第85話 守護者の帰還、そして開戦
「しかし俺の居ぬ間に斯様な狼藉を働こうとは。人間共は油断も隙もならぬ」
忌々しげな彼の言葉に、それは違うのだと弁解しようとして少女ははたと気付く。
竜人は前方に見える土煙の中を一切の油断なき身構えで睨み据えている。
「苛立たしくはあるが、人間共を問い質すのは後回しだ。先に奴の相手をせねばならん」
彼は訳も分からず呆然とこちらを見ているエルシィに一瞬だけ目をやって、言った。
「小娘。しかと受け止めろよ」
「ガレディアさん、今一体何が――」
「わぁっ!」
竜人の手から少年の体が軽々と放り投げられて放物線を描いた。
「ちょっと!?」
エルシィは慌てて両手を前に出して落ちて来る少年の背をどうにか受け止める。
「……っ! ガレディアさん!? いきなり何するんですか! もしもこの子が頭でも打ったら……。カイ、平気? 痛いところはない?」
「エ、エルシィ、僕は平気だから、降ろしてよ」
エルシィに抱きかかえられたまま問いかけられた少年は少女の方をちらちら見やりながら恥ずかしそうに言うので、彼女は安心して少年を降ろしてやる。
彼らがそんなやり取りをしている最中、少女はふと何かが溶岩にぷかぷかと浮いて焼け焦げている事に気付く。
それは実に奇妙な姿をした生き物だった。
黒い翼を生やした鳥のようだが足を持たず、頭は灰色の体毛に包まれた狼そのものなのに耳がなく、開きっぱなしの大顎には短刀のような歯が並んでいる。
緋色の槍に胸を貫かれており、ぴくぴくと身悶えながら獲物を狙う眼光で少女をじっと見つめてくる。
少女はぶるっと身震いしそうになって、いつの間にか自由になっていた両腕で竜人の胴にひしと抱きついた。
飛び込んでくる少年に気を取られていた少女には気付く由もなかったが、この怪鳥は少女が溶岩に落ちる寸前、土煙の中から颯爽と飛来しばっくりと大口を開けて彼女の頭に食らいつこうとしていた。
竜人が緋色の槍で撃ち落とさねば過たずして少女の首をもぎ取っていただろう。
そう。ここにはもう敵が到達している。
彼は最低でも片腕を空けておかなければならない。
そして既に少女の生死を分ける一つの攻防が繰り広げられた。
戦いは始まっている。
「ふむ。貴様が戻ったとなればやはり一筋縄ではいかぬか」
死の遣いを吐き出した土煙の中から音もなく少女らの前に現われ出でたのは異形の魔獣に騎乗して牡牛の如き角を側頭に生やした白い魔物であった。
「久しいなぁ、ガレディア。愚かなる裏切り者よ」
魔王軍統帥――――ラーミナ・スペルビア・ベルルム。
彼は紫紺の両眼に業火の如き殺意の輝きを宿して口端を吊り上げた。




