第96話 迫る脅威
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「さっきの爆発音……ガレディアさん、大丈夫かしら?」
蝋燭の灯りのみに照らされた薄暗い部屋の中、エルシィは心配げに呟いた。
エルシィ達は孤児院の地下室に隠れていた。
傍らには蛇尾族の少女と金髪の少年を伴い、他にも三十名程が彼らを囲っている。
何かあった時の為にと一緒に同行してきた人々で、過半数は親衛隊の男達に占められている。
竜人と戻った勇者の仲間も二名こちらに残っている。
元々沢山の子どもが隠れられる広さの部屋だから、このくらいの人数であれば押し合いになることもなく収まる。
皆硬い石の床に布を敷いて座り込んでいる。
「カイ、お鍋の中に落っこちそうになった時、助けようとしてくれてありがとう。でも、もうあんなことしたら駄目だよ」
少女が少年の片手を握りしめながら言った。
「え、うん……セレンちゃん、生きててよかった」
返す少年の横顔はどことなく気恥ずかしそうだ。少女の前で勇敢な言葉をかけておいて自分の力で助けられなかったから居心地悪いのだろう。
少女は頷くと、ふと思い出したような顔で尋ねてきた。
「そう言えば、さっき何て言おうとしてたの?」
「さっき?」
少年は何のことだかすぐに浮かばず少しの間逡巡して、謎の大爆発の直前に言いかけていたことだと思い至る。
「な、なんだったかな!? 忘れちゃった!」
少年はばっと少女に首を向けて頬を染めながら言った。
「そうなの?」
綺麗な瑠璃色の瞳が不思議そうに問いかけて来る。
「またそのうち、思い出したら教えるよ」
少年がもじもじしながら返すと少女はわかったと答えた。
こういう時に少年の挙動がどんなに不自然でも少女はいつも疑いなく受け入れてくれる。
少年がそのことにほっとしつつほんの少し寂しいような気持ちでいると、上から突然に大きな物音が響いた。
「わっ」
びっくりした少女の尻尾が跳ね上がる。
「なんだ今の音!?」
人々が困惑してどよめく間にも轟音は振動を伴って続く。
すぐにばたばたと駆ける足音が聞こえて三人の男が部屋に入ってきた。
「まずいぞ皆! 敵がきた! 逃げろ!」
彼らは一階で外を警戒していた石運び人達だ。
「そんな! 既に敵が街の中まで! ガレディアさんは!?」
皆が相貌を歪める。
「まさか、竜人の旦那が負けたのか!?」
「それにしても早すぎる! 街は広いし、水路が多いから全体を見て回るには時間がかかる筈だ! どうしてここが……!!」
焦燥に駆られた人々の言葉飛び交う中、石運び人が皆を制する。
「落ち着いて聞いてくれ! やってきたのはあの白い魔物じゃねぇ! 多分あれの手下だ! 竜人の旦那だってきっと負けちゃいない!」
彼の言葉に幾らかの冷静さを取り戻したエルシィが口早に呼びかける。
「皆さん、そこの物置をどかすの、手伝ってもらっていいですか? その後ろに避難用の裏口があるんです!」
シルトでは大きめの建築なら大体地下室に裏口が隠されている。魔族が侵入してきた時の避難経路だ。
「そういうことなら俺達に任せてくれエルシィさん!」
親衛隊の男達が名乗りを上げた時、上から何か吹き飛ぶような轟音がした。
「くそ! 早くどかせ!」
「意外と重いぞこれ!」
「中身を引っ張りだすんだ!」
物置の中は武器などの物資が多く残っていて動かすのが難しそうだ。
魔族との戦争に備えて作られた部屋だから、当然荒事を考慮した蓄えもある。
「ああ、もう敵が!」
扉の外より迫る気配はもうすぐそこだった。
男達が物置から引っ張り出された武器を携える。
エルシィも軽い石のお玉を抱えた。
「セ、セレンちゃん、僕の後ろに!」
少女と一緒に壁際へ退避していた少年が前に出て持参の剣を構えた。少女は不安げな眼差しでその背を見守る。
ガツン! ガツン! ガツン!
獣のような唸り声と共に扉が強い力で叩きつけられた。
石製の扉が砕けてしまうことはないが、傍らに置かれていた食器棚が振動でがたがた揺れて人々の心を急き立てる。
皆、扉から距離を取り必死に心を落ち着けながらじっと睨む。
「出口はまだか!」
「もう少しで動きそうだ!」
会話の最中、ふいに扉の向こうが静かになった。
「なんだ? 諦めて帰ったのか? 今のうちに――――」
言いかけた言葉を、人々の視界に移り込んだ異形が縫い留めた。
にゅるりと。
石扉と床のわずかな隙間から、何か、触手のような、植物の蔦のような、細長い緑色の物体が伸びて、部屋の中に侵入してきた。




