれないようにしながら移動する。

 まず見えたのは、青みがかったセーラー服の色ではなく、学生服の黒色。


(相手は女の子じゃなく男なのかよ!?)


 男友達イコール彼氏と単純に考えてしまう椎名の動悸は、いきなり臨界点にまで達する。知らぬうちに握り締めた手の平が汗ばむのを感じながら、恐る恐るその男子生徒の顔に目をやった。


「────!!」


 大きく見開かれる椎名の目。その目に映るのはいやというほど知った男の顔。


「……ジョー」


 明らかな嫌悪感を含んだ、呻きにも似た呟きが椎名の口から漏れた。

 美和の前に立っていた男の名は霧島丈(きりしま じょう)

 丈は椎名の幼なじみで、昔はいつも二人一緒に遊んだものだった。だが、女性を異性として意識するようになった頃から、二人の親交は浅くなった──というか、丈の態度は以前と変わりないが、椎名が丈を避けるようになった。

 それというのも、椎名は身長こそ高かったが、取り立ててどうこう言う程顔がいいわけでもなければ、学校の成績も真ん中程度。スポーツも、体力はあるが器用さに欠け、クラスのヒーローになれる程ではない。

 それに比べて、丈は身長は百八十を越え、顔は呼称が漬物に似た某男性タレントにも負けない程の美形で、長く伸ばした髪もオタク風にはならずセクシーに感じられる。成績も常に学年で3番以内。そのうえ、クラブにこそ所属していないものの、何をやらせても各クラブのレギュラークラスに引けを取らない程のスポーツマン。

 そんな二人に対する女の子の視線に歴然たる差が生じるのは道理。側にいれば常に丈と比較されてしまう椎名が、丈を避けるようになるのも仕方のないことだと言えた。

 そして、今も椎名の頭の中には、丈にまつわるかつての嫌な思い出が蘇ってきていた。

 小学五年の時の初恋の女の子。期待に胸を膨らませたバレンタインデイ。しかし、自分には義理チョコの一つもなし。代わりに丈には手作りチョコ。

 中一のある日の下校時。寒空の中、なけなしの勇気を振り絞って告白しようと校門で二時間待ち。出てきたその娘の隣を一緒に歩くは丈。思わず身を隠す自分は塀の陰でクシャミ一つ。

 それだけではない。椎名がいいなと思った女の子は、ほとんど例外なしに丈を見る目がハートマークになっていて、自分が入り込む余地など皆無だったのだ。それこそ、毎回毎回。


「あいつ、また俺の大切な人を取る気かよ!!」


 別に丈は今まで自分から椎名の想い人にモーションをかけたことはなく、すべて女の子の方からのアプローチなのだが、恋に連敗中の椎名には、それは言っても無駄である。恋は人を盲目にさせるのだ。だが、その椎名はこれから更に厳しい現実を見ることになる。

 夕陽のせいだけではない紅い顔をした美和が、落ち着きのない仕草で鞄の中から封筒を取り出した。


「な、なんだあのピンクの可愛い封筒は? ま、まさかラブレター!? いや、そんなはずはない! きっと学校のプリントか何かが入ってるだけに違いない!」


 大谷にフルスイングで殴られたようなショックを受けながらも、椎名は今の現象に対してなんとか都合のいい解釈をしようと努力する。そして、目を皿のようにし、隠れていることも忘れて身を乗り出して、嫌な妄想を否定するための証拠を見つけようとした。

 その向こうでは、丈が手渡された女の子然としたその封筒を、値踏みするかのように裏表とひらひらさせながら見ている。

 その時、覗き見する椎名の目に見たくないものが飛び込んできた。距離があっても、何故かこういう時はそういったものがやけにはっきりと見えてしまったりするのだ。


「────!! あの可愛いピンクのハート型のシールは!」


 ぐわぁぁぁぁぁぁん!!


