第94話 運命の分かれ目
本来、竜喰らい鮫の牙に竜の必殺の武器《爪》すら破砕する力はない。
「……貴殿の纏うその瘴気、己が触れる被造物《眷属》に伝播させることもできるという訳か」
竜人の洞察に魔物は凶悪な笑みを浮かべながら大剣の連撃を重ねて来る。
「察しがよいではないか! 先の一撃は惜しかったぞ! だがあれで私を討ち取り損ねた時点で貴様の勝ちの目は潰えたと後悔するがよい!!」
「ぐっ!」
竜人は繰り出される斬撃を危なげに回避しながら後方へ下がってゆく。
魔物の瘴気と竜喰らい鮫の牙。
どちらも精々が竜人の鱗を砕き軽傷を負わせる程度の力。
即座に新たな鱗《盾》を生やすことで対処すれば大きな問題とはならない。
だが、魔物の扱う武器として互いの破壊力が複合された一撃は鉄壁の硬さを誇る緋色の男をしてまともに喰らえば命はないと思わしめるものがあった。
下手に腕を防壁として掲げれば恐らくそのまま切り飛ばされる。
かと言って大剣を防ぎ得る唯一の爪《手札》を盾代わりに使い潰せばいずれ摩耗して武器を失ってしまう。
魔角族の急所である角は竜の鱗に匹敵する硬度を持つ。
竜人でも最大の武器なくして破壊することは困難だ。
よって竜人は迂闊に大剣の間合いへ近づけず、守り一辺倒の戦いを強いられる。
そして、運命を分ける瞬間が訪れた。
横薙ぎに振るわれる大剣の一閃。
竜人は胴を反らす形でその一撃を避けた。
はずだった。
深緑色の眼に驚愕が映し出される。
大剣が空を切る直前、刃の礎として石化していたはずの蛇が一瞬だけ色を取り戻し、頭を前に進めて間合いを伸ばした。
死の瘴気を纏う竜殺しの斬撃が、緋色の鱗を紙の如く両断して竜人の腹を深々と抉った。
鮮血の飛沫が宙を舞う。
「ぐぬうっ!?」
鱗に覆われた相貌が歪み、苦悶の呻きが零れる。
竜人は瞬時に片腕の鱗を変形させ苦し紛れの槍を振るい放ち、全力で背後に跳んだ。
魔物は緋色の槍を歪な姿の大剣で易々と撃ち落として見せる。
「がはっ!」
魔物から大きく距離を取った竜人が盛大に喀血する。
血の溢れ出す腹の傷を新たなる鱗がすぐさま塞いでゆく。
「解呪の、魔眼……か!」
竜人はぜえぜえと荒い息を吐きながら呟いた。
斬撃を喰らう前、竜人はしかとその目で見た。
緑蛇を石化させる紫蛇の邪眼が閉じられ、もう一方の瞼の裏に隠された蒼の瞳が露わになる所を。
清浄な光を宿す蒼の瞳に見つめられた緑蛇はたちまち生命を取り戻して大剣の間合いを修正し、再び開かれた邪眼によって石へと還ったのだ。
紫蛇の片目に宿された蒼の瞳は石化蜥蜴の中でも群れを統率する個体のみが宿すと言われる解呪の魔眼である。
この魔眼には石化の呪いを解く力がある。
つまり魔物の大剣は紫蛇の両眼に埋め込まれた石化の邪眼と解呪の魔眼を使い分けることによって、生きた武器として変幻自在に軌道を操ることができる。
魔物が竜喰らい鮫の牙を序盤から持ち出さなかったのは竜人が疲弊して確実に一撃を浴びせられる時機を窺っての策略だろう。
魔眼の存在を隠されていたとは言え、反応できなかったこと自体が竜人の損耗を物語っていた。




