第88話 魔角族の力
魔物によって呼び出された二体の獣。
片や冷気を纏い大地を凍てつかせる狐の姿をした氷雪の魔獣、片や緑の体毛に雷電を帯びて大気を震わせる化け猫の姿をした稲妻の魔獣。
白い魔物が騎乗していた黒の魔獣に比肩する威容の両者が双璧をなして竜人に迫ってくる。
「放て!」
璧上の衛兵達が一斉に弓矢を射かけるが氷と雷に弾かれてしまう。
向かい来る魔獣共を前に竜人は脚を踏ん張り、前方の巨大な鉄鍋に両手をかけた。
「ふんっ!」
そのまま空を叩く勢いで氷の魔獣目がけて逆さに投げ放つ。
魔獣は茜色に輝く溶液を頭から浴びて高い断末魔の叫びを響かせた。
溶岩のとばっちりを警戒して動きを止めた雷の魔獣が大口を空けて咆哮と共に眩い雷撃を放ってくる。
竜人は落下した鉄鍋の後ろに回り込むと、思い切り縁を蹴り上げて盾代わりにした。雷撃が鍋に届くより早く黒灰色の底に渾身の力で拳を打ち付ける。
攻撃を放った直後の魔獣は回避できず吹き飛んできた鉄鍋と激突する。頭を潰され、勢いのままに遥か彼方まで飛ばされてゆく。
「ほう!! 氷獣と雷獣を瞬殺するか! くだらん子守に耄碌して牙を抜かれた訳ではないらしい! ゆくぞ黒獣!!」
魔物が俄に獰猛な笑みを浮かべて魔獣と共に突っ込んできた。
背後には黒い波の如し狼の大軍勢を引き連れている。
竜人が二体の魔獣を相手にする間隙で呼び出したようだ。
「あえて貴殿自ら向かい来るか! 血の気の多いところも相変わらずだ!」
竜人もまた口端を吊り上げて叫び、敵を掃うように左腕を振るった。
既に針山の威容を呈していた巨腕から緋色の槍が弾幕のように放たれる。
黒獣は巨体の跳躍力で大きく横に跳んで躱し、狼共は多くの犠牲を出しながら数に任せて突撃してくる。
そして魔物は無数の槍にその身を貫かれ血飛沫を上げながら一切止まる素振りなく、狂った獣の如し烈々たる気迫で襲い来る。
緋色の掃射を抜けた魔物が己の白い躰に突き刺さった槍の二本を無造作に引き抜いた。
竜人は刀のように叩きつけられる槍を交差させた両腕で防ぐ。
緋色の鱗同士が激しくぶつかり金属を打つような音が響く。
「む!?」
竜人は黒獣と狼共が脇をすり抜け後方へ駆けてゆく残像を横目に見る。
「獣共の狙いはセレンの方か!」
傍観している衛兵達に竜人は呼びかける。
「人間共! 璧門跡を死守するのだ!」
応じたのはいつの間にか目を覚ましていた衛兵隊長である。
「そんなことは承知している! 魔獣共をみすみす街へ通してなるものか! 貴様に頼らねばならんことは癪に障るが、そちらは任せたぞ!」
「無論だ」
散り散りになっていた衛兵達の軍勢が隊長の指示で璧門跡に集合する。
「敵はまだ増える! 無理に倒そうとするな! 陣形を組んで防衛に徹せよ!」
群がる黒の狼共と衛兵達が矛を交え始める中、隊長は苦々しい形相で白の魔物を睨む。
「あれが有象無象の野蛮なる魔物共をまとめ夜の地を一つの王国もどきにまで仕立て上げたという魔角族。人間と契約した時に竜の男が寄越した情報通り、確かに化け物だ」
槍を抜いて後、魔物の痩身に開いて鮮血を吹き出していた風穴は既に跡形もなく塞がっていた。
緋色の槍と拳が激しい打ち合いを続ける。
逞しい剛腕の破壊力に緋色の槍はたいした時もなく折れてしまうが、魔物は都度躊躇いもなく己の体から槍を引き抜いては新たな武器として攻防を続ける。
その身がどれほどの血に塗れようと倒れる気配はなく、致命傷に至る筈の怪我はたちまち回復する。
まるで命をいくつも抱えているかのように。
否、幽鬼の如く蒼白なるその魔物は実際に一個の生物には有り余る命を携えていた。
喰らった命を支配下におき我が物とする。
蓄えられた命を以て若く永らえ、肉体を修繕し、新たなる生物すら創造する。
生命の理に干渉する神の冒涜者。
それこそかつて吸血鬼族と竜族に並び三強と謳われた魔角族の覇者たる所以だ。