 大谷と吉田と村上と鈴木に四方向から同時にバットで殴られたかのような衝撃が脊髄を通って椎名の脳に響いてきた。向こうでは、病気かと思う程に顔を紅潮させた美和が丈の元から走り去って行く。

 ……もう決定的だった。


「そんな馬鹿な……。美和ちゃんが、美和ちゃんが……」


 惚けた顔をして、酸欠の池の鯉のように口をパクパクさせる椎名。

 その椎名の方へ、丈が恋文を鞄の中へしまいながら歩いて来た。椎名の存在に気づいていなかった丈だが、椎名の(そば)まで来て彼の姿を目に留めて声を掛ける。


「よう、シーナじゃないか」


 その親しげな言葉で椎名は我に帰った。そして、挨拶代わりに片手を挙げている丈の方に目だけを動かして、ギロリと睨む。

 椎名のただならぬ様子に丈は訳がわからず、そのままの姿勢で一瞬硬直してしまった。


「お、おい。どうしたんだよ?」


 風が長い髪を乱すのも気にせず幼なじみの異変を気にかける丈だが、椎名にその声は届いてはいない。


(いつもそうだ。こいつが必ずおいしいとこを持って行く。俺の好きになった人をみんな持って行く。こいつが近くにいるから俺がもてない。こいつがいるからもてないんだ!)


 椎名の蓄積された恨みが憎しみに変化する。今まで押しとどめられていたものが堰を切ったかのように心の奥底から溢れてきた。羨望、嫉妬、欲望、憎悪、それらの負の感情がとめどもなく沸き上がってくる。

 ふいに、まるでそれらが具現化したかような黒い靄のようなものが椎名の全身からユラユラと吹き出してきた。


「な、なんだこれは!?」


 憎しみの虜になっていた椎名がその現象に気づいた。驚愕し自分の手足を見回すがそれは止まらず、吹き出た黒い靄は散ることなく椎名の周りに滞空している。混乱する椎名は訳がわからないまま目を周囲に向ける。そこには更なる驚きが待っていた。


「……空間が歪んでいる」


 椎名の周りの空間は蜃気楼のごとく不安定に揺らめいていた。テレビやゲームで見た画像処理のように、辺りの自転車や校舎や遠くの家が、海中のワカメのように左右に振れて揺らめいているのだ。

 我が目を疑いながら椎名は視線を正面に戻した。今まで気が動転していて気づかなかったが、そこにいる丈にも奇妙な変化が起こっていた。椎名と同じように靄のようなものが吹き出してきているのだ。ただ、椎名と明らかに違うのはその色。椎名のそれが漆黒であるのに対し、丈のそれはキラキラ光る赤色。

 椎名と丈から溢れ出てきたそれらは霧のようにその空間に立ち込めると、次第に二色が混じり合い始める。


「シーナ、俺達一体……」


 丈から不安げな声が漏れた瞬間、二人の足元が消失した。地面に急に穴が出現したのだ。

 穴の中はピンク色の暖かな光に満ち溢れていた。二人は落下感を感じながらも、その大らかで優しい光に包まれることで不思議と恐怖は感じなかった。

 そして、母の胸の中で眠る幼時のような表情を浮かべながら、二人の意識は途絶えた。


◇ ◇ ◇ ◇


 再び意識を取り戻した時、二人は見知らぬ場所に倒れていた。今まで眠りとも気絶ともつかない状態にあったものの、二人の頭は寝起きのような不確かな感覚ではなく、覚醒時のしっかりとした意識を持っていた。

 上体を起こし、その意識をもって辺りを見回す。

 そこは学校の体育館ほどの広さはある広間。床には厚く柔らかな真紅の絨毯が敷き詰められていて、まるで綿の海に浮かんでいるかのよう。

 だが、その絨毯は椎名と丈のいる場所だけ違う施しがされていた。そこには魔法陣のような奇妙な文様が──あれば呪術的な雰囲気が出たのだろうが、二人の足下に広がっていたのはピンクのハートマーク。そのハートの真ん中あたりに二人が倒れているのだ。

 また、ハートを左右には、海軍の白い軍服のような衣装で正装した人々が一列ずつ並んでいる。彼らは困惑気味の表情を浮かべ口々に独りごちていた。


「一人じゃなかったのか」

「どうして二人もいるんだ?」


 互いに顔を見合わせ混乱していた二人にも、周りの人間が自分達のことでざわめいているということくらいは理解できた。


「静まりなさい。客人に対して失礼でありましょう」


 ざわめきの中、鈴の音のような可愛らしさを持ちつつ、それでいて凛としたどこか威厳を感じさせる女性の声が響き渡った。その一声で辺りは水を打ったように静まり返る。

 椎名と丈は声の主に注目した。その声を発したのは、絨毯に描かれたハートの先端から真っ直ぐ伸びた先にある王座に座した、まだ若い女性。

 その女性は絵本の王女様のような豪華できらびやかな衣装を身にまとっていた。世の中には、ブランド物を身につけているものの、それらを着ているというよりもむしろ着られているといった感が否めない女性が少なからずいるが、彼女には全くそういったところがなかった。その華美な衣装が少しも嫌味でなく、彼女の麗しさと気品を際だたせるために生まれてきたのだと誰しもに思わせる程なのだ。

