第95話 信じるもの
劣勢に立たされる中、竜人はふと背後を振り返った。
「人間共、そちらの戦況は――――――」
璧門跡はしんと静まり返って、血だまりの中で未だに立って戦う兵士は誰もいなかった。
敵の死体もまた夥しい数に上ったが、少なくとも黒獣と呼ばれた魔獣は既に壁内へ消えた後らしい。
「……保たなかったか」
「あちらは決着がついたようだな」
視線を戻せば魔物が勝ち誇った笑みを浮かべ元の形状に戻った大剣を構えていた。
「これで蛇尾族の首がここへ到着するのも時間の問題。とは言え、悠長に待っていて街の外まで逃げられでもしたら面倒だ。念を押しておくとしよう」
言葉と共に魔物の足元から大地のさざめきが広がる。
揺らめく土中の底から魑魅魍魎の如し化け物の軍勢が出来しては行進を始め、緋色の巨漢を眼中に映すこともなく続々と璧門跡を潜り抜けてゆく。
竜人に魔物と彼らを同時に相手取る余力はない。
「王命を仕損じる憂いも消えたことだ。余計なしがらみは忘れて最後の戦いを楽しもうじゃないか、ガレディア」
魔物は既に少女の命を手中に収めたような口振りで言い放った。
だが、竜人は深緑の眼に不屈の光を宿して告げる。
「俺の手が間に合わずとも、セレンは助かる」
「……何を言っている? まさか人間共が守ってくれるとでも?」
「その通りだ」
冗談の問いかけをあっさりと肯定されて魔物は虚を突かれる。
「戯けた事を。数なくして何事も成せぬ屑共がどうやって我が眷属を退けるというのだ?」
「そうだな……人間共は確かに貧弱だ。臆病で力を持たず、理解能わぬモノをろくに検めもせず排斥しようとする愚か者ばかり。だが奴らにもそれなりの知恵はある。最近ではようやっと凡百の頭にも我が至宝の美がほんの欠片ばかり分かるようになったらしい」
「貴様は一体何の話をしているのだ?」
肩で息をしながらも坦々と語る竜人を訝し気に眺めながら魔物は疑問を呈する。
「つまり俺が言いたいのはだな、我が至宝の燦然たる輝きに触れた人間共はその美を愛で守る為に一致団結し、種族の限界を超え必ずや貴殿の作り出した有象無象の雑兵を蹴散らして見せるだろうということだ」
魔物はほんの一時口をぽかんと空けて唖然とした面を晒し、直後に左手で腹を抱えた。
「ク、ハハハハハハハ! 滑稽にも程があるぞ! だがよかろう! 手負いの貴様を打倒し私自ら蛇尾族の首を回収すれば同じことだ!! その息の根、今度こそ止めてやる!」
「来い!! 俺は宝物の番として死力を尽くすのみだ」
緋色の鱗で覆われた逞しく強靭な足が凄絶なる覇気と共に踏み出される。
如何なる傷を受け、如何なる逆境に晒されようと竜の男は闘志を絶やさない。
この世全ての財に勝ると見定めた少女の命を守る為に。
竜の爪と魔物の大剣が火花を散らして激突した。




