第91話 瘴気
再び激突する緋色と白の戦士達。
盛んに攻勢を続けるのは白の魔物だ。
足場の不利に四方八方から襲い来る騎士の軍勢、蛇のようにまとわりつく無数の腕、そして単騎でも竜人と張り合う膂力を誇り打撃を与えても瞬時に回復する魔物。
対する竜人の武器は変形し生えかわる鱗と純然たる筋肉のみ。
騎士の槍は頑丈な鱗を砕く殺傷力を持たないが、幾度倒しても新たに産まれて襲い来る鬱陶しさが竜人の動きを阻害する。
その隙を突いて白の魔物は少しずつ的確に竜人の肉を削いでゆく。
魔物の体力と兵力が底を見せる素振りはなく、単純な削り合いでは明らかに分が悪い。新たな鱗で傷を塞いでも竜人は内部の損傷まで再生できない。
とは言え、竜人に勝機がない訳でもない。
襲い来る槍の刺突を捌く中、魔物が竜人の胴を狙い左の手刀を放ってきた。
竜人は鉄をも引き裂く右手の爪を勢いよく振りかぶる。
魔物の手刀の先に胸を突かれ血が吹き出るが、竜人は動きを止めない。
「何!?」
魔物が血相を変えて身を引こうとし、蒼白の腕が束になって緋色の巨躯に絡みつく。しかし圧倒的な膂力を引き留めることは叶わず魔物の後退は間に合わない。
月夜で銀に煌く爪が魔物の側頭から生える角を狙う。
「……ッ!」
間一髪のところで魔物は空を裂く四閃の斬撃を躱して見せた。
羊毛の隙間から飛び出した白い手に直前で足を引かせて後方に倒れ込んだのである。
魔物は前方に引かれた片足で勢いよく竜人を蹴りつけ反動で後方に転がって距離を取る。
無数の腕に巻き付かれた竜人の体はすぐに距離を詰めることができない。
「ふんっ!」
竜人は全身の鱗を針鼠のように尖り立たせて煩わしい腕を千切り掃う。
胸の上で血を流す傷が瞬く間に新たなる鱗で塞がれてゆく。
姿勢を整えた魔物が白面に高揚を浮かべながら語りかけてくる。
「流石はあの覇星竜を鎮めた竜の戦士だ! それでこそ倒し甲斐があるというもの!」
魔角族の弱点は、側頭から生える牡牛の如し二本の角である。
彼らの喰らった命は角に蓄えられている。
彼らは蓄えた命尽きぬ限り如何なる致命傷も瞬く間に回復して見せるが、この角だけは再生できない。命を蓄える二本の角が失われれば魔角族は死ぬ。
竜人は魔物の称賛に言葉を返すことなく、問い詰めるように発した。
「貴殿、その力は何だ? 真っ当な鍛錬で身に付けたものではあるまい」
「…………」
魔物が微かに顔色を変じる。
魔角族はそれほど肉体膂力に長じた種族ではない。彼らは戦において眷属の生物を巧みに使役して遠方から敵を叩くやり方を好む。
間違っても己の身を晒して真っ向から突撃したりはしない。
それが致命的に不利な場を生む可能性を孕むと知っているからだ。
目前の男が一族の中でも燃え盛るような修羅の炎を宿した異端の武人であり、それ故にこそ彼が種族の限界を突破せんとたゆまぬ鍛錬を重ねてきたことは竜人も知っている。
だが、それにしても異常だった。
いくら魔物が習練を積んでいるとは言え、純粋な筋力で比べれば竜人に軍配が上がる。
それはこの舞台に立って始めの激突で魔物の手刀が弾かれたことからも明らかだ。
では何故魔物が竜人の鱗を砕きその体を傷つけられるのか?
魔物の肉体は触れた命の生気を奪い接触箇所を脆くする瘴気のようなものを放っている。
それが、戦いの中で竜人が見出した結論である。
竜人は魔角族をよく知っているが、そのような力を持つと聞いたことはない。
「よもや貴殿……」
「だったらどうしたというのだ? 今更私が貴様を打倒する手段を選ぶとでも!?」
訝し気に発せられる竜人の問いかけに憮然と返し魔物は攻勢を仕掛けてくる。




