第83話 星が堕ちた余波
「わぁっ!」
真っ昼間の如き輝きが微かに弱まった直後、『光』が落ちた方角から猛烈な突風が吹いて少年の背中をふわりと持ち上げた。
前方には灼熱の溶液とろける鉄鍋が待ち構えている。
「カイ!」
気付いたエルシィが呆けたように固まっている衛兵達を突き飛ばして、暴風の悪戯で巨大な鍋に放り込まれてしまいそうな少年を間一髪で抱き留める。
少年を体の下に抱いたまま俯せで地に伏せるエルシィが辺りを見渡してみれば、人々は謎の輝きの光源を片腕の庇の下に睨みながら、両の足が地を離れぬよう踏ん張っている。
衛兵隊長は風の煽りを受けて舞台から落下したらしく野原の上にひっくり返っており、少女は後方に組まれた舞台の柱へ強か背中を打ちつけられて痛そうであったが、少なくとも縄が千切れたり、縄を結んである支柱そのものが破損したりする兆候は見えない。
少女がこの時、歯を食いしばり決死の思いで痛みに耐えながら、尾先に渾身の力を宿して暴れる縄に縋りついていたことはエルシィの与り知らぬところである。
光源の輝きは徐々に失われて、遂には元の夜闇が戻ってきた。
ひとまず誰も死人は出ていないようでエルシィは安堵する。
光と音の中心となった地点は覆いつくすような粉塵に包まれてどうなっているのかまるで見えない。彼らのいる地点ですら土煙の余波がそこここに漂っているほどである。
ただ、何かが焼け焦げた匂いのするのは分かった。
「な、何だったんだ今のは?」
「魔王軍はどうなったんだ!?」
「さっき、流れ星が落ちて来るのを見たわ!」
人々は口々に疑問や憶測を言葉にしつつも、とある事実に気が付く。
「おい、足音! 奴らの足音、さっきより小さくなってる!」
「声も聞こえない! もしかして奴ら、撤退してるんじゃないのか!?」
緊張に張り詰めていた空気がにわかに浮足立つ。
「カイ、怪我はない?」
エルシィが身を起こしながら少年に問いかけると、彼はまだ衝撃の抜け切らないぼうっとした顔で応じた。
「なんだか目がちかちかして、あと耳もきんきんするけど、でも大丈夫だよ。……あ! セレンちゃんは!?」
少年がはっと思い出して鉄鍋の上を見やれば少女はまだ無事に吊られている。
「良かった! きっとすぐに降ろしてあげる!」
少年は眦をさげて叫ぶと、衛兵達の壁がなくなったのをこれ幸いとぱたぱた駆けて来る。
片時も尻尾から意識を逸らせない少女は言葉もなく微かに首を振って頷いた。
舞台に登っていった少年は少女を吊るす縄に手を伸ばすのだが、ぎりぎりまで足を踏み出しても届かずに空を掴むばかりである。
「ごめんセレンちゃん、もうちょっと待っ……あれ?」
吊るされた少女を見下ろして言おうとした時、少年ははたと気付いた。
朧げにしか分からないが、よくよく目を凝らすと少女の尻尾はほとんど縄をすり抜けているように見える気がした。
まさかそんな筈はないと思いかけたその直後、彼の脳裏に泥蔵で彼女の尻尾のぬめぬめしているのを触ってしまった衝撃が蘇ってくる。
「あ、ああ、ど、どうしよう!? 早く助けないとセレンちゃん落っこちちゃう!」