 しかし、目を引くのは衣装ばかりではない。彼女の髪──それは空の色よりも澄んだ青色。もしそのような髪をした人間が街を歩いていれば、その奇異さが目を引くだろうが、不思議なことに彼女からはそのような違和感を感じはしなかった。彼女ならばさもありなん、そんなふうに納得させられてしまう程にマッチしている。

 そして、今、彼女は髪と同じ色の澄んだ青い瞳で椎名と丈を見つめている。


「我が『青の国』へよく来て下さいました、異世界の方々。私はこの国の女王、エレノアと申します。まずは、あなた方をこちらの都合で、あなた方の世界からこの世界に無理にお呼び立てした非礼をお詫びします」


 鍵盤から紡ぎ出される軽やかな音色を思わせる声に、椎名はただ聞き惚れた。彼女のはっした言葉の中の意味不明な単語を問う理性は冬眠中。


「あなた方のお名前をお教え願えますか?」


 訳のわからない不安感をそれだけで拭い去ってくれるような優しげな言葉。それを受け、丈は自分が上半身だけ起こした姿勢で座っているのに気づいて立ち上がる。


「……私は霧島丈。お呼びになる時はジョーだけで結構です」


 丈は戸惑いながらも冷静であれと自身に言い聞かせるだけの力を持った男であった。目の前の人間がかなり高貴な人間であると理解すると、失礼にならないような受け答えくらいはこんな状況下でもしてみせる。

 だが、椎名の方は女王の美しさにぽーっとしているだけ。見かねた椎名が代わりに返答する。


「こちらは片桐椎名」


 いまだエレノアの魅力に引き込まれたまま座ている椎名を、丈は膝でつっついてやる。それでようやく我に帰った椎名は慌てて立ち上がった。


「片桐椎名です。シーナと呼んでください」


 その言葉に、エレノア女王は優雅に一つ頷く。


「ジョー殿、そしてシーナ殿。現在我が国は『緑の国』『白の国』という大国の脅威に晒されております。この窮地を脱するには救世主となる戦士──つまり、あなた方のお力が必要なのです。どうか我らのためにその力をお貸し下さい」


「ちょっとお待ちください。いきなりそのようなことを言われましても……。そもそも、ここは一体どこなのですか? 青の国と言われても私には何のことだか……」


「簡単に申しますと、この世界はジョー殿から見れば異世界ということになります。そしてこの地は、その異世界の中に存在する国の中の一つである青の国です」


「……異世界ですか」


 狐につままれたような顔の丈が半信半疑といった呟きを漏らす。


「ルフィーニ」

「はっ」


 女王が傍らに立つ女性に声をかけると、その者が一歩前に出た。今まで女王の麗しさの陰に隠れてその存在にさえ気がつかなかったが、ルフィーニと呼ばれたその女性もまた魅力的な女性だった。タイプとしては、お淑やかで非常に女性的なエレノア女王とは正反対のボーイッシュな感じの()。髪は茶色のショートで額にバンダナを巻いている。黒くて大きな目が印象的で、殺伐として雰囲気を持つものの顔にはまだ少女のあどけなさのようなものが残っている。


「ジョー殿、シーナ殿。詳しいことは、我が国の騎士であるこのルフィーニがお話しいたします」


 エレノアは天使の様な笑顔を二人に向けた後、ルフィーニに命じる。


「ルフィーニ、もう一機ラブリオンを用意せねばなりません。その様子をお二人にお見せして」


 部下に対する時のその顔は、それまでの天使から一変してワルキューレのような凛々しさをみせる。だが、そのどちらにも共通することがある。それはどちらもただ純粋に美しいということ。


「はい。かしこまりました」


 ルフィーニはエレノア女王に敬礼すると、ハートマークの方へ進み出た。


(おおっ、女王様も綺麗だったけど、この娘もいいぞ。野生的な美しさっていうのかなぁ、そういうのを感じるぞ)


「この国の騎士にして、ラブリオン隊の隊長を務めておりますルフィーニです。よろしく」


 マニキュアも指輪もつけていないナチュラルな美しさを持った右手が差し出された。


(ををっ、その可愛いおててを握ってもいいってか!)


