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幼ナーガは今日も生きてます!!  作者: なかみゅ
第五章 幼ナーガ防衛戦争
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第97話 扉の向こうにいるもの


「う」


 ひどく非現実的で気味悪い光景に誰かが呻いた。


 触手は、何かを探しているように辺りをちろちろとまさぐっている。

 武器を握る男達の手に力が籠るが、扉を囲う彼らの方には伸びて来ない。


 少女を探しているのではないのだろうか?


 皆が疑問に思いながら微かな安堵を抱きかけた時、触手は遂に求めたものを探し当てた。


「あ」


 絶望的な焦燥が人々の心を埋める。


 触手は今、頑丈な石扉が開いてしまわないよう封じていた閂をつんつんとつついていた。

 大きさと肌触りを確かめるように撫でまわしてから、ぐるぐると巻き付いてゆく。


「まずい」


 誰かが震える声で言った。


「まずいまずいまずいまずい」


 恐慌は伝播し、人々の間にざわめきが広がる。


「このままじゃ、扉が」


 緑の触手が、重たそうに、しかしゆっくりと石の閂を持ち上げてゆく。


 少年は剣を放り出して、エルシィに縋り寄って何事か喚き散らす。

 少女はただ壁際で顔色を青くして少年と触手を見比べている。

 何人かの男達がまだ重たい物置に縋りついて、狂ったように引っ張って――


 ごとん!


 石の閂が床に落ちて大きな音を響かせた。


 少女の心臓がどきりと跳ねあがる。


 持ち上げたはいいものの、細い触手では支えきれず閂を落としたらしい。

 うねる触手はまるで何事もなかったように引っ込んでいった。


 わずかな静寂の後、悪夢はやってくる。


 枷をなくした頑丈な扉が、少しずつ開いてゆく。


 石の擦れる耳障りな音を奏でながら、ゆっくりと開いてゆく。


 薄暗い闇の向こう側はまだ見えない。


 時間は引き延ばされたようで、いっそ永遠に止まってしまえばいいのにと。

 扉を見守る人々が切に願っても、その時は否応なくやってくる。



 開き切った扉の向こう側に佇んでいたのは、男だった。



 虚ろな瞳で、体と一体化したようなぼろ布をまとい生活にくたびれた浮浪者のような姿でありながら、袖や裾から覗く素肌は瑞々しく美しく、足は裸足だった。


 両の拳は自壊するのも構わず分厚い石扉を叩いていたらしい。歪にひしゃげている。ひしゃげているのに、血の一滴も滲んでいない。


「な、なんだよお前! こ、こっちに来るな!」


 言葉の通じる相手だと思ったのか、誰かが叫んだ。

 男は理性ある言葉を返すことなどなく、ただ緩慢に首を巡らせて人々を見回している。虫のように感情を映さない茶色の瞳が、少女の瑠璃色の目と合った。


 大きく見開かれた眼の視線が、少女に固定される。

 少女の肩がびくりと震える。



 男の全身が、べりべりと捲れ始めた。



 人間ではない緑色の内側が露わになる。無数の触手が飛び出して、緑色の塊になって、人の輪郭など跡形もなくなってゆく。


 旅非徒(ヴァ―テル)――その名で呼ばれる夜の地(ノクティス)の植物は、人に擬態して人を罠にかけ、そして人を喰らう魔性の怪物である。


 本性を現した化け物がいよいよ獲物《少女》に触手の束を伸ばしかけ



「やあああああああああああああああああああああ!」


 

 響く少年の声。


 化け物がびくりと上方に注意を向けた時、


 頭上から落ちてきた少年の長剣が怪物の頭部らしき部位に深々と突き刺さった。

 化け物は少年の全体重が乗った一撃に溜まらず紫色の体液を噴出させる。


 緑色の塊は倒れ込み、少女に向けて伸ばされかけていた触手も不気味に蠢いていたが、やがて動かなくなった。


「セレンちゃん、怪我はない?」


 少年は剣が突き刺さったままの怪物をほっぽりだして、少女に駆け寄る。


「うん、平気。ありがとう」

「良かった!」


 少女がやんわりと微笑んで言うと、少年は頬を紅潮させて誇らしそうだった。

 鉄鍋の時は形無しだったが、今度こそ少女を自分の力で助けられて嬉しいらしい。


「突然あんなことを言いだした時はびっくりしたけど、よくやってくれたわ、カイ」


 男達が万が一に備えて化け物の死体を見張る中エルシィがほっとした表情で言う。


 少年は怪物が部屋に入って来た時、扉の傍にあった食器棚の上で身を潜めていた。

 それで男の姿が本性を現した時に剣を抱えて化け物めがけて飛び降りたという訳である。


 敵が部屋へ侵入してくる直前、少年がエルシィにまくし立てていたのはこの作戦を思い付いて、食器棚の上まで抱え上げてもらう為だった。


「にしても、あんな真似ができるのは確かに身軽な坊主くらいのもんだろうが、よくやるよな。俺達でもあの気味悪い生き物にはちょっと引いちまったっていうのに」


 一瞬前まで物置を引っ張ってがたがた揺らしていた石運び人の一人が言った。彼らの役目は少年が棚に上がる時の気配を誤魔化す為の物音を立てることだった。


 閂を外そうとする触手を放置していたのは少年の作戦あっての判断である。


「襲撃者は今のだけみたいですけど、ここももう安全かどうか分かりません。やっぱり、避難した方がよさそうですね」


 エルシィは扉の閂を戻しながら沈痛な面持ちで言う。



 一行の方針は地下室を出ることで固まった。


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