 感激し(むせ)び泣きしかける椎名だが、ふと重要なことに気づいた。その手は自分ではなく丈の方へ向けられているということに。


「ジョーです。こちらこそよろしく」


 自然な感じで丈がルフィーニの手を握り返した。その隣で、椎名は遊んでいた玩具を取り上げられた子供のような顔でそれを見やる。

 ルフィーニは丈との握手を終えると椎名の方に向きを変え、再び手を差し出した。椎名の表情がパッと明るく晴れ晴れしたものに変わり、ルフィーニの手を両手でぎゅっと握り締める。


(ジョーの次っていうのはちょっと気に入らないけど、こんな可愛い娘の手を握れるなんて幸せだなぁ)


 浮かれる椎名は何を言っていいのかもわからなくなっている。


「俺、シーナっていいます。えっと、年は十六歳で血液型はO型。趣味は……」

「くだらんことを言うな」


 ポカッ


「いてっ。何すんだよ」


 丈に頭を小突かれた拍子にルフィーニの手を離してしまい、椎名は左手で頭を押さえながら不機嫌な顔を丈に向けた。


「そ、それでは格納庫にご案内しますのでついて来て下さい。お話は歩きながらいたしましょう」


 気を使って二人の仲を取り持つように言って、ルフィーニは二人を連れて歩み出した。


◇ ◇ ◇ ◇


「女王が述べられましたように、今我らの国は北に位置する『緑の国』と東に位置する『白の国』に狙われています。両国ともこの青の国を遥かに凌ぐ力を持っておりますが、二国の力が均衡しているため、一方が下手に我が国に手を出せば、そのスキをつかれてもう一方の国に攻め込まれることになり、両国とも今のところは目立った動きをすることができないでいます。ですが、このような微妙なバランスがいつまでも続くとも思えません」


「確かに。どちらかが少しでも相手を上回る力を手に入れればこの安定は破れ、この国も簡単に落ちるということか」


 一度の説明で自分の言うことを簡単に理解した丈の聡明さに感心しながら、ルフィーニは軽くうなずく。


「はい。ですから、我々としては国力の低い、西にある『茶の国』を併合し、一刻も早く『緑の国』や『白の国』と肩を並べられるだけの力を持たなくてはならないのです」


「この国が置かれている状況はだいたいわかった。しかし、それとオレ達とがどうかかわってくるんだ?」


「我々の世界における戦争では、ラブリオンという兵器が用いられています。そのラブリオンは人の持つ愛の力──ラブパワーを動力源としており、そのラブパワーの大きさによりラブリオンの能力は大きく左右されます。しかしながら、我々はラブパワーの元となる『愛』というものを持っておりません。そこで、愛に溢れた世界と言われる伝説の世界──つまりジョー様達の世界から最も強いラブパワーを持つ方を召還させていただくことになったのです」


「最も強いラブパワーを持つ者って、それってもしかして……」


「はい。あなた方のことです」


 椎名と丈は複雑な表情をして互いに顔を見合わせる。面と向かって真面目に愛の力が一番大きいと言われても、普通嬉しさはあまりこみ上げてこないだろう。むしろ、恥ずかしいだけである。


「……ところで、先程の説明の中にあったラブリオンというのは一体どういったものなんだ?」


「丁度格納庫に着きましたし、実際に見ていただくのが一番だと思います」


 重い鉄の扉の前にたどり着いた三人はそこで足を止めた。ルフィーニは扉の脇についているドアのインターホンのような機械に歩み寄り、カバーを開けて中のキーを操作する。すると、音もなく扉が左右に分かれ、自動ドアのように開いた。

 中の様子は椎名と丈を仰天させるに十分だった。

 そこはドーム球場程の広さがあり、その中には全長十メートルにも達する巨人が何人も佇んでいた。しかし、よくよく見ればそれらが巨人などでないことはすぐに知れる。それらは人の形をしたロボットだった。ロボットとはいえ、角張った感じではなく曲線中心のデザインであるため、それが生物的な印象を生んでいる。材質的にも金属のような硬質なものではなく、むしろプラスチックのような軽やかで柔軟性のあるものが用いられているように見える。また、色に関しては、各機ごとに微妙な違いはあるものの、すべてが青を基調としたカラーリングをされていた。


「な、なんなんだこれは?」


「これがラブリオンです」


 打ち合わせをしていたかのようなピッタリのタイミングで、椎名と丈は声の主、ルフィーニに首を向けた。


「こんなものを開発する科学力があるというのか……。異世界から人間を呼びよせるというのも納得がいく」


「ちょっと! まさか、俺達をこんなのに乗せる気じゃないよな!?」


 丈はその技術に関心し、椎名は血相変えてルフィーニに問いかけた。


「はい。そのまさかです」


 二人の動揺を感じないのか、ルフィーニはしれっとした顔で言い放つ。


「特別に用意したラブリオンがあちらにあります。ついて来て下さい」


 返事も待たずに歩き出したルフィーニは、しばらく歩いた後、一機のラブリオンの前で立ち止まった。


「これがあなた方のためにカスタムメイドされたラブリオン。名前をブラオヴィントと言います」


 ブラオヴィントと呼ばれたそのラブリオンは、他のマシンよりも一際澄んだスカイブルーをしており、腕と足に白いラインが入っていた。その姿はどのマシンよりも凛々しく力強い感じがする。


「これに俺達が乗るっていうのか……。でも、これ一機だけ? 俺達は二人いるけど」


「予定では、召喚するのは最も強いラブパワーを持つ方一人だけでした。しかし、どういうわけか実際にはあなた方二人が召喚されて来たのです」


「じゃあ俺達のうち、一人は余計ってことか?」


「それなら、こんなものに乗るのもどちらか一人でいいんだな」


「それに関しては安心してください。元々、召還する戦士のためのマシンは、候補として二つ用意されていました。その後審議の末、このブラオヴィントが正式採用されましたが、その時のもう一方が残っております」


「選ばれなかったってことは、ブラオヴィントよりも劣っているということか?」


「いえ、そんなことはありません。能力的にはブラオヴィントにも全く引けはとらないはずです。どちらが選ばれるかは、言ってみれば好みの問題ですから」


「そういうものなのか?」


 丈は納得できずに首を捻る。口元だけに笑みを浮かべているルフィーニの様子からは、冗談なのか本気なのかはうかがい知ることはできない。


「で、そのもう一機はどこに?」


 一方の椎名は首を左右に振ってそれらしき機体を探そうとする。


「フフ。いくら探してもここにはありませんよ。それは、まだラブリオンとしての形をなしてはいないのですから」


「どういうことだ?」


「……これから儀式が始まります。見に行きましょう」


「儀式?」


 椎名と丈は、互いに不思議そうな顔を見合わせる。


「ついて来てください」


 二人は再びルフィーニの後を追った。

 二人が連れられていったのは格納庫の隣の部屋。その部屋と格納庫とは、ラブリオンが立って通れる程の大きさの扉で仕切られている。ルフィーニは格納庫に入る時と同じような手順でその巨大扉を開け、二人を中に導いた。

 その部屋は、先程ルフィーニが言った「儀式」という言葉がぴったりくるような部屋だった。暗めの部屋で、四隅にはどういう原理かはわからないが薄ぼんやりした光が浮かんでおり、中央には大きさが二十メートル程もあるハートマークが描かれ、その周りを黒いローブをまとった、魔法使いを思わせる人間が三人で囲んでいる。彼らは宝石のついたサークレットをしたり、グロテスクな色と形をしたペンダントをしたりと、いかにもそれっぽい雰囲気を醸し出している。


「……なんなんだ、この人達は?」


 異様な様子に、椎名はひきつる顔をルフィーニに向けた。


「あれを見てください」


 そんな椎名の様子を楽しむかのような表情でルフィーニはハートマークの中央を指さす。そこには高さ二十センチ程の人形が置かれていた。その人形を椎名達の世界のものにたとえるならば、ガレージキットがもっとも適当だろう。組立も、パテ埋めも終わったガレージキット。ただ、本格的な塗装はまだのようで、色は黒一色。


「あの人形がラブリオンの元になるもです」


「はあ?」


 意味不明の言葉に眉を寄せて、ルフィーニの顔をのぞき込む椎名。


「本当は先に塗装をするのですが、今回は急遽用意することになりましたので、塗装せずにラブリオン化させます。……そろそろ儀式が始まります。とにかく、黙って見ていてください」


 ルフィーニが顎を前に突き出して向こうを見ろと言うので、椎名達は視線を正面に向ける。そこではハートを取り囲む術者達が両手を合わせて、額に汗しながら呻くような感じで口を動かしていた。だが、彼らが必死に何かを言っているように見えるものの、その口から言葉は一切漏れてこず、ただ口をパクパクさせているようにしか見えない。


「彼らは何をしているだ? 言葉が喋れないのか?」


「彼らの言葉の持つ力は、音を伝えるためではなく、この世界の空間に存在するラブパワーを呼び集めるために使われているのです」


「言葉の持つ力? ラブパワーを呼び集める?」


 意味のわからない言葉に眉間に皺を寄せ、丈がその意味を尋ねようとした時、隣で椎名が驚愕の声を上げた。丈がその声につられて、視線を正面に戻すと、ハートの中の人形に異変が起こっていた。体を七色に変化させながら周りにプラズマの光のようなものを発生させているのだ。そして、そのうちに最大の異変が始まった。人形が、一瞬膨らんだかのように見えた後、それが目の錯覚かと思う間もなく、実際に巨大化を始めたのだ。

 それが十メートル程の大きさに達するまで十秒とかからなかった。すべての現象が収まった後、そこに立っていたのは、全長十メートルの漆黒のラブリオンだった。


「これがラブリオン、ドナーです。ブラオヴィントと比べても遜色はないでしょ?」


 ルフィーニの言う通り、ドナーの出来はブラオヴィントに勝るとも劣らなかった。その勇姿はブラオヴィントよりもスマートで凛々しい。パワーのブラオヴィント、技のドナーといった感じだろうか。

 椎名と丈はただ呆然とドナーを見上げながら、今起こった甚だしく現実離れした出来事に驚嘆するしかなかった。


「まず造型士が丹精込めて雛形を作り上げる。そして術者がその雛形をよりしろとして世界に溢れるラブパワーを集める。──そうやって、初めてラブリオンとなるのです」


 ルフィーニが説明をしてくれるが、心ここにあらずといった感の二人にその言葉が届いているかは疑問だった。


「それで、このドナーとブラオヴィントですけど、どちらがどちらに乗るか決めていただけますでしょうか?」


「本当にオレ達を乗せる気なのか……」


 目の前で巨大化を見せられ、ルフィーニに笑顔でそういうことを言われても丈はこの現実を受け入れられないでいた。常識人ならそれも当然のことであろうが。


「俺はさっきのブラオヴィントとかいうやつの方がいいな」


 丈と違って椎名は結構乗り気に見えた。それは椎名が常識人でないとか、アニメの見過ぎというよりも、前向きに生きているということなのかも知れない。


「やっぱり正式に選ばれた方がいいってことか?」


「いや、そういうわけじゃないけど……」


 黒色よりも青色が好き。単にそれだけの理由だった。


「まぁ、シーナが向こうがいいと言うのなら、オレはこっちで構わないが」


「では決まりですね」


「……それで、オレ達がそちらの期待通りに働き、この国に充分な利益をもたらせば、元に世界に戻してもらえるだろうな?」


 丈は当然のことだろうと思いつつ、確認のために聞いてみたのだが、その質問にルフィーニは顔を曇らせた。


「……申し訳ありません。私達はあなた方のいらした愛の世界から呼び寄せる(すべ)は知っているのですが、こちらから愛の世界へ送る(すべ)は知らないのです」


 その言葉に二人の動きは止まった。そして二人の顔に暗い影が差す。


「本気で言ってるのか?」


 コクリと頷くルフィーニ。


(くそっ! オレ達がここで生きて行くには、こいつに乗るしかないってことか!)


 丈はドナーに手をつきながらそのマシンを見上げた。そして歯を食いしばって込み上げてくる呪いの言葉を喉元でとどめる。


 その直後だった。国境付近に茶の国の偵察部隊が侵入してきたとの情報が入ってきたのは。二人はいきなりではあるが、訓練も兼ねてルフィーニ指揮のもと二機のラブリオンに搭乗してその戦いに赴くこととなった。

